そのに
目を開けると、ドラマでしか見たことのない、古そうで高そうなシャンデリアが見えた。
「……はれ?」
うちにはもっと安い照明しかなかったはずなのに。買い換えたんだろうか。
だとしたらうちに似合わなすぎる気がする、こんな高そうなのが一点だけって、浮くよ多分。
そう思いながら、体を起こす。
「……?」
なんかこのベッド、すごいフカフカだ。
それに毛布もなんか凄く……柔らかい。え、毛布ってこんなに柔らかいものだっけ?
思わず毛布を握り締めてみる。……す、すごっ!
これ絶対高いって!今までにない柔らかさ!
うちにこんな高い毛布を買うお金なんて絶対ない! なんで!?
あ、もしかして宝くじが当たったとか!?
ついに家族の夢である一攫千金が実現したんだろうか。
絶対当たらないと思ってたのに! と思いながら部屋を見渡して
「あれ……ここ、どこ?」
寝起きの頭で、ここは自分の部屋ではないと気づいたのと
「起きたか」
イケメンさんがドアを開けたのは、同時だった。
夢じゃなかったんだ……。
イケメンさんを見て、これまでのことが夢ではないと否定されてしまい愕然とする。
夢だと思いたかったけど、どうやらそうじゃないらしい。
なんでこんなことになってるんだろう。私、なんで。
いやなんでベッドで寝てたの私!!?
まだ寝ぼけていたらしい頭で考えに行き着き、私は慌てて毛布を引っぺがして自分の体を見下した。
……うん、何にも問題ない、よね? 縛られてもないし、服も可笑しい場所はどこにもないし。
まずは一安心。でも私、こんなベッドに寝た記憶なんてない。
だって、たしか私、たしか……
ああ、そうだ、そうだった。あの化物を見ちゃったんだ。
そこからぷっつりと記憶がない。
あの変な気持ち悪い花が、大きくて気持ちの悪いハチを……
その光景を思い出して泣きたくなったけど、それは堪える。じゃないと私、本当に泣いてばっかりだ。
大丈夫、作り物って可能性もないわけじゃない。
そう、日本にあんな化物がいるわけないじゃないか。……多分、きっと。
ふうっと息をはいて、少しでも気分を落ち着かせる。大丈夫、少なくてもここに化物はいない。
いるのは私と同じ人間のイケメンさんだけだ。……人間、だよね?
ちらりとイケメンさんを見るけど、部屋に入ってきてからドアの前を動かないイケメンさんは、翼もないし牙もないし人の形をしてる。うん、化物じゃない。
そのことに安堵して下を向き、今度は安堵の息をついた。よかった、人間だよ。
怪しいけど、まだ人間なだけいいやって思ってしまう。だめだ、まだ頭が混乱してるのかな。
そんな私の行為をじっと見ているイケメンさんの視線を感じたけど、その視線は気にしない方向。気にしないよ、気にしちゃうと余計に追い詰められた気持ちになるから。
「気分は……良くないようだな」
「ひっ!? あ、い、今起きたばっかりなもので」
まずは落ち着けー、落ち着けー、と自己暗示をかけていたところに声をかけられて、肩が跳ねる。
お、驚いた……! 驚いて悲鳴まで出てしまった。
それから慌ててベッドから起き上がり、けれどもつれて一度こけた後、なんとかイケメンさんとちょうど一直線になるような場所に立つ。
自分でやっておいてアレだけど、ヘマしすぎてあんまりな行動だ。
けれど、そんな私の失礼な態度を何にも思っていないのか、イケメンさんは「そうか」と言うだけだった。
そして、それきりイケメンさんは口を開かずに、じっと私を見ている。
…………こ、この重い沈黙にも視線にも、耐えられない。
せめて会話を、と思って私は疑問に思っていたことをイケメンさんに聞くことにした。
「あ、あの、ここは」
どこなんでしょう。そう言い掛けて、慌ててその言葉を飲み込む。
また魔族の国だなんて言われたら、嫌だ。
「……どうして、私はここにいるんでしょうか?」
「いきなり走ったと思ったら、今度は突然倒れたからだ。目覚めないものだからここで寝かせていた、お前には聞きたいこともあったのでな」
あ、だから寝かされてたんだ。
おかしな人なのは変わらないけど、助けてもらったんだ……よね。
倒れたから助けてもらったのに、ひどい行動しちゃったよ。
後でちゃんと謝っておかないと。
「私に聞きたい、ことですか?」
「ああ。……お前は、誰と共に強制召喚された?」
ん? なんか不思議な単語が聞こえた気がする。
「強制、召喚?」
「そうだ」
え、意味がまったく分からない。
そういえば私とこのイケメンさんが初対面の時にもそんなことを言っていたような気がしない、でもないけれど、その時は足のことで頭がいっぱいであんまり聞いていなかった気がする。
魔族の国とか言われた時は、危ない人だとしか考えられなかったし。
でも聞いていたとしても、意味はわからなかっただろうな。
今もまったく分かってないもん。
そう私が思っていると察したのか、イケメンさんは私の返事を聞かずに説明をしてくれた。
「突然、強い光に襲われただろう?」
「あ……は、はい!」
マンホールのか! 心当たりがありすぎるそれに、勢いよく頷く。
「あれが強制召喚だ。我はお前と共に強制召喚された者を探している」
「え、でも、いやその、えーと、私はあの時一人で」
「場所は関係ない。お前と同時刻に、もう一人が召喚にあっているはずだ」
「そう言われても……」
そんなファンタジー事例、まったく分からない。
その場にいない人のことが分かるなんて、それこそ魔法じゃないか。
やっぱりこの人、頭がおかしい……と思う。
……初めてあった時みたいに、この人の言うことは全部可笑しい!嘘!って思えたらよかったのになあ。
あの有り得ない化物軍団を見た後だと、完全に否定できない。
麻痺しちゃったのかな、どっかが。
かといって納得するのも無理な話で、結果宙ぶらりんな形で私はイケメンさんの言葉を聞き続けることになった。
「お前の魂と近い者だ。でなければ強制召喚を二人相手に行う理由がない」
「そ、そういうものなんですか?」
「そういうものだ。あの忌々しい巫女共めが、凝りもせず……」
「み、巫女」
だからと言って、こうどんどんと話されても困る。
次から次へと出てくるファンタジー話に、私の頭はすでにパンク寸前だ。
強制召喚の次は巫女。いや強制召喚と違って巫女くらいは知っているけれども。
それでも私の知る限り、巫女さんはクジを売っていたり甘酒を配っていたりはしても、召喚なんて魔法みたいなことは出来ない、はず。
「お前を呼んだ者達だ。正確には、もう一人を呼び出すためにお前が巻き込まれた、だが」
「巻き込まれた……?」
「そうだ。魂が似すぎていると強制召喚の際にどちらを呼び出すべきか判断が難しくなる。だからあの巫女共は確実なものにするため両方を召喚したのだろうな。我は召喚を阻止するために動いたのだが、そういった魔法はあちらの方に理があって完全に阻止は出来なかった。それでもなんとかお前は俺の元へ呼べた」
だが、お前は「召喚したい人間」に魂が似通っているだけの方だったようだ。
そう言ってイケメンさんはため息をつく。
「……あの、」
そんなイケメンさんに、私はどうしたらいいんだろうか。
巻き込まれたって言われたから、私は被害者なのかなとか思うけど、正直まだ全部理解も納得も出来ていない今じゃ、実感も何もわかない。そもそも、やっぱり嘘なんじゃないかなって思うし。
だから、今は話の内容よりも目の前で気落ちしている人の方にどうしても意識がいってしまう。
正直、この人の話はちょっと……だし、言っていることが全部本当だって信じたくないけど。信じられないけど。
やっぱり危ない人かなって実はまだ思っていたりもする、けど。
「ありがとう、ございました」
するべきことはこれだろう、と頭を下げる。
正直、このイケメンさんの話はまったく理解できない。
話がファンタジーすぎてっていうのもあるけど、よく分かっていないこの状況でこうも次から次へと話されて、私の頭がいっぱいいっぱいになっているんだ。
でも、あの気持ちの悪い化物からこうして安全なところへ連れてきてくれたのは、この人。
さっきの話を信じるなら、あのマンホールから助けてくれたのも多分この人。
だったら、お礼を言うべきだ。
「分からんな。あの時も思ったが、何故礼を言う」
……あれ?
「え、だって、助けてもらったから……」
「助けたつもりはない」
そうなんだろうか。いや、でも、私は助けられたし。
「でも、ありがとうございます」
よく分からないけど、私にとっては助かったのだ。
だから、しっかりとイケメンさんの目を見てお礼を言う。
怪しくても、この人すっごいかっこいいから、照れちゃうけどね。
「…………」
照れ隠しでにへら、と笑えば、イケメンさんはそんな私を見て不思議そうな顔をする。
「お前は……」
「はい?」
「お前は、怖くないのか?」
「……そりゃ、怖いですよ」
怖くないわけがない。ここがどこだか分からないし、変な化物はいるし、この人だって魔法だの召喚だのファンタジーみたいなことを言ってるし。
もし私一人しかいない状態でそんなことが次々と起こったら、この程度じゃすまなかった。
今頃阿鼻叫喚で、ひたすら泣いてるだけだったと思う。
でも。
「強制召喚とか巫女とか巻き込まれたとか意味分かりませんし、魂が似通ってるなんて言われても正直さっぱりだし、なんか気持ち悪い化物みたいなのがいっぱいいたし。でも、その化物からも助けていただいたみたいですし、……それに何より、一人ぼっちにしないでくれたから」
そう、私は今一人じゃない。
助けてくれた人がいる。その人の言っていることは理解できないし、何がなんだか分からないことだらけだけど、正直怪しい人だけど、それでもここにいるのは私一人じゃない。
あの化物から助けてくれた人がいる。
「さっきも、今も、一緒にいてくれて、ありがとうございます。そのおかげで、……まだ実感もわかないし理解もしてないからかもしれないけれど、一人のときよりきっとずっと怖くないんです。だから、ありがとうございます」
「…………」
たどたどしくそう言うと、イケメンさんは何故か驚いた顔をして固まってしまった。
その様子にこっちまでビックリしていまう。
一人よりずっといい。なんて、失礼すぎただろうか。
でもこの状況で初対面の人を信用しろと言われても出来るわけないし。
にしたって、もっと丁寧に言うべきだったかもしれない。
「えーっと、だから、そのですね」
「……化物から助けた? 我が?」
「え……、あのコウモリのでっかいのとか、ドロドロしたのとか、人食い花みたいなのから助けてくれたんですよね? だから私、ここにいるんですよね?」
「いや、確かにアレらを遠ざけてお前をここに連れてきたが」
なんだ、やっぱり助けてくれたんだ。それにあの化物を遠ざけられるなんて凄い。
私なら、絶対にあんなのを遠ざけるどころか慣れることすら出来ない。
だって本当に、アレはおかしいってレベルじゃないんだ。生理的に無理っていうか、本当に気持ちが悪いし。
そんなことをつらつらと考えていると、イケメンさんが「ならば」と口を開いた。
その顔は、なんか……少しだけ、楽しそう?
「お前には、我がどう見える?」
「へ?」
え、なんでいきなりそんな質問が飛んでくるんだろう。
こんな質問がくるような話なんて、してないよね?
「何を言われても怒らん。お前の率直な意見を聞きたい」
「え、いや、どう、と言われても」
率直な?
失礼と思いつつも、ついついイケメンさんの頭から足までを眺めさせてもらう。
顔は小さいし、足も長いし、初対面から思っている通りイケメンさんだし……。
「え、えっと……カッコイイ、と思います」
視線を反らしながらそう言う。顔を見てなんてとても言えない。
まるでモデルやアイドルみたいにかっこいい人だとは思うよ。本当に思ってる。
でも彼氏もいなければ告白さえしたことのない自分がこういうことを言うのは、ちょっとキツイ。
というか、かっこいいとか言われなれてるんじゃないのかな。
言ったこっちが恥ずかしくなっていくのを感じていれば、そんな私をじいっと見ていたイケメンさんは
「…………くっ」
何がツボに入ったのか、堪えきれないというように笑ったのだった。
「え、え!?」
かっこいいと言われたら声をあげて笑うって、イケメンだから出来ることだよね、きっと。
何がツボに入ったのか分からないままイケメンさんが笑い終わるのを待っていると、そんな私に気付いたのか、イケメンさんは「いやすまない」と口元を抑えた。
「まさかそんなことを言われるとは思わなかったのでな。初めて言われたぞ」
「え!? そんな、言われなれてますよね!?」
「まさか。我に対してそのようなことを言ってくる奴はいないぞ」
それこそまさか! こんなにイケメンなんだから、さぞモテモテだっただろうに。
もしかして謙遜しているんだろうか。それにしたって、こんな分かりやすい嘘をつかなくてもいいのに。
むしろ召還うんぬんについて嘘だとか言ってくれないかな。
「しかしまさか、この我が容姿を褒められる日がくるとはな」
「はあ……」
こんなイケメンに言われると、なんかむかついてくる。本当は分かって言ってるんじゃないかな、この人。いや分かって言ってるよね?
無自覚とか、それこそマンガの中だけだろうし。
絶対にかっこいいとか言われたことあるくせにさあ、と思っていると、ちくりと指に痛みを感じた。
なんだろうと思って指先を見ると、右の人差し指に紙で切った時みたいな傷が出来ていた。
多分、あの長い草がある場所を走ったときだな。気づいた途端にじんじんしてきたような気がする。
「ん? 怪我をしているのか?」
「あ、大丈夫です。バンソーコーならポケットに」
「貸してみろ」
ありますから、という前に手をとられ、指先を観察される。
こ、これはこれで恥ずかしい……!
お父さん以外の男の人にこんなに指を観察されたことなんてない! ひいっ、こんなに恥ずかしいものなんだ!
「心配されるほどの傷はなっ!?」
恥ずかしくなって、いたたまれなくなって手を引っ込めようとした瞬間、ビリっとした何かが人差し指を走り思わず固まる。
え、なに、今の。
「これでいいだろう」
「へ?」
「治ったぞ」
なんだったの今の、と考える私など知らずに、ほら、とイケメンさんは機嫌よく私に指を見せてくる。
いや、わざわざ観察していただけの指を見せなくても……と思いながら、視界に入る自分の指を見る。
でもそこにあった私の指には傷なんてどこにもなくて
「え?」
なんで、おかしいよね? なんで傷がなくなってるの?
慌てて目をこすってもう一度見ても……やっぱり傷がない。
「な、なん」
「なんだ、治癒魔法を見るのも初めてか? 我は苦手分野なのだがな、これくらいの傷ならば造作もない」
「ま、ほ……」
治癒……魔法。これが、魔法。
ありえない、こんな、こんな……。
「嘘……」
ここ、どこ。
そう呟いた私に、目の前の人は「我の家だが」と知りたいこととは程遠い答えをくれた。
イケメンさんがただの怪しい男でしかない事実。
主人公は混乱しすぎて頭が働いていないため、色々とおかしな方向に進んでいます。