14:依頼の完了
街へ戻った私たちは自警団で事情を説明し、自警団から子供たちの保護者へと連絡を入れてもらった。
犯人たちは魔力の高い子供を狙っていたようで、迎えに来た保護者は貴族だったり商人だったり孤児院のシスターだったりとバラバラだったけれど、子供たちはすっかりと打ち解け仲良くなっている。
そんな子供たちの様子を見ているとなんだかほっこりとした暖かい気持ちになり、この依頼を受けて、子供たちを無事助け出すことが出来て本当によかったと思う。
子供たち全員が無事保護者に連れられ帰宅するのを見送ってから、私たちは依頼主であるエリックさんの待つ図書館へと戻った。
図書館の通用口は植えられている木で少々影になっていて、少しだけ薄暗く感じるそこに不審な人影がある。
足を止めて見てみれば、それは落ち着きなくキョロキョロとしながら辺りをうろつくエリックさんの姿。
あまりの不審人物っぷりに少々観察してしいたのだが、名前を大声で叫ばれたり名前を叫びながら号泣されたりしているアエラさんがため息をつきながらエリックさんに声をかけた。
するとエリックさんはやっぱり号泣してアエラさんに抱きついたのだけれど、アエラさんは困ったような表情で、けれど少し嬉しそうにエリックさんの背中をぽんぽんと叩いて宥めている。
少し困った父親だけれど親子関係はなかなか良好のようで私とヒナは顔を見合わせくすりと笑みをこぼした。
そこでやっと私たちの存在に気づいたらしいエリックさんは慌てて涙を拭って私たちに笑顔を向けた。
「ハルさん、ヒナタさん。本当にありがとうございました!」
「お父様、とりあえず中に」
「うん、そうだねアエラ。さぁお二人とも中へどうぞ」
エリックさんはアエラさんの背中に手を添えて図書館の中へと入っていき、私とヒナもその後に続き図書館の中へと入る。
一般人の立ち入ることの出来ない場所を通り、私たちは館長室へと通された。
この場の長の部屋だが部屋はいたって質素で、通りがけに見かけた一般の人でも入れる場所のほうがずっと煌びやかな作りとなっていた。
少し気になったので尋ねてみたところ――
「キラキラしてると気が散るし、この写真があれば十分ですから」
そう言ってにこやかに小さな写真立てを見せてくれた。
そこに写っているのはエリックさんとその腕に腕を絡め嬉しそうに微笑む少女。そしてその後ろにはアエラさんが立っている。
……もしかしなくてもこの少女がエリックさんの奥さんであり、アエラさんの母なのだろう。アエラさんが母親で少女が娘にしか見えないとしても。
「……えっと、若くて可愛らしい奥さんですね」
「本人は幼く見えるのを気にしてるんですが、そこもまた可愛くて……そうそう、先日も夕食に――」
「お父様、お仕事のお話を」
「え? ああ、そうだたね。アエラを無事救っていただいた報酬ですが……」
長くなりそうなエリックさんの話を慣れた様子でアエラさんが遮る。
エリックさんは部屋の奥に置かれた机の引き出しから何かを取り出し私に差し出した。
差し出されたのは茶色の飾り気のない封筒と小さな皮袋。
「報酬の内容を決めていなかったのでこれでよいか悩んだのですが……」
エリックさんは困ったように眉を下げている。
皮袋を開いて中を確認してみれば、中には小さな袋とはいえぎっしりと金貨が詰まっていた。
「ざっと金貨五十枚ってとこかな」
「うん、相場もこれぐらいで問題ないです」
「そうですか、よかった。そちらの封筒のほうは気持ち程度の物ですがよかったら使ってください」
なんだろうかと封筒から中身を取り出してみると、そこに入れられていたのは小さな護符だった。
目を凝らしてみてみると、とても精巧な術式が組み込まれていることがわかる。
「……魔力を安定させる効果があるみたいですが……エリックさんが作ったものですよね?」
「よくおわかりですね。普通は見てわかるようなものじゃないんですけど……あなたなら扱えるだろうと思って作ってみました」
それはつまり扱いづらいものだということだろう。
しかし扱えれば簡単な呪文であれば詠唱破棄することだって可能になるということだ。
詠唱破棄できるのは魔術師の頂点に立つような人物ぐらいで、いくら優れた魔術師であっても詠唱破棄することは不可能だといえばそのすごさがわかってもらえるだろうか。
扱い方を見極めようと術式を注意深く眺め、ある一点に視線が止まった。
「魔力認識……使用者の魔力を記録させる?」
「はぁ、見ただけでそこまでわかるとは。もしかしてこういった道具も簡単に作れるんですか?」
「――構成は把握しましたけど、作ることは無理ですね。
物語を読んで意味がが理解できても、自分で物語りを書けるわけじゃないというのと一緒です。
物語りなら書き写すだけならできても、こういったものには魔力を込めなくてはいけないし、私の魔力はこれには向いてませんから」
「そうなんですか。……まぁ、とりあえず記録しましょうか」
エリックさんの言葉に頷き、ヒナとアエラさんから少し距離を取った場所でエリックさんと向き合う。
エリックさんが耳慣れない言葉を呟くと、護符が淡く光を帯びた。
「では、護符に魔力を少し流してください。光が青く変化すれば完了です」
「はい」
少しだけ水が流れるようなイメージで護符に魔力を流し込むと、護符からあふれる光がはほんのりと青く変化した。
その光を確認したエリックさんは満足そうに何度も頷く。
「うん、これで完了です。
ちなみに額につけるのが一番効果的なんですが、身につけているだけでも十分効果は発揮しますよ」
「……しばらくはこのままで」
額につけるのは昔本で見た異国のゾンビのようなので却下。
後でリストバンドにでも仕込んで身につければいいだろう。
「ちょっと試してみていいですか?」
「いいですよ。私も初めて作った物なので気になりますし。
普段は本のためのものばかりで人間用の補助アイテムを作ったのは始めてなんです」
「……それじゃあいきます。まぶしいと思うので目を閉じるか背を向けてくださいねー」
エリックさんからあっさりと許可がでたので心置きなく実害のでない呪文で試すことにした。
全員が背を向けたのを確認して、詠唱破棄で呪文を唱える。
「フラッシュ」
掲げた手のすぐ上に小さな光の球が生まれ、破裂する。
一瞬強い光が辺りを照らし、すぐにその光は何事もなかったかのように消え去った。
もちろん使用者である私も目を閉じなければならないのだが、魔力の流れで問題なく呪文が発動したことがわかる。
「夢の詠唱破棄……!」
道具の力を借りたとはいえ、ほんの一握りの魔術師にしかできない詠唱破棄で呪文を発動させることができた。
この魔力の流れを自分のものにできれば道具の力を借りずに詠唱破棄ができるだろう。
「大丈夫そうですね」
「ありがとうございます、エリックさん。
でもこれって過剰報酬だと思うんですけど……」
「いえ、可愛いアエラを助けていただいたんですから。
それにハルさんに会ったからこそそれを作ろうと思い立ったんですよ。つまりそれはハルさんのために作ったようなものなんです。
それにもうハルさん以外にはただの布切れと一緒で、ハルさんに使っていただけなければゴミ同然ですから。
あー、でも入手経路は秘密にしてもらえますか? 面倒なので」
「それはもちろん」
これは決して思い立ったからといって作れるような物ではない。
これほどのものが簡単かどうかはわからないが、短時間で作れるということはあまり人に知られないほうがいいだろう。
知られてしまえばその後どういったことになるかなんて簡単に想像がつく。
よくて国で保護という名目のもとに監禁され、軍事力強化のためのアイテムを製造させられるだろう。そうすれば国家間の力関係などあっという間に覆ってしまう。
もちろんその力を悪いことに使おうとする人間だって後を絶たないはずで。
使用者が限られるとはいえエリックさんのほうが『クリムゾン』よりずっと脅威的な存在であることは間違いない。
「――これも、ありがたく頂戴します」
「はい、ご苦労様でした」
いくら私たちが娘の恩人とはいっても助けることを仕事として受けたのだから当然の結果だ。
感謝の気持ちとはいえ、報酬とは時限の違う価値の、本来手に入れることの出来ないほど価値のある護符を貰って恐縮する私の頭をヒナがぽんぽんと叩く。
ずっと黙って私とエリックさんを見守っていたヒナがにっこりと笑顔を浮かべていた。
「それじゃあ今日は一旦宿に戻ろう。
ハルもアエラさんも今日はもうゆっくり休んだほうがいいよ」
「私はともかくアエラさんはそうだね。
それではエリックさん、アエラさん私たちは失礼しますね」
「はい、ありがとうございました」
にこやかに笑うエリックさんとアエラさんに見送られ、私たちは図書館を出た。
木々の隙間から差し込む強い光に目を細める。
すでに時刻は正午を回った頃だろう。
見上げた先の風に吹かれてさわさわと揺れる木々の隙間に小さな人影を見たような気がしたのだが、同じように見上げているヒナが無反応だったので何かの見間違いだろうと気に留めることなくその場を後にした。




