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【完結済】『魔女狩り』の世で平和に生きる。  作者: あずま微糖


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第3話 ほとの色

 世間が牙を剥いていた。


「ツキミを解放する!!」

「ミコト!!」


 声に被せて懇願した。そんなこと辞めてと、僕のために身を削らないで、と。


「やめてよ!!ミコトは、ミコトは僕のお兄ちゃんだよ!お兄ちゃんが『魔女』な訳ない!!!」


 声を荒らげて繋いでいた手を引っ張り涙に訴えた。なぜこんな状況に陥ってしまったのだ、僕が探しに行ったから?それは否、きっともっと前から確定していた事項。


「ツキミ、ツキミ。」


 酷く冷静な紺色の瞳が、今や冷酷に見えて。

 なぜそうも落ち着いて、強く在られるのか分からなかった。なぜ僕はこうも弱いのかも、分からなかった。


「大丈夫だツキミ。俺が捕まっても、お前が助けてくれる。だろ?」


 自信の溢れた紺色の瞳と当惑する水色の瞳を間近に交差させて、安心を促してくる。こんな状況で、自分が一番泣いて喚き怒鳴り散らしたいこの状況でも僕を優先してくれる。

 答えなくては、ならなかった。


「…うん、うん。助ける。僕が助けるから」


 その言葉を聞いて安堵した表情を浮かべる、ひどい。

 そっと握られていた手を離されて、兄が前に一歩進み出た。そのまま一歩、一歩と進んで遠ざかっていく。


「ミコト…」


 待ってて、必ず助けてみせるから。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 まずどうすべきなのかを考えた。

 一人で助ける?そんなこと不可能に近い。

 助力を求めよう。母ならばきっと、助けてくれる。


「お母さん!!」


 立て付けの悪い扉を勢い良く開け放ち開幕一声言い放つ。

 時間的にまだ早朝、眠っているかもしれなかった。


「ツ、ツキミ?どうしたんだそんな声を荒らげて…」


 面食らったような顔をしており橙色の瞳を揺らして状況把握に至れないのだろう。朝一番大声で名前を呼ばれればそうもなるか。


「み、ミコトが…ミコトが危ないの!助けてあげなくちゃ!」


「ミコトが?待て、まず説明をしてくれ」


 落ち着かせるようにツキミの肩に両手を置く。膝を立ててしゃがみ目線を合わせ水瞳と橙瞳とが交差する。

 尋常ではない状態に母も気がついたのだろう、真剣に耳を傾けてくれている。


 ここまでのことを話した。

 鍛冶屋のおじさんが『魔女』について話していたこと。ツキミが森の中へ入ってしまったこと。魔物が現れて、知らない少女が倒してくれたこと。

 全てを一点の隙間なく、ただし簡潔に話した。


「そんなことが…すまない、母がいてやれなくて」


 陽だまりの声が陰っていた。自責の念に駆られているのだろう。それはお門違いと言うものだ。母はずっと案じていたのだろう、だから普段寝ているこの時間にも起きていた。いつ誰が来ても良いように、ずっと昨日から待っていたのだ。


「母に知らせてくれてありがとう、まずは誤解を解かなくてはいけない。ツキミ、案内してくれるか?」


 癖になって湾曲している銀髪を揺らして立ち上がり、口に手を当てて思慮に耽る。

 数秒後に思い至りこちらを優しく暖かい橙瞳で捉えて問いかける。

 もちろん答えはYESだ。だが体の弱い母が出歩いても良いものか?


「お母さんは休んでるほうが…」


「何を言っている、母はこのためにいると言っても過言では無い。行かせて欲しいんだ」


 過言でありすぎる発言を胸を張ってした後、真剣な瞳で、声でそう告げられる。

 ならば覚悟を無為には出来ない。母が来てくれるのならば百人力だと心の底から思う。


「ツキミも危ない真似はしないこと、母に任せて…」


 畑仕事を終えその服装のままリビングの椅子に座っていた母。汗で濡れ汚れ、それでも優先してくれる姿に肩身の狭い思いをしながら後ろをついて行こうとした。


「君は…誰だ?」


 軋む扉を開け放ち、外へ一歩踏みでようとしたその時。待ち構えていたように真っ直ぐ美しい紅色の髪が宙を揺らいでいた。

 小さく幼い少女。まだ幾許もない少女の林檎のように赤い双眸がこちらを向いて、小さく桃色の唇が開閉する。


「__助けにきた」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 捕縛され、両側に大人が二人。二人とも鋭利な石に持ち手を布で巻いた木の枝を付けた簡易的な槍を手に持っている。

 それに加え周囲に大人が13人前後、それ程に『魔女』が恐ろしいのか。周囲の大人に桃色の髪をした女性や、薄緑の髪をした男性もいた。だが、こちらの味方になってくれることは天変地異が起きても有り得ないだろう。


「俺って、どうなる__」


 先の展開を予告して心構えをしておきたいものだ。それを大人は許さなかった。

 声を聞いた途端に口から上は闇に覆われて見えないものの、顔を顰めたのが分かった。その威圧感に降参してそのまま口を噤んだ。

 溜息を吐きながら、鮎のように流れに身を任せるしかなかった。

 大通りに挟まれた家__警察署代わりの他と比べたら立派な家にそのまま引き込まれた。


 ガチャン、と金属の合わさる音が聞こえる。

 地下の、ランタンにも及ばない即席の蝋燭の道は薄暗く、木で床と天井を貫いて檻代わりにしている牢屋の中はほぼ闇だった。

 地面はひんやり、と言えるほどには暖みも無く冷蔵庫の中のように冷たく感じられた。


「蝋燭を手に取れればいいが…」


 見張りは地下と地上を繋ぐ唯一の扉、そこに配置してあるのだろう。牢屋の前には人っ子一人居なかった。

 蝋燭は天井に吊るしてありとてもじゃないが届かない。

 木ならばと叩いて蹴ったりしてもビクともせず、大地の存在の大きさを感じられた。


「いてぇ…こりゃ詰みか」

 

 何も無い、ベッド代わりの敷布団も何も無い空間の真ん中に胡座を搔いて座り真上を見上げる。常人なら数日過ごしただけで気が狂いそうな暗闇。

 よくある地上牢獄のような陽の光くらいは欲しかったものだ。


「時間の流れも分かんねぇ…もしここを抜けられても力差があり過ぎる」


 例えここを運良くすり抜けられたとしよう、だが外には数十人単位の大人が存在しており数でも負け、体格でも負けているこちらには勝算は無いだろう。


「あいつと一緒だったら…」


 紅色の少女、可愛らしい佇まい、しかし雰囲気には少女らしからぬ浮世離れした神妙さがあった。

 きっと少女は一緒に投獄されたら、この分厚い木など正拳突きの要領で叩き割って出る事も容易かっただろう。

 だから突き放したのだが__


__「あいつッて、誰のこと?」


「っ?!」


 外からの侵入経路は扉一つ。辺りに陽を差し込む場所は全くないと、外界との隔たりを暗闇がそう言っている。

 なら、どこから入ってきたと言うのか。


「お、お前…」


 丁度暗闇に目が慣れた頃だった、その人物の姿を凝視する。

 紫?色の髪を宙で広げており、長さは肩につくかつかないか位だろう。瞳は血溜まりのように紅く煌めいていて、見る者を魅了する瞳だった。少女…否少年だろうか?どちらとも取れる姿形で耳は横に長く、エルフ耳のような形をしている。服装は村の者と一緒のズボン式で中に風が入り込み華奢で細い上体が下からでは丸見えだった。


「浮いてる…?」


 重力を物ともしない、宙に胡座を搔いて座っているのだ。常に髪は揺れ、服は靡き、見下ろす紅色の瞳には人ならざるものを感じられる。__瞳孔が、縦に広いのだ。猫のように、瞳孔が、人では無い。


「オレが助けてあげようか?」


 つま先から床に足を付けて、人物を取り巻く重力が段々と元に戻っていく。

 髪は元々広がっていたようで、エルフ耳と同程度には横に広かった。それでも人物の美貌が、少女が違うと言わんばかりに本物の魔性の顔が、少年少女とも分からない声が、魅力的だった。


「急に出てきて、助けてくれーって言うのはとんだアホか死ぬ間際かだろうな」


 必死の虚勢を張り相手のペースに呑み込まれないよう抗う。少しの油断に入り込む気概がその人物にはあるように見えたから。


「キミは後者だろう?ここにいたらいずれ死ぬ。そうじゃないかい?」


 操ろうとする言動全てが警戒に値した。

 人間で言えば9歳ぐらいの子供、幼い手は爪が鋭利になっていて傷を付けるのも容易いだろうと思った。

 その手で、親指で自身の首を切る真似をしながら上記を告げた。


「オレが助けてあげる。オレに全てを委ねなよ、そうしたらぜ〜んぶ上手くいくよ?」


「馬鹿が、俺をただの子供と思ったら大間違いだぜ?そんな戯言聞くに値しないな」


「へェ、じゃァどうしようかなァ…自己紹介したら気許してくれるかい?」


 両手を広げて全てを許容する器の広さを披露する。その人物の全てが、発される全てが世迷言だと分かっていても手を取りそうだった。


「オレはサタン。魔界が王、悪を率いる者。ヨロシクね」


 その場で舞踏会に出る貴族の少女のような服に変えカーテシー。

 律儀な悪魔さんだこと、と心做しか思った。


「なるほど、悪魔って紫色なんだ?じゃあ紅色は違ったのか」


 紅色は『色主義』の村において悪魔の象徴。因みに黒は『魔女』を代表する色だった。


 サタン、という言葉が何を意味するのか知っていた。本には度々悪の権化として出てくるし、有名も有名だったからだ。

 だが魔界の王がここにいるのが心底信じられなかった。なぜ俺の元へ来たのか、それが分からない。


「その紅色というのは、目のことを言っているんじゃないかな?オレ達目の色はほぼ一緒だし」


 自身の目の下をトントンと叩いて主張する、長い鋭利な爪が瞳を傷つけそうで恐ろしい。

 そして、悪魔と言うやつは会話が成り立つのだと密かに驚いた。


「な、なるほど…で、俺の所へはどうして」


「そうだなァ、キミに一目惚れしたんだ」


 頬の紅潮を隠すかのように手を添えて、まるで恋する乙女かのように長い睫毛に縁取られた瞳を蕩けさせる。

 瞬きの内に間近に迫って来ていれば、


「守りたい者があッて、何にも揺らぐことのない信念…純粋純朴、純血で純潔な君がスキなんだ」


 こちらの頬を両手で優しく挟み込まれ、額と額が触れ合い、魔性の瞳が黒髪の少年を映す。

 このまま見てはいけない、本能的にそう感じて思わず手を払い除けた。


「つまり、お前はすっごく汚れてるから俺が好きってことか?よく分かってんじゃねぇか」


 鼻で笑ってみせその情熱を一蹴する。

 驚いたのか否か、狐のような目を見開いて半歩離れると、


「簡単に言えばそういうことかな、キミが綺麗に見えたからスキ、それはニンゲンでも一緒じゃない?」


「悪魔の一目惚れと人間の一目惚れが一緒か…」


 ある程度張り詰めていた緊張の糸が解れ、相対する間に相手の容姿を見定めていた。


「悪魔の王、って言ってたけど…子供が?」


 悪魔の王と言えば大人で、怖くて、すごく身長が高いイメージがあった。

 だが実際こいつは__


「あァ、子供の方が話しやすいでしょ?それに可愛い」


 くるっとドレスをひらつかせて回ってみせる。この場面だけを切り取ればただの幼い少女だが。


「オレにもね、弟みたいな奴がいてね。そいつがまァ可愛くてさ、この姿でいると双子みたいに見えてもう愛くるしいんだ」


 自身の肩を抱いてくねくねと身体を捩らせる。なんなんだこいつは、と悪魔であるという疑問がより一層深まった。


「とにかく、こんな可愛いオレと契約しない?」


 おほん、と一つ咳払いすればこちらに小さな掌を出してくる。

 もし悪魔ではなくても、空間転移できるほどのバケモノなのには相違ない。それが、信用に値しない理由だった。


「嫌だ、無理だ」


 肘を抱いてサタンから目を背ける。断固として是としない姿勢に相手は頬を膨らまして


「なんでさァ!あ、もしかしてこッちの服が好き?それともこッち?」


 上質な執事服に、踊り子のようなヒラヒラとした服、指を一つ鳴らす度に服が自在に入れ替わっていく。


「服の問題じゃねぇよ!」


 替えることを辞めない人物に突っ込み、嘆息する。なんなんだこいつは…構って欲しいのか?と悪魔である存在としては完全に見られなかった。


「あのなぁ、急に出てきて信じてとかいうのも無理な話なんだよ。信じるとしても友達になってからだろうが」


「じゃァ友達になってくれる?!」


 ここぞとばかりに詰め寄り手を小さな掌で包み込み顔の前に持ってくる。

 紅い双眸を期待に輝かせた丸い瞳を見て、無理だとも言えなかった。


「ああ、ああいいよ、友達からなら」


 バツが悪くなりその瞳を見れないまま顔を背けて意地を張るように返した。

 それでも相手は嬉しかったようで、村の服へと戻し少し離れた所で年相応に両手を挙げていた。


「ったく…」


 その様子に微笑ましいものを感じながらこちらから頭一個分身長の低いサタンを自然と見下ろしていた。

 

 __その時だった。


 地下と地上を唯一繋ぐ扉が勢い良く音を立てて開かれる。同時に黒く、白い煙が地下の天井を占めていく。


「お前さん!!早く出た方がいい!」


 階段を降りて檻の前へと走り慌てて来る薄緑色の髪の体格の良い男性。短く刈り上げた髪にはタオルのようなものが巻いてあり、熟練度を伺えた。

 そんな一見近寄り難く圧の強い男性が急いで檻を閉ざす南京錠を取り払おうとしている。黒髪の、『魔女』の疑惑がある男の子を助けようとしている。


「なんで…」


「お前さんゃまだガキだろうが!!」


 口をついて出た疑問、それを一喝されて現実に引き戻される。

 煙が、火の手が鼻腔を擽った。__燃えている?


「お前はっ…」


 すぐ後ろを、先程のサタンの手を取ろうと振り返る。

 しかし居たはずの人物は既に姿を消していて、まるで元から何も無かったかのように。


 幻覚だったと言わんばかりにただそこに黒い空間があった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 __火の手の上がる数刻前


「君は…誰だ?」


 靡く紅の髪。赤い双眸、真っ白な肌を真っ赤に包んだ少女。浮世離れした神妙さ。


「…助けにきた」


 少女が可愛らしい口元を開閉させてそう宣言する。母はその状況に半歩遅れて理解すれば


「助けにって、君が…?」


 小さい、非力でか弱い少女。

 それが誰もが口を揃えて言う第一印象だろう。そんな少女が助けるなんて、事態を理解しているのかと疑いたくなる。


「あ…君って、あの時の…怪物を倒してくれた女の子?」


「そう、てん魔物倒した」


 少女の姿形に見覚えがあり、突っかかっていた凄惨な記憶を引っ張り出して合点がいった。同時に期待が胸を膨らませる__きっとこの少女ならば、助けてくれるんじゃないか?


「君…いやてん!ミコトを助けて欲しい!」


 母より前に出て胸に手を置いて少女に協力を求める。母は状況の不理解に頭を抱えて


「ちょ、ちょっと置いていかないでくれ、まずこの女の子が助けてくれた子だと?」


「そう!お母さん、この子すっごく強いの」


 額に手を当てたまま橙色の瞳を白髪の少年へと向ける。ツキミはそれにここぞとばかりに頷いて母へと向き直り、期待に膨らんだ水瞳を真っ直ぐと橙瞳を捉えた。

 その我が子の様子に諦めたのか溜息を吐いて


「分かった、信じてみよう。助けてくれるかな?」


「てん、助ける。嘘、つかない」


 長い睫毛に縁取られた半月の眼に決意を宿して真っ直ぐと、母と子を見据える。信じてと、今度こそ信じて貰えるように。


 母は答えるように深く頷き、顎に手を置いて上下少女の容姿を見定めた後目線の高さに合うようしゃがんで微笑みかける。


「これを被って髪の毛を隠してくれるかな?私達は君も守りたいんだ」


 ケープに付けられたフードをそっと持ち上げて優しく被せてあげる。少女はその行動に暫し目を見開いた後小さく頷いた。


「いい子だ、それなら行こうか。ミコトを助けに」


 膝をついて立ち上がり、布越しに少女の頭を撫でた後村の方を見据えながら二人の子に告げる。

 少年少女は力強く頷き、決意を瞳に宿した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 三人横並びには狭すぎる通路なため、縦に並びながら森を抜ける。土で舗装された道を挟む家々、もしくは店と言った方がいいかもしれない。

 殆どの人は外へ出ており、右側中央に位置する他の家と比べて立派な家の周りに数十人が屯していた。色とりどりの髪型は遠目から見ても美しかった。


「やあやあ、ここで何を?」


 銀髪の毛先を弄りながら口元を緩ませて人懐こい笑みを人々へ向ける。両手に花と言うように両手に子を携えながら対話を試みる。


「お久しぶりです、現在収容していまして、皆で監視しているのです。」


 そう律儀に受け答えをしてくれる若い男性は薄青の髪を丁寧にセットしており、黒い瞳を細めて愛想の良い笑いをしている植物屋の店主だ。

 

「ご苦労さん、その収容している子って私の子じゃないのかな?」


「何を仰いますか、貴方のお子様はそちらにいらっしゃるでしょう?」


 まるであの子が別物とでも言う態度に額に青筋が浮かぶが拳を握り締めて耐える。ここで暴動を起こそうものなら本物の暴徒になってしまう。

 相手は悪意を全くもって感じさせない笑みを浮かべており、それがどことなく気味の悪さを感じさせる。


「分かった、ならその子供に会いたいんだけど…どうだ?」


「貴方を危険に晒すような真似は致しかねますね」


 話しがまるで通じないと歯痒い思いに胸を押えて、その様子に見兼ねた息子が母の裾を摘み前に出る。


「その子は僕のお兄ちゃんなの!だして!」


「可哀想に、洗脳されているようだ」


 地団駄を踏みたい気持ちを堪えて眉尻を吊り上げて分厚い壁を睨む。他の人はこちらを意にも返さない、全ての人がこれを正しいと思っているのか。


__「待って。」


 前に出た少年の裾を引っ張り少女が前に出る。目深にフードを被り、大人からでは顔は全く見えないだろう。

 鈴を転がすような声がその場に響いた。


「魔女、洗脳できない。あなた、嘘ついてる、嘘は…だめ。」


「この子供は?」


「迷子になってしまったようでな、家で保護している」


 黒い双眸が訝しみを孕んだ。警戒している、こんな幼子を。

 一先ずは母の言葉を信じてくれたようで、愛想の良い笑いに切り替わった。


「流石です、慈しむ心に感慨を覚えます。」


「それはありがとう。その慈しむ心とやらに私は訴えているんだが?」


「行かないと、いけない。助けるの、てんは…助けないといけないの…!」


 大人2人が言い合って居る中、少女は焦燥感を覚えていた。心から逸る気持ちを抑えきれずに薄青の男性を押し除けて駆け出していた。

 その場にいる大人は許す訳も無く、直ぐに捕まえられる。

 問題は、フードがそれを機に取れてしまった事だ。


 紅く血液のような髪の色が太陽の真下に顕になる。煌めく髪の一本一本をその場の誰が見逃すだろうか。

 華奢でか弱い体が無機質な壁に抑え付けられ、小さな喘ぎが漏れた。


「何をする!!」


「それはこちらの台詞でしょう?彼の者を匿うなどあってはならない暴挙…そうでは?」


 少女を助けようと一歩勇み出た前足はガタイの良い男性に止められ叶わない。

 目の前に槍を交差するように通路を封じられ奥歯を噛み締める。


「銀と白は神と天使の象徴…私達は貴方達を襲いたくなどありません」


「ほざけっ」


 少女は女性によって壁に押付けられ喘ぎ悶え、母は大男にその場に屈ませられていてもなお獰猛に吠えている。


 僕は、どうすればいいんだろう。

 非力で無力で無様、どうしようも無く力不足で眼窩の奥に熱いものが込み上げてくるだけ。


 俯くしかできないのか、みっともなく。

 服を握る事しかできないのか、大馬鹿者が。


 __刹那、辺りが吹き荒れた。


 橙、黄色、赤色、紅、暖色が辺りに散りばめられて村を呑み込まんとした。


 炎色(ほとのいろ)、一色だった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 「おっさん、これはどういうことだ!」


 村に火の手が上がり、惨状は正に地獄だった。

 熱い、対流熱が直に伝わってくる。空気が熱くて上手く吸い込むことが出来なかった。この空気を吸い込めば気道が焼かれ、肺が焼かれるだろう。

 瞳を熱から守るように瞼を狭めて地上の有様を見る。


「見りゃ分かんだろ!火事だ!」


 炎が猛威を奮っていた。

 木製の家が支えを無くし、床であったものが木の破片と化し炭化する。森の葉に引火すればより広範囲の大惨事になるのは免れないだろう。


「畜生、あいつらは大丈夫なのか…」


 真っ先に懸念されるのは助けに来てくれるであろう弟と母だった。

 この火事をして、助けに来たことを後悔させたくなかった。それに何よりも、怪我なんてして欲しくなかった。

 

 どうしてこうなった、一昨日までは平和に、畑仕事をして、家事をして、三人で話して笑いあっていたじゃないか。


「なんでなんだ…」


 どうしてこうも奪われなければならないんだ。どうして、どうして世間は刃物を向けるんだ。


 どうして、世の中は、こんなにも排斥する。

 どうして、世界は、こんなにも残酷になれる。


 どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして


 どうして…。


__「ミコト!!」


「ツキミ?!」


 愛しい声が現実に引き戻す。炎の手を無視して一心不乱に駆け寄り愛しい弟を抱き寄せた。

 暖かい、炎とは違う温もりだ。生きている、呼吸している、怪我もしてない。

 あぁ、ありがとう。


「ツキミ、これはどういうことだ?俺がいない間に何があった」


 肩を掴んだまま距離を取り焦燥感のままに言葉を投げかける。先ずは状況把握を優先しなくては、まだ母の無事も確保していない。


「わ、分からない…急に火が出て、僕は眠っちゃったお母さんを安全なとこに連れてって、それで…」


「分かった、でかしたぞ」


 火災の中でも母を守り運んでくれた弟に称賛を送りたいが後回しだ。代わりに雑に頭を撫でておいた。

 

「この村を出ないといけない。母さんのところに案内してくれ」


 村の住民は途方もない消化活動に明け暮れている。逃げるなら今の内だろう。

 ツキミは分かったと言う代わりに首肯してミコトの手首を掴み母の元へと駆け出していく。


 家が、燃えている。

 きっと手作りの家だろう、住民にとって命と変わらない家、生命線。それが一夜にして消えてなくなるなんてなんと儚いんだろう。

 なんて、残酷なんだろう。


「ここ!おじさんのところ一番遠かったから」


「ここも燃えちまうだろうがなあ」


 薄緑の男性が自身の生命線を見て嘆く。

 慌てて基本が石造りの鍛冶屋の中へと入り母を探す。


「いた…母さん」


 母は寝具の上に横たえられており、深い眠りに入ってしまっている。きっと、昨日から無理をし続けていたはずだ。枯渇しているのだろう、と心が締め付けられるようだった。


「ミコト…」


 寝具の、こちら側とは反対側に座っていた見張り番の少女が立ち上がる。

 赤い双眸には寂寥に瞳を揺らしており、こちらを待望していたかのように見ていた。


「__てん」


 赤瞳と紺瞳が交差する。

 魔物との一戦、一声で討ち滅ぼした鈴を転がす一声。

 きっと、否もう会いたくは無かった。だって、会ってしまったら揺らいでしまうじゃないか。


「おい!!早く行かねえとここも持たねえぞ!」


 後ろか切羽詰まった低い男性の声が聞こえてくる。その声に深呼吸を一つした後、冷静に頭を切り替えて


「てん、助けてくれるか」


「__!うんっ!」


 そう年相応に嬉々と頷いてみせるのだった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 「おっさん、母さんに傷一つ付けたら末代まで化けて出るからな」


「こんな状況で脅すなよ…」


 __村逃亡作戦の全貌はこうだ。


「母さんは起きない、だからおっさんが運んでくれ。それくらい出来るだろ」


「まあいいが、人使いが荒ゃくねえか」


「黙れ。そんでてんはミコトと母さんを守る。いいな?」


「わかった、みんな守る。てん、守る。」


「よし。ミコト、お前体調は?」


「え?すっごくぴんぴんしてるよ」


「そうか。それを維持しろ」


 鍛冶場でそう決定したのだった__


 きっとこの火災はツキミが起こしたものだと予想がついていた。ツキミの持つマナ__生命力は規格外で、幼さが更に拍車を掛けていた。

 火種の大きさは分からないが、体調の不良も無いのなら火災も対した問題では無かった。


「よし、行くか」


 鍛冶屋で必要な道具などを調達すれば準備万端。作戦決行の時だ。


「外は誰もいな__」


 ツキミが扉を開いた途端に熱風が室内へと入り込む。肺が悶え、瞳が熱から守るように水を蓄える。__その時だった。


「ミコト!下がれ__!!」


 目の前に真っ赤な液体が迸った。

 鮮血。そうと気づくのにコンマ数秒の時間を要した。

 なぜならそれが、ミコトの血液であったのだから。


「ああ神よ、お赦しください。我が罪をお認めください。悪を排したその時…この身を持って懺悔致します。」


 一撃だった。

 明確に、的確に急所を射抜いていた。

 

 弓矢だ、弓が、ちがう矢が、ミコトの、横…腹、に__


「ツキミッ!!!」


 目の前に殺人鬼がいるにも関わらずに扉から一歩もない位置で寝ている弟の元へ駆け寄ろうとした。

 それを肩を掴んで引き止めたのは薄緑色の男性だった。


「馬鹿が!死ぬぞ!!」


「煩いっ!!ツキミが、ツキミがぁ…!!」


 噎せ返る程の熱風にも関わらず声を荒らげ、喉が焼ける。煙を吸い込み咳き込み、瞳に涙が溢れた。

 どうしてこんな酷いことが出来るのだ。弟は、ツキミは、何もしていないのに。


「ああ、ああ可哀想に。悪に絆され純白を穢された不憫な少年よ。我がこの身を持ってお救い致しましょう。」


「このッ…このクソ野郎があ”ぁ”あっ!!!」


 滲む視界に映し出される彼は、殺人鬼は薄紫色の長い髪を一つに純白のリボンで括っていた。盲目的な信仰を現す白い瞳には、自身のしたことなど一切の迷いもないと言っているようだった。若い若い細身の男性だった。白い装いを煙で焦がし灰色を斑に付けていた。

 あの、この村での警察署を担っている立派な家の家主だった。


「急に人を矢で射抜くなんざちとやりすぎゃしねえか?」


 薄緑の男性が冷や汗を垂らして薄紫の男性を灰色の双眸で捉える。片腕で母を担ぎ、もう片方の腕でミコトを制していた。


「ああ可哀想に可哀想に。貴方もまた救済を求める仔羊、我が直々にお救い致しましょう」


「脳内真っ白かよ」


 奥歯をギリギリと噛み締め薄緑の男性が悪態をつく。

 何も、何の言葉も入ってこなかった。目の前の憎悪が、嫌悪が、厭悪が、喋っている。人間の化けの皮を被った悪魔が何かをほざいている。


 __ここで、魔物の一件を思い起こした。


 そうだ、また、破裂させちゃえばいいんだ。と


「…てん、こいつを…」


 紅い少女がこちらに顔を向ける。眉尻を下げ思慮している少女がこちらを見ている。腹立たしい鮮やかな血の瞳がこちらを見ている。


「殺せ」


 躊躇いなど無かった。あるとすれば、憎悪だけ。

 馬鹿だなと思った、敵に回す相手を間違えて憐れだと。


「__わるい、こと。」


 少女の一声が目の前の男性に降り掛かった。

 男性は刹那、苦悶の表情を浮かべたかと思えば皮膚が膨張し、中身が暴れだし、水風船が割れたように破裂した。

 白い装いをしていた男性は全身を紅に染め__全身なんてものは無かったか。

 辺りを赤く変えて中身が飛び散った。圧力に負けた骨が肉が粉々に砕け散っているだけ。

 人だった物が、内臓になっただけ。


 少女の悲痛の表情など目にも入らなかった。心が空いたのだ。

 あんなに魔物で恐れていたのに、人でやるのにはなんの恐怖も、後悔もなかった。


 __俺は、やっと壊れてしまったのだろうか。


「ふ…は、あは、あはははは」


 煩い口が消えて、音が消えて清々した。笑みが止まらない、笑いが止まらない、愉しかった。


「おい、おい坊主しっかりしろ!」


 目の前から両肩を掴まれて灰色の澄んだ瞳を見た。その瞳に映る俺は酷い顔をしていた。

 笑っていたのに、泣いていた。


「辛いな、分かるなんて言わねえよ。だがお前さんにゃまだ守るもんがあるだろうが」


 抱き締められていた。暖かい、筋肉質な腕に、胸に、抱き締められていた。

 

「守る…もの、」


 そうだ、まだ母がいる。ここで立ち止まってなんてられない。壊れるのは、まだ許されないんだ。


「……行こう」


 俯いて肩を掴む手を被せた。

 手の主は強面の顔で眉尻を下げ、立ち上がり母を抱え直した。

 

 __後のことはあまり覚えていなかった。


 あの後何があったか…あぁ、そうだ。


 村が敵になってて、だからみんないなくなったんだ。

 街に行く間に何度も野営して、ご飯を採って、狩って。なんとか4人で飢えを凌いでいたんだ。


 母は、目覚めなかった。きっと、二度と目覚めることがないと分かっていた。

 枯渇、したから。俺の…せいで。


 街についてからは…あぁ、あぁ、そうだ。


 街も__敵になっていたんだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 「おい、冗談じゃねえぞ!!」


 街が牙を剥いていた。街の衛兵か、傭兵か、どうでもいいが槍をこちらへ向けていたんだ。


「冗談ではない。貴様らは辺境の村を焼き殺した大量殺人の罪で指名手配されている。」


 世界は残酷だなぁと思った。一時も休めず、世界から取り残されているような、自分の体が体じゃないような離人感があった。


「こ、ここまで…ここまで来たってのによお」


 どうしてバレたんだろう、考えるのも疲れた。


「大人しく同行して貰おうか。」


 鉄のひとたちが、捕まえてきた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 鉄が首をひんやりと冷たくする。

 木の質感が首の周りにあって、窮屈だった頚椎を丸め、隙間を増やされる。


 上から鉄が落ちてきたら、死ねるのか

 そうしたら、弟に逢えるのかな。


 薄ぼんやりと大衆の中央にいる中で考えていた。


「なんでだよ…畜生、畜生。こんな、こんなつもりじゃなかったのによお…」


 世界は残酷だ。醜くて惨くて穢れている。


「殺せ!殺せ!」


 世の中は窮屈だ。偏り集り排する。


「ミコト…」


 世間が憎い。妬み蔑み心酔して。


 くそったれだ、何もかも。


 ぶち壊してやりたい、この世界を。


 __消えちまえ、惨たらしく、死ね。


____


_______


________「助けて欲しい?」


 首に枷を付けられたまま顔だけを前に上げ、声の主を見る。


 宙で胡座を掻いて頬杖をつき、鮮血のような細い瞳孔でこちらを見ている。紫色の髪は風に当てられているように靡いていて、美しいと思った。


 目の前にしゃがみ、こちらと目線を合わせてくる。綺麗な紅い瞳は濁り切った紺瞳を真っ直ぐと見据えている。

 

「助けてあげようか、皆を」


 優しい掌が頬に触れて身を任せたくなる。__否、身を任せてもいいのかもしれない。この人なら、この人、ならば。


「逢わせてあげようか?愛しい人に」


 柔らかい掌に瞳を閉じて擦り寄り、それを睫毛の長い半月型に縁取られた瞳が捉えている。


「頷きなよ、ミコト」


 あぁ、魅惑的な言葉だ。

 エデンの園で渡された知恵の実のように、本能が逆らえない。

 第六感が、警鐘を鳴らしている。間違うことの無い『勘』が、手を引いて止めている。


 もう…いいかな。


「分かッたよ、ミコト。オレはキミに応えよう」


 頬に当てられた心地の良い手が遠ざかり、名残惜しく感じてしまう。

 

 後は…何だったか。


 そうだ、てんも、おっさんも助けられて


 __『それで?』



【終】









◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 無機質な四角い建物が天へ聳え立っていた。  

 ネオンの光が人のごった返している夜道を照らしている。酔いが冷めない人、友人と肩を抱いている人、様々な人間がこの場にいた。


「文明、なぁ」


 空を仰いだ。

 大気により星空は隠されていて、以前のようには映っていなかった。


「どうしたの?空を見て。寂しくなった?」


「黙れ、しばくぞ」


 何百年も聞いた声だ。最初は耳触りが良くても容量というものがあるだろう。流石に執拗いものだ。

 はーい、と言わんばかりに肩を竦めて右後ろに浮遊している人物はサタンだ。

 悪魔を携えているなんて、今の人が聞けば気絶ものだろうか。


「逢いたい…俺は、ずっと捜しているのに」


 いくらネオンが綺麗でも、例え夜空が綺麗だったとしても、心の隙間は満たされない。

 逢いたい、逢いたい、心から、ずっと。


「浮気者め」


「黙れ」


 大きくなった背丈は17歳前後で止まっている。身長170cmから1mmも伸びていない。東の国の平均身長からは少し低いが、不便はしていなかった。

 この悪魔から言えば、ここが限度だそうだ。詳しくはどうでもよかったから聞いていない。


 人集りの中にいる。気色悪い烏合の衆を、誰も不思議には思わないだろう。

 これが当たり前で、この文化が当然で、昔のもう薄れてしまった昔の自分のようだと思った。


 ふと、一人の人物に目が止まった。


「__白い、髪」


 綺麗なまでの白髪は、この世で一人しか知らなかった。許されるのならもう一度逢いたかった。許されなくても逢いたかった人。


 世界が色とりどりに変わっていく。


 やっと、やっと、逢えたのだと。


 もう一度取り戻そう、俺の『平和』を。


__「ツキミ」


 俺は何度だって捜してやるから。


【続く】

ありがとうございました。

長編でまたお会いしましょう。

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