4月4日
第三話です。
ではどうぞ。
「う……ん」
目を覚ますと、空が明るくなり始めていた。
時計を見てみると、5時30分を示していた。
まだ少し早いし、何しろ昨日は風呂にも入らずに寝てしまったため、ついでに風呂に入ろうと、足をベッドから下ろす。
明日が来るという不幸。
もう何回繰り返したことか。
だけど、明日が来ても、結局、昨日と何も変わらない日が続くだけ。
ただそれだけだけど……。
「もう……アイツ、なんなの?」
アイツ――――時雨の姿が頭から離れない。
ボクなんかに声をかける変なやつ。
ストーカー疑惑で訴えてやろうか?
……流石にそれはあまりにも理不尽か。
「はあ……朝から気が重いな……」
髪を拭きながら、ため息交じりに呟いた。
「おはよう。未来」
髪を乾かし、制服に着替えた。
無意識にボクの足は小さな仏壇の前に向かっていた。
ボクの妹――――未来は今はもう額縁の中で微笑むだけだ。
何がいけなかったのか。
いつからこの運命は決まっていたのか。
知れるものなら知りたかった。
神様に聞けるものなら聞きたかった。
未来の写真の前においてある、未来が作ったあの花束。
花は枯れてしまっている。そしてバラバラだ。
色褪せた花弁。あの花はやっぱり、赤い。
この花束を見ると、身を切り裂かれるようなつらい過去が、頭に鮮明に映る。
「我々医師として尽力を尽くしました。しかしながら……未来さんは、息を引き取りました」
「……っ! なんで……アオイ……!!」
「お母さんまで……泣かないで……!!!」
「……」
「ねえ、おかあさん。これ……」
「これは……ミライとっ……一緒につくった花束。受け取って……ください」
赤い花束を渡す。
母はすぐに受け取る。そしてうつむく。
無言だった。
「おかあさん……ねえ……なにか言ってよ」
「おかあさん!!!」
「うるさいっ!!! 黙ってよ!!!」
母はボクたちの花束をバシっと地面に叩きつけた。
その後、母はかがんで花束を引きちぎった。
……いいや、ひきちぎり続けた。
「なんでアオイはミライを守らなかったの!!!」
……粉々になるまでに。
「全部……あなたのせいなのよ……!!」
……泣き叫びながら。
「あなたなんか、全部ミライの劣化なんだよ? わかってるでしょ!!」
……地面に叩きつけながら。
「どうせ死ぬなら、あんたのほうがマシだった!!!!」
「……いきましょう」
「ああ」
ボクは、病室に独り、取り残された。
家に帰り、ボクはそそくさと自分の部屋に入った。
壁に向かって何やらブツブツと呟いている母と、椅子に座り項垂れている父と同じ空間に居たくないからだ。
「なんで……?」
その一言が、ボクしかいないこの部屋に、ただただ溶けていったのを妙に覚えている。
それから数日、ボクは両親と話すことがなかった。
そんな呑気に話せるほど、ボクたちの精神状態が良くなかったからだ。
未来の葬式、通夜、一通りの式が終わった後……ボクは残酷という言葉の意味を知った。
数週間後、いつも通りの朝のはずだった。
ただ未来がいないだけの日が来たと思った。
「おはよう……え?」
リビングに来た私は、扉を開けたまま固まった。
いつもなら、母と父がいるリビング。
その二人がいなかったからだ。
そんな日は一日もなかった。
どちらかが仕事の準備をしているため、二人共いないという状況はボクにとって明らかに異常だった。
まだ寝ているのかという僅かな希望を持ったボクは愚かだった。
どの部屋を探しても両親はいなかった。
それどころか両親の私物が綺麗になくなっていた。
机も椅子も服も何もかも。
当時、小学生だったボクには両親を探す知恵も力もなかった。
ボクに唯一できたことは、親戚の人たちに両親の居場所を聞くこと。
……誰か知っていると思って。
だけど誰一人、ボクの両親の行方を知る人はいなかった。
そこからはほとんど記憶がない。
ただ確信したことは、両親がボクを捨てたということだ。
親戚の人たちは、警察に連絡したほうがいいのではと、提案した。でも……
『どうせ死ぬなら、あんたのほうがマシだった!!!!』
「……そうだった…んだね」
ボクは両親に会いたいという気持ちが湧くことはもうなかった。
『未来』
『ん? 何?』
『はい、これ』
『……これは?』
『誕生日プレゼントだよ。今日、未来の誕生日でしょ? 未来はお菓子が好きだから、お菓子を袋詰にしただけだけど』
『うん。ものすごく嬉しい! ありがとう、お姉ちゃん!!』
『フフッ』
『ねえ、お姉ちゃん』
『ん?』
『大好き!!』
『……ボクも大好きだよ』
……ボクも本当に未来が大好きだった。
父と母も大好きで。
なのになぜ、両親はボクを置いていったのか。
ああ……二人共ボクなんか、愛していなかったんだ。
思い返してみると、二人が笑っていたのは、未来がいたおかげ。
ボクの前では一度も笑ったことがないことを。
でもそんなことに気づいてももうなにもかもが遅かったことを悟った。
ボクは悲しさと辛さで一晩中泣きじゃくった。
……でも今はもう涙一つすら出ない。
もう親にも捨てられたような自分に泣く資格などないと思ったからだ。
「……っ!」
ボクは突然のフラッシュバックにめまいがした。
「はは……なんでまた、こんなことを思い出したんだろう。過去なんか、変わらないのに」
気が重いまま、学校に向かった。
ボクには今日、重大なミッションが課されている。
それは、入部届を出すということ。
新しい場所、新しい出会い、いつものボクなら絶対に足を踏み入れない。
今だって、そんなリスクを犯すのは避けたかった。
でも……アイツから、何としてでも小説を返してもらわなければ。
ボクは書き慣れた手つきでペンを握り、入部届をだした。
手が震える。
「なあ、何書いてんの? また小説か?」
「あ、あの……なんでそんなキラキラした眼を向けてるんですか?」
また始まった。
なんでコイツは―――――時雨はボクに話しかけて来るのか。
それに何を期待しているのか、輝きに満ちた瞳をボクに向けてくる。
「入部届ですよ。早く小説返して欲しいので」
「ふーん」
それだけ呟き、ニヤニヤとこっちを見てくる。
もう怖いを通り越して、キモく感じてくる。
「な、なんだよ。その眼は。俺なんかしたか?」
自分で何したかわかってないのか、コイツは!
「いえ、なんでも」
もう説明するのも面倒だ。
人と関わりたくないのに、向こうから関わってきたら意味ないじゃないか。
今までそんなこと、一度もなかったのに。
本当に、変な人だ。
それにしても、こんな陽キャが、文芸部に。
運動部じゃないことが不思議に思える。
ボクはペンのスピードを早めた。
「……なあ……なあ……おい!」
「あーもう! なんですか?」
静かにできないのか、この陽キャめ!!
「てかさ、何でお前敬語なの?」
「え……」
そんなこと考えたこともなかった。
思わぬ質問に言葉が詰まる。
「そ、それは……」
「同じ学年、同じクラス、ましてや隣同士なんだから、敬語じゃなくてタメ口で話そうぜ」
「は、はあ……」
こういう人種は距離の縮め方が未知すぎてわからない。
「そういえば、俺お前のことなんて呼べばいい?」
そんなどうでもいいことを質問して何になるのか。本当に意味がわからない。
「お好きなように」
「じゃあ………碧」
まさかの名前呼びに、一気に顔が赤くなるのを感じた。
なぜなら、今までボクのことを名前で呼ぶのは、家族しかいなかったからだ。
「だ、ダメです! 名前で呼ぶのは絶対ダメです!」
「な、なんでだよ……」
「なんでじゃなくて、絶対ダメです!」
「じゃあ、アオちゃん」
「もっとダメです!!」
時雨の顔を見てみると、ニヤけている。
ぜったいワザとだろ、こんの確信犯が!
「じゃあ、灰原な」
私は光の速さで首を縦に振る。
「あ、あと本当に敬語で話すなよ」
「は……う、うん」
思わず、「はい」と言いそうになったが、敬語を禁止されたので、「うん」と返した。
それが良かったのか、時雨は少し微笑んでいる。そして小さく呟く。
「あー、面白かった」
いや、聞こえてますけど?
そんなこんなでボクは部活届を書き終えた。
この会話になれるときが来るのだろうか。
ボクは早速部活届を出しに席をたった。
これでアイツと離れられる。
……あれ?
「おまえ、絶対出す場所知らねぇよな?」
「あっ……」
「もしかして図星かぁ?」
「っ!」
「ならついてきな。俺、一応部長だからな!」
部長? こんなやつが?
ドヤ顔を浮かべる時雨にボクは少しパニック気味になった。
しょうがなくボクはコイツについていくことにした。
二人で歩く道、なんだか懐かしい気がする。
そしてちょっとだけズキズキする。
「お前、小説書くの、好きなのか?」
「そりゃあ、ずっと書いてるんだから…」
「……なら良かった」
温かな風が吹いた。
ボクの中に、なにかよくわからない気持ちが湧き上がってきた。
――――早くこの何かを、活字に表したい。
正直ボクは、アイツから小説を返してもらったら、部活はすぐやめて一人で書こうと思っていた。
でも……もしかしたら。
「失礼しまーす!!! 先生! 新入部員連れてきましたー!!!」
ドアを蹴り飛ばす勢いで開ける。
どうやら部室は図書室のようだ。
と思ったその瞬間。
ボオオオーン……ドゥンドゥン……
奇妙な音楽が耳に入ってくる。
しまった、変な宗教に騙された。
ボクは怖気づいた。
逃げようとして後ろを振り向いたその時。
「いらっしゃあーーーい!!!!!」
「ぎゃああああああ!!!!!!!!」
ボクは驚きのあまり腰を抜かした。
「おいおい、背後から来ると流石にコイツも驚くだろ?」
「だってぇ、せっかく入部してくれたんだしぃ〜」
「あと何回この音楽流すんだよオバちゃん、耳壊れるぞ」
「うそお、ガムラン聞くときが一番、生を実感するのにぃ」
「あの……この人は……?」
「顧問」
「えっ、顧問!?」
「はじめましてぇ。文芸部顧問兼司書の辻川柘榴っていいますぅ」
「えっ、は、灰原碧です…よ、よろしくお願いします……」
「うええぇぇ……音酔しそう……先生この曲はもう勘弁して」
そういい図書室から青ざめた顔して出てきた女子生徒。
その子と目が合った。
「あ! 確か去年の!」
「あ、えっと……糸日谷さん、でしたっけ?」
「え! 覚えてるの?! 入ってきてくれて嬉しいよ!」
糸日谷つつじさん。去年、クラスが同じだった人だ。
いつも明るくて、いきいきとしている、クラスの中心的な人物だ。
1度同じ班になったことがあって、こんなボクにもすごく優しくしてくれた覚えがある。
「はあ、やっと文芸部らしい人が来た」
次に来たのは、眼鏡をかけていて、見るからに賢そうな男子生徒。
「え……えっと……部長さん? でしたっけ」
「おいっ!! 部長はこの俺だってつってんだろ!!!」
「沖田睡蓮だ。こんなうるさいヤツは放っておけばいい。さっさと書くぞ、小説」
「はーい」
最近できた部活だから、部員はボクを合わせて4人しかいないそうだ。
しかも全員高校2年生。
だから、顧問の先生がおらず、柘榴先生が司書兼顧問となっているわけだ。
ボクは早速原稿用紙とペンを持ち、席についた。
沖田、という人はパソコンを開き、黙々と作業に取り掛かった。
一方2人といったら……ただの雑談だ。
「ってかさ、ときっち。どうやってこのコ連れてきたの? 脅したの? まさかナンパしたとかじゃないよね? そういう癖やめたほうがいいよ、マジで。そんなんだからいつまでたっても彼女ができないんだよ」
「うるせぇな。んなこと、俺がいつ……」
糸日谷さんが呟いたことに時雨が反論しようとしたが、その言葉は途中で止まった。
「え、待って、コイツ女なのか?」
「はあ? あったりまえでしょ? もしかして男だと思ってたの? これがどういうふうに見たら男に見えるわけ?」
そう言い、ボクの肩を揺する糸日谷さん。
ボクも動揺を隠せない。
「え……だ、だって、コイツさズボンにネクタイしてるし。女だと思わねえって」
「ときっち。あんた、言葉を慎みな。そんなことを外で言ったら、社会的に殺されるよ」
「スミマセン」
ボクは恐る恐る時雨の方を睨んだ。
一瞬、目があったがすぐにそらされた。
顔が赤くなっている。
(き、気まずい………!!!)
ボクも時雨もどう切り出せばいいのかわからず、沈黙が訪れた。
「ねえ静か過ぎ! せっかく来てくれたんだし……みんなもっとお祝いムードとかないの?これじゃあガムラン鑑賞会じゃん!!!」
「確かに、それは嫌だな」
3人のつぶやきが揃った。
「そんなぁ!!!! ひどいわぁー!!!」
そんなこんなでボクの歓迎会が企画された。
ゴールデンウィーク、淡藤川という川でキャンプをするというものだ。
淡藤川というのはその名の通り、周りに藤がたくさん咲いているためその名がついたと言われている。その上、川がとてもきれいなので、水面に映る藤がまた一段ときれいなのだそうだ。ゴールデンウィークは5月。その時期が今、藤が一番満開に咲いていて、まさにうってつけということで……。
こうしてボクの文芸部の生活が幕を開けたのだ。
第三話どうでしたか。
今回は少し長めでしたね。
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