46.タイムマシンなら屋上に欲しい
次の日の朝、料理する音と、テレビの音が聞こえてきて、目を覚ました。時計を見ると、七時半だ。花田家は、休日であっても、規則正しい生活を送るのようだ。
パジャマから自分の洋服に着替えて、ふすま一枚隔てた居間へ出る。
「おはようございます」
「薫ちゃん、おはよう」
「おはよう」
「おはようございます」
挨拶すると、葵さん、彼方さん、紺君の順番でそれぞれ挨拶を返してくれた。
用意されていた朝食は、トースト、ハム、スクランブルエッグと、朝ご飯の定番の洋食だった。普段、兄貴と私の二人暮らしの生活では、買いおきの菓子パンを食べるだけなので、おかずもある朝食というのは新鮮だ。
どうやら、三人とも私が起きてくるのを待っていたようで、すでにテーブルについていたので、私も慌てて紺君の隣の席につく。
「では、いただきましょうか」
葵さんの言葉で、皆でいただきますと手を合わせ、食事を始める。
「薫さん、今日の予定なんですけど、甘露をつれてついてきてもろていいですか。薫さんの元もといはった時代に送っていきます」
「紺君、ありがとう。よろしくお願いします。そういえば、甘露ちゃんを私の元いた時代に連れて行ってしまったら、甘露ちゃんはどうやってこの時代に戻ってくるの?」
「甘露は元々うちにいる猫てわけではないんです。たまにふらっと現れるので、勝手に名前つけて読んでただけです。だから、おそらく、薫さんのいた時代が甘露の過ごす時代なのではと思てます」
紺君の言葉を聞いて納得する。確かに、現在、迷い猫探しの依頼がきたということは、甘露ちゃんは現代の花田家で飼われている猫なのだろう。
「あの、今日泊めてもらったお礼に、何かお手伝いできることはないですか」
「そんなのいいのに。薫ちゃんが大変な目に遭っちゃったんだから。あ、それなら、毎朝、紺に境内の落ち葉掃きをお願いしているから、薫ちゃんも紺と一緒にお願いできるかしら」
私と紺君は十分ほど境内を掃き掃除したあとで、甘露を連れて花田家を後にする。葵さんと彼方さんは、玄関で見送ってくれた。
私は、いつのまに玄関にやってきていた甘露を腕に抱いて歩き始める。
「薫さんは、ちなみに、どうやってここまで来たんですか」
「歩いてきたよ」
「そやのうて、この時代に来る直前は、どんなことをしてたんですか」
「ああ、ラジオ会館の屋上にいて、写真撮ってたよ。そしたら、いつのまにか甘露ちゃんが足下にいて、気づいたらこの時代に来てた」
さっきから、私は、なれた様子で休日の混みあう秋葉原駅前を危なげなく歩く紺君の後をついて歩いている。私たちは、神田ふれあい橋を渡り、秋葉原駅前に出た。
「どこに行くのかと思ってたら、ここってラジオ会館じゃん」
「まずは、屋上まで上ります。階段で」
「屋上ってたしか八階だよね?エレベーターかエスカレーターじゃだめ?」
「確実にするために、念のため階段で行きましょう」
そう言われてしまうと弱い。ついこの間、パリでエッフェル塔に階段で登ったときのことを思い出す。私はさっきまでのように、紺君の後ろに続いて階段を登ろうとしたけれど、紺君に先に登るように促される。もしかしたら、並び順まで指定があるのかもしれない。
現在のラジオ会館の建物とは違い、古い建物特有の薄暗さと、ひびく音の中、私たちは黙々と階段を登っていく。
何分くらい経っただろうか、息が上がってきたころ、無骨な金属製の扉が目の前に現れた。やっと屋上へ続く扉にたどり着いたようだ。鍵がかかっているかと思ったけれど、ドアノブを回して扉を押すと、すんなりと開く。ここに来るまでは、朝特有のやわらかな心地よい日差しだったのに、この屋上は日差しがまぶしく目に刺さるように感じられた。私は、そのまま屋上へ一歩出て、ドアをいっぱいに開け、後ろにいるはずの紺君を振り返る。
「紺君、屋上ついたよ。次はどうしたらいい?」
返事がない。いつのまに紺君のことを引き離して屋上に到着してしまったのだろうか。屋上を背にして、階段へ引き返そうとした、ちょうどそのときだった。
「薫?もう周り見終わったん?」
屋上の方から梢さんの声がした。振り返ると、昨日と同じ服装のままの梢さんが立っていた。私は目を見開いて立ち尽くす。言葉が何も出てこない。
「どうかしたん?その抱えてる子、迷い猫依頼の子やんか。いつの間に見つけて来たん?」
私の腕の中にいる甘露が、ミャアと鳴いた。
さっきまで、紺君と一緒にいたことが全て白昼夢だったのかと思った。でも、確かに私はさっきまでタイムスリップしていた。甘露が今私の腕の中にいることが何よりの証拠だ。
「梢さん、今日って、何年だっけ」
「は?二〇二六年に決まってるやろ。あ、和暦ってことか?たしか令和8年やろ」
「私、実はついさっきまで過去にタイムスリップしててさ」
「タイムスリップやのうて、妄想の世界にトリップしてただけやろ」
「本当なんだって。この甘露ちゃん、どうやら時をかける猫みたいだよ。昨日は甘露ちゃんの飼い主さん家族の家に泊めてもらったんだよ」
私は、昨日(私の体感からすると)この屋上でタイムスリップしてから、今までのことを梢さんに話す。私の話を聞いた梢さんは腕組みして、珍しく難しい顔をして言う。
「じいちゃん、こうなることを分かってて、薫にこの仕事をまかせたんかもしれんな」
「少なくとも、甘露ちゃんが時間を行き来できる猫だっていうことは、依頼受けたときに依頼主の紺くんから聞いて知っていたと思う」
「嫌やわ。教えておいてくれたってええやん」
「それはそう!私がどれだけびっくりしたか!」




