「ウェルスフォルカの悪夢」について
話題でだけは散々出ている「ウェルスフォルカの悪夢」について、少々解説を。もちろん実際はもっと複雑な展開ですけれども、だいたいこんな感じ。
図書室から借りてきた、フォースター家の資料を、全速力で速読します。
飛び級女子大生の速読能力を、あなどってはいけませんよ。
おじいさまから、デザイン料のつもりでせしめたチョコレートで、覚醒ドーピングと栄養補給をしながら、ひたすら資料を読みます。
『アルビノア東部諸侯家の歴史』
『黒の軍団 ~フォースター家精鋭部隊の誕生~』
『レイモンド・フォースター伝』
『偉大なる将軍 ハロルド・フォースター』
『南東部アルビノア地誌』
「スタンブリッジ会戦におけるフォースター軍の歴史的評価」
「ダレン・ライリーの手記に見るユリゼン遠征の実像」
最後のあたり、何故か歴史学の論文まで混じっていますが、気にしない。
ダレン・ライリー。100年ほど前の職業軍人で、フォースター家の当主を支えた実務家でもあります。そして、ユリゼン遠征にも参加しています。
この戦争を経て、我がアルビノアは一気にユリゼンに植民都市を増やし、現地から膨大な資源を奪い取r……獲得するに至りました。
覇権国家アルビノア、を確立させた戦いの一つ、とも言われます。
あと、歴史書を読み直して思うのは、アルビノアとフランキア、もとい、旧フランクスの仲の悪さ。
なるほど、イギリス的な国とフランス的な国だな、と理解しました。
百年戦争しとる……
アルビノア王国の起源は、ウィリアム1世征服王による、いわゆる「ノルマン=コンクェスト」的なイベントに遡ります。
ところが、征服王から約200年後、その男系子孫が絶えます。
女系で征服王の血をひく者が王位を継承し、中期アルビノア王国になるわけですが、この王位継承がものすごく揉めました。
アルビノア王位に就いたのは、女系で征服王の血をひくアルビノア貴族だったのですが、フランクスにも征服王の血を女系でひく貴族がいたのです。
地球の英仏百年戦争は、フランス王家カペー朝の男系途絶に端を発しますが、アルビノアとフランキアは逆展開なのですね。
その後「女系でいいなら」理論が、方々に飛び火して戦禍が拡大。
最終的に、大陸教会の介入によって決着したのです。
大陸教会の仲裁の結果、王位を確保したのが中期アルビノア王国です。
そこから宗教改革へと流れるわけですから、なるほど、大陸教会がアルビノアを裏切り者と非難するのも、歴史学的に見れば仕方ありません。赤毛の女王オリヴィア陛下が、魔女よばわりされるのも、やむなし。
しかし、誰のおかげで王位を確保できているんだとばかりに、教会勢力からの徴税だの寄付要請だのを受け続ければ、反感が高まるのも当然ですよね。
まして、中期アルビノア王国は、火山灰の土壌改良研究も道半ば、ジャガイモの栽培もまだ伝わっておらず、国力は微々たるものでした。
最終的に、アルビノアは大陸教会勢力を叩き出し、異端宣告と引き換えに、宗教的独立を勝ち取ります。
ただし、フランクスとの百年戦争を上回る、大内乱期を経て、の話です。
いわゆる『ウェルスフォルカの悪夢』は、大内乱期の一部を指すものですが、しかし今では、この語だけで大内乱期全てを示すこともあります。
クローヴィス・ウェルスフォルカ卿が、アルビノア史に与えた衝撃は、それほどまでに甚大でした。
ウェルスフォルカ家は、東部諸侯家の一角を占める、建国期に遡る軍功貴族の名門でした。クローヴィスはその末子でしたが、基本的にアルビノアは実力主義であり、彼は兄弟を排除して当主の座を手に入れます。
歴史的悪評が極めて高い人物ですが、清廉で潔癖な理想主義者であり、強烈なカリスマ性の持ち主だったそうです。
権力欲をカウントしないなら、基本的に無欲で、部下に対してきわめて気前が良く、非常に慕われていたとのこと。
ただし、その理想主義は、宗教改革という動乱の時代においては、すさまじい劇薬として作用してしまいました。
アルビノア史上最大の動乱「ウェルスフォルカの悪夢」について。
クローヴィスは、大陸教会の教義にもついていけませんでしたし、アルビノア国教会の主張にも共鳴できませんでした。
徹底的な理想主義者である彼は、両者に対して反発し、自身の考える「正義」を体現した国家の建設をもくろみます。
そして、中期アルビノアの王室関係者を、虐殺しました。
お姉さまの一門の総本家であった、マグナ=カエラフォルカ家も断絶。
狭義の「ウェルスフォルカの悪夢」は、彼が戦争に勝利し続け、東部から北部にかけてのアルビノアに、事実上の独立国をつくっていた時期をさします。
この時、クローヴィスに徹底抗戦したのが、シムス地域とエリンでした。
クローヴィスが樹立したのは、軍功貴族を主体とした軍事政権です。
当然、その方針についていく学術貴族は一家系もありませんでした。
学術貴族は、その豊富な知識と専門技術とを注ぎこみ、王家とともにクローヴィス打倒に尽力しました。
学術貴族と、王家に味方した諸勢力が「王党派」です。
当時のアルビノアは、王党派、クローヴィス派、そして干渉してくる大陸諸勢力、それに乗じて権利の拡大を図る農民を主体とした地域勢力とで、非常な混乱状態にあったようです。特に、現ドーヴァー侯爵領は、ぐちゃぐちゃの最前線であった模様。
なお、我が「マグナ=アルステラ」家が、エリンの「ボナ=アルステラ」家を分離させたのが、この内乱期です。
ハイランドからグレートノース山脈にかかる防衛ラインを、有効に活用するためには、正確な測量と地図作成の技術が必要でした。つまり、アルビノア島の北東部、エリンの近辺地域です。
しかし王領エリンは、当時から人の出入りを厳しく制限していました。その出入り口である、グレートノース山脈の一帯もです。
そこで当時のアルステラ当主は、エリンの測量を行った家系を、本家から分離することで、王家の秘密を守ることに協力したのです。
内乱は、クローヴィスの急死により、王党派の勝利で決着します。
ウェルスフォルカ一門は、徹底的に粛清されました。
クローヴィスに味方した軍功貴族の一門は、ことごとく地位を失い、替わってこの戦いで活躍した者たちが、新たに軍功貴族として立てられました。
フォースター家が、伯爵家から侯爵家に昇叙されたのも、この内乱期。
つまり「ウェルスフォルカの悪夢」の時代は、フォースター家のご先祖様が大活躍した時期でもあるのです。
フォースター家の歴史記録が、百年戦争と「ウェルスフォルカの悪夢」の時代に集中するわけですよ。
クローヴィス死後、ドーヴァー侯爵となったフォースター家は、戦災でペンペン草も生えないような焼け野原になった領地を、学術貴族たちの支えを受けながら、なんとか復興した模様。
ドーヴァー侯爵領は、フォースター家の旧領であるヘイスティングス伯爵領に、没落した周辺諸侯の所領を合併させて成立したもの。
つまり、フランクスとの最前線という事実は、昇叙されても何一つ変わらなかったわけです。むしろ任される軍港の数が増えたので、軍務の厳しさはさらに強まったかもしれません。
とりあえず、ドーヴァー侯爵家が、陸海ともに精強な兵を揃えた、アルビノアの最精鋭部隊を擁していることは、よく分かりました。
海軍は、マリナ=アルスヴァリ家が顧問として、学術貴族とは思えないほど、非常に強い発言力を有しているようですが、フォースター家とマリナ=アルスヴァリ家は、代々親密な関係の様子。まぁ、当然ですよね。
そんなマリナ=アルスヴァリ家ですが、最も肩入れしているのは、ケント公爵家。うん、公爵家なら仕方がない。いわば、王家の分家ですもの。
なお、近代アルビノア王国においては、公爵家には軍功貴族・学術貴族の区別がありません。
公爵家は、王家のスペアとして保護されている家系であり、存在するのが仕事です。国への貢献は義務ではないどころか、むしろ何もしないのが望ましい家。
今のアルビノアにおいては、王は「君臨すれども統治せず」です。誇りを持ってお飾りに徹してくれる存在こそが、庶民院の求める理想の「王」。王家に連なる公爵家もまた、それに準じる存在、というわけです。
さて『南東部アルビノア地誌』を読み込んでいると、ばあやが夕食の呼び出しに来ました。
気分としては、さっきお茶をしたばかりのような……チョコレートか!
間食が過ぎたようです。
うっ、チョコレート禁止令が出されませんように!
前菜は、冷えた葉物野菜と、マヨネーズで和えたマッシュポテト。人参と紫玉ねぎが色鮮やかで、酸味が食欲をそそります。
次は、多種多様な香辛料が香り立つ、トマトスープで煮込んだ魚介類……これは、伝説のブイヤベースですね、きっと!
小さなパンをかじって、お肉はローストビーフ。シンプルな調理法だからこそ、料理人の腕と素材の味に、一切のごまかしが利きません。美味しい。
アップルパイをいただいて、食後の薬草茶……あれ?
「今日はずいぶんと略式でしたね?」
「お前がチョコレートを、ぼりぼりかじっていると、ヴィッカー夫人から報告があったのでな」
「はうっ!」
私が本に集中している間に、ばあやが、そんなことを……
……ありがとう! これで食材が無駄にされることは避けられました!
「あの魚介のスープは、初めて食べました」
「たしかに、アルビノアではあまり食されないな……フランキア南部の料理だ。料理人たちの賄いだったのを、こっちに回させた」
「えっ?」
それは横取りしてしまったということでは?
「そのかわり、わしら用の食材を彼らに融通したから、今頃はなかなか食べられない食材で、あれこれと新しい料理に挑戦しているだろう。自分たちで食べる分には、どう失敗しようと問題はないからな」
なるほど、win-winというやつですね!
良かったと胸をなでおろすとともに、少し疑問。
「フランキア南部の料理が、厨房の賄いで作られたのは何故です?」
「うちの料理人は、母親がフランキア人でな。この魚介スープ……南フランキアの方言で『ブイヤベッソ』というのだが、これは彼女にとって、お袋の味というものらしい」
初耳! 長いこと彼女の料理を食べてきましたが、まさかフランキアの血を引いていたなんて……この世界のフランキア料理も、フランス料理的な美食だったりするのでしょうか?
だとすると、アルビノアの料理とは美味の競演になるのでしょうか?
……それとも、まさか、フランキア系の料理人がいるから、このクライルエンの屋敷の料理が美味しいだけで、そもそもアルビノア料理は不味い?
「アリエラ、何を考えているのかね?」
「私はこの屋敷の料理しか知りませんが、アルビノア料理とは、一般的に美味なものとして認知されているのでしょうか?」
どうしても、前世の都市伝説「イギリス料理は不味い」を思い出します。
アレルギーだらけだった私には、たとえば「うなぎのゼリー寄せ」とか、写真でしか見たことのない、まさに伝説の食べ物でしたが。とりあえず、控えめに言って食欲を減退させる外見だな、が、当時の私の感想です。
「どこからそういう発想になったのか、さっぱり分からんが……少なくとも、今のアルビノア料理は、燕麦粥しかなかった過去のものよりは、ぐっと美味しくなっているだろう」
いや、そういう歴史的な話ではなくてですね!
もっとこう、他国の料理と食べ比べた時に、美味しいとか不味いとか……
「おじいさまは、海外の料理も色々と召し上がっているのでしょう? もっとも美味しいと感じたのは、どちらの料理でしたか? 他国の料理に比べて、一般的なアルビノア料理というのは、美味しいものですか?」
真面目な歴史の話をしたと思えば、結局メシの話で終わる。
ブイヤベッソはイタリア訛り。古くはフランスでもこう発音したらしいです。
用語は昇叙と陛爵で迷った。
公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の分類は、中国周代の封建制が元ネタでしょうが、もちろんアルビノアの貴族制度は、イギリスとも周とも違います。




