手土産デザイン課題
§3「アリエラ人生初外出編」開始。5話ぐらいまではまとまっている。その先は出たとこ勝負です。
(この小説は、オチに使うイベントしか決まっていません。つまり、目的地だけは決まっているけれど、交通手段もルートも経過時間も何も考えていないぶらり旅です)
真冬の最中、クライルエンの屋敷は、すっぽりと雪に覆われています。
外出なんてできないし、する気にもなれません。
ぬくぬくと暖炉のそばで、本を読んだり、デザインの素案を描いたり。
デザイン画の提供に関しては、法律の専門家と、スタンフォード商会との間で、正式な契約が成立したようです。
私はサッパリだったのですが、あの契約書は、私だけではなく、向こうにとっても結構穴があったそうな。
「やはり、大人に隠れて契約書を作るというのは、無謀でした」
同席させられたユージーンのセリフに、お前もか、という気分でした。
自分の未熟を直視させられるのは、つらいですよね!
あと、ロイに初めて会いました。ロイ・ヴィッカー。私の乳兄弟。
私とスタンフォード商会の契約の取りまとめは、カーマーゼン子爵家の法律顧問の一人でもある、フィン・ヴィッカー氏が担当したのです。つまり、ロイの父。そして私の乳母の夫であり、要するにばあやの息子です。
「はじめまして、ロイ・ヴィッカーです!」
多分、一般的な6歳児というのは、ロイみたいな子を指すのです。何にでも興味を持つし、質問しまくるし、でも飽きるのも早い。
しょっちゅう、父親であるフィンさんに、お叱りを受けていました。
まぁ、めげないで走り回っていましたけれどもね。
つくづくファーガス様って異質ですよね。
自分のことは大いに棚上げしますよ。私の中身は女子大生なので。
あの年であれだけ老成していらっしゃるというのは、逆にいったいどんな環境でお育ちなのか、恐怖さえ感じます。
アルスメディカ一門、こわい。
現在、私が適当に描いているのは、炎をモチーフにしたラペルピン。
火山学者でいらっしゃる、お母さまの分です!
横の安楽椅子で、本を読みながら、時折メモを取っていらっしゃるおじいさまの胸には、私がデザインしたピンが光っています。
学会でもないのにつける必要はない、と思うのですが、おじいさまは、孫娘がデザインしたというだけで、毎日でも使われたい様子。
なお、おじいさまからは追加注文も受けました。お代はチョコレートで。
さすがに、祖父から、6歳児がお金取ったらダメでしょうし。
……とか思っていたのですけれど、銀行に私名義の口座が開設されて、そこにお金が振り込まれているそうですよ。なんてこと。
「石は何を使う予定だね?」
「明るいオレンジ色のコランダムでも良いと思いますが、オレンジ色のガーネットでも悪くはないかと。お母さまのご実家の、アグラ=アルスヴァリ家は、緑色のグロッシュラー・ガーネットが『家門の石』ですから」
「オレンジ……満礬柘榴石か」
ヘソナイト・ガーネットというものもあるのですが、この世界では未発見かもしれません。見つけたら論文にまとめるのです。あの独特のインクルージョン……!
「この石留めは、どうすると考えている?」
「三面図で仕上げますので、それでも分からなかったらご質問くださいまし」
だいたい、この段階の図というのは、好き勝手に描いているので、プラチナが使えなければ作れないとか、そういう多々ある技術的制約を、すべて無視して、とにかく描きたいように描いているだけなのです。
「でも、おじいさまったら、いつも石留めのことを尋ねられるのですね」
「あの留め方はなかなか面白かったからな」
「どの?」
「小花束のブローチだ。爪を細工と一体化させた」
日本で考案され、大正時代に流行した、「ねじ梅留め」というタイプの金具を参考にしたものです。中央の宝石をめしべに、爪をおしべに見立て、その周囲に金具の花弁をつけて統一感を出しました。
それを、ヴィクトリアン・ジュエリーの特徴的な技術の一つ、小さなスプリングを仕込んでゆらゆら揺れる、トレンブランに合わせると、躍動感のある一品ができあがりました。
「お前は、ただ石を台座に留めようとするだけではなく、その台座や爪までも、美しく飾ろうとする。台座の透かしもそうだ。裏側から見ても手を抜かない作りというのは、一級のジュエリーには当然のことだが、横から見ても新たな驚きがあるというのは、非常に興味深い」
「正面から見ても、後ろ姿でも美人ならば、横顔も美人であるべきかと」
「なるほど」
ねじ梅をパクッt……参考にした、トレンブランの花束ブローチは、カーマーゼンの本宅の庭を設計した、ロサ=アグリス家がお買い上げとのこと。
さすが、造園と園芸の名門。
ちなみに薔薇のモチーフは、アルビノアの国花であるため、国際式典では基本的に使用してはいけないのですが、ロサ=アグリス家だけは例外だそうな。そりゃまぁ、薔薇の品種改良が仕事ですものね。
「お前は描く時に、まず作りたいものから考えるタイプかな?」
「そうですね」
「石を見てからデザインを考えることはできるか?」
「できると思います」
ふむ、と少し間をおいて、おじいさまは立ち上がりました。
「両目を手で覆って、しっかり押さえて、視界をふさぐ」
「……こうですか?」
「そうそう……そのまま、少し待ちなさい」
ガサゴソ、ガタンガタン、パチッパチッ、ガチン! バタン!
何か秘密の金庫でも開けているような音です……この書斎に、そんな仕掛けが隠されていたとは。
「目を開けて良いぞ」
「んー……」
結構強い力で押さえていたからか、視界がぼんやりします。
おじいさまは、私の眼前に、豪華な布が張られた箱を置かれました。
「この石で考えることはできるかね?」
「ふあぁぁっ?!」
おっ、お……おおお……
何という、何というこの世の神秘! 世界の宝!
2桁どころか、3桁カラットもありそうな宝石が、無造作にごろごろと!!
「ルビー……サファイア……エメラルド……」
「こっちはトルマリンだな。で、これがトパーズで……」
おじいさまが箱の一段目を取り外すと、二段目には、ピンク・トパーズが、ぎっしりと詰まっていました。
すごい……色味も揃って、傷や内包物の少なさから、透明度から、そっくり同じぐらいの品質です。
「鉱物学的には黄玉だが、ブライトン侯爵家が『家系の石』にしているのは、黄色のものに限定される。つまり、ピンク色のトパーズは、どの家の『家系の石』にもなっていない。色の愛らしさもあって、上流層の女性に人気の石の一つだ」
「ほほう」
「で、こちらが本題の石なのだが」
ぱかっ、と2段目が取り外され、3段目が出てきます。
黒くて地味なカボション……いえ、これ……星彩効果?
「ブラック・スター・コランダム?」
「その通りだ」
つまり、ブラックスターサファイアです。多量に含まれた微細繊維状のルチルによって、六条のスターがくっきり浮かんでいます。
私は個人的に好きですが、宝石としての経済的評価は低いです。
「お前にデザインの課題を出そう」
現在、私は昼間も戸外を出歩けるようになるために、ドーヴァー侯爵フォースター家に働きかけをしています。
つまり、かの家門が黒曜石を「家系の石」に賜った、国外での戦争。
その際に、ユリゼン大陸での戦いを進めるために導入された、遮光装備。
それを手に入れれば、私の活動可能範囲は、一気に広がるはずです。
おじいさまの課題は、ドーヴァー侯爵夫妻への「お土産」デザインでした。
ドーヴァー侯爵夫人は、国内外を問わず、宝飾品の収集がご趣味だそうです。
そして、おじいさまに、夫人が先日入手なさった、古いジュエリーを鑑別するために、お声がかかったとのこと。
「ここにあるブラック・スター・コランダムは、何をどれだけ、どう使っても、構わない。夫妻のお気に召すようなジュエリーを考えてみせろ」
ごろごろごろ、と広げられたのは、片手では足りない数の裸石。
ソラマメ大のものから、小さなものまで、その全てに星が光っています。
「良い出来だと思ったら、わしはお前も連れて、フォースター家に行く」
「確かに、承りました!」
学術貴族式の敬礼で、答えます。
これは、何としてでも乗り越えなければならない試練です!
うなれ私の、前世を含めた記憶バンク!!
見知らぬ大地を歩くために、私は生まれ変わったのです!
「よし。ロンディニウム大学・地質学教室元教授、アルビノア宝石学会理事たる、クロード・ケンジー・アルステラの名において、アリエラ・ウェンディ・アルステラに求める。出立は4日後の朝だ。それまでに、清書したデザイン画を用意するように!」
「はいっ!」
相変わらず昼寝をする幼女の体質ですが、このところは活動可能限界時間も、長くなってきています。素晴らしきかな成長期!
そして、秋から日没後にちょこちょこ戸外を歩くようになったおかげか、一瞬ぐらいの小走りなら、もはや咳き込むこともなくなりました。
育てた体力をフル活用し、絶対に間に合わせますよ!
「今後の方針について聞かせなさい」
「まず、図書室の資料で、フォースター家の歴史を把握します。そこから使うべきモチーフ・イメージをいくつか絞り込みます。また、おじいさまから夫妻の人となりをお聞きして、テーマを確定します。些か礼を失しますが、それは食事時にさせていただきたく存じます」
家族だけの食事の時は、会話はしないのが礼儀ではありますが。
しかし、事は一刻を争いますので。
「うむ。良いだろう。それで?」
「明日の日が出ている時間帯を全て使って、石の計測を行います。形や重量、星の出る角度などを計算し、具体的なデザインに落とし込みます。明後日中には候補のデザイン画を絞りこんで、おじいさまに審査していただきます。合格するものがあれば、それを清書し、4日後に間に合わせます!」
「よろしい。では、取りかかりなさい」
「はいっ!」
メインの色石は、ブラック・スター・コランダム。
添える石は、ホワイト・トパーズ。供給量はもちろん、輝きから推しても良さそうです。ダイアモンドほどギラギラしてはおらず、しかし水晶よりは艶がある。良質のものなら、程よい透明感があるでしょう。完全劈開が難ですが。
問題は、どのモチーフを使うか。
せっかく黒地に星が浮かぶのですから、できれば夜空をテーマにしたいのですが、これは私の個人的な要望です。課題はそうもいきません。
歴史的に考えて「不吉」とされるモチーフがないか、逆に「吉兆」とされるモチーフは何か、歴史書を漁って確認なのです!
ジュエリーコーディネーター検定3級の教科書を読破しまして、またボチボチ過去の記述で胡散臭いところがあったら訂正しながら進んでいきます。早く2級も読まねば……
でも2級の教本って 4 冊 組 なのです。3級は1冊なのに!!




