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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
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それぞれの道へ

またも頑張る描写は飯テロ。美味しい食事こそこの世の正義。

先に書いておくと、作者は軍事の知識はありません!


この話で§2は完結。

§3では、いよいよアリエラの活動範囲が拡大……する。きっと。たぶん。






 夕食の席で、お姉さまを見ると、なんだかすでに泣きそうです。

 明日の朝食を最後に、お姉さまはカーディフの全寮制学校に戻ってしまわれるのです。

 泣きそうになりながら、それでもご飯はおいしいのです。


 前菜は、柑橘系の爽やかな酸味が、ほのかに苦い香草とマッチした、冷たいサラダ。削ったチーズのふわふわした口当たりが面白く、また酸味の尖りを柔らかくしてくれます。薄切りの紫玉ねぎの色合いが、見た目にもきれいです。また、独特の辛みが、この先の食欲を掻き立ててくれます。


 スープは温かいポタージュ。カボチャですね。丁寧な裏ごしによる、滑らかな口当たり。散らしたパセリとの味の相性もバッチリ!


 お次は魚料理。ふわっと柔らかな白身魚。蒸してあるのでしょうか。ほどよい塩味に、またレモンをかけると、爽やかな香りと酸味が広がって、一皿で二度美味しいです。添えられた冷たいマッシュポテトは、玉ねぎの味が少し入っていて、次の料理への期待を膨らませてくれます。


 メインの肉料理。今日は柑橘系ソースが流行りなのでしょうか。鴨肉のローストに、オレンジのソースです。さっぱりした口当たり。一皿が少し多めに盛られている感じなのですが、パクパクいただけます。


 そして、フランス料理でいうところの、フロマージュとデセールを合体させたと思しき、チーズケーキ。いえ、別々に出されても、幼女の胃袋は容量が小さいので、味わえなくて悔しいだけですが。

 お砂糖控えめ、こんがりと焼き上げられたビスケット生地と、ふんわり焼かれたチーズの……ああ、乳製品が食べられる幸せ!


 チョコレートと薬草茶で締めくくりです。

 夕食にカフェインを摂取しても良いのでしょうか、と思ったのですが、エレンお姉さまの顔を見ると、おそらく、おじいさまなりの特別サービスなのでしょう。明日の夕食は、全寮制寄宿舎です。

 チョコレートなどという贅沢品が、寄宿舎の食堂で出てくるとは思えません。


「はあぁ……可愛いアリエラとも、美味しい食事とも、もう明日でお別れか」


 お姉さまは、名残を惜しむように、小さなチョコレートをさらに割りながら、ちょっとずつ召し上がります。

 おじいさまが、ははっ、と苦笑されました。


「その後は、士官学校でさらなる粗食に慣れる訓練だ。野戦携帯糧秣の味は不味いという形容では足りんぞ」

「おじいさま、召し上がったことがおありで?」

「大陸部に出入りしていた頃にな」


 ということは、あるいは、お姉さまの大叔父上、ジェラード様が相棒だった頃のお話かもしれません。

 その頃よりは、食糧事情は改善されていると信じたいですが。

 だって、ここは、不味い食事を世界に広める国イギリスではなく、美味しい食事を世界から集める国アルビノアですもの。


「納入業者が悪徳で、小麦粉に石灰を混ぜていたとして逮捕されたな。そんな危険なものを近づけないためにも、わしは食事には万全を期している」


 私の日々の幸せな食生活は、おじいさまの思いやりとお気遣いが支えて下さっていたのですね! ありがとうございます!


「エレン、栄養を摂ることは何よりも大切だが、毒を摂らないこともまた、非常に重要なことだ。いざという時は、自力でこっそり食料を調達できる程度には、野草を見分ける知識と、料理の技術を身につけておけ」

「はい!」


 前提条件がすでにおかしい気がするのですが、軍の食事はそれだけ不味いというか、納入業者がやらかしている恐れが大きい、ということでしょう。


「あと、狩猟の獲物を、解体・調理できるようになっておくように」

「すでに出来ます!」

「大変よろしい」


 できるのですか、お姉さま……ジビエの調理。




 食堂から、身内用のティールームへと移動して、お茶とお菓子をまだちょっと楽しみます。

 お客様用のティールームは、まだ、私の実験器具が散らかっておりまして。


「陸軍士官学校に行くと聞いているが、どこのだね?」


 おじいさまったら……一応は眠前だというのに、またコーヒーを召し上がって。いけませんよ。熟睡できなくなりますよ。カフェインには覚醒作用があるのですからね。まったくもう。


「やはり、格式という意味では、王都ロンディニウムだと思います。グロスターも精強な兵で知られますが、あそこは下士官の幹部養成の方に注力している気配があります」


 軍のことはさっぱり分かりませんが、おじいさまが「そうだな」と頷かれたので、ロンディニウムの士官学校は、進路として妥当なようです。


「グロスターは、最前線で戦うことを想定している。お前はアリエラの相棒になるのだから、最前線に出ることは、まず余程の事態にならなければ、生じない。グロスターの訓練も有意義ではあろうが、将来を考えるならば、やはりロンディニウムの陸軍士官学校が最適だろう」


 ちなみに、南西部シムス地域に限定するならば、陸軍ではグロスターが、海軍ではニューポートが、最も評価が高いようです。

 ロンディニウムは巨大な港湾都市なので、陸軍士官学校も、海軍士官学校も、両方が存在するそうな。


「アリエラに、最優秀メダルを捧げると約束しました」

「……近接格闘訓練については、グロスターの教官に指導を受けた方が良いかもしれんな」

「問題ありません。我がベッラ=カエラフォルカ家には、グロスター陸軍士官学校で教鞭をとった者も複数おりますので」


 さすが軍功貴族の名門、カエラフォルカ。

 そういえば、と、おじいさまが遠い目をされました。


「ジェラードもグロスターの出だったな……」


 アッ、なるほど。なるほど、そういうことですね。

 戦闘や戦術レベルでは、グロスターは徹底的にしごかれる、と。

 でも戦略レベルになると、ロンディニウムの方が良い、と。


「大叔父上は、戦術レベルでは非常にお強いのですが、補給・兵站を考慮する机上演習となりますと、途端にスカポンタn……心許ない指揮になります」


 お姉さま! 言っちゃっていますよ!!

 ジェラード様の評価が、一部突出して低すぎて、いっそ哀れです。

 しかし、おじいさまが何も仰らないどころか、その通りだ、とでも言わんばかりのお顔をされるものですから、もう、何も言えません。


机上演習シミュレーション?」

「仮定の戦場や戦争での、作戦展開や部隊運用を検討する訓練だ。大叔父上は、突撃戦術に定評があるかわりに、突出しすぎて途中で補給線がよく途絶える、という、非常に致命的な癖がある」


 なんという旧日本軍。

 あと、ロシアに焦土戦術された某国や某国の軍隊を思い出します。


「兵站の確保は、実戦における最重要命題ではありませんか? 兵士だって人間なのです。食べなければ生きていけないのですよ?」

「そういう部分に頭が回るあたり、アリエラは、案外と軍功貴族でも参謀でやっていけそうだね」


 それはイヤです。作戦を考えるというのは、悪い言い方をすれば、最小限ではあろうとも、犠牲の出し方を計算することでしょう。


「もしも軍で働くことになるのでしたら、輜重隊を切望しますよ。皆様にゴハンを届けるのです!」

「だから、集中的に狙い撃ちされるのだけれどね?」


 ……そうですね。

 食べられなければ生きていけない。ならば、食べさせなければ、敵は必ず死ぬのですよね。自明の理ですよね。




「私は参謀に向いていませんよ」

「まぁ、向いていないことは、今ので分かったよ。食べられなければ生きられない、ということが分かっていて、輜重隊が攻撃を受けるという事態を想定できないのは、軍人としては致命的に優しすぎる」


 ところで、と、お姉さまはおじいさまを振り返ります。


「アルステラ教授は、軍のことについても、アリエラに教育を施されているのですか? 参謀制度は、つい一昨年にゲルマニウスから導入されたものですが……なぜアリエラは『向いていない』職務だと、即座に理解できたのです?」


 アーッ……そういえば、そうです。地球で参謀制度を最初に整備したのは、プロイセンでしたよ。しかも、推定時代、ギリギリ。

 19世紀の初頭にフランスはナポレオンとの戦闘で敗北したことから、軍制改革を実施し、兵站総監部が軍事研究に特化しながらとか、何かそんな感じのはず。

 ……そう考えるならば、参謀の必要は兵站に始まるのですね。


「な、何となく、文脈で、そうかな? と……」

「学術貴族たるもの、不正確な発言は慎むように」

「はい、申し訳ございません」


 よし、逃げ切った! これ以上の追及はありませんよね!


「ところで『兵站』の意味も理解していたのは、何故かな?」

「補給という言葉から、類語かなと推測しました!」

「なるほど」


 危なかった! 第二撃が来るだなんて……

 ふう、これでもう大丈夫でしょう。


「では『輜重隊トランスポート・コープス』という語を知っていたのは?」

「物資を運ぶのですから『輸送トランスポート』ですよね?」

「……偶然か」

「そういう軍の専門用語があるのですね!」


 ほぼ英語のような言語だから、命拾いしましたよ。

 日本語の「輜重」だったら、まず言い訳が利かない軍隊用語でした。


「すみません、アルステラ教授……アリエラが、私の将来就く仕事について、すでに知識を収集してくれているのでは、と、つい期待しました」


 ああ、そういう理由で食いつきがすごかったのですか。

 申し訳ありません、お姉さま。そういうわけではないのです。


「この子が第一にするべき仕事は、宝石学の見識を深めることだ……まぁ、うまくいけば、ジュエリーデザインの分野でも、我が国に貢献するかもしれないが」

「確かに。アリエラのデザインは、見たことがない素晴らしさです」


 お姉さまの返事に、おじいさまが、ニコリと笑って、私を見られます。

 アッ……これは地雷を踏んだ予感!


「アリエラ、わしだけ除け者だったということかな?」

「専門家のおじいさまに見られるのは、少し恥ずかしかったのです!」


 少し、どころではなく、大いに、だったのですが、そこは保身のために脚色します。

 お兄さまはシスコンですが、おじいさまの『じじばか』も度合いが上がってきたような……気のせい?


「では次は、菫青石アイオライトとジルコンを使った、わし用のラペルピンをデザインするように」

「はいっ! 承りました!」

「私のためのブローチも忘れないでおくれよ。貴女とお揃いの、紫色のコランダムを使ったもの!」


 お姉さま……おじいさまの火に油を注がないで下さいまし!


 タイピンと、カフ・リンクを追加して、どうにかご機嫌をとりました。

 アルステラ家は、愛情深い家系なのですね……そういうことにしておきます!




 翌朝のお見送りは、お互いに、敬礼で。

 私はお姉さまに、立派な学術貴族になることを誓って。

 お姉さまは私に、立派な軍功貴族……軍人になることを誓って。


 きりりとしたお背中が、馬車の中に消えて、その馬車が見えなくなるまで、私はずっと、直立不動で敬礼をしていました。


「……さぁ、学びましょう!」





この幼女は戦争に巻き込まれますが、有能な軍人にはなりません。なれません。見よ、この善意キラキラなうっかりを! 補給をつぶすという基本も思いつかない。


作戦を考えるのが致命的に無理という作者の都合もあります。たぶん両方の作戦を自分で考えたら、読み合いで千日手になる悪寒。

そうすると国力が上の方が勝利する、面白みもへったくれもない総力戦。


まぁ、局所的勝利が大勢を劇的に変えるなんて、正直、世界史でもパッと思いつきません。結局、最終的には地力が物を言うような気が。

いわゆる三国志とか読んでても、最終的には国力ですよね、って。


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