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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
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再会を期して

§3、最終話!!!



 お風呂上り、チェスター子爵レイノルド様立会いの下、この調査が終わったら、私に火山学の講義をするという契約書を作りました。お風呂場でのお母さまの反応からして、ヘランの噴火は地質学的なタイムスケールでは、やはり秒読み段階のようです。あくまで地質学的な感覚で、ですが。


 人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。

 ……その夢幻にも至らなかったウェンディよりは、長生きしたいもの。

 でもそのためには、火山噴火と大地震と津波をかわさねば!


「もちろん、今晩は一緒のお部屋で寝て下さいますよね、お母さま?」

「わかった、わかった」


 幼女らしい甘えと見られたのか、レイノルド様は別のお部屋をご用意されました。よく知りませんが、クイーンだかキングだか、とんでもなく大きなベッドのお部屋です。

 お母さまによると、学術貴族のマナーハウスというものは、時には研究合宿所として活用されることもあるそうです。これは、複数人を詰め込むためのお部屋だとのこと。


「私も研究仲間女子会レディーズ・パーティーで、こんな感じの部屋を使ったことがあるな」

「火山学の?」

「いや、アグラ=アルスヴァリ家で、土壌学から火山に興味を持ち始めた頃の話だから……二十年ぐらい前、かな? ヴァイオレットが……アグラ=アルスヴァリ系の親戚の姉さんだ……彼女が、研修大旅行グランドツアーから帰ってきた時だ」


 そのヴァイオレットさんは、数年をかけてロンバルディア、ヘルヴェティカ、エスターライヒ、ゲルマニウスの南部、そしてフランキアを回りながら、ひたすら植物の標本を作り続けていたそうな。

 ロンディニウムの王立植物研究所に、いくつかの新種のタイプ標本を納めたとか……羨ましい体力ですね。いえ、私もこれから頑張るのですよ。


「高山植物の形態の類似から、過去の世界オケアナはもっと寒く、どんどん暖かくなってきたという仮説で論文を発表した」

「オケアナ?」

世界ワールドと言えば分かったかな? 私たちが立っている大地は、世界のごく一部だ。大陸系の神話では、大地は炎の力で海から生まれたという。だから、海球オケアナだ」


 地球があくまで大地テラを基準にしたのに対し、こちらの世界は海が基準のようです。そして、大陸系の神話と聞こえましたが、小笠原諸島の神話に似ていますね? おそらく、小笠原の神話は、海底火山の噴火が島を作ったことを示すのでしょうけど。


「海が始まりなのですか?」

「大陸のおとぎ話さ。もちろん私は、海底火山が噴火を繰り返して島になった事例も知っているから、まったくの空想でもないと思うけれどね。だとしたら、いったいどんな巨大な火山が噴火すれば、あの大陸を形成できるんだろうと思うよ」


 えっと、ウェンディの設定では、降り注いだ水を水素と酸素に分解し、水素を星のコアに大量に送り込むことで、大陸の形成条件の一つを整えたのですが……

 それから、マントルプルームをシステムに組み込んで、地殻にプレート運動を起こし、衝突型境界の地下に比重の軽い花崗岩を形成させて、徐々に厚みを増すように演算……


「研究し甲斐がありますね!」

義父上ちちうえの元で宝石学を学んでいると、レイノルド殿に聞いたぞ。火山学もしたいのか?」

「だってお母さま、王家の石である光緑石ペリドットは、火山から採れるのでしょう? もっと火山を学べば、新しい宝石を見つけられるかもしれませんよ!」


 そうしたら、おじいさまのお名前をつけるのです。

 ニヤニヤしながら付け加えると、お母さまは苦笑されました。


「『クロード・ダイアモンド』があるだろう?」

「お母さま、あれは風信子石ジルコンです。フォールスネームです。売り込み用の誤魔化しではない、真の『クラウディアイト』を見つけるのです」

「クラウディアイト? まるで第一王女殿下の石だな」


 アアー! クラウディア・アレクサンドラ殿下!!

 違うのです! すごく発音が近いことに気が付きましたけど!!

 ペンと紙を探すのが面倒くさく、窓ガラスの結露に指を伸ばします。


「"Claudite"じゃなく"Cloudyite"なのか……ははぁ、あだ名だな」

「おじいさまは『くもり(クラウディ)』、お母さまは『ストーミィ』、お父さまは『晴れ(サニー)』で、アルバート先生が『スノーウィ』なのでしょう? 私も『ウィンディ』ってつけてもらうんです! まだ予定ですけど!」


 未来計画を語る私の頭を、お母さまは優しく撫でてくださいました。

 ストップ安の母としての株の巻き返しか……あるいは、明日にもヘラン島や他の火山が、破局噴火を起こすかもしれないと思っているからかもしれません。


「お母さま、もしも今日が、平和な最後の日だと思うなら」


 先にベッドによじ登って、まだ短い手を精一杯に広げます。

 ほら、抱っこしてあげますよ。でも、私が娘ですから、甘えてあげましょう。


「手紙を書かなかった分、ぎゅっとして下さい」

「……うん」


 案外と素直に、お母さまは私を抱きしめてくださ……私に抱きしめられてくださいました。

 そしてお母さまが、少し震えていらしたことに、私は気づきました。

 あのオルクネイヤで受けた噴石以外にも、おそらく、アルビノア一帯の火山活動の活発化を、肌で感じることがあったのでしょう。おそらく、今回のチェンダースクートの噴火も。


 そういえば、次に噴火する「七人騎士」を賭けるなんて悪ふざけをしていたのは、ダンとネッドの兄弟だけでした。町役場で見た大人たちは、皆、食べる間も惜しんで対策を練って……

 ああ、あの人たちには、きっと、子どもがいるんですね。




 どれほど知的好奇心が旺盛でも、幼女の肉体は眠気に勝てない。

 お母さまと、夜を明かすほど火山を語りたかった……

 とりあえず「七人騎士」がマグマだまりを共有している、という仮説は伝えられました。そして、その論文はすでに、当のお母さまが発表済みだということも知りました。


 いいもん。いいですもんね。

 私にはウェンディの設定知識があるのですから、まだまだ「アルス」称号を保持する論文を書くチャンスはありますもんね!

 遮光装備の重みと暑さに堪えながら、歩き回れる体力さえあれば!!


 一緒に入った朝風呂では、醜態はさらしませんでしたよ。当然です。

 髪の毛を拭いてもらい、お食事用の服に着替えます。


 メイドさんに案内されたのは、本棚と、書きかけのメモや原稿が乱雑に置かれた大きなテーブルのある部屋でした。その散らかったテーブルは、部屋の隅へと押しやられ、新たに運び込まれたらしいテーブルの上に、朝食が並べられています。


「すまないね。聞きたい話もあったものだから」

「いや、構わないよ。不満があるとすれば、ここは火山学の本がないことだね」

「そりゃあ、ここは個人の研究書斎なんだからね」


 本棚は……隅の方の織機や繊維産業の本は、あれは前の研究分野でしたね。手に取りやすい位置には、蒸気機関を中心とした、動力機関関係の書籍や論文集がぎっしり。ん? 石油ペトローレーアム? あの「石油」ですか? 未精製だから原油??


「アリエラ嬢、興味を惹かれる本が?」

「ええ! あの『石油ペトローレーアム』の本です」

「ほう。資源にも興味があるのかね」


 いえ。原油を精製したガソリンによる内燃機関に興味があります。

 ……なんてことは、もちろん言えませんので、えへへと幼女スマイルで誤魔化しながら、うながされるままに食卓につきました。あら、ピクルスが増えています。というか、ミドルウィッチ岩塩坑に出発する前と比べると、全体的に質素ですね?


「アルビノアは庶民主権だからな。領主などと言われてはいても、その実、立法も行政も司法も、すべてを庶民が動かしている。つまり看板というわけだが、看板なりに思う所はあるからな。チェンダースクート噴火の被害者に思いを馳せる、とまぁ、そういうことだ」


 首を傾げていると、さとられてしまったようです。私の食い意地が。

 しかし、私には食い意地もありますが、節度もあるのです。


「お優しい心がけかと存じます」

「パフォーマンスに過ぎないことは分かっているがね」

「それすらも無いなら、人間として思いやりが欠けていると思いますよ」

「アリエラ嬢は優しいな……ルビーナ、窓を調べるな。ちゃんと火山と反対側だ」

「うん。君なら空振エアショック対策ぐらい当たり前だろう。灰の具合をね」


 お母さまは、しれっとした顔で、食卓に向き直られました。

 玉ねぎとベーコンと、セロリとにんじんと、何種類かの豆を煮込んだ、具だくさんのスープ。それがメインディッシュのようで、あとは黒っぽいパンと様々な酢漬物(ピクルス)

 それと私にだけ、ベリーのジャムをかけたヨーグルト。


「保存食のケーキも持っていかせるから、あとで食べなさい」

「……いいのですか?」

「子どもは未来だ。いっぱい食べて、元気に育ちなさい」


 レイノルド様の表情がとても柔らかで、そういえば、この方はもうすぐ父親になられるご予定だったことを思い出しました。教育パパの片鱗……というか、鱗が丸見えしていた気もしますが、それはそれとして、親心というものなのでしょうか。


「……ああそうだ。忘れるところだった。噴火で中断されたが、呼吸器の経過はどうだったのかな? バーナードからも報告がなくて」

「はい! かなり改善いたしました!」


 あとでダンスをご覧に入れますよ、と言って、まずは食事に集中。


 さすが美食の国アルビノア。具だくさんのスープには、私の知らない色々な香草ハーブ香辛料スパイスが入っているようで、ものすごく深い味わいです。

 もさもさのパンは、お母さまに倣って、スープでふやかしながら。


 うう、チーズ! 今、熱烈にチーズが欲しいです! このパン、絶対にチーズと一緒に食べたら、もっと美味しい……ですが、前世で言う受難週の食事みたいなものですよね。あえて我慢することに意義がある、と。世の中にはそういうものがあります。


 ヨーグルトをしっかり頂いて、食後の紅茶はOKなようです。

 それからお腹をちょっとさすって、運動できるかを確認します。ヨシ!

 ふふふ……ラジオ体操第二もクリアできる今の私からすれば、ダンスなどお手のものですよ! 正式なステップなど存じ上げませんけれども!! でも幼女ですから仕方ありませんよね!!!


 ぱちぱちぱち、という拍手の二重奏が、とてつもなく嬉しかったです。




 高速帆船を使い、帰りは行きよりも短い旅となりました。


 アクアマリンを「家系の石」とする、あのマリナ=アルスヴァリ家のものだそうです。チェシャーへ移動中に、お母さまが話をつけて手配して下さったとのこと。

 お母さまは、やっぱりアルスヴァリ一門の出身なのですねぇ、と一瞬思ったのですが。アルステラは地理学の家です。マリナ=アルスヴァリとの関わりは、どうしたって重要でした。


 しばしば船酔いで船室に籠りつつも、体調が良ければ、船員の方々とお話を楽しみ、交流を深めました。下船する頃には、少なからぬ方々がラジオ体操をマスターする程度には。

 もちろん、とある軍功貴族から教わったのです、と適当に言い訳もしました。アア、しっかりお姉さまと口裏合わせをしなければ……


 揺れる船中で手紙を書けるほど慣れたので、案の定、次は陸酔い。

 半日休めば落ち着いたので、やはり人類は陸上で生存することに適応した種なのだと感じました。

 この世界に人類が誕生するまで、バックアップを取りながら実験を繰り返した身が言う話ではないかもしれませんが。まぁ、この「海球オケアナ」が「地球テラ」で私が作ったデータならば。


 ひたひたと死神の足音が迫る中、せめてもと意地のようにシミュレーション実験をひたすら繰り返した結果、ウェンディは「神」を感じましたね。望んだタイミングで望んだことが起きる事を「奇跡」とよぶなら、その繰り返しを「現在」に至らしめることは「奇跡の中の奇跡」です。

 もし「地球テラ」も誰かの演算の成果ならば。そう思いました。


 直立二足歩行から、道具の加工までは確認しましたが、その後の進化の系統樹がどうなったか、私は知りません。戦争と常備軍が存在するからには、私アリエラは限りなくホモ・サピエンスに近い種でしょうが、こちらでは他の種も生き残っているやも……


 いよいよ死が間近に迫り、実験を止めるようにゴールドスタイン先生に言われた時のことを、思い出しました。それから先生が言った、ユダヤのジョークを。


「1か月の納期で職人に仕事を頼んだら、3か月後に納品してきた。依頼主は言った。

 『もう他の職人に依頼した。神は天地を六日間で創造されたというのに、お前ときたら』

  すると、職人は笑ってこう答えた。

 『だから世界はこんな有り様なんですよ。でも俺の品は完璧でしょう?』」


 ジョークのタイトルは、「もっと時間をかけるべきだった」。


 先生は、だからしばらく治療に専念して、もっと良くなってからやりなさい、と言われましたけど。でも、ウェンディはもうとっくに分かっていました。本当のことを。

 だから、実験を止めなかった。シミュレーションを繰り返し続け……もはやそれは執念だったのだろうなと思います。最後に何を入力したのか、何を実行させたのか、アリエラには記憶がありません。


 でも、視野すら曇り濁って、考えていたことも思い出せないのに、最後に叩いたキーの感触だけは、何故かとてもリアルに残っているのです。でも、その瞬間、ウェンディだった私が、満足していたのか、悔しがっていたのか、それも思い出せません。


 あるいはアリエラは、ウェンディの生前の行動や「推定された」心理を、データとして入力されただけの「情報生命体」なのかもしれません。

 でも、この「世界オケアナ」は確かに、アリエラの生きる「世界ワールド」です。

 「地球テラ」ではない、環大西洋(・・・・)造山帯のある「海球オケアナ」に、確かにアリエラ・アルステラの「意識」は生きている。


 そして、この大地を探検し、調査し、研究したいと願っている。

 この感情は、入力されたものなんかじゃ、ないでしょう。


 見覚えのある屋根が、馬車の窓から見えてきたので、ミント・キャンディを噛み砕きます。さすがに遮光装備をつけても、晴天の下で長々と乗馬はね……そもそも一人で乗れませんし……

 さぁ、クライルエンに、戻ってきました。


 男性使用人に、馬車の中からひょいと持ち上げられ、抱え上げられます。

 それから、たいした時間離れていたわけでもないのに、懐かしい声が聞こえました。


「アリエラ!」


 じたばたもがいて、正面玄関前のポーチに立つおじいさまの元へ、走ります。

 こんなちょっとの時間の日光なんて、こわくない!


ただいま(アイム・ホーム)、おじいさま!!」


 飛びかかるように抱き着きます。

 自分でも驚くほど、息切れしていません。まして咳き込んでなんて。

 おじいさまは、目を真ん丸に見開いて、おそるおそる私を抱き上げられました。


「本当に……治ったのか?」

「要経過観察ですが、改善しました!」


 ドーヴァー侯爵夫人アデル様に、お礼のジュエリーデザインを考えなければ! そしてもちろん、チェスター子爵レイノルド様にも!


「これで私、実地調査フィールドワークも出来るようになりましたよ!!」

「……そうだ、そうだな」


 わしゃわしゃと、赤毛の頭を掻きまわし、おじいさまは、今までに見たこともないぐらいに破顔しました。目尻には涙さえ浮かんでいます。つられて私も泣いてしまいます。


「おじいさま。おじいさま……戻りました(アイム・ホーム)帰ってきました(アイム・ホーム)





§3、ついに完結……§4からは、いよいよアリエラもいっぱい外出しますよ!

ちょっと身辺が12月半ばぐらいまで落ち着かないので、更新は相変わらずトロリトロトロかと思われますが、まぁ、命があるなら何とかなりましょう!!(腹の中の腫瘍がちょっとあやしいので、しばらく病院をめぐることになるかもしれませぬ)



ところで、萌える本を見つけたのでご紹介します。

渋谷圭一郎『瑠璃の宝石』KADOKAWA エンターブレイン(~4巻、以下続刊)


地質学鉱物学を専攻された作者の知識が、どんどん出てきて楽しいブラ○モリ。

主人公の瑠璃ちゃんの趣味が宝石に寄っているため、「地学令嬢」が通ずる部分も大いにありますが、いやぁ、素晴らしい。これで地質ヲタ増えないかな……


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