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万魔殿攻略記  作者: 縞白
GUILD
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マスター親衛隊選抜トーナメント




 ハートレス達が遺産相続設定をした、翌日。

 シティにいるうちに新施設の闘技場で新システム“決闘”を試してみたい、という多数のギルドメンバーの意見から、ギルド『紅の旅団』のマスター親衛隊選抜トーナメントが行われることになった。


 ガイドブックによれば決闘はどこでもできるというものの、闘技場で使用料金を払って行うと試合後に自動で体力などを回復してくれるが、他の場所ではゼロになった体力が半分ほどしか回復しない。

 つまり素直に使用料金を支払って闘技場を使った方が、痛い思いをする時間が短くてすむのだ。


 ちなみにトーナメントのルールは「攻撃アシスト機能オフ」と「クラススキルは使用不可」という二つだけで、禁止技は無し。


「ぐおぉぉっ!!」


 そして一度に4組の決闘が可能な闘技場で、ひときわ目を引く女戦士の大剣による一撃が、受けようと構えられていた楯ごと相手プレイヤーの腕を吹っ飛ばした。

 白い線で区切られた長方形の試合場(コート)には、決闘が開始されると目に見えない壁が現れるため、吹き飛ばされた先で楯と腕は不可視の壁に当たる。


 トーナメントに参加する気など最初からないシウは、観客席からその様子をしぶい顔で眺めて、隣に座ったギルドメンバーの魔法使いにこぼした。


「どう考えてもおかしくないですか? マスター親衛隊の選抜トーナメントをしているはずなのに、当のギルドマスターが通常枠で参加して順調に勝ちぬいていくというのは」

「まあいいじゃないですか。マスターもみんなも楽しそうです」

「基本的に何も考えない脳筋集団ですから、戦えれば満足なんでしょうね。……個人的にはレスを、あまり人の血の味に慣れさせたくないんですが」


 ため息をつくシウの視線の先で、ハートレスが片腕を失ってバランスを崩した対戦相手にとどめを刺した。

 その動きはためらいなくなめらかで、シウとともに見ていた魔法使いは「人の血の味か」とつぶやくと、どうもしっくりこない様子で首を傾げながら答える。


「それは考えすぎじゃありませんか。あのひとには相手がモンスターでも人でも、そんなことは関係なさそうです。生まれついての肉食獣が、ただ本能を満たすために狩りをしているだけのように見える。ある意味おそろしく平等なひとです。一度自分の前に立ったら、相手が人なのか機械仕掛けのモンスターなのかではなく、すべてひとしく獲物としてとらえる」


 シウは何も言わず、メガネの奥で目を細めた。

 闘技場の中央ではトランペットの音色が華々しく勝利を祝い、空中に「勝者:ハートレス」という文字が浮かぶ。


「やったー! さすがマスター、5連勝!」

「よし! このまま頼むぞ、レス。お前の優勝にあり金ぜんぶ賭けてんだ」


 無邪気に喜ぶエディの隣で、いつになく真剣な顔をしたザックが言った。

 ハートレスは大剣を背に戻し、決闘終了とともに体力が全快して立ちあがった対戦相手とのあいさつを終えると、コートのすぐそばにいる彼らの方へと歩いていく。

 いちおう親衛隊の選抜トーナメントと題してあるのだが、一部の年長プレイヤーをのぞいて先行攻略組のギルドメンバーはほぼ全員参加しているので、ハートレスと同じパーティに入っている彼らも参加者だった。


「ザックは自分に賭けないの?」

「俺はそれほどアホでも自信家でもねぇよ。今さっきオズウェルに負けて終わったしな。さすが初代親衛隊長サマ、お前とならぶ3人の優勝候補のうちのひとりだ。あいつの二刀流、手ごわいぞ」

「困りますね、ザック」


 首を傾げるハートレスにザックが注意するところへ、さわやかに言いながら現れたのは当のオズウェルだ。

 彼はにっこり笑って不敵に言った。


「勝手に“初代”なんて付けないでくださいよ。他のヤツに譲る気ないんですから」


 現ギルドマスター親衛隊長の言葉を、負けたばかりのザックは「へぃへぃ」とわずらわしそうに手を振って聞き流す。

 その隣で、ハートレスはくちびるに微笑みを浮かべた。


「いつも守ってもらってるから、オズが強いのは知ってる。当たるの、楽しみにしてるよ」


 無邪気に言われると、オズウェルは彼女に対しては不敵になれず、どこか困った様子で「あまり期待しないでください」と苦笑した。


 ずっと守ってきたギルドの女王との決闘など、オズウェルにとってはやりにくいことこの上ない。

 しかし、何よりも戦うことを望む彼女にそれは言いにくいし、手加減などすれば、すぐに気づかれて「手を抜くなんて」とガッカリされたあげくに一撃で倒される危険性が高い。


 できれば自分と当たる前に他のギルドメンバーに負けてもらいたいものだが、と叶いそうもないことを願いつつ、オズウェルはトーナメント表を見た。


「お。エディ、出番だぞ」

「ありゃ、もうか。それじゃマスター、いってきまーす」

「いってらっしゃい」


 意外と順調に勝ち進んでいるエディが元気に手を振って行くのと入れ替わりに、げっそりと疲れた様子でリドが戻ってきた。


「うう。フェイさんにもてあそばれて負けてきました……」

「お前も負けたか。おつかれさん。あいつも優勝候補だが、とにかく性格悪ぃ戦い方するんだよなぁ。フェイントの使い方が、うまいといえば絶妙にうまいんだが」


 ザックが言うのに、リドが半泣きでうなずく。


「しかも最後、もういっそ殺してくれ、っていうところでわざと手を止めて「おいおい、もう終わりか?」とか笑顔で言うんですよ。こっちが動けないのじゅうぶんわかってるくせに! 痛いし怖いし痛いし。もうフェイさんとは決闘したくないです。こんなことなら速攻でしとめてくれるレスと当たりたかった」

「人聞きの悪いこと言ってくれるなぁ、リド。そう嫌わんで、また遊んでくれや」


 背後から笑みをふくんだ声が響き、ぶちぶちと半泣きで文句を言っていたリドが「ひっ」と短い悲鳴をあげてかたまった。

 ザックが「よう」と片手をあげて、3人目の優勝候補であるフェイに訊く。


「調子はどうだ?」

「おう、絶好調だぜ。リドもなかなか手ごたえがあって楽しかったが、対人戦に慣れてないのがまるわかりだな。要領いいし、目もいいんだが。なぁ、リド。お前もうちっと度胸つけたら化けるかもしれんのに、もったいないだろ。俺が鍛えてやるから、うちのパーティに来いよ」

「遠慮します!」


 リドは即答して、大慌てでハートレスの後ろに隠れた。

 彼の方が身長が高いので隠れられるわけがないのだが、フェイはちょっと笑っただけでそれ以上は言わず、楯にされているハートレスに視線を移す。


「レス、順調そうだな。そのまま上がれよ。俺とお前が当たるには決勝戦まで行くしかねぇんだ」

「うん。このまま勝ち進めれば準決勝でオズと当たれるし、全力でいく」

「よっしゃ。その意気だ」


 そばで聞いていたオズウェルが「よけいなことを」とうらめしそうにつぶやいたが、たきつけたフェイはにやりと笑ってそれには答えず、決闘が行われているコートを見たハートレスが嬉しそうな声をあげた。


「あ。エディ、勝った」


 トランペットが高らかに勝利を祝い、「勝者:エディ」の文字が浮かぶ。


「へぇ。犬っころが、なかなかやるじゃねぇか。このまま進むと準決勝で俺と当たるな」

「せっかくがんばってるのに、かわいそうなエディ……。骨はひろってあげるよ……」


 ふむふむとうなずいてトーナメント表を見ながら言うフェイに、死んだ魚のような目をしたリドがうつろな声でつぶやいた。

 そして幸か不幸かほいほいと勝ち進んでしまったエディは準決勝でフェイと当たり、これまでにトーナメントで彼と対戦してきた犠牲者(ギルドメンバー)と同じトラウマを刻まれてズタボロに敗北。


「フェイさんこわいフェイさんこわいフェイサンコワイ……」

「うんうん。それには全面的に同意するけど、とりあえずコートから出ようねー」


 決闘後、コートの片隅に転がってぶつぶつつぶやくエディの襟をつかんでずりずりと引きずり、リドが回収。

 その頃にはもう、ハートレス対オズウェルの準決勝にも決着がついていた。


「ごめんね、オズ。なんか行儀悪い戦い方になった」

「いえ、気にしないでください。禁止技とかないですし、負けは負けですから」


 ハートレスが反省する決め手となった攻撃は、頭突き。

 オズウェルの双剣による攻撃を大剣と自分の腕を使って受け止めたハートレスが、一瞬動きを止めた彼の顎に強烈な頭突きをかまし、たまらずのけぞったところを大剣の一撃クリティカルでしとめたのだ。


 外から見ていて一瞬、(また噛みつくんじゃないかコレ)と思ったザックは、とりあえず剣でとどめをさしたハートレスにほっとして声をかけた。


「いや、お前も成長したな。良かった良かった、ってところでいよいよ決勝だ。相手はフェイだからな、油断せず行けよ!」

「うん。いってきます」


 まわりからの声援を受け、フェイの対戦相手になって強烈なトラウマを植え付けられた不運なメンバーたちからはとくに熱烈な応援をされながら、ハートレスは決闘の場に立った。

 そして初めて敵として向かい合った青年の姿を見て、ふと思う。




 狩人が、いる。




「さぁ、レス。ようやく本日のメインイベントだ。楽しもうぜ」


 屈託のない子どものような笑顔で、フェイが言う。

 そこでようやく、ハートレスは自分が獣的な戦い方をしてきたことに気づく。


 これまではモンスターとしか戦ってこなかったし、他のギルドメンバーもどちらかというと肉食獣的な戦い方をするので気づかなかったが、フェイは獣ではなく狩人だ。

 うかつに踏みこめば狩られると感じて、無意識に間合いをはかりながら大剣をかまえた。


 どうすればこのひとに勝てるんだろう。


 ただそれだけを考えながら、笑みをふくんだ声で答える。


「もう楽しんでる」


 その言葉に、フェイの笑顔が好戦的で凶暴なものへと変わった。


「そうか。じゃあ俺も、楽しませてもらうとするかな!」


 初撃はフェイがしかけたが、その攻撃はおとりだった。

 大剣で受け止めたハートレスは、それに気を取られたところに足払いをされかけ、ぎりぎりで後ろへ跳んで避ける。

 そして着地したところで力をため、今度は大剣の刃とともに一気に前へ出た。

 しかしフェイは紙一重でかわして迎え撃ち、大剣と槍が激突してきしむ、神経を削るような音が響く。


 一進一退の攻防が続き、どちらも浅い傷を負いながら決定打を狙って間合いをはかる絶妙な競り合いの決闘に、ギルドメンバー達は熱狂して野太い歓声をあげた。

 ザックのように優勝候補にゲーム内マネーを賭けているものたちの必死な声もあったが、大半はギルドマスターであるハートレスの応援だ。

 その成り立ちのせいかたまたま集まった人員のせいか、『紅の旅団』メンバーは彼女が戦う姿を好むものが多い。


「行けレス! そこだー!!」

「押せ押せおせぇぇー!!」

「ぶち殺せぇーっ!!」


 物騒な言葉の混じる声援がわんと闘技場をふるわせる。

 けれどハートレスの耳に彼らの声はひとかけらも届いてはいなかった。


 目の前の獲物に集中し、研ぎ澄まされた意識はもう雑音をひろわない。

 フェイのわずかな動きで攻撃の予兆を見抜き、獣じみた反応速度でスキを狙って牙を剥く。


 ハートレスのくちびるはその間ずっと閉ざされている。

 いつも通り、彼女はムダに声をあげない。


 それなのに対峙するフェイはびりびりと、まわりを取り囲むギルドメンバー達の歓声以上におおきく響いてこだまする、肉食獣の咆哮(ほうこう)を聞いている気がした。

 肌が震えるほどに。

 耳の奥がしびれるほどに。


 頭のどこかで「気をのまれたら終わりだ」という声がしたが、そんなことを考える時点ですでにだいぶのまれているのだ。


 現実でもゲームでもたいてい捕食者の立場にいるフェイは、今日も決闘場に狩人の意識で立った。

 しかし、当たり前のように入ったこのコートは、ほんとうは誰の狩り場だったのか。


 ギルドマスターの顔を立てて彼女に勝ちを譲ってやろうか、なんて考えてもいたのだが、決闘が始まって30秒も経たないうちにそんな余裕は消し飛ばされた。


 くそ、当たらねぇ、と声には出さず毒づく。


 彼が得意とするフェイントに彼女はほとんど引っかかってくれず、最小限のダメージを負いながら最大限のダメージを狙って突っ込んでくる。

 最初に仕掛けたのはフェイなのに、いつの間にか戦いのペースはハートレスのものだ。

 肌を切り裂かれても足をしたたかに打たれても、まったくひるまず攻撃の手を休めない彼女の勢いに、気をのまれないでいることすら難しくなっていく。


 これは勝ち上がるはずだと、フェイは頭ではなく本能で納得した。

 一対一の決闘、という時点で今日の優勝者はもう決まっていたのだ。


 なにしろ天性の肉食獣に、雑食動物が後付けの爪を持って一匹ずつ挑もうというのだから。


 さばききれなかった彼女の牙、大剣の斬撃でかろうじて楯にした槍ごと吹き飛ばされ、フェイはコートの周囲に張り巡らされた不可視の壁に思いきり叩きつけられた。

 衝撃で肺から空気が押し出されて息がつまり、槍を持つ手がしびれて感覚を失う。

 もう体力は残り少なく、ぐらつく視界のなかで、ハートレスが突撃の型で大剣をかまえて走ってくるのが見えた。



 ……ああ。



 その瞬間、フェイは自分が決闘をしているのだということを忘れていた。

 ここがゲームの世界であるということも、今はそこに閉じ込められてデスゲームを強いられているのだということも、なにもかもがどうでもよくなった。


 ただ、これほど美しい獣が人間として生きている世界の間違いに感謝した。

 そのおかげで自分は彼女の獲物になれたのだから。


 長い黒髪がつややかにたなびく。




 この、狩り場の女王の獲物に。




 狩るものと狩られるものの視線が完璧に結ばれ、不可視の壁からずり落ちていく体を大剣という彼女の牙に貫かれるのは、激痛であるとともにかつてない快楽でもあった。



 高らかに響くトランペットの音色を、かき消さんばかりに歓声がとどろく。

 ハートレスは大剣を引き抜き、荒い呼吸を繰り返しながら顔を上向けた。


 空中に浮かぶ文字は「勝者:ハートレス」。

 決闘は終了し、参加者の体力が全快する。


「……あーあ。負けちまったぁ」


 つぶやくように言った声は、どうしようもなく満足げな笑みをふくんでいた。

 ハートレスが視線を降ろし、くちびるを開く。


「フェイ」


 彼女はこの世界での彼の名を呼んだ。

 そう、ただ、かりそめの名を呼んだだけだ。


 けれどその声ににじむあわい親愛の情に、フェイは十代の少年に引き戻されたかのようなくすぐったさを感じて全身を熱くする。


 一対一で向かい合い、フェイが狩られることによってハートレスとの間に何かが結ばれていた。

 まるで本当に喰らわれて彼女の血肉の一部にされたかのような、奇妙な感覚。


 失うにはあまりにも惜しいそれは、つかもうとすれば逆に消えてしまうたぐいのものだと感覚的に察して、フェイは気づかなかったふりをした。

 こういう場合は騒ぎを起こして時間を押し流してしまうにかぎる。


 彼は立ちあがり、ハートレスを肩に担ぎあげて叫んだ。


「優勝者決定だ! てめぇらもっと祝いやがれ!」


 言われるまでもなく、ギルドメンバーは大騒ぎだ。

 その中心で、狩り場の女王は戦いを終えてただの小柄な娘に戻り、たった今獲物として狩ったばかりの男の肩に担がれて楽しげな笑い声をあげた。



 そうしてこの日、フェイと同じようにハートレスに喰らわれたギルドメンバーが何人いたのか。

 彼らの心を当たり前のように喰らって振り向かない彼女は知らず、それに気づくことさえなかった。




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