遺産相続人指定
師範代に3勝してアシスト機能のオン・オフ設定権を手に入れたハートレスは、同じく2勝か3勝できたギルドメンバーとともに道場の奥にある訓練場にこもった。
アシスト機能のオフ状態がどんなものか試すために、訓練場の模擬戦モードで偽物のフィールドモンスターと戦い、それぞれ感覚を確かめる。
「当たらねー!」
そして訓練場に弓使いプレイヤーたちの悲鳴が巻き起こった。
接近戦武器を使っているものはこれまでの経験からだいぶ動作が体に慣れているし、モンスターに近いところにいるので当てるだけならたやすい。
しかし弓はおそろしく命中率が低下し、もたもたしている隙にモンスターに間を詰められて攻撃されてしまう。
どうもアシスト機能にある程度の追尾効果が入っていたようだった。
「こりゃ弓使いは武器の大改良か戦法の変更か。もし完全アシスト・オフ状態にされたら一番キツくなるな」
半泣きの弓プレイヤーたちを見てザックがため息をつき、その向こうで意外とあっさりモンスターを倒せてしまったリドは「あれ?」という顔をした。
地下40階に来るまでほぼ常に先頭で戦い続けていたハートレスの横にいたリドは、自覚はないもののかなりの戦闘経験を積んでいるので、剣をふるう動作にはもうだいぶ慣れているのだ。
他の近距離戦プレイヤーも彼と同じで、おおむねアシスト・オフ機能は「動きにアレンジを加えやすくなった」と好意的に迎えられた。
そしてしばらく後、意気揚々と歩いていく近距離戦プレイヤーとがっくり肩を落としている弓プレイヤーは、道場を出てエメラルド・シティの食堂へ入った。
ちょうど夕食の時間で、一団はのんびり料理を味わいながら新機能について話す。
「上級職は狂戦士と剣闘士、上級槍使いと白騎士と黒騎士、大神官と上級魔法使い、怪盗と山賊と暗殺者の10種のようですね。大神官と上級魔法使いはようやく複数対象に使える魔法が解禁されましたから、これからが活躍のしどころでしょうか」
「へー。でもうちのギルド、大神官はシウさんひとりだし、上級魔法使いもひとりしかいないし、オレ魔法系の威力よくわかんねーっす」
「それはしょうがないです。万魔殿は呪文を自分で覚えて完璧に唱えないと魔法が発動しないという厳しい仕様のせいで、もとから魔法系のクラスを選ぶ人が少ないですし。それよりエディ、アルバムを出してください」
「アルバム? いいっすけど、なんで?」
カバンからアルバムを取り出したエディからそれを受け取ると、シウが1枚の写真を抜き出して指にはさんだ。
「遺産相続人指定に写真が要るんです」
赤いドレスに黒い鞭を持ったハートレスの写真だ。
ザックがなまぬるい目をしてつぶやくように言った。
「お前、なんでわざわざそれを出すんだ……」
「言っておきますがわたしの趣味で選んだわけじゃありませんよ。写り方の規定があるんです。だからそれに合っていないと指定できない」
「面倒くせぇな。そもそも遺産相続人指定ってのはどういうシステムなんだ。文字通り、死んだら指定したヤツのところに持ち物が移動するのか?」
「モンスターとの戦闘で死んだ場合のみ、死亡した時に装備していたものと所有していたアイテムと所持金のうちで指定したものと、メール一通を遺すことができるシステムだそうです」
「死に方にも指定があるのか」
「自殺した場合と、PKされた場合はダメらしいですね。自殺はアイテムも所持金もすべてロスト。PKされた場合は所持アイテムおよび装備品の中から10種類を奪われ、所持金すべてとこれまでに取得した経験値の半分がPKプレイヤーに入る」
「なるほどな。これまではモンスターに殺された場合も全ロストで自殺と同じあつかいだったわけだから、多少はマシになるってことか」
「とりあえず相続人に指定した人が生きていればアイテムやお金はむだにならずにすみますし、遺言を残せるようにはなったわけですが。その人の考え方によるでしょうね」
「遺言か……。……やべぇ。書き残してぇことがなんも思い浮かばねー」
「現実に残してきた恋人に伝えてくれ、とかないんですか。確か付き合っていた人がいたのでは?」
空中で何かを操作するように指を動かしながらシウが訊くと、ザックが苦笑した。
「よく覚えてたなお前。……まあ、いたことはいたんだが。3マタされたあげく他の2人との修羅場に巻き込まれて大乱闘だ。しかもその時いろいろ壊したせいで減給処分くらって終わった」
「とんだ災難でしたね。相手の女はどうなったんですか」
「聞いた話じゃ本命の4人目がいたらしくてな。そいつと消えたんだと」
「興味なさそうですね」
「どうでもいいさ。俺もただの遊びだったからな。乱闘に巻き込まれて減給ってのは腹立つが、自業自得だ」
同意も否定もせず、なぐさめもせず、シウはかるく肩をすくめて聞き流した。
ぐびりと酒を飲んで、ザックは先ほどからみょうに熱心にアルバムを見ているハートレスに訊く。
「レス。お前は誰を指定するんだ?」
「エディの写真がない」
「え、オレっすか?」
思いがけない言葉に、完全に傍観状態だったエディがぽかんと口を開けた。
「いや、そりゃー無いっすよ、マスター。そのアルバムの写真、ぜんぶオレが撮ったやつだし。タイトルつけるとしたら『女王様写真集』とか『華麗なる女王と愉快な下僕たちの攻略写真ログ』とか?」
「ああ、カメラ持ってる人は写らないよね」
エディのネーミング・センスについては何も言わず、リドは納得してうなずいたが、ハートレスは不満そうにくちびるをとがらせて手をのばす。
「じゃあ私が撮るから、エディ、カメラ貸して」
すると言われたエディは顔を赤らめて「きゃー!」と叫んだ。
いきなりのことに目を丸くしているパーティメンバーの視線から逃れようと、両手で顔をおおいかくして机の下にもぐりこみ、まるくなってそのままかたまる。
「うわぁ。エディが照れた。でも理由がナゾなんだけど。いまの照れるところだっけ?」
「きゃー、ってなんだよ。ガキか。……いや、まだガキだったか」
「初対面のレスに犬にしてくれと言えるエディにも、照れることがあるとは」
座ったまま口々に言うメンバーには加わらず、ハートレスはひとりイスから降り、まるまっているエディのそばにしゃがみこんで訊いた。
「エディは写真撮られるの、嫌い?」
「……う。や、そうじゃないっすけど」
「じゃあ、私に撮られるのがイヤ?」
「え! ちがっ!」
慌てて否定しようとしたエディは、自分が机の下にいることを忘れて立ちあがろうとしたせいでガンッと思いきり頭を打った。
痛い、と涙目になっているところを、その振動で机が揺れて酒がこぼれかけたザックが怒り、首根っこを掴まれて力ずくで机の下から引きずり出される。
そしてザックに「手間かけさせるんじゃねぇ」と睨まれ、痛む頭をさすりながら「すんません」と謝るエディ。
なんでこんなことに、と涙目の彼に、立ちあがったハートレスが言う。
「エディ。イヤじゃないならカメラ貸して」
マイペースな彼女はあまり空気を読まないし、わりとねばり強い。
しかしここですなおにカメラを渡して写真を撮られ、もしも遺産相続人に指定なんてされた日にはギルドメンバーに暗殺される、とエディは思った。
(ひー。睨まれてる。ほぼ全員から睨まれてるぅ……!)
ハートレスが食事しているところへ自主的に集まってきて休憩するのが習慣化しつつあるギルドメンバーたちが、先ほどから「お前わかってるよな?」と無言の圧力をかけてきている。
自他ともに認める戦闘狂集団を敵にまわして生きのびる自信などかけらもないエディは、必死で断る口実を探した。
「え、えと、マスター、なんでオレの写真が要るんすか?」
「私の相続人、エディにするから。規定に合う写真がいる」
周囲からの無言の圧力が一気に激増して(ぎゃー! 地雷踏んだ!)という気分だったが、同時にハートレスからの思いがけない言葉がどうしようもないくらい嬉しかった。
こんなふうに気にかけてもらえることなど、家族も兄弟もおらず、ひろく浅く付き合うおかげで知人は多いが親友と呼べるような人はいない、という彼には経験がない。
エディはまた顔を隠して机の下に隠れたいくらい顔を赤くしながら、おたおたと訊く。
「な、なな、なんでオレなんデスカ……?」
ハートレスの答えはいつも通りシンプルだ。
「エディはごはん作ってくれる」
その場にいたメンバー全員が(そんな理由でいいのかよ!)と思ったが、普段のハートレスを見ていれば納得できないこともない。
彼女の望みは第一に「戦闘」、第二に「ごはん」で、シティやタウンにいる時以外の食事はすべてエディが用意しているのだ。
食べることが好きなハートレスはとにかくたくさん食べたがるので、それに応えようと大量の料理を作っているエディは、材料の入手などにけっこうな苦労をしていた。
しかしその努力と苦労は認めても、ハートレスの遺産相続人にされて良いかどうかはまた別問題である。
エディもそれはわかっているが、とりあえず周囲から無言の圧力をかけてくる彼らとは別の理由から、困ったような笑みを浮かべてやんわりと断った。
「あー、マスター、とりあえずアリガトーゴザイマス。でもオレを遺産相続人にしても、意味ないっすよ」
「なんで?」
「だってオレ、マスターの犬だし。マスターが死ぬようなことがあったら、たぶんその時オレも一緒に死んでるんで。受け取れないヤツ指定しても、アイテムがロストするだけっす」
ボス戦の時、ハートレスは前衛、エディは後衛にわかれるから、一緒に死ぬ確率はそう高くはないはずだが。
そう思って口を開きかけるハートレスを、エディが強引にさえぎる。
「とにかくそーゆーワケなんで! マスターの相続人はシウさんとかザックさんがいいんじゃないでしょーか!」
目が笑っていない笑顔で言い、最初からハートレスと一緒にいたこの二人のどちらかなら波風も少ないだろうと名前をあげる。
そして察しの良いザックが「ほれ」と手を出すと、エディはさっとカメラを取りだして「ハイ!」と渡した。
「ザック、エディ」
ものすごく不満げな渋面のシウが被写体となり、パシャリと一枚の写真が撮られると、さっそく現像すべくザックからカメラを受け取ったエディが店を出て写真館へと全力で走っていく。
“敏捷”極振りの彼はおそろしく足が速いので、まばたきするよりも早く姿が見えなくなった。
「……なんですか、そのかつてない連携速度は。どうせならボス戦で発揮してください」
ため息まじりに文句を言うシウに、「気にすんな」とザックが答えて、ハートレスが不思議そうに首をかしげる。
「私の相続人はシウになったの?」
「他人に決められることではありません。指示などしませんから、自由にしていいですよ。報告する必要もないですから、決めたら黙っておきなさい」
シウはちらりとハートレスを見て「設定した相手には気づかれないようですし」とつぶやき、話題を変えた。
「それよりギルド『牙』のマスターから、あの後何かありましたか?」
「センリから? 何かって、なに」
「メールが来たりとか、他に何か連絡を寄越してくるようなことはないんですか」
「ない。シウはセンリが気になるの?」
「あれが気にせずにいられますか。うちの次に40階に到達した攻略組ギルドのマスターがあんなふうに不意打ちで来たというのに。レスを引き抜かれて吸収合併するとか言われたら困りますよ。フレンド登録した直後の第一声もおかしいですし。「恋人はどれだ」とか、ふつう初対面で前置きもなく聞きますか? ……まぁ、接触してこないようならどうでもいいんですが」
「それなら今のところどうでもいい」
「あっさり言ってくれますね……」
エディが走って戻ってきたので、ハートレスはぼやくシウから現像されたばかりの彼の写真へと注意を移した。
できれば今のところ一番世話になっているエディを指定したかったが、本人に断られてしまったのではしかたがない。
確かにシウにも面倒をかけているという自覚があるから、差し出された写真を受け取ってメニュー画面を開き、遺産相続人に指定する。
そして自分の死後、彼へ全アイテムと所持金全額を譲渡することに同意すると、遺言メールを書くよう指示が出た。
(ゆいごん……)
先ほど書くことが思い浮かばない、とぼやいていたザックと同じく、ハートレスも何を書けばいいのかわからず手を止めた。
これまで自分が死んだ後について考えたことなどなかったし、今もそんなこと考えてどうするんだとしか思えないから、頭のなかは真っ白だ。
しばらく迷って、ふと思う。
何も考えつかないということは、きっと自分には遺すべき言葉などないということだ。
それなら白紙でいい。
システムが「内容が記入されておりません。よろしいですか?」と訊いてくるのに「はい」を選び、設定を終えてふと微笑む。
もしこの白紙の遺書メールがシウの元へ行くことになったら、彼はきっと“白紙であることの意味”を考えるだろうけれど、そこに意味などないのだと。
「マスター?」
いつもと様子が違うのに気づいて、どうしたのかとエディが呼んだ。
その声に顔を上げたハートレスは、彼を見て先のアルバムを思い出し、衝動的に言う。
「やっぱり写真撮ろう。エディのアルバムなのに、エディがどこにもいないのはおかしい」
「う、その話まだ引っ張るんすか。あー……」
エディはまた恥ずかしそうな、こそばゆそうな顔をしたが、ハートレスの遺産相続人がシウにされたらしき今、彼を睨むものはいない。
しばらくうなった後、今度は「ハイ」と、小さくうなずいた。




