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万魔殿攻略記  作者: 縞白
GUILD
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地下40階シティ新機能解放





 ハートレスの目の前で、全身鎧のプレイヤーは無防備に両手をあげてガチャリと留め具を外し、頭部をおおう兜を脱いだ。

 銀灰色の髪と青い目、整った顔立ちをしているが酷薄そうな印象を受ける。

 歳は30代ほどで、おそろしく威圧感がある背の高い男だ。


 その姿は長い時を越えながらもいまだ牙衰えぬ古い獣を思わせて、ハートレスの後ろにいたギルドメンバー達は無意識に息をつめた。

 しかし彼は獣のように襲いかかることなど無論なく、紳士的でさえある動作で自分よりだいぶ年下の娘へ手をさしのべる。


「ギルド『牙』マスター、センリだ」


 ハートレスは数歩前へ進み、その手に自分の手を重ねた。


「ギルド『紅の旅団』マスター、ハートレス」


 そのまま握手すると「センリ(騎士レベル40)とフレンド登録しますか?」というメッセージが出たので、手を離してためらいなく「はい」を押す。

 ほぼ同時にその動作をすませていたセンリは、顔をあげたハートレスに、彼女の背後にいる男たちを目線で示して訊いた。


「恋人はどれだ」

「いない」


 いきなりの不躾(ぶしつけ)な質問に戸惑うことなく答えたハートレスに、そうか、とうなずいてセンリが言う。


「我々のギルドメンバーは、基本的にギルド外のプレイヤーと話をしない。だがそのことに悪意や敵意はない」


 今度はハートレスがうなずいた。


「伝えておく」


 どちらもそれ以上は何も言わず、沈黙のなかで話が終わったことを感じとると、ハートレスはするりと身を引いてセンリに背を向けた。

 彼も手に持っていた兜をふたたび装備すると、先に仲間が入って行ったサポートセンターへと歩いていく。


 そうしてごく短いが、おそろしく緊張させられる対面が終わったことに、ハートレスが合流したギルドメンバー達は深く安堵のため息をついた。

 しかし、ただひとりシウだけは緊張をとかず、神経質な口調で訊く。


「レス。今のはなんです?」


 ハートレスは平然と、けれどどこか楽しげな様子で答えた。


「同類と会った。私と近いひと」

「自分の同類だから大丈夫、信用できる、と?」

「信用はしない方がいいし、あんまり大丈夫でもないと思う。私の感じたことが正しいのであれば、あの人は何よりも自分の望みを優先して他のことはかまわない。ただ、目的が同じ場合は利用し合えるし、向こうもそのつもりで私とフレンド登録したんだと思う」

「ふむ。あなたの言っていた、駒のひとつですか」

「そう。たぶんあの人も私たちを駒としてあつかう。だから遠慮はいらない。万魔殿の攻略には、お互いにとても都合の良いプレイヤー」


 ギルドマスターは上機嫌に言う。

 彼女を取り巻くメンバーたちはいまひとつ理解しきれずそれを眺めていたが、満足そうな彼女に口を出す気にはなれず、シウもあきらめたように肩を落としたのでザックが話題を変えた。


「終わったんなら図書館行こうぜ。そろそろ寝っ転がって休みてぇんだ」

「図書館は宿じゃありませんが」

「俺には宿みたいなもんだ。ほれ、行くぞ」

「はいはい。……行きますか、レス」

「うん」


 一行はふたたび歩きだし、図書館に着くとハートレスはいつものように休憩スペースに座って、児童書の読み聞かせをする女性NPCの声に耳をすませた。

 そして両隣でごろんと横になっているエディとザックの寝息を聴きながら、ふと思いついてメニュー画面を開き、マスターとサブマスター専用の告知掲示板に書き込みをする。


『ボード名:ギルド『牙』マスターとフレンド登録 (マスター・ハートレス)』

『コメント1ハートレス:サーベルタイガーのエンブレムと全身鎧のプレイヤーは『牙』のメンバー。ギルド員じゃない人とは話さない。でも敵意や悪意はない。とマスターのセンリは言ってた』


 これでいいだろうとハートレスは思ったが、しばらく後、シウがコメントを書き足していた。


『コメント2シウ:いざという時は共闘できそうな戦力のある集団と思われます。できるだけケンカなどの騒ぎを起こさないよう注意してください。問題が起きた場合はすぐに連絡を』



 翌朝、『紅の旅団』ギルド先行攻略組は地下41階の攻略を開始した。



 ―――――― リン、リン、リン。



 もはや聴き慣れた鈴の音が響いたのは、その日の昼過ぎ。

 フィールドモンスターを警戒しながら足を止め、一団は耳をすませてシステム・アナウンスを聞く。



《 地下40階エメラルド・シティにプレイヤー200名の到達を確認、これより新機能を解放します。

 エメラルド・シティ内の神殿が解放、“祝福の泉”で上級職への昇格(ランクアップ)が可能になりました。メニュー画面に遺産設定ボタンを追加、遺産相続人の指定が可能になりました。新システム決闘が解禁されました。

 新機能の解放にともないガイドブックが更新されました。 》



 ピコンと音がして、目の前に「新着情報:新機能3種解放。ガイドブックが更新されました」というメッセージが出た。



《 以上、新機能の解放とご案内を終了いたします。その他、エメラルド・シティには新施設が用意されておりますので、どうぞご利用ください。

 それでは皆さま、引き続き冒険の旅をお楽しみください。 》



 知らず止めていた息を吐き、シウが大剣を手にあたりを警戒しているハートレスへ声をかけた。


「レス、一度シティへ戻りましょう」

「わかった。シティに戻ってお昼ごはん食べる」

「いえ、とりあえず上級職へのランクアップをして、新施設の内容確認に行きたいんです。というか、あなたついさっきエディの料理食べてましたよね?」

「あれはおやつ」

「おやつにしてはボリュームのある肉料理のように見えましたが、まぁいいです。エメラルド・シティへ戻りますから、転移石を出してください」

「うん」


 分岐するルートごとに分散していた他のメンバーと連絡を取り、『紅の旅団』ギルド先行攻略組は全員で40階シティへ戻って神殿や新施設へ向かう。

 そしてパーティごとの部屋に転送される神殿の奥に来ると、中級職へのランクアップ直後にいきなりハートレスが走っていってしまったことをしっかり覚えていたシウとザックが釘を刺した。


「レス、今度はいきなり走りだすなよ」

「せめてひとこと言ってから動いてくださいね。とりあえずエディに準備しておいてもらいますから」


 いきなり名前を出されたエディが飛び上がる。


「え、オレっすか? いちおう瞬発力には自信あるんすけど、マスターの持久力には負けそうな気が」

「犬ならどこまでも主人の後を追いなさい」

「うう、シウさんきびしいっす」

「返事は? エディ」

「……わん」

「よろしい」


 うむ、とうなずいたシウの横から「よろしいのかよ」と思わずザックがツッコミを入れたが、神官サブマスターはあっさりスルーした。


「ではハートレス、ランクアップを」


 中級職へランクアップするのとまったく同じ神殿で、小部屋の中央にあるちいさな泉に入ったハートレスは、目の前に現れた文章を読みあげた。


「上級職“狂戦士”または“剣闘士”にランクアップできます。“狂戦士”にランクアップするとアクティブスキル〈狂化〉、“剣闘士”は〈激怒〉を習得可能。

 〈狂化〉は体力が残り3分の1以下になった時に発動可能で、10分間モンスターの姿しか見えなくなり、味方からの回復や支援がいっさい受けられなくなる代わりに攻撃力200%アップ。10分後に1分間行動不能になります。

 〈激怒〉は〈狂化〉と同じ発動条件ですが、5分間味方からの回復や支援が受けられなくなる代わりに攻撃力100%アップし、5分後は30秒間行動不能になります」


「ようやくアクティブスキルが出てきたのは喜ばしいことのはずなんですが。何なんでしょうね、モンスターの姿しか見えなくなるとか、味方からの回復も支援も受けられないとか。〈狂化〉からただよう“死に花を咲かせろ”臭、半端ないですよ……」


 ため息まじりにつぶやくシウの目の前で、説明を読み終わったハートレスは迷いなく空中に浮かぶ選択肢を押した。


 鳴り響くパイプオルガンによる荘厳な「ランクアップおめでとう!」曲。

 空から雪のようにキラキラと降る光を浴びてハートレスの左手首の腕輪が輝き、中級職を示す緑だった色が上級職を示す銀に変わる。


「ま、ままま、ますたー」


 唖然とするパーティメンバーのなかで、エディがどもりながら呼んで、おそるおそる訊いた。


「どっち選んだんすか……?」


 中級職の時のようにまたロキの声が聴こえるんじゃないかと期待していたハートレスは、しばらく耳をすませていたが、エディの声以外はしんと静まり返っているだけの部屋にがっかりした。


 でも、大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。

 ちゃんと前に進んでいるし、少しずつでも強くなっているのだから。


 そしてさらなる強化のためにランクアップ・ボーナスの10ポイントをすべて“力”へ振りながら、当たり前のように答えた。


「狂戦士」


 エディが「やっぱりー!」と悲鳴をあげ、シウが「あなたってひとは」と額に手を当てて、ザックが「そうだろうなぁ」と苦笑い、リドは「さすがです!」と拍手する。

 ハートレスは彼らが何にそんな反応をしているのかわからず、ボーナス・ポイントの操作が終わると不思議そうに言った。


「攻撃力200%アップと100%アップだよ。迷う理由がない」

「そこしか見てねぇのかよお前」


 あきれたザックが言ったが、シウはもう悟りの境地にあるような顔をしてうなずいた。


「レスはそれでいいです。ふだんは発動条件を満たさないようわたしが回復させておきますから。さあ、さっさと全員ランクアップをすませますよ」


 万魔殿のランクアップ・システムは下から上にあがる一方通行で、一度上げてしまうと元に戻すことができず、選びなおすこともできない。

 だからハートレスもいまさら剣闘士に変更することはできず、パーティメンバーはあきらめて自分たちのランクアップにのぞんだ。


 その結果、シウは神官から大神官、ザックは騎士から白騎士、エディは義賊から怪盗、リドは騎士から黒騎士にそれぞれランクアップ。

 ギルドの雑談掲示板にさっそく作られていた「上級職ランクアップ報告」ボードにそれぞれの報告を書き込み、大半のギルドメンバーが狂戦士へランクアップしているのを見て深いため息をついた後、「もう何も言うまい」という暗黙の了解のなかで新施設を見に行くことになった。


「カバン屋きたー!」

「ようやく持ち運びのできるアイテム量が増えますね」


 新施設のひとつであるカバン屋で、それぞれ気に入った形のカバンを1個購入。

 本当ならば皆もっとたくさんのカバンを買ってちまちまとしたアイテム整理の手間から解放されたいのだが、今のところひとりにつき2個までのカバンの所有しかシステム的に認められていないのだからしかたがない。


 ハートレスもベルトポーチ型の初期カバンに並べてセットできるタイプのカバンを買い、アイテム枠を新たに99個増やして店から出た。

 そして次の新施設へ行こうとしたところで、フェイと合流する。


「レス、ここにいたか。エメラルド・シティの新施設はカバン屋と道場と闘技場らしいぞ」

「カバン屋は今行ってきた。もうひとつにこれから行くところだけど、道場と、闘技場?」

「ああ。闘技場は決闘用の施設で、プレイヤー同士の対人ができるところなんだと。道場の方は、師範代と3回戦って2回勝てたら、攻撃行動(アタック・モーション)アシスト機能を自由にオン・オフできるようになるらしい」


 フェイの説明に、エディが首をかしげた。


「アシスト機能を自由にオン・オフ? それって何かいいことあるんすか?」

「さてなぁ。俺にはよくわからんが、シウはすげー嫌そうな顔してんぞ」


 フェイの言葉に皆がシウが見ると、眼鏡の優男はさらに顔をしかめて言った。


「わたしもよくわかりませんよ。ですがもうすぐ地下100階のうちの半分に当たる50階で、それを目前に解放された機能が遺産設定なんて縁起でもないものなんです。今回の新機能解放には嫌な予感しかしません。

 そしてアシスト機能のオン・オフが自由にできるということですが。これはそのうち完全に機能が停止して常時オフ状態になる時が来る、という前触れなのかもしれませんね。ただのわたしの推測ですが」


 ええー! と周りがどよめいた。


「うわー、なにそれ怖い!」

「お前はいつも悪い方向にものを考えるなぁ。またその嫌な予感がよく当たるところが恐ろしいんだが。……うーむ。アシスト機能のオフ状態に今から慣れておくべきか」


 エディが驚いてザックは考えこみ、リドが青い顔で「アシスト機能オフにされたら戦える自信ないです」とつぶやく。

 しかし逆に喜ぶものもいた。


「そうしたら全員、完全に自分の力だけでやってくしかなくなるってことだよな。おもしろそうじゃねぇか」

「うん、おもしろそう。アシスト機能がオフになったら、きっと今とは違う動きができるよね」


 フェイとハートレスが楽しげに言うのに、親衛隊のリーダーであるオズウェルがうなずく。


「むしろ今と同じ動きをするのが難しくなるでしょうから、当然違った動きで戦うことになりますね。せっかくですからアシスト機能がオフにできるようになった者だけで、また親衛隊の選抜大会でもやりますか。新システムの決闘を使えば、体力をゼロにしても勝負が決まるだけで、相手を殺さずにすむようですし。新機能解放からこっち、親衛隊長の座をかけて決闘しろってメールが大量に来てるんですよ」

「そりゃ楽しそうだ! やる時は絶対俺も呼べよ、オズ」

「もちろん。その時は思いきり叩きのめしてやりますよ、フェイ」


 好戦的な笑みをかわす黒騎士オズウェルと上級槍使いフェイの間で、狂戦士ハートレスが言う。


「それ、私もやる」

「は? レス、決闘やる意味わかってんのか?」

「え? あの、あなたの親衛隊の選抜なんですが」


 戸惑う二人の男の視線など気にもせず、いつもの口調でマイペースなギルドマスターは言った。


「対人戦はあんまりやらないけど、たまには遊んでみたい」

「なんだそりゃ。俺たちはお前のオモチャかよ」

「レスのオモチャ……」

「おい、オズ。意味深につぶやくな。しかも顔赤くすんな」


 沈みこむ者と盛りあがる者が混在する一団は、そうしてにぎやかに話しながら道場へと入っていった。





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