16話
「金木犀の枝をなかなか離してくれなくて、大変だったよ。もう、花が取れちゃってるのに」
夜も更け、レオナルトは日課となっているスカイプで、ブラウン管の向こうにいる婚約者のオリガと話し込んでいました。
「面白い猫よね、テレビが好きだし、花の匂いが好きだし。ユウリちゃんのプレゼントはマタタビ止めて花の香水にしようかしら?」
ブラウン管の向こうで喋るオリガにレオナルトは
「どちらでも良いよ。でも、どっちも日本でも買えるよ?」
と言いました。
「じゃあ、約束通りのGPS付きの首輪だけにするわ」
「うん」
「女の子だから可愛いデザインにしたのよ。赤の皮地にダイヤを均等に埋めたの」
「へえ…………ぇええ! ダ、ダイヤ!?」
椅子から立ち上がるほど驚いているレオナルトに向かって、オリガは「そうよ」と不思議そうに答えました。
「ジルコンとかじゃなくて? 本物の?」
「当たり前じゃない。貴方と結婚したら私の猫にもなるのよ? 首輪の上になる部分を──ほら! 貴方に貰った婚約指輪のハートのピンクダイヤとお揃いにデザインしたのよ」
と、左の薬指に輝く婚約指輪をレオナルトに見せます。
二カラットのハート型のピンクダイヤに囲む小さなダイヤ。
──猫の首輪にも……。
(……結構したのに……)
レオナルト、目に見えて落ち込みました。
梨琉ちゃんの予想が外れたわけではありませんでした。
レオナルトも国に帰ったら、裕福な地域に住むそれなりに裕福な家庭に育ちました。
一般市民ですが。
──しかし
婚約者のオリガの家庭は、正真正銘のセレブ。
お母様は北のお国の貴族の血をひいているそうです。
お祖父様は会社の会長。
お父様は社長。
ご本人様は雑誌のモデル。
きらびやかなご家族に一族様です。
しかし、どうやって二人は出会ったのか?
レオナルトも母親の希望で、小さい頃からモデルをやっていたんですね。
その繋がりでオリガとは知り合いでした。
当時はモデル仲間としての、まあ、会ったら他のモデル仲間達とお話しする程度でした。
だけど成長して、他にやりたいことを見つけたレオナルトは、モデルの仕事をきっぱり辞めて、大学で勉学に励むことにしました。
そんな時、オリガから電話がありました。
『私と仕事するの、そんなに嫌なわけ?』
──と。
最後に断った仕事と言うのが、彼女と組んでの仕事だったんです。
ケンカ腰の彼女と電話越しにじっくりと誤解を解きつつ話し、親交を深めたのがお付き合いのきっかけでした。
婚約するまで、やはりと言うか、オリガ側の一族の反対があったり、会長のお祖父様から条件を突きつけられたりと──相手がずれましたが、梨琉ちゃんの妄想も当たらずも無しなわけです。
すっかりしょげたレオナルトは、オリガに頭を下げました。
「すみません……。大した指輪買えなくて……」
「え? 私、これ気に入ってるわよ。このピンクハートのデザイン、センス良いわ。それに──」
オリガの手がブラウン管に触れます──まるで、レオナルトの頬に触れているかのようです。
「決心してくれたのが、とても嬉しかったの。お祖父様の条件を飲んでくれるなんて。貴方って結構頑固だから……」
「君が親や親族にかけられた圧力に比べたら、何てことないよ。それは僕が受ける痛みだったはずだったんだ」
「ううん……良いの、そんなこと」
「オリガ…」
レオナルトの手も、画面に映るオリガの頬に触れているような動作をします。
ゆっくりと二人、画面に顔を近付けていきました。
「来週だね。ようやく会える」
「迎えに来てね」
「勿論さ」
来週、日本にオリガが訪ねに来る予定です。
画面でのキスの我慢も後少しの辛抱。
「愛してるわ」
「僕もだよ」
瞳を閉じ、自分のキスを待つ彼女の姿……なんて綺麗なんだろう。
そう思いながら唇を近付けます。
──フニッ
冷たい画面の感触じゃなく
暖かいけど、モフモフしていてくすぐったい……。
レオナルトが目を開けると、パソコン画面と自分との僅かな隙間をユウリが通りすぎていく所でした。
ミャー
(遊んでくれましか?)
猫は細い隙間が大好きです。
突然出現した細い隙間にユウリは喜んで抜けようとしていたところに、レオナルトが顔を押し付けてきたものですから(本当はキスなんですが)
ユウリは遊んでくれるのだと、その場で
コロリ
と仰向けになり、彼に向かって手足をバタつかせます。
ミャー
(何して遊びましか?)
手足のバタつかせ方が手を合わせたお願いポーズに見え、レオナルトは自分の失敗に加えて可笑しくなって声を出して笑ってしまいます。
その様子の一部始終を見ていたオリガは
「意外な子がライバル……?」
と、眉を下げました。
オリガさん。
ユウリはまだまだ小さい子猫です。
人間社会のしくみなんて無関係な猫です。
男女の複雑な感情なんてユウリにはまだまだ分かりません。
のんびり まったり
それでいて
興味あるものには全力投球。
そんな姿が何とも愛らしい猫達のうちの一匹なんです。
終
猫話なので続けられる内容ではありますが、他の話の100話記念として書いた話なので、一区切りとして終わりにしました。
読んで下さってありがとうございます。