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10.翳り



「愚息が本当にすまなかった。すぐに両家に婚約破棄の手続きをさせる」

「今後ないようにしていただければ大丈夫です。誤解がないように、手続きは早めにお願いします」


訓練場での騒動後、知っている人間とは言え男性に暴力を振るわれそうになって落ち込んだ心を紅茶で癒しているところにとんでもない人物が現れた。


件の第二王子の製造元、もとい父親の現国王である。


恐怖で足が震えるノイルをしっかりとニアに送り届けたあと、ウェアハルトはすぐに戻りますと言い残してどこかへ消えた。


そしてのんびり紅茶を飲んでいる所に、三十分もせずに国王を伴って現れたのだ。


「詫びにもならんが、何か必要なものがあれば用意させよう。

あれの教育にはほとほと困り果てていてな……聖女殿と接触しないよう手配していたのだが、突破されたようだ。今回のことで廃嫡も検討している」


賢王と名高い現国王だが、ままならないこともあるらしい。


聞けば、王妃に溺愛されて育った第二王子のわがままっぷりは年々エスカレートしているらしく、特に件の商家の娘と付き合うようになってからは手が付けられなくなってしまったという事だった。


現在のまま王位継承権を持っていてもよからぬことに使う恐れがあり、内々に廃嫡の話は検討され始めていた所らしい。


そこへ、今回の『聖女』であるノイルへの狼藉の話が持ち込まれたというわけだ。


教育期間中とは言え、ノイルへの狼藉は国王へのそれと同義。

騎士団という目撃者もいる中で行われたそれに、さすがに庇い切れないという判断を下したようだ。


現に、すでに事態を聞きつけた貴族たちから批判の声が上がっており、選定の儀での勝手な振る舞いの件も含めいくつか書簡が来ているらしい。


さらに驚くべきことは、第二王子が王宮中でノイルを「偽物」と触れ回っている話だ。


「何を根拠としているのかは不明だが、愚息はあの商家の娘を聖女だと信じて憚らん。

聖女殿の耳に入れたくないような話も流布させているようだし、早めに片を付けると約束しよう」

「お手数おかけしますが、宜しくお願いします。」


お願いしたところで、それまで黙って話を聞いていたウェアハルトが口を開いた。


「その商家の娘について、少しお耳に入れたいことがあるのですが」

「なんだ?」

「国王陛下は私の目のことはご存知かと思いますが、あの者の魔力に僅かな翳りが見られます」

「?魔力に翳り……ですか?」

「はい。聖女様には初めてお伝えしますが、私は人の魔力の質が見えるのです。五属性魔法持ちの影響かもしれませんね」


にこやかに答えるウェアハルトの横で、国王が渋い声を出す。


「ふむ、翳りか……ウェアハルト」

「はい」

「聖女殿の教育係をしながらで構わん、少し探れるか?こちらの手のものにも少し探らせる」

「かしこまりました」


突然の訪問を詫びると、国王は部屋を出て行った。お忍びであったらしい。


「ウェル様、翳りというのは……」

「聖女殿に隠していても仕方ないと思いますので正直に言うと、この頃の瘴気の影響は魔王復活の可能性があると言われています」

「魔王……!」


聖女の敵のやつだ、それ!とIQ3くらいになった脳内ノイルが叫ぶ。


「ちょうどお二人がお揃いの場でしたので伝えたのですが、その影響があの商家の娘に及んでいるかもしれない可能性があるという事ですね。

大丈夫です、ノイル様。

もし本当に魔王が復活するとしても、あなたには傷一つ付けさせませんよ」


ウェアハルトが膝をついてノイルの手を取り、その手に唇を落とす。

彼はことあるごとにノイルに触りたがって来るので、この頃では慣れてしまった動作の一つだ。


この国で一番強い彼がそういうならきっと大丈夫なのだろう。


一抹の不安を隠しながら、ノイルはもうすぐ始まる正式な聖女としての職務に考えを馳せるのだった。




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