尻軽女と肌寄せ合う季節の朝
爽やかな土曜の朝は、隣室の甘ったるい声とともに始まった。
はて?
空き部屋を貸しはしたが、夜はしないで寝てほしいと言ったはずで……なにも言ってなかった朝からやることにしたのか。
私の目の前では睦み事を行わないで欲しいというお願いも壁とドアによって叶えられているのだし、細かいことを気にしたら負けだろう。
物音を立てないように部屋を出て、階下のダイニングへ向かう。流石に階を隔てれば声が聞こえてくることはない。
これまでもまあまあな頻度で泊まりに来ていた明人君に、ときどき唯花ちゃんが加わるようになった。
文化祭の準備と言い張って、女友達の家とはいえ男子もいる空間に泊まりに来れるのは、幼馴染である明人君が唯花ちゃんの親に信頼されているのだろう。
明人君の家は謎だけど。放任主義?
まずコーヒーでも飲むかとドリップパックを用意する。
起き抜けで豆を挽いてコーヒーを落とす朝も素敵だと思うけれど、今は手っ取り早くカフェインを摂取したい。
お湯が沸くのを待つ間に、抑制薬を流し込む。
唯花ちゃんが彼女になってから薬の消費量が増えた気がする。
距離が近くなったのと一緒に過ごす時間が増えたためだろう。近いうちにお医者様へ相談したほうがいいな。
上の階は何回戦までするのかわからないので、冷蔵庫の中で一晩卵液に浸しておいたバゲットは私の分だけ焼くことにしよう。
料理する手間はそれほど変わらないけれど、そろそろ私はふたりに対して食費を要求してもいいと思う。
絵麻さんはその辺りしっかりしているのか、遊びに来るたびに迎えにきたドライバーさんからお札の入ったポチ袋を渡されている。
そこでまあまあ多めに貰ってので、ふたりが来ても赤字になったりはしないのだけど。
それはそれ、これはこれ。
コーヒー片手にじゅうじゅうとフレンチトーストを焼いていく。
バターの香りが好きなのでやたらバターを使いがちなのだけど、ダイエットと無縁でいられるのは若いからだろうか?
これに粉糖とメープルシロップまで使うのだから、燃費の悪い体は偉大だ。
美味しいものは大体カロリーでできてるからね。
「おはよう、鹿波ちゃん」
妙に艶々した唯花ちゃんがいつの間にか2階から降りてきていた。
私が起きる前からやってたとしても1回で終わったみたいだな。
「コーヒーもらっていい?」
「お湯は沸いてるからセルフでどうぞ」
「はーい」
明人君は降りてこない。寝ているところを唯花ちゃんが襲ったのだろうか?
まあいいけれど。
「ところでうちをラブホにするなら宿泊料をとりたいのだけど」
「朝起きて、隣のベッドで寝てるアキト君見てたらつい……ごめんね」
こちらの顔色を窺うような上目遣いが可愛いな。誤魔化されてあげるか。
「そういえばうちのお母さんが、お世話になってる鹿波ちゃんになにか贈ったほうがいいのかしらって言ってたよ」
「うちでヤらないなら泊まるのは気にしなくていいけれど、なにかお裾分けとか貰えるなら嬉しい」
「それならそろそろ田舎から野菜くるかも。今度お母さんに聞いて持ってくるね」
「ありがと」
小さな手でコーヒーカップを持って、冷ましながらゆっくり飲んでいる唯花ちゃんは、もうマンガと違って男を知っている女の子なんだよな、と改めて思う。
それも同じ男を共有する竿姉妹である。
普通はこんな和やかな朝を迎えたりしないのでは?
段々慣れてきた自分がいることも確かだけど。
「今日は朝ごはん食べたら帰るね。午後は鈴ちゃんから呼ばれてるんだ」
「そういや麦野さんは3人で付き合ってること知ってるの?」
しばらく疎遠になっていて、徐々に元の関係に戻りつつある微妙な時期だけど、元々親友枠だったのなら言っているかもしれない。
「特には言ってないよ。気付いているのかもわからないや」
「なんとなく隠す感じになってるけれど、絵麻さんは知ってるわけだし、聞かれたら言っても大丈夫よ」
プールに行ったときの様子から恋を諦めた感じはあるけれど、明人君を好きだった麦野さんがそれを知ってどういう反応になるのかは予想つかないので、言わないで済むならそれでもいいかな。
「朝ごはんは明人君も起こしてきたほうがいい?」
「起きるまで寝かせてあげたいな」
寝ている人に無体を働いたと思えないような顔でいけしゃあしゃあと。
それで憎めないのだから美少女は強い。
付き合い始める前より性格が手強くなった気がするので深くは突っ込むまい。
藪蛇という言葉もあるからね。
唯花ちゃんを見送って、食洗機から皿を取り出していると、ようやく明人君が起きてきた。
挨拶もなんだかふにゃふにゃしていて疲れてそうだな。
「もう少し寝てたら?」
「ん……とりあえず朝食べてから考える」
ふらふらとしながら椅子に座る様子を見ると、これはかなりダメそうだ。
「夜更かししたの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「朝からしてたから?」
「……聞こえてたのか」
「それなりに」
それを聞くと、明人君はテーブルに突っ伏し唸る。
恥ずかしいのだろうか。
「ここでしないって約束破ってごめんなさい」
「唯花ちゃんが襲った、というのは聞いたので大丈夫」
朝ならちょうど抜き挿ししやすい形状になってるから、その気になれば相手の意思関係なくできるだろうし。
「後でもう少し寝たいけど、そのとき鹿波さんに添い寝してほしい」
「いいけど、どうして?」
「好きな子に、他の子としてる声を聞かれて精神的なダメージを負ったので、好きな子を抱きしめて安心して寝たい」
……ふむ。
私としては「好きな子」が唯花ちゃんになってくれるのが理想なのだけど、人の心ってどう変えたらいいのかしら?
私が明人君に気持ちを返せないように、心を変えるのは難しいと思うけれど、風見鶏のように吹く風で向きを変えてくれたら楽なのに。
「添い寝だけでいいの?」
好意を受け取る心が自分に存在しない申し訳なさがあるので、せめて恋人であるうちは私にできるお願いくらいは受け入れておこう。
そろそろ抱きしめた相手の体温が心地良い季節になってきたのだし。
「そんなことないってわかってるくせに」
「朝からお腹いっぱいかもしれないじゃない」
「鹿波さんならいくらでもいけるんだよ」
……後でだなんて、嘘吐きね。
ESN大賞一次通った「パースニップ」は最終残れなくて残念でした。
「尻軽女」はゆるゆる自分の癒しのために書いているので、これ以外にそろそろ次なにかに応募できそうな作品を考えないといけませんね。




