尻軽女の得たものと失ったもの
中学校に通えなくなった私は、はっきり言って腫れ物だった。
普通に接する分には相手が成人男性でも大丈夫だが、自分に向けられたものではなくても一度怒鳴り声を聞くと、平常心に戻るまで時間がかかり、私はお祖父ちゃんの家の奥から滅多に出ることはなくなった。
ボロボロでも根が真面目だったから、妙に規則正しく暮らしていたけれど。
起きたら朝食の準備をして、午前中は教科書と問題集で自習、昼食の片付けを手伝ったら、家の掃除や裁縫。
お祖母ちゃんはそんなに頑張らなくていいと言ってくれたけれど、あの頃はなにかしていないと死んでしまいそうだった。
ある日お祖母ちゃんから頼まれて、くるみボタンを沢山作ることになった。
小学校のバザーに出すんだって。
そのとき、私もお世話になった小学校だし、後輩たちがくるみボタンのついた服でちょっと嬉しくなったり、自慢したくなるような、素敵なボタンを作りたいと思った。
端切れの素敵な柄部分を使ったり、パッチワークみたいに繋いだ布でカラフルにしたり、生成りのシンブルなくるみボタンだけど刺繍でワンポイントをつけてみたり。
すごく、楽しかった。
ずっと忘れていた「楽しい」って気持ちは、ここに隠れていたらしい。
私の様子がいつもと違うことにふたりも気付いたのだろう。
それからお祖母ちゃんが新しい手芸の本を買ってきてくれたり、お祖父ちゃんが時計の修理作業を見せてくれるようになった。
交換で不要になった時計のパーツをもらって、それを組み合わせてみたり、新しく覚えた手芸に使えないか考えてみたり。
作ったものはお祖母ちゃんが店に並べてくれて、タバコ屋の窓が賑やかになる頃、私の作った小物を買いたいと言う人が現れた。
その人は、可愛いくるみボタンがついたシャツを着ている女の子を連れた女の人で、並べられた小物のひとつに一目惚れしたのだと言う。
翌日から私の作った小物には値札がついた。
沢山売れたわけじゃないけれど、私の作ったものが売れていくのは嬉しくて、家にある材料だけじゃ足りないから買い物に行きたいとお願いすると、お祖母ちゃんは目尻を下げて、店を早めに閉めて手芸店まで付き添ってくれた。
自分から外に行きたいと言い出すのも久し振りだったからだろう。
ひとりで外出できるくらいになると家政科がある公立高校への進学を勧められた。
本当は女子校に行かせるのが安心だけれど、この辺りの女子校は私立ばかりで、母の一馬力では正直厳しい。
家政科なら普通科に比べ生徒も先生も女性が多く、倍率が高くないので学力は問題ないけれど登校しないため内申が最悪な私でも入試でそれなりに点数が取れるなら合格できるだろうと。
高校くらいは出ておかないと、と私も思っていたから、私は勧められた通り家政科のある高校を受験し、無事高校生になった。
やっぱり浮いていたから友達はできなかったけど。
学校は楽しかったし習ったことはその後役に立ったと思うのだけど、正直どんな授業だったか具体的には覚えてないのよね。
入学して半年くらいだったかな。
母にまた恋人ができた。結婚前提だと。
今度はシングルファザーとシングルマザーが集まって相談し合ったりする会で知り合ったという。
向かい合って話をするのも久し振りの娘に対していきなり言うことだろうかと思うけれど、私に言った上で親に言わないと怒られるとかそういうことだったのかもしれない。
お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、私が望まないなら一緒に暮らす必要ないと言ってくれた。
でも何故か母は一緒に暮らすことにこだわった。
苦労したシングルマザーとして、未成年の娘と離れて結婚するなどは外聞が悪いと考えていたのだろうか。
とにかく相手を知らないことにはなにも言えないので、機会を作って会わせてもらうことにした。
第一印象で母が選んだにしては普通のおじさんだと思った。
小柄で少しなで肩で威圧感とは無縁な普通の優しそうな男性。
一緒に来ていた娘さんは小学生だった。
目をキラキラさせて毎日楽しいことでいっぱいという顔をした可愛い女の子。
嫌な感じはしなかったから、きっとこの人たちは私にとって安全だ。
顔合わせから半年のお試し同居を経た後、私たちは家族になった。
母は本心では私を数に入れてなかったみたいだけど。
お父さんはどこまで知っていたのかわからないけれど、私に気を使ってくれていたと思う。
料理を作れば褒めてくれたし、妹に頼まれて勉強を教えるとこっそり家庭教師代だよ、とお小遣いをくれたりした。
お陰で少し懐に余裕ができたから、この頃からレジンをやり始めたんだっけな。
妹も面白いことが言えない私を何故か慕ってくれて、勉強を教えればぐんぐん吸収するので面白かった。
成績が上がったと喜んで、どこに行くにも私の後をついてくる可愛い妹だ。
だけど仕事を変え、一緒に過ごす時間が増えた母は、あからさまに私と妹に差をつけていた。
傷だらけの醜い娘より、傷ひとつない可愛い娘が彼女の理想だったのだろう。
そんな母をお父さんは窘めていたし、妹も私に懐いていたから、家族から引き剥がせなかったようだけど。
母を好きとは言えないが、もう私が娘として母から愛されることはないのだと思うと、母を好きだった頃の私に責められているみたいで苦しかった。
そしてその頃、突然お祖父ちゃんが倒れ、そのまま帰ってくることはなかった。高血圧だなんてことはなかったのに原因は脳溢血で、想像もしてなかったお別れだったせいか、この辺りの記憶は細切れだ。
お葬式で母の弟だという人に初めて会った。じろりと睨まれたのは嫌っている姉の娘だったからだろうか。
四十九日を過ぎてお祖父ちゃんがお墓に入ると、お祖母ちゃんはどっと老け込み、元気がなくなっていった。
そんなお祖母ちゃんが心配でまめに顔を見に行っていたけれど、ある日叔父に引き取られて、住所も教えてもらえず、お祖母ちゃんとも会えなくなった。
私の大切な人が、大切な場所が段々なくなってしまう。
度重なる喪失に、私はかなり不安定になっていたと思う。
冬の終わり、届いたばかりの中学の制服を着て、妹が一番に私のもとへ見せに来た。
私が通っていた中学の制服だ。
可愛い、似合ってると褒めながら、ぱらぱらと、私が壊れていく音が聞こえる。
この可愛らしい妹の制服は、薄暗い部屋で組み敷かれて汚されることなんてないんだろう。
笑顔のまま学校に通い、友達と沢山思い出を作るのだろう。
私はそれを羨んだり、憎しまずにいられるだろうか?
このままいいお姉ちゃんでいられる自信なんて皆無だ。
今はごまかせても、いつかきっと妹を傷付けてしまう。
その前に自ら離れなくてはいけない。
それからは必死だった。速やかに姿を消すために残っている時間はそう多くはない。
お金を貯めて、卒業と同時に就職して、逃げ出すように家を出た。
家を出る前、母がそこそこ貯まった私名義の通帳と銀行印を渡してくれて、それも足しにさせてもらった。
母は私がいずれこうなるとわかっていたのかな。家族から排除しようとしたのは母なりの歪んだ愛だったのかもしれない。
その後は理由をつけて死ぬまで家に帰ることはなかったから、そこが家族との、血が繋がった人との今生の別れとなった。
「ちょっと聞いてもいいかしら?」
「なに?」
「ここまでの経緯でどうしてワンナイトを繰り返すような人に?」
まあ、普通はそう思うか。
周囲の似たような子には多かったけれどね。初体験が不本意で悲惨だった子って。
「私のことを好きって告白してくれた人がいたの。でも誰とも恋愛するつもりがないって答えたら、せめて一度抱きしめさせて欲しいって。本当に軽くぎゅっとされただけなのに、そのとき泣いてしまったんだ」
それは私から奪っていった人とも家族とも違う抱擁だった。
私自身を求めてくれると体で実感できた。
「その人と付き合えば良かったのに」
「いい人だったから一緒にいて万が一にでも好きになったら困るでしょ。私にはクズの血と、恋愛で人を不幸にする血がハーフハーフで流れているんだから」
恋愛はしたくない。
でも人の温もりは欲しい。
「恋愛的な意味で好きにはなれなくても、私はお祖父ちゃんたちが愛してくれたお陰で、人間自体は好きだったんだと思う。体を重ねているときに垣間見える相手の弱さや苦しさに、私だけじゃないって安心したかったんだ」
「鹿波さんは……すごく頑張って生きてきたんだね」
「そうかな?」
「そうだよ」
絵麻さんが私の手を取って握る。
華奢で柔らかくて、少し冷たくて気持ちいい。
「私もこの世界で沢山思い出が欲しいの。だからこれからも一緒に楽しいこといっぱいしましょうね」
頷く代わりに手を握り返す。
死ぬ前に願えなかったことを沢山叶えたいな。
今の私には絵麻さんや唯花ちゃんがいるから、きっと難しくない気がする。




