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Cleopatra's Dream

「ライムズ」のライブ日。前日のメインパフォーマーだったその元オペラ歌手(ミカエラという名の男だった)は、オーナーと知り合いらしく、客として見に来ていた。

ライブ後、高揚感とその店の居心地の良さから珍しくメンバー揃って、打ち上げめいたことをしていた。ライブハウスでそのまま打ち上げなど、したことは無かった。(「ライムズ」を始めたときから、ライブ後の打ち上げは焼き肉と決まっている。メンバーのモチベーション維持のためである)

何人かはアルコールが入っていて、そのとき店に残っていた他の客もオーナーの知り合いのみ。「からすの小屋」ではなかったが、メンバーもとてもくつろいでいた時間だった。けだるくも、白熱した音楽談義。


そのとき、祥平自身、オペラ歌手の知り合いは少なかったため、ミカエラにいたずらという名のサービスをしたくなった。20年に一度もない、気まぐれだ。

《魔笛》の即興アレンジを弾いてみせた。

何かの返答をミカエラに期待したわけでは無かった。ほんの、話のはずみ。小さなイタズラ。

だが、ミカエラはその場のくだけた空気に気を良くしていたのか、本場の歌声にかなり近いもので応えてくれた。シャンソンのような、ブルースのようなそれでいて発声は、まぎれもなくオペラのそれ。客の誰が口笛を吹いて喜んでいた。


驚いたのはそのあとだ。

大輝がミカエラに合わせて歌い出したのである。曲のアレンジに合わせ、アドリブで歌い出したミカエラに目を見開いていた全員が、今度は口がふさがらなくなった。

第一声からミカエラの歌声を取って食いそうな迫力。さっきまで、枝豆を食べながらオーナーとぼそぼそ話していた人間の喉から出ている音とは、とても思えない。

「まるで別人」

そのときの大輝を見て、全員が思ったことだ。酩酊しているようなあかるさ。とろけるような笑顔でのびのびとミカエラと歌でダンス。時にはからかうように、時には寄り添うように。

「こんな明るくてハチャメチャで楽しい《魔笛》なんて聞いたことないよ」

客の誰かが高ぶって叫んでいる。

祥平もキーボードを叩きながらだんだん可笑しくなってきてしまい、最後の音を鳴らしたときには自分がほほえんでいることに気づき、驚き、だが納得した。

顔を上げると、歌い上げた興奮から盛大にハグしている大輝とミカエラ。

偶然にも、最高の音楽に会えたよろこび。

いつまでも浸かっていたい。


だが、ふだん真顔か仏頂面しか見せない祥平の笑顔を指差してニヤついているジュリアンと義範が視界に入り、祥平の顔はすぐに元にもどってしまったのだった。

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