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001:くーちゃんと亀とヤク中

「あー、もうだめだ。疲れた」


 そう言って、道端に座り込む。頭に巻いたバンダナも、鎧代わりに着けていた革の胸当ても脱ぎ捨て、熱のこもった体を僅かでも冷やす。

 手で扇ぎながら、相方も隣に腰を下ろす。


「今日は暑いからねぇ。前に出て剣振ってれば、余計にくたびれるでしょ」

「分かってるなら少しは援護しろよ。魔物使いだろ、サポートがメインじゃないのかよ」


 睨み付けるが、何が可笑しいのか笑顔のまま、懐から一匹の亀を取り出して言う。

 正確には、亀に似た何かだ。額にはビー玉の様な単眼が蠢いており、真緑色の甲羅は宝石を思わせる程に滑らかで透き通っている。大きさこそミドリガメと同程度だが、細部は自然界にいるものの造形じゃない。


「サポートはしてるよ? この子のだけど」

「水も吐けない体当たりも出来ない波にも乗れない亀に存在価値なんざあるか! 蹴飛ばすくらいしか利用法がねぇじゃねぇか! お前のレベルならもっと強い奴仲間に出来るだろうが!」


 ゆたゆたと歩き、此方の脚に擦り寄る亀を指差しながら怒鳴り付ける。甲羅から照り返す太陽光が鬱陶しい。


「えー、でも可愛いよ? それに、ヒーリング互換の能力もあるし」

「戦闘になるとからにこもる一択のこいつにか? つうか、あるならあるで回復してくれよ。今も体力ゲージ真っ赤なんだけど」

「戦闘中にはやりにくいだよねぇ。けど、今なら出来なくもないかなぁ。してみる?」

「はよ、はよ」


 催促すると、相方は何やら亀に指示を出す。ゆっくりと歩きだす亀。


「けど、回復だけなら他にも出来る奴いるだろ。なんでこの亀連れてんだ?」

「いやぁ、弱いって事は成長性があるでしょ? 燃えるよね、そう言う子を育てるのは。それに、回復って結構貴重な特技だし」

「気持ちは分かるが前衛で燃やされる身に――なんかこいつスカートの中に入ろうとしてんだけど。おい馬鹿やめろ」

「え? だって回復、するんでしょ?」


 きょとん、と言う擬音が付随しそうな相方の顔に、悪寒を覚える。知った事かとばかりにのんびりと下着へ頭を押し付ける亀。


「よし、分かった、回復は良い、宿屋行こう」


 急いで立ち上がろうとするが、手足に力は入らない。血の気がどんどん抜けていく頭に、相方の声が響く。


「あーごめん、リラックスして貰おうと思って麻痺掛けちゃった。けど遠慮しなくていいよ? この子の経験値稼ぎにもなるし」

「これは遠慮じゃなくて拒絶って、止めろっ、馬鹿っ――!」


 飼い慣らされているとはいえ魔物。人間様の言葉は理解されず、ただ主の命令のまま、亀の頭は俺の下着を押し退けて、ゆっくりと「回復」させていった。



 ◆



【Diamond Wizard】と言うMMORPGがあった。

 コンセプトは原点回帰。昔ながらのRPGをMMOで再現すると言うのが見所で、売り文句だった。

 アバターの造形、基本ステータス、初期職業すらもランダム。HPがゼロになれば、容赦の無いペナルティとキャラロスト。なまじ便利な課金アイテムが無いだけ、シビアなゲーム性とプレイヤースキル、リアルラックの格差に拍車を掛けていた。

 だがそれが良いと言うコアでマゾいヘビーユーザー。最近のゲームに無い苛烈さに惹かれたライトユーザー。某か感じる所があり、ミキサー状の剣や手裏剣を求めて飛び込む懐古派。その全てが、DWに熱中していた。


 ある時。このゲームが現実になっていた。

 何故なのかは分からない。どうしてなのかも不明のまま、人類はこのゲームの中を生きる事を余儀無くされた。

 原因を必死に考える奴がいた。夢と信じて自決を行った者もいた。何もかも信じられず、馬小屋に籠りきる者もいた。

 それでも、原因は分からず。それでも、死体の横にはアイテムオブジェクトが転がり。それでも、世界は毎日姿を変えなかった。

 混乱があった。悲嘆があった。小さいながらも、暴動じみたものもあった。

 けれども、全ては収束する。混乱していても何も変わらず、涙は流れても乾いていき、怒りを示そうにも何処へ示せば良いのかも分からないのだから。

 そうして、人々は新たな生活に――否応無しに――馴染んでいった。

 かく言う俺も、無理矢理ながら馴染んでいた。ランダム生成による非力な少女の体を多少疎ましく思いながらも、俺と相方はそんな世界で冒険者をやっていた。

 魔物の潜む地下迷宮に入り、宝を求めて徘徊する。敵がいれば斬り、邪魔する者がいれば斬り、とにかく斬り斬りとやっていた。


「そーんな怖いお子様が、まさか街中で亀にファックされるなんてねぇ」

「お前のせいだろうが! 止めろっつってんのに続けやがって、途中から人だかり出来てたぞ! 暫く街に帰れねえよ!」

「全裸になって衛兵に体当たりする奴だっているんだから、路上で異種姦なんてよくある事だって。あ、頭入れられただけだからスカルファックかなぁ? どっちにしろ、一月もすれば新しい噂に上書きされるよ。気にしない気にしない」

「そういう問題じゃねぇ!!」


 青白い炎が照らす迷宮内に、俺の怒声が響く。相方は唇に指を当てるが、1階層のモンスターが寄ってきた所で構いやしない。足早に奥へと進む。


「分かったよ。じゃあ次は猿轡噛ませてあげるから。あんな艶やかな声出したら、確かに恥ずかしいもんねぇ」

「おう知ってたか、この短剣ってクリティカル付与されてるんだぜ」

「そう言えば斬首ってジャンルあるよねぇ。あれって誰が開拓したんだろ。デュラハン娘とはまた違った趣があるよねぇ」


 のんびりとした顔のままでこんな問答されるから余計に腹が立つ。一発ぶん殴りたい。

 俺の純潔を散らした亀は、そんな馬鹿野郎の腕の中で眠っていた。寝首を刈り取ってやりたいが、甲羅にこもった亀の防御力は馬鹿に出来ない。そこだけみれば、深層のモンスターともタメを張るだろう。

 甲羅を撫でながら、相方は言う。


「けど、回復はいるでしょ? POTに頼るのにも限度があるし」

「だからあんな恥辱を受けろってか!? 冗談じゃねぇ! あんな事やらされるならPOT飲むわ!」

「お得なのになぁ。それに、POTだと危ないよ? くーちゃんレベル低いから、中毒上限低いでしょ」

「う……そりゃ、そうだが……」


 瞬時に体力を回復させる、RPGでお馴染み便利なポーションだが、このゲームでは薬品ごとに「中毒値」と呼ばれるもの設定されている。摂取するとそれが蓄積され、通常なら時間経過で減少していく。しかし連続して使用すると減少スピードに間に合わず、中毒値があっと言う間に上がっていく。そしてある値を超えると、バッドスキルとして【ポーション中毒】が付与されてしまう。

 ポーションを飲まないでいると能力低下が起きるスキルだが、能力低下を恐れて定期的にポーションを飲んでいくと、どんどんスキルレベルが上昇してしまう。


「最終的にああなっちゃうと思うと、あんまり使いたく無いよねぇ」


 相方が示す先には、迷宮内にうずくまるみずぼらしい男の姿がある。虚ろな瞳には黒目は無く、既に手遅れである事が分かる。


「《シーカージャンキー》か」

「だね。多分、PTに見捨てられたんじゃないかな。あるいはソロやってた人の成れの果てか」

「どっちにしろ、こんな階層に居ていい奴じゃあないな。やるぞ」

「はいはい」


 腰に差していた短剣を二本とも抜く。ガードの広い〈ミスリルマンゴーシュ〉を左手に、右手には切っ先の鋭い〈エレメントダガー〉を持つ。相方も亀を前方に投げ、愛用の棒を構える。

 戦いの気配を感じたのか、あるいは投げ出された亀が察知エリア内に入ったのか。《シーカージャンキー》はゆっくりと立ち上がり、此方へと不気味な無表情を向けてきた。

 口元や鼻から流れたままになっている体液は、薄く黄色い。十メートルほど離れていても、その腐臭は鼻を突く。ゾンビの様な印象を受けるが、その装備は馬鹿に出来ない。


「〈ロングソード+4〉に〈ミスリルシールド〉、〈ドラゴンレザー〉……こいつ、結構なレベルだったのかもな。おっさん面だし」

「お金になりそうでいいねぇ」


【ポーション中毒】の最終段階、それは、スキル保持者を《シーカージャンキー》と変える事。その特徴は、生前の装備や技能をそのまま引き継いでいる所だろう。それを能動的に使いこなす脳味噌は無いが、自己防衛本能は生前よりも強くなっている。

 魔法職の《シーカージャンキー》なら容易いが、前衛職、特にタンクなんかやってるフルプレートを着る様な奴だと最悪だ。そう言う意味では、眼前の奴はそこそこの厄介さと言える。

 習性上、ポーション類を置いておけばそちらに気を取られる為、その隙に対処するのがセオリーだが――


「面白くねぇよなぁ、そんなの。ーー出来たか」

「あと2秒……よし。いいよ、思い切りやっちゃえ」


 相方の言葉とほぼ同時に、亀の甲羅が薄紫の光を帯びる。軍師と魔物使いの複合スキル【使役命令】の派生、攻撃補助スキル【一点突破】が使われた証だ。5秒間、硬い甲羅をより硬く、何物をも貫かせる補助スキル。

 たった5秒、されど5秒、この瞬間、亀公は魔法金属すらも凌駕する硬度を持つ「弾丸」になる。


「景気よく行くぞオラァッ!」


 その甲羅を、《シーカージャンキー》目掛けて蹴り飛ばす。じぃん、と骨まで響く硬さを持った亀は、俺が蹴ったまま真っ直ぐ進みーーものの見事に、《シーカージャンキー》の装備していた盾を粉砕した。

 俺の装備は突破力に掛けるし、筋力も高くない。故に、受け流しなどのスキルが充実している盾や単純に硬く、クリティカル確率を下げる金属鎧とは相性が良くない。

 故に、それを砕く。それに適しているのが、スキル【蹴り】と亀の持つスキル【突破】を悪用した、【少林シュート】と呼んでいる技術。筋力と敏捷の合算で威力を求め、ノックバック時に接触した相手にもダメージを与える【蹴り】で亀を蹴っ飛ばし、防ごうとする盾ごと相手をぶち壊す。

 この時、盾に当たったダメージ量自体は俺の蹴りのものだが、同時に【一点突破】の補助効果の恩恵も受けている。本来なら攻撃力の著しい低下と共に受けられる筈の突破能力だが、システム的にそうなっているのだから仕方ない。突破を持った弾丸甲羅は、突破能力を奮って容易く盾を壊したのだ。


「くたばれジャンキィィィ!」


 破壊エフェクトを確認する前に、叫びながら疾走する。その勢いのまま飛び上がり、崩壊する盾の残骸の合間を縫う様に《シーカージャンキー》の首へと〈ミスリルマンゴーシュ〉を向ける。

 何千回と繰り返してきた動作は、頭よりも身体が覚えている。故に分かる。刃は届かないと。

 俺の愛刀は、あと数ミリで首を掻き斬ると言うところで、〈ロングソード+4〉と火花を散らしていた。

 この反射神経が、《シーカージャンキー》が強いとされている原因だ。避けはしない。だが、手に得物を持っている限り、近付くものを何であれ迎撃しようとする。盾を残していればそれで受け止められ、後の先とばかりに一撃貰っていただろう。

 そして、鍔競り合いになれば負ける。素早さ極振りの俺の細腕では、ヤク中の異常な筋力には敵わない。向こうに今は攻め手が無いだけで、この状況も不利には変わらない。

 だが、向こうの得物は剣一本で、此方は二本だ。


「甘ぇんだよ、バーカ」


 〈エレメントダガー〉が、風を纏ってその刹那を穿った。

【少林シュート】と今の一撃による二重のノックバックにより、《シーカージャンキー》の速度は著しく低下している。そこへ三撃目。対応出来るものでは無い。

 それでも防ごうとする〈ロングソード+4〉を、〈ミスリルマンゴーシュ〉のガードで反対へ受け流す。同時に頬肉を貫く〈エレメントダガー〉。

 〈ロングソード+4〉による防御が回復するのは、三秒ほど掛かるだろうか。反応は素早いが、速度自体が同様とは限らない。こいつも例に漏れず、要は先読み上手な訳だ。

 なら、こいつはもう終わりだ。


「おい!」

「把握ー」


 一声上げるだけで意志疎通が出来るのはありがたい。相方が準備する間に、併せて〈ロングソード+4〉による防御が復活する前に、《シーカージャンキー》に四回ほど斬りつける。

 そして防御が復帰する数瞬前に、《シーカージャンキー》の頭を踏みつけ背中へと回り込む。

 そんな曲芸じみた行動でも、《シーカージャンキー》は反応する。例え背後からでも、こいつは問題なく防ぎやがる。

 だから、それを利用する。


「さぁて、お姉さん翻弄しちゃうよぉ」


 間抜けな声。それと同時に、《シーカージャンキー》が()()()()()()()。自慢の剣は、地面に突き刺すのかの如く低く構えられている。

 足元の、亀からの攻撃を防ぐ為に。


「敏感過ぎるんだよ、お前らは。さっさとくたばれ」


 防御行動と言うのが折り込まれている行動パターンを持つモンスターは、こういう馬鹿らしい手に引っ掛かる。特に、攻撃による反射行動では鴨も良いところだ。

 そんでもって、動きが速くないのなら――これはもう、狩れと言っている様なものだろう。

 〈エレメントダガー〉を首へと突き立て、落とす。背後からの攻撃により上がったクリティカル率により、《シーカージャンキー》の首は容易く落ちた。


「あー、きったねぇなぁ。磨いとかねえと臭い移りそうだなこれ」


 バックパックから手入れ用の布を取り出し、〈エレメントダガー〉の表面を軽く拭き取る。耐久性に難があるが、こうやって毎回面倒を見てやれば悪くない武器だ。

 そうしている横で、相方は死体からアイテムを漁る。ドロップアイテムを示すアイテムオブジェクトは既に回収したが、時たま死体にもアイテムが残っている事がある。〈シーカージャンキー〉なら尚更だ。


「んー、目ぼしいのはこんな所かなぁ。くーちゃんがやった方が色々見つかるんだろうけど……」

「俺はもう【物色】レベル上限なったし。経験値稼ぎになるからいいだろ」

「【解剖学】なら最大レベルまで行ったんだけど、うーん」

「お前そんなにモンス倒してたっけ? 大体、魔物使い一本じゃねぇか。レベル差有りすぎなんだよ転職しろ」

「くーちゃんが転職し過ぎなんだよ。そんなだから何時まで経っても子供のままだし。ロリコン?」

「違うっつの。レベル上がり過ぎると上位職になっちまう時あるだろ。あれがやなんだよ」


 このゲームでは、レベルが年齢を表している。最低レベルの1から転職出来る様になる10までは小学生、そっからレベルに併せてじわじわと歳を取っていく。

 そして、転職した際には強制的に10レベルへと戻される。ステータスもある程度相応のものになる――成長率はだんだん伸びていくが。だもんで、しわしわのじいちゃん戦士は大体強いし、スキルレベルは戻されないので、見た目ロリでも俺の様に首刎ねキリングマシーンというのもいなくはない。

 俺はそんなゲームシステムの中でも、結構な数の転職を繰り返してきた。多くの職業のスキルを習得したいというのもあるし、言ったように上位職にならない為の措置でもあるが――


「俺が目指してるのは、ただ一つ。サムライだけだ。それ以外は通過点」

「言い切ったねぇ」

「言い切るとも」


 最強の職業のひとつである上位職、サムライ。高い攻撃力と俊敏さ、そしてクリティカル率の高さは、戦士系職業の終着点と言えるだろう。魔法も扱えるその器用さは、極めてしまえばワンマンアーミーとなる程の代物だ。

 だが、それ故に転職条件は厳しい。まず一つ目は――


「男である事、だっけ。いやぁ、厳しい条件だよねぇ」

「畜生……畜生……畜生……!」


 項垂れる俺の肩に手を置く相方を殴りたい。

 そう、サムライとは男性専用職なのだ。故に俺はランダム生成を呪っていい。ゲームとしてやってた頃にサムライヒャッハーしてた身としては、これほど悔しい事は無い。


「女専用だとヴァルキリーだっけ? アマゾネスだっけ? そんな感じのじゃダメなの?」

「俺はサムライがいいんだよ! 男だし! 一応!」

「身体は女の子だけどねぇ。銀髪ロリとか大衆受けはしなくても熱狂的なファンがいそう」


 俺はこうやって延々と弄られ続けなければいけないのか――サムライを諦めなければいけないのかーー否、断じて否。その様な結末は俺は認めないし許さない。


「ドロップにスクロールはあったか?」

「うんにゃ、無いねぇ。空き瓶ばっかり」

「さすがジャンキー、くたばって正解だ」


 俺が今求めているのは、とあるスクロール。名前を〈元服の証〉と言う。言わずもがな分かるだろう、これを使えば、性別もステータスも関係無しに転職する事が出来てしまうと言う夢のアイテムだ。

 こう言った強制転職アイテムを悪用すれば、概念はあるが、システム的に出来なかった男の娼婦、男娼であったり、男アマゾネスなんかも出来てしまう。

 だが、お遊びに使えるほど見つかりやすいものじゃない。むしろ超低確率と言って良い。どんな奴が落とすかも分からないので、完全にリアルラック頼みだ。


「とりあえず、下行くぞ。今日こそ見つけてやる」

「その前に。体力、減ってない?」

「うるせえ!」


 相方のにやけ面に怒鳴り付けながら、迷宮を進む。

 ――この後、無様にもトラップに引っ掛かり、結局「回復」する羽目になったのは、完全な余談だろう。

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