第8話:定時退勤の聖女
「何だてめえは!? 神聖なる教会の敷地に立ち入るな!」
司祭がタクトを睨みつける。エルナも、突然現れた「特徴のない普通の青年」を、怯えた目で見つめた。
タクトは気にせず、脳内で【プロデュース・マイ・ディーヴァ】のスカウトモードを起動する。
【エルナ】(14歳・人間族)
【総合評価】:現状、過労死寸前。しかし、適切な休養とボイストレーニングを施せば、世界を魅了する『絶対的メインボーカル』。
【現在発動中のデバフ】:「精神的呪縛(恐怖による洗脳、自己犠牲の強制)」
【スキル強制介入】:対象の精神的デバフを一時的にシャットアウトします。
タクトがエルナの前に屈み、その細い肩にぽんと地味な手を置いたその瞬間。スキルが介入し、エルナを縛り付けていた「恐怖と洗脳」の霧がすっと晴れた。
「おい、お嬢ちゃん。名前はエルナって言うんだな」
タクトの声には、今、スキルによる『絶対的説得力』の補正が乗っていた。地味な男の言葉が、エルナの荒んだ魂に直接響くような温かさを持って染み込んでいく。
「お前、そのクマ、2日は徹夜してるだろ。喉も炎症を起こしかけてる。そんな状態で歌ったら、二度と綺麗な声が出なくなるぞ」
「でも……私が歌わないと、みんなに怒られるから……」
「俺の職場はな、完全週休二日制、残業ゼロ、8時間睡眠厳守だ。もちろん、喉に良いハチミツ入りのドリンクも飲み放題だぞ。……お前のその歌声、そんな奴らの金儲けじゃなく、もっとたくさんの人を笑顔にするために使ってみないか?」
デバフを消され、スキルの超常的な説得力を注ぎ込まれたエルナの心に、タクトの言葉は「暗闇から救い出してくれる神の宣告」のように響いた。
「……っ。私、休みたい……。本当は、もう歌いたくない……!」
エルナが掠れた声で、タクトの袖を掴んだ。
【システム警告】:対象との合意を検知。エルナを『研究生(仮)』として登録しました。
「何をわけのわからないことを言っている! この娘は教会の所有物だ!」
激昂する司祭。だが、タクトは懐から、ギルドと街の領主のサインが入った「合法的移籍要求書」を取り出し、平凡な顔に冷徹な笑みを浮かべた。
商業ギルドの法的な強制力と、領主への事前告発を組み合わせたリアルな圧力。タクトの理路整然とした交渉術に、司祭の顔が真っ青に染まった。




