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黎明魔界のティータイム〜最強の僕は、のんびりお茶を飲んでいたい〜  作者: 七割カカオ
第九章 水の都の魔王

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第30話 美しき水の都の闇

温泉郷テルマーレの温かな湯煙を背に、馬車を走らせること数日。一行の視界に飛び込んできたのは、陽光を浴びてクリスタルのように煌めく、果てしない蒼と白のコントラストだった。


水の都『アクア・ポリス』。

巨大な湖の上に築かれたその都市は、無数の運河が毛細血管のように街を駆け巡り、白石造りの壮麗な建築物が水面に浮かぶ宝石のように並んでいる。運河を滑るように進むゴンドラ、橋の上を行き交う人々、そして至る所から聞こえてくる水のせせらぎ。


「わあ……! 海に浮かぶ島みたいです! (あるじ)様、見てください! 街の中に大きな川がいっぱい流れてるですよ!」


御者台で身を乗り出すシロハが、弾んだ声を上げる。まるでアクア・ポリスの水をそのまま掬い上げたような、透き通る青髪の間から覗く 碧眼(へきがん)は、初めて見る水の都の情景を懸命に焼き付けようと輝いている。


「ふーん。これが『水の都』か。噂には聞いていたけれど、良い設計だね。水路による冷却効果と、白石の反射を利用した都市全体の調光。魔法学的な効率を抜きにしても、これを作った者の美的感覚はなかなか見事だね。」


エターナが窓から身を乗り出し、都の情景をどこか満足げに眺める。彼女にとってこの都市は初訪問だったが、数千年の時を生きる賢者の目から見ても、アクア・ポリスの機能美と装飾の調和は評価に値するものだったらしい。


「エターナ様にそこまで言わせるとは、さすがですね。この街は物流の要所としても有名ですから、きっと珍しい茶葉やお菓子もたくさんあるはずですよ。……ですがその前に、エルムさん。シロハさんの正式なパーティ加入登録を済ませてしまいましょう。彼女はもう、立派な私たちの仲間ですから」


ベルが手帳を閉じ、穏やかにエルムへ微笑みかけた。エルムは頷き、都の玄関口である港へと馬車を寄せた。


† † † † †


都の中央広場にそびえる、ひときわ巨大な石造りの建物――冒険者ギルド『蒼穹(そうきゅう)の翼』。扉を開けた瞬間、数百人の冒険者が発する熱気と、鉄と魔法の匂いが一行を包み込んだ。


このギルドは、他とは規模が違う。依頼掲示板の前には、常に多くの冒険者が群がり、都の活気をそのまま凝縮したような喧騒が渦巻いていた。


「あの。新規のパーティ加入登録をお願いしたいのですが……」


ベルが受付カウンターで、控えめに声をかける。忙しそうに書類を捌いていた女性職員は、顔を上げずに対処しようとした。


「はいはい、新規加入ね。あちらの列に……え?」


職員の手が止まった。彼女の視線は、ベルが提示したパーティプレートに釘付けになった。それは、ただの鉄や銀ではない。深みのある輝きを放つ、重厚な『白金プラチナ』製のプレート。


「……ちょっと、これ。パーティ名『BEE』……ランク、S!? 本物なの!?」


その驚愕の声は、騒がしかったギルド内に冷水を浴びせたように響き渡った。カラン、と誰かのジョッキが床に落ちる音が響き、一瞬の静寂の後、ギルド内は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。


結成1週間程度でフォレストオーガの群れの殲滅し、古龍グラキエス・レックスを一撃で沈め、古龍と契約まで結び、金貨1,000枚の報酬、おまけに飛び級でSランク昇格、など、もはや生ける伝説となったパーティ『BEE』を知らない冒険者などいなかった。


畏怖と羨望の入り混じった無数の視線がエルム達の背中に突き刺さる。職員は震える手でシロハの登録手続きを進めた。


「こ、光栄です! Sランクパーティ『BEE』への正式加入、承りました! シロハさん、ですね。では、種族と職業をこちらにご記入ください」


「ベルお姉ちゃん、シロハ、字が書けないからお願いです!……種族は竜人族で、『職業』ってなに? ブリザード・ドラゴンとか?」


「うーん、そうですね……ブリザード・ドラゴンは通称というか、世間で呼ばれているニックネームみたいなものなので、強いて言えば、戦士でしょうか。」


「戦士……! かっこいいですー! じゃあ、シロハは戦士って書いてくださいですー!」


シロハは青い眼をキラキラさせて嬉しそうに飛び回る。


「ブ、ブリザード・ドラゴンって、あの獰猛なスノーリザードマン達を束ねている氷嵐龍、であられますか……?」


「シロハ、束ねてなんかないですっ……勝手に崇められただけで、今はもう主様の 眷族(けんぞく)ですー!リザードマン達には、あとは自分たちで頑張ってねって言いましたです!」


「先日のスノー・グレイスの抗争から、ブリザード・ドラゴンが消失したという報告があったのですが、まさか、今仰ったことが真実ということなのですか……?」


「うーん、そうなのだと思います!」


「しし、承知しました……」


受付の職員は、震える手でシロハに白銀のプレートを渡し、「ギ、ギルマスー!」とバックヤードに駆け込んでいく。


ただでさえ伝説級のパーティ『BEE』に、厄災に近いとされていたブリザード・ドラゴンが加わる瞬間を目の当たりにし、またギルド全体がざわつき始める……。


やがて、シロハの首にはエルムたちのものと同じ、誇らしげな紋章入りの銀のプレートが掲げられた。


「えへへ……。これでシロハも、みんなとお揃いですよぉ!」


シロハが嬉しそうに胸を張る。その光景を満足げに眺め、エルムはベルを振り返った。


「よし。次は……ヴァレルが話していたパティシエの店を探そうか」


「はい。ヴァレリウス様によれば、現在は都の北側、裏路地の古いカフェに身を寄せているそうです。場所は……ここから三つ先の運河を曲がった先ですね」


† † † † †


一行が運河の奥、人通りが疎らな路地裏にひっそりと佇む店――『黒の雫』をようやく見つけ出したときだった。


バタンッ! と、店の扉が乱暴に開け放たれた。

中から飛び出してきたのは、一人の男だった。黒のロングコートを翻し、黒髪をなびかせている。整った顔立ちは青白く、その鋭い眼には、正気とは思えないほどの焦燥と怒りが宿っていた。


「……くそっ!」


男はエルムたちの存在に気づくこともなく、何かに取り憑かれたように、路地の奥へと走り去っていった。その手には、まるで命の灯火を握りしめるかのように、一本の古びた木匙が握られていた。


エルムは嫌な予感を覚え、開け放たれたままの店内へと足を踏み入れた。店内には、芳醇なコーヒーの香りがまだ微かに残っていた。だが、カウンターの上には倒された椅子が散乱し、店内は荒らされ、コーヒーの器具や調理道具なども破壊され、床には作りかけのケーキが無残に崩れ落ちている。


そして、カウンターの中心。一本の無骨なナイフによって、汚い紙切れが突き立てられたままだった。


『大事なガキを返してほしければ、月光水門まで一人で来い。姿を見せなければ、このガキの命はない』


書き置きには、差出人の名前も、走り去った男の名も記されていなかった。


「……エルムさん、これ」


ベルが周囲を調べ、カウンターの隅に落ちていた一枚の画用紙を拾い上げた。そこには、幼い子供の筆跡で、幸せそうにケーキを食べる自分と、それをにこやかに見守る男性の姿が描かれていた。


「この店の店主が、さっきの男性でしょうか。この書き置きを見る限り、彼を慕う子供が連れ去られたようです。……ですが、『月光水門』とはどこでしょう。この街の地図には載っていませんが」


エルムは迷わず店を出た。


「もう一度ギルドに戻ろう。あそこなら、古い地名や今の治安状況に詳しいはずだ。……あのお兄さん、一人で無茶をしそうだ」


† † † † †


再びギルドに駆け込んだ一行を、冒険者たちが再び色めき立って見つめる。だがエルムはそれを気にも留めず、先ほどの受付職員に詰め寄った。


「すみません、至急教えてほしいことがあります。……『月光水門』という場所はどこにありますか?」


「えっ? 月光水門ですか……? ああ、あそこは都の最北端、今は浸水が進んで封鎖されている廃墟エリアですよ。…… でも近頃、得体の知れない危険な組織が根城にしているという噂があって、ギルドからもAランク以上限定の調査依頼を出そうとしていたところでして……」


職員の言葉が終わる前に、エルムは「ありがとう!」と言い残して足早に外へと歩き出した。


「子供1人のためにヤバい組織の根城に一人で乗り込んだってわけか。……あの男、不器用というか、馬鹿だね。でも、そういうのは嫌いじゃない。」


エターナが浮遊しながら後を追う。ベルも手帳をしまい、険しい表情でエルムの隣に並んだ。


「エルムさん。その犯罪組織、結構危険かもしれません……ヴァレリウス様が、アクア・ポリスでの彼らの動きを警戒されていました。破壊活動だけでなく、人攫いや生物兵器の実験など、ここ最近、目立つ動きが多いのだそうです。」


「……なるほどね。ギルドも手を焼いてるみたいだし、取り敢えず行ってみよう。何より、あの絵を描いた子とお兄さんが危ない。急ごう」


一行は活気づく広場を駆け抜け、運河の最北端――巨大な石造りの水門跡へと、最速のゴンドラを漕ぎ出した。

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