第61章 真実をなかったことにしちゃダメ
フリュッキンガーさんの名誉を回復しなくっちゃ。このフリュッキンガーさんは実在した人物です。検索すれば出てきますよ。
ヨハネス・フリュッキンガーは、ミネルネを含む一行5名とセルビアのベオグラードへ向かった。セルビア総督府の長官エルンスト・フロムバルトと面会するためである。一行はまずブダペストに立ち寄り、金竜疾風の潜入者と情報の共有をした。ブダペストからは、幾多の中継地を経て、インドそしてシャムまで鳩が飛び、最終的に日本へつながるからである。ハンガリーの国境を越えてセルビアに入ると、町の風景ががらりと変わる。それまでは曲がりなりにも帝国の内部という安心感があったのが、セルビアに入ると一気にその雰囲気が変わり、一行は厳しい現実を目の当たりにした。帝国の繁栄の影響が薄れたこの地には、荒れた道とひび割れた建物が立ち並び、人々の表情にも疲れや不安が色濃く刻まれていた。旅の途中、一行は小さな宿場町に立ち寄って補給を行い、馬を休ませた。町の人々に酒を驕り、付近の事情やベオグラードまでの安全なルートを聞いた。さらに進むと、荒野が広がり、廃墟となった教会や無人の村を目にすることも多くなった。そしてようやく、ベオグラードの町並みが遠くに見える丘にたどり着いた。ベオグラードの市街地に入ると、そこには帝国の影響が残る洗練された建築物と、対照的に混乱や荒廃が見受けられる場所が混在していた。
総督府に着くと、ヨハネス・フリュッキンガーは門番に告げた。
「オーストリア軍衛生将校のヨハネス・フリュッキンガーです。セルビア総督府の長官エルンスト・フロムバルト閣下にお目通りをかなえたく存じます。急ぎの要件がございますため、どうかお時間を賜りますようお取り次ぎをお願い申し上げます。」
(わあ、あんな立派なドイツ語、絶対使えない)ミネルネは無音のユニゾンで思った。
「遠路良くいらっしゃった、ドクター・フリュッキンガー。」フロムバルトは諸手を上げて歓迎している。「さあ、そちらのご一行共々、どうぞおかけください。」
「さっそくですが、閣下、セルバにも出たのですね、あの魔物が?」
「そうだ。しかも兵士が3名殺されて,逃げられてしまった。」
「ハンガリーでは、こちらの方々の活躍で排除できました。味方の損傷はありません。」
「なんと、でどのようにして?」
「焼き殺したのでございます。やつらに銃弾は効きませんが、火は有効です。」
「ならば火矢を使えばおそらく。」
「はい、弓兵で取り囲んで火矢で燃やせば。この情報を共有するために来ました。」
「おお、ならば部隊を組織して山狩りを始めよう。」
「私どもには戦闘経験がありますのでご一緒します。」
「それはありがたい。」
「オーストリアにあのような闇の眷属の住む場所はありません。」
「たとえ何体いようと殲滅しよう。」
フリュッキンガーには総督府に部屋があてがわれ、一行はベオグラードに宿を用意してもらった。
「なあ、カイア、燃やして塵にしてしまって良いのかな?」夢水が尋ねる。
「え、どういうこと?」
「それって闇に葬ることと同じなんじゃ?」
「そういえばそうね。」
「無害化して証拠に残すことはできないか?」
「それがオーストリアにどんな影響を残すかしら。」
「まあ本来は、塵になって、なかったことにしたいだろうからな。」
「でもフリュッキンガーさんの名誉のためには、」
「証拠は保全すべきだろう。」
「方法を考えましょう。」
「動けなくすれば良いのよ。」部屋に入ってきたミネルネが言った。ユニゾンで。
「どうやって?」とカイア。
「蜘蛛糸を強化する。」
「ハンガリーでは上手く行きかけたな。」夢水が関心を寄せる。
「月光を浴びてあいつが力を得て破られたわ。」ミネルネが悔しそうに思い出す。
「総督府に工廠があるはずだから、そこで相談してみましょう。」カイアが発案する。
「ええ、そしてフロムバルトさんも説得しなくちゃ。」とミネルネが付け加える。
「そうね、火矢作戦を思いとどまってもらいましょう。」
「明日、このことをフリュッキンガーさんに言わなくちゃ。」
「おはようございます、フリュッキンガーさん!」にこやかな朝のカイア。
「やあ、よく眠れたかね?」
「はい、良い宿でした。」
「作戦決行は来週だ。」
「そのことなんですが、お話しがあります。」カイアは顔を引き締めた。
「私たち、考えたのですが、あの魔物を燃やして塵にするのは良くないのではないでしょうか。不都合な真実をなかったことにしてしまう。これは啓蒙の理念に反します。そして、フリュッキンガーさんの名誉も回復されません。災厄には原因があるはずで、その原因を取り除かずに現象だけを消し去っても抜本的な解決にはなりません。」
「うむ、まさにその通りだ。」
「なので、フロムバルトさんを説得していただけないでしょうか?」
「了解した。きっとわかってもらえるだろう。」
オーストリア軍セルビア総督府の工廠で、ミネとルネは髭の技師と話し合っていた。
「お嬢ちゃんたち、この道具はすごいな。軽くて細くて強靱だ。」
「もっと強化したいの。」
「ふむ、うちのうちの炉とハンマーと金床があれば何とかなりそうだ。」
「本当ですか?」
「ハプスブルク家の金属加工技術は世界一だからな。」ドワーフのような技師は笑った。
ふっふっふ、強化した蜘蛛糸でがんじがらめよ、待ってなさい。




