第12章 イギリスの陰謀
信宏、やるときはやる男です
台湾のタイヤル族の若者ボングは父親と言い争っていた。
「父さん、俺は将兵採用試験を受けて日本の軍人になる。こんな山の中で一生を終えるのはいやだ。」
「ボングよ、考え直せ。われらはタイヤル族だ。姿形は似ていても、言葉を覚えたとしても、日本人と同じではない。」
「いや、学校の先生は言っていた。出自が何であっても、日本国民は等しく日本国民として扱われますと。先生が嘘を言うはずがない。3たす2は5だ。8かける7は56だ。ひとつも間違っていない。」
「ボングよ、わしは今40歳じゃ。狩りが続けられるのもあと15年じゃろう。そのときおまえがいないとわしはどうすれば良い?」
「俺が出世して金を送る。死ぬまで腹一杯食えるだけの金は送る。約束するぞ。弓の腕はこの村で一番だ。すぐに隊長に取り立てられるさ。」
その年の将兵採用試験琉球会場。
「番号548番、台湾出身ボング、前へ出よ!」
「はい、台湾出身ボング15歳です。」
「これまでの実技試験の結果だが、格闘ア、剣術イ、槍術ア、弓術、これは特ア、射撃ア、基礎体力ア、筆記ウ、碁や将棋での作戦能力判定エである。出身を考慮すると、座学の成績が悪いのは仕方がない。伸びしろはあるだろう。」
「はっ、読み書きや計算はこれから精進いたします。」
「身体能力は実に素晴らしい。もちろん採用するが、教導部長から別に話があるらしい。別室へ行け。」
「はい、ありがとうございました!」
ボングは係員に連れられて別室へ向かった。大柄な髭の男が待っていた。
「良く来た。わしは教導隊長の東郷だ。折り入って貴様に話がある。」
「はっ。」
「これを聞いたからには受諾する以外に生きて帰ることはできない。それでも良いか?」
「はい、軍のために命をかける所存であります。」
「ならば言おう。これより貴様は基地ではない場所に行ってそこで生活してもらう。そこで何をするかはわしも詳しくは知らん。ただ日本国にとって非常に重要な任務であるとだけ承知しておる。外に馬が用意してある。到着するまでは目隠しをさせてもらうぞ。」
「了解であります。」ボングはぎこちない敬礼をした。
チェンナイでは、銀三を新たなリーダーに、鉄三、鋼音と新たに加わった伊蔵、新八、霧葉、初音、千鶴、忍火の8名が任務を続行することになった。鉄三、伊蔵、初音の3名は、イギリス東インド会社が天竺の拠点とするスーラトに潜入する。鉄三はすでに英語を話せるようになっていた。スペイン語が話せたので、比較的簡単に英語も習得できた。新たに加わった5名は、日本でスペイン語とポルトガル語の講習を受けてきているので、ほどなく英語も習得するだろう。調薬道具と路銀と忍び道具を持って一行は旅立った。スーラトはアラビア海に面し、チェンナイから1ヶ月の船旅となる。
銀三は拠点で鳩に餌をやりながつぶやいた。「伝書鳩が到達できる距離は20里といったところか。スーラトまでは飛ばせんな。中継地点が2つ必要になる。新たな人材を日本に要請していては作戦に間に合わない。さて、どうしたものか?」
「銀三殿、どうなされた?」
「おお、千鶴か。スーラトとの通信に鳩を使おうと思っておるのだが、距離が遠いので中継地点が2つ必要になる。」
「ならばシャムから2人呼び寄せましょうぞ。あそこは落ち着いているし、欠けた2人は日本からゆっくり補充すれば良い。」
「なるほど、そうなるとハイデラバードとムンバイが中継地として適しているな。」
「ただし銀三殿、いかに忍びとは言え、単身で長期間中継地点を保守するのは厳しいかと。そこで提案ですが、シャムのくノ一2人を傭兵団の武士と夫婦にして赴任させるというのはどうでしょう?夫が武士ならば身の安全も確保されるでしょうし、心の安定も保てます。」
「なるほど、女らしい細やかな気の配りだ、そうしよう。ところで、シャムとここの間にも鳩の中継地が欲しいな。」
「シャムのほうで用意しているようです。日本を出るときにそう聞きました。」
「そうか。ならばシャムまで飛んで手配してくれ。」
「かしこまりました。」
目隠しが外された。周囲に軍服を着ている者は誰もいない。みな琉球の普段着を着てニコニコ笑っている。
「よう来た、若者、金竜疾風にようこそ。ここまで来たからには、もう帰れぬぞ。心して励むが良い。」小柄な老人が笑顔で言った。どうやらここの長老らしい。
「おまえの宿舎へ案内する。付いて来い。」藍染めの芭蕉布の衣服をまとった女がボングを促した。
「ここで私は何をすれば良いので?」
「まあおいおいわかるさ。きょうはゆっくり休め。食事は用意してある。」
ボングは赤瓦の堅牢な小屋に案内され、そこの一室をあてがわれた。
「食堂は突き当たりだ。日が落ちたら飯が出る。」女はそう言って小屋を出た。
海路と早馬の乗り継ぎで千鶴はチェンナイからバンコクまで10日で到着した。シャムのリーダーに銀三の計画を伝え、ついでにシャムとチェンナイ間の伝書鳩事情を尋ねた。シャムのリーダーはくノ一だったが、少し困った顔で答えた。
「そうか、良い案だが、シャムにはくノ一が2人しかおらんのだ。そう、1人は私だ。もう27になる。こんな年増、果たしてもらってくれる侍がおるかな?」と顔を赤らめた。
「いや、きっといますって。大丈夫。だってほら、くノ一なら誰でも男を落とす技を持っているじゃありませんか。ちょろいものですよ。むしろこちらが選ぶ立場なので、長い間支え合う連れ合いですから、よく吟味して選んでください。」
「シャムとチェンナイの間の伝書鳩だが、先週から使えるようになった。中継地点も準備できている。」
「そうですか、ではさっそく銀三殿に首尾を伝えることにしましょう。」
鋼音は主人の部屋を掃除しているとき、牛革の表紙が付いた大判の書類を発見した。開いてみると、“Madras Project ---- Top Secret”という文字が読めた。精読している余裕はなかったのでざっと目を通すと、東インド会社はスーラトからチェンナイに拠点を移し、ここから全インドを支配すべく行動を起こすとあった。天竺がすべてイギリスの手に落ちる?鋼音は書類を元の場所に戻すと、風のように館を出て隠れ家に向かった。
「どうした、鋼音、まだチーフ・メイドの勤務時間じゃないのか?」
「大変だ、銀三、イギリスが天竺を飲み込む!」
「なんだって?」
「イギリスはオランダやポルトガルも天竺との交易から追い出して、ここを植民地にするつもりなんだだ。マドラス・プロジェクトという秘密文書を見た。猶予はあと10年ほど。各国の情報を集めて考えると、このアジア太平洋で最も優位に立っているのは間違いなくイギリスだ。イギリスはインドを足がかりに中国も視野に入れている。このことは一刻も早く本国へ伝えるべきだ。」
「うむ、確かに。イギリスに天竺と中国を抑えられたら、アジアの状況はかなり難しくなる。良く見つけた、鋼音よ。さっそく伝書鳩でシャムに伝え、対処してもらおう。」
「おーい、信宏よ、1625年になっておまえももう40か。老けたな。」
「まあ仕方ないですよ。信吉は17歳で女の家に入り浸っています。そのうち初孫ができるかもしれません。」
「おお、めでたいの。で、何か困ったことはあるか?」
「イギリスが急速に膨れ上がっています。天竺と中国を狙っているようです。」
「まあ、交易拠点の次は植民地というのがお約束だからな。中南米はずいぶん飲み込まれて、あまり残っていない。アフリカもだな。」
「どうしましょう?黙って見逃して良いものでしょうか?」
「ここで行動を起こすと、イギリスとかなりガチで喧嘩になるが、その覚悟はあるか?」
「うーん、お爺ちゃんならどうしたかな?」
「信長ならドンパチ始めるだろう。笑いながら指令を出す姿が目に浮かぶ。」
「なら私も織田の人間として戦いを受けて立ちましょう。アドバイス、よろしくお願いします。」
「よし、わかった。まず海軍の演習を近海から外洋へ拡大して、日本海軍の偉容を世界に示すんだ。駆逐艦の速度、小回りの性能、大砲の威力、あえて全部晒す。」
「はい、こちらの手の内をさらけ出して、敵の出方を見るのですね。」
「イギリスとやり合うことになれば主戦場は海だが、陸の拠点も叩く必要がある。陸軍の出番だ。陸軍を戦場に運ぶ兵員輸送の手立てを強化しなければならない。各地に展開している傭兵隊も、場合によっては戦闘に参加できるよう手配しておくことだ。」
「わかりました。細心の計画を準備しましょう。」
「おう、こと計画に関しては、信宏、おまえが織田家最強だからな。」
「おそれいります。」
戦国時代に船大工と製鉄と鉄砲鍛冶を尾張に集中させていたおかげで、兵器と船舶の改良は順調に進んでいた。どちらもヨーロッパと比べて性能は劣っていない、いや勝っている。問題なのは実戦経験の乏しさだ。演習を繰り返して練度は保たれているとはいえ、実戦経験のない将兵には不安が残る。しかし、こればかりはどうにもならない。隣国同士で戦争を繰り返してきたヨーロッパと、戦国時代を早期に終結させた日本、やり合ってみなければ結果はわからない。「負ける覚悟がある者だけが戦を引き受けられる。やぁってやるぜ!」信宏は彼らしくない熱気に包まれてそう叫んだ。
信宏はアジア太平洋地域に進出しているオランダ、ポルトガル、スペインに対して台湾での会談を申し入れた。台湾には先立って港湾と迎賓館が設立され、国際会議の開催が可能な設備が整備された。会談を始める前に迎賓館の庭園で各国10人ほどの出席で軽く歓談会が催され、出席者は自由に会話を楽しんだ。信宏にスペイン総督府が声をかけた。
「日本の王日本の王信宏様、日本近海ではコテンパンにやられました。でも、そのあと宣教師はみな無事に返していただき、我が国の歴史には驕慢の戒めとして信長様の偉業が刻まれております。」通訳は金竜疾風の帰還者が務めた。
「まあ攻めてくるように仕込んだのは我が祖父だったらしいのですが、よほど戦ってみたかったのでしょうね。」
ある程度時間が経ち、頃合いを見て信宏は広場の上手に立ち、代表団に向けて次のように語った。
「交易を求めてヨーロッパからアジア太平洋地区へいらっしゃった皆様、アジアの民として私、日本国王織田信宏は、皆様を心から歓迎いたします。ただ、この会合に参加していない国があるのにお気づきでしょうか?そう、イギリスです。イギリスはただの交易国の立場に甘んじず、踏んではいけない一歩を踏み出そうとしています。あのインドを植民地化しようとしているのです。そんなことを許せばどうなるか?われわれを含む皆さんも、自由な交易ができなくなるでしょう。すべてイギリスの管理の下で、利益を中抜きされ、下級役人に賄賂を要求され、いつも頭を下げて顔色をうかがいながらこの地で生きていかなければなくなるのです。皆さん、そんなことを受け入れるのですか?そんなことを許すのですか?我が日本は侍の国、そんなことを受け入れるくらいなら死んだほうがましです。なので、イギリスに宣戦布告いたします。皆様へのお願いは、われわれへの支援ではなく、ましてや同盟による戦闘参加でもなく、ただ不干渉で状況を見ていて欲しい、歴史を記録して欲しいということに尽きます。日本の戦いを密かに応援してください!」会場から割れるような拍手が沸き起こった。
ついにイギリスと?




