38 どうして
目を覚ますと、そこは見慣れない豪華な部屋だった。
「クロエ!」
ベッドの傍にいたらしいレオンが、横たわる私を抱きしめてきた。
「……私?……生きてるの?」
かすれた声で尋ねると、レオンは安堵したように微笑んだ。
「ああ、生きてるさ。気を失っていただけだ。大丈夫か?気分はどうだ?水はいるか?」
レオンは次々と質問を投げかけてくる。喜びが声に溢れているのが伝わってきたが、私の頭の中はまだ混乱していた。
状況を整理するため、まずは体を起こそうとすると、レオンが優しく支えてくれた。
「ヨハンは……?私、襲われかけて……」
不安げに問いかけると、レオンは傍にあった水差しからコップに水を注ぎ、手渡してくれた。
「やっぱり襲われかけたのか……。あいつ……」
彼の拳が音を立てるほど強く握り締められる。それを見て、胸に湧き上がる恐怖が顔に出てしまったのだろう。
レオンはハッとしたように顔を上げ、少し言葉を和らげて続けた。
「――そうだな。まずは、お前が気を失っていた間に何があったのか話そう。ヨハンのそばで倒れているお前を見つけた時は、本当に心臓が止まるかと思った……」
「気を失っていた……」
私は自分の体に目を落とした。ドレス姿のままの自分には、どこにも傷が見当たらない。どうやら恐怖のあまり失神してしまったらしい。
「俺は、お前が会場にいないことに気づいて探していたんだ。でも、同時に、テラス近くを警備していた衛兵が、様子のおかしいヨハンに気づいて、テラスの様子を伺っていたらしい」
あの時、誰にも気づかれず、すべてが終わるのだと思っていた。でも、見ている人がいたのね……。
「衛兵によれば、最初はただの痴話喧嘩か、よくあるナンパかと思ったらしい。貴族同士のプライベートに介入するのはご法度だからな。しばらく様子を見ていたようだが、お前が急に倒れたのを見て、慌ててテラスに駆け込もうとした。ちょうどその時、俺が通りかかって、お前を見つけた、というわけだ」
「ヨハンは……私を刺さなかったの?」
あの時、彼はナイフを構えていた。
――君が……誰かのものになるくらいなら……いっそ……――
そう言いながら、私にナイフを向けてきた。彼の表情と言葉からして、私を殺そうとしていたのは間違いないはずだ。
「……ヨハンは、気を失ったお前をどこかへ連れ出そうとしていた」
「え……」
血の気が引くのを感じる。もし衛兵やレオンが間に合わなかったら……私は今頃……。
青ざめ、震えている私に気づいたレオンがベッドの縁に腰掛け、そっと抱き寄せてくれた。大丈夫だとでもいうように。
「俺と衛兵が止めに入ると、ヨハンは逆上して俺に襲いかかってきた。だが、所詮文官だからな。拘束するのは簡単だった。しかし……」
「しかし?」
「様子がおかしくてな……俺がいなければとか、そんなことを叫んでいたんだ……」
レオンはその時のことを思い出しているのか、言葉を切り、黙り込んでしまった。
――レオンと婚約だなんて……許さない……――
ヨハンはそう言って刃物を取り出した。つまり私とレオンが婚約したことを聞いてあの行動に出た?
「ヨハン……どうしてしまったの……」
レオンも何かを考えるかのように黙り込んだまま、私を強く抱きしめた。




