39 なにかがおかしい
事件の翌日、私の心は重く沈んでいた。
ヨハンがあのような行動に出るなんて、いまだに信じられない。最近の彼は少し強引なところもあったけれど、本来は誠実で優しく、穏やかな好青年だったはずだ。それなのに、どうしてあんなことを――?
ヨハンと対峙した時のことを思い出そうとすると、恐怖が蘇り、体が震える。
だけど、ふと……。
「これって、もしかして……ストーカー事件じゃ?」
脳裏をよぎるのは、ずっと私の心に暗い影を落としていた存在。
それがなんとなく、直感的に同じ種類の出来事なのだと思った。時期的にも符合している。
クロエが死亡したのは、レオンが二十歳の時とされている。そして、叙勲式の準備で忙しくしている間に、レオンがすでに二十歳を迎えていたことに気づく。
そういえば、母が「誕生日パーティーは毎年開いているけど、今年は叙勲式と重なってしまうから、見送るか後日にするかまだ決めていないの」と話していたのを思い出す。
「もしそうなら……私は死を免れた……?」
まだ安心するのは早い。
だけど、ゲームの展開とは異なる物語が目の前で進行している今、その可能性があるのかもしれない――そう思えてきた。
そんなことを考えていると、部屋のドアがノックされ、レオンが入ってきた。
レオンは疲れた表情を浮かべながら、無言でソファに腰を下ろした。私もその隣に座る。
今日、レオンはヨハンの元へ面会に行ったはずだ。
ヨハンは今、王城の牢に拘束されている。王宮主催のパーティーで騒ぎを起こした責任を問われてのことだ。
「ヨハンは……」
どうしているのか。しかし、確認するのが怖い気もして、言葉を途切れさせてしまう。
レオンは私の心情を察したのか、そっと私を抱き寄せ、落ち着かせるように背中を優しく撫でながら口を開いた。
「ヨハンは精神状態がかなり不安定だった。話ができる状態じゃなかったよ。ずっと何か独り言のようなことをつぶやいていて……」
「独り言……?」
「俺とお前の婚約を認めない、とか。そういった内容らしい」
「……」
「それと、衛兵とお前の証言通り、ヨハンがお前に刃物を向けたことも自供した。あいつ、自分の口でこう言っていた。『クロエが僕のものにならないなら、殺して一緒に死ぬつもりだった』と……」
「っ……!」
予感はしていた。それでも、事実を突きつけられると体が震え、息が詰まりそうになる。そんな私を見て、レオンは言葉もなく抱きしめてくれた。
「……ヨハンの、お前に対する感情は異常すぎる。何かが引っかかる」
私も同じことを思っていた。最初の頃の印象とはまるで違うし、ゲーム内でも、レオンを支える良き幼馴染としてそんな行動を起こすなんてことは無かったはずだ。
(でも……もし、レオンが心を閉ざす原因となったクロエを殺した真犯人がヨハンで、それなのにクロエが死んがことで落ち込むレオンを励ましていたのなら……)
――それは相当サイコパスでは?
(さすがにキャラが立ちすぎよね。ヨハンはあくまでレオンルートのサブキャラにすぎないはずだし)
ゲームでのストーリーと、自分が体験していることが違いすぎて、もうなにが真実だかわからない。
「俺は、ヨハンとは生まれた時からの付き合いだ。最近はお互い忙しくて会う時間は少なくなったが……。それでもあいつはお前ではなく、婚約者を大切に思っていたのを俺は知っている」
その声には確信がこめられていた。
そうであれば、ヨハンはどうしてしまったのか……。解決の糸口は見つかりそうになかった。
その時、マリアが部屋をノックし、一通の手紙を私に渡した。
「手紙が届いております」
受け取ると、差出人は占い師からだった。急いで開けてみると、中には簡潔な文章が記されていた。
「話があるので、レオン様と共に店まで来てください」
レオンも手紙を見ていたようで、しばらく黙考してから、静かにうなずいた。
「こんなタイミングで呼び出すのもなにかあるのだろう。お前が良ければ今から行かないか?」
私はレオンの言葉にうなずき、外出の準備をした。




