ブレーメンちゃん
俺はブレーメンちゃんの握られた両手の周囲を見ないように気を付けながら尋ねる。
「俺に、伝言ですか?」
「はい。その方は、マガツヒノセオリツさんと名乗っていました」
「っ!」
俺の肩に置かれたままだった茜さんの手に力が入るのが伝わってくる。
「……茜さん、落ち着いて。とりあえず伝言を聞こう」
俺は肩に置かれた茜さんの片手にそっと自分の手を添えて、安心させるように告げる。
「あっ──すいません、八郎さん──」
謝ると俺の肩から手をどかして、真剣な表情でブレーメンちゃんの方へと視線を向ける茜さん。
──良かった。このまま、俺は何も見てないことになったりしないかな……
そんな不純なことを考えていたからだろう。ぽろっと言ってしまう。
「ブレーメンちゃん、話を中断して申し訳ない。続きをお願いします」
「え──、あ、はい。殿方に、ちゃんずけで呼ばれてしまいました……」
なぜか頬を赤く染めて、くねくねと体を揺らしながらそんなことを口にするブレーメンちゃん。
そんな動きをすると、ただでさえ凶悪なものがいっそう破壊力を増してしまう。
一度外れたはずの茜さんの手が、なぜか再び、俺の肩へと置かれる。前よりもギチギチと指が肩に食い込んでくる。
──や、やっちゃった? でも、そもそも、白雪さんがブレーメンちゃんブレーメンちゃんて、呼んでたからっ。思わず俺も、同じ様に呼んでしまっただけなんです……。
そんな言葉に出来ない言い訳は到底、心の中にしまっておくしかなかった。
「ほら、ブレーメンちゃん。伝言を」
「あ、んん、白雪ちゃんー」
一連の流れを見かねた風に見せかけて、白雪さんがブレーメンちゃんに声をかけて、そのくねくねした動きを背後から両手でガシッと掴んで抑えてくれる。
にやっとしながらこちらを見ている白雪さんは、絶対、意識してやっている気がする。
俺はもうすべてを諦め、どこまでも続く天を仰ぐしかなかった。
「ご、ごめんなさい。あの、伝言は、こうです。『量子犬は最下層に』」
それだけ告げて口を閉じるブレーメンちゃん。伝言は、随分と短い。
──最下層……あれ、原初の大迷宮って、底が抜けてるとか言われてなかったっけ。
考え込む俺とは対照的に、茜さんは、我慢しきれないとばかりにブレーメンちゃんに詰めより尋ねる。
「──それだけ、ですか? あの、リツちゃんは無事でしたか?」
「リツちゃん──? あ、マガツヒノセオリツさんですね。はい、あの、何か黒いものが私の体を覆いつくそうとするときに、その黒いものを引き受けに来てくれたんです。その合間に、預かった伝言なので。すいません。無事かどうかは私にはわからないです……」
身震いして告げるブレーメンちゃん。顔が青白い。たぶん、思い出すのが辛いのだろう。
「茜さん、それぐらいに」
「あ……、ごめんなさい、ブレーメンさん」
「なんにしても伝言したってことは俺たちに何かしてほしいことがあるはずだと思うよ、茜さん。というわけで行ってみますか、最下層」
「っ!」
重くなりがちな雰囲気を軽くしようと、俺はつとめて気軽にそう、告げたのだった。




