ヴァンパイア
「パックの言うことを聞けないなんて可哀想にね」
「パック、敵対宣言だね。ここで全面的に争う?」
もう、リリとドラはもうやる気十分という感じだ。
せっかく、争わないで帰れると思っていたのに。
「呼べるものなら、呼んでみたらいいわ」
「なっ! あなたちは夜のヴァンパイアの怖さを知らないようね」
もし仮に本当に呼べるのだとしたら、ヴァンパイアにぜひ聞いてみたいことがある。
ただ、はったりの可能性があるけど油断できない。
「怖さは十分知っているよ。前の街で会ったからね」
「バカなの? それなのにヴァンパイアを呼ばせるなんて。いいわよ。そこまで言うならヴァンパイアを呼んであげるわ。そのかわり後悔しないようにね」
「ハンナ様! それはダメです」
「うるさいわよ。静かにしていなさい。ここまで舐められたままでいられるわけがないじゃない」
ハンナは懐から小さな横笛を取りだすと、それを吹きだした。
何か特殊な音なのか、僕たちには何も音が聞こえない。
「ただのデモンストレーションじゃない。どうしたのよ? 早く呼んでみなさいよ」
「あなたたちは……自分たちが誰に歯向かったのかを死にながら後悔しなさい」
僕たちのまわりに段々と霧が立ち込めてくる。
「リリ、ドラ本当にヴァンパイアがでてくるみたいだ。これを」
僕は二人に眠りの霧対策の薬を渡す。
僕がこの街に来る途中で摘んできた薬草が早速役に立った。
備えあれば憂いなしだ。
僕はリリとドラの周りの空気をクリーンでキレイにしていく。
これでいつ来ても大丈夫だ。
「ヴァンパイアを呼ばせたことを後悔するがいいわ。ほら、段々と……眠気が……起きたら……」
ハンナの声が聞こえたが、次の瞬間、ハンナと仲間たちがバタバタと倒れていく。
「パック、どういうこと?」
「いや、僕にもわからないけど、敵味方関係なく全員を眠らせるみたいだね」
天使の湧き水のメンバーがいびきをかきだし、ぐっすりと夢の中に入った頃、僕たちの目の前に赤い大きな羽根をつけた一人の女性がふわりと降り立った。
この前見たヴァンパイアとは違う人だった。
「本当に迷惑な子たちに目をつけられたみたいね。あなたたちは死にたいの?」
「死ぬたくないわよ」
「はぁ、自殺志願者じゃないのになんで私呼ばれたの」
「知らないわよ。そこで寝ているバカが呼んだのよ。それよりハンナたちは仲間じゃなかったの?」
「仲間じゃないわよ。こんな奴ら。とりあえず、ちょっと待っててくれる」
ヴァンパイアはポケットからペンを取り出すと顔に悪口を書き出した。
あのペンなかなか皮膚につくと落ちないインクだった。
ヴァンパイア仲間の間では顔に落書きをするのが流行っているのか?
前にも見たことがある。
「私の名前はヴァンパイアのアニタよ」
「僕は……ヴァンパイアに名乗った方がいい?」
「別にいいわよ。嫌われることには慣れているから」
アニタはハンナが持っていた笛を持とうとするが、手がバチツと弾かれる。
「やっぱりダメか」
「その笛があなたを操る笛なの?」
「操るとはちょっと違うわ。この笛を使うとヴァンパイアを呼びだすことができるのよ。天使の湧き水との契約によってね。そして呼び出された私たちはその場にいる人を殺すか、眠らせるかしなきゃいけないのよ。普通はこの霧で眠ってしまうのに、あなたたち何者?」
「普通の旅人ですよ。今回は僕たちを殺すつもりだったってこと?」
「そうね。私の気分次第だけど、あとくされなく殺しておけば、あとは魔物が処理してくれるじゃない。殺したくなくても、めんどくさいのよ」
どうやら、天使の湧き水はヴァンパイアを上手く使っているらしい。
「天使の湧き水の命令なんて反抗すればいいじゃないの?」
「そう言いたいんだけどね。残念なことにこの笛の音が私たちを歯向かえないようにしているのよ。本当に嫌になるわ」
僕はその笛を拾い上げる。
「これでヴァンパイアを呼びだせるんだ」
「パック……吹いたりしたらリリに殺されるから気を付けてね。間接キスとかしたらダメだよ」
「ドラ! そんなことしなよ!」
「本当に? パックその笛を持ってどうするつもりなの?」
「私がいうのもなんだけど……ヴァンパイア目の前にして、あなたたちずいぶん余裕なのね」
彼女は僕たちのやり取りを、不思議な物でも見るかのように見ていた。
「この笛があれば攻撃してこないってことなんでしょ?」
「うーん。ちょっと違うわね。殺す気になれば殺すことはできるわ。だけど、種族全体でめんどくさいことになるってだけかな」
「それはつまり?」
「天使の湧き水と私たちヴァンパイアは持ちつもたれつ、ヴァンパイアは救済の森と揉めて、あそこの支部がある街では生活ができないのよ。だけど、天使の湧き水たちは少数派だから、手を組めるならなんでも手を組むの。それが私たちってこと」
「ヴァンパイアに天使の湧き水が血を提供しているってこと?」
「そんなことはしないわよ。私たちには、私たちに血を提供してくれる人間がいるもの。そもそも血も必要ないわよ。救済の森が広げているような嘘のヴァンパイアの情報はイメージなだけよ」
「そんなの信じられないわ」
「そうよね。今まで信じてきたことを覆す必要がある時、みんなそうなるものよ。さて、私はもう帰るつもりだけど……ヴァンパイアだからっといって、何もしていない私に襲いかかってくる? 私はどちらでもいいわよ」
段々と周りの霧がなくなっていった。
この霧が眠らせる効果があるのだろう。
「いや、やめておくよ。それよりこの笛持って帰らなくていいの?」
「ん……そうね。これあなたたちが持って帰ってくれない? 彼女たちとは協力関係にはあるけど、正直こんな意味がないことで呼び出されるの不快でしかないのよ。それを持って帰ってくれたら、気分次第では何かの時に助けてあげてもいいわ」
「パック、僕にも見せて」
ドラはヴァンパイアの笛に興味津々といった感じだったので、ドラに渡してやる。
「はいよ」
ドラは受け取ると、それをまじまじと見ながら振ったり、月にかざしたりしている。
「ふーん。これがヴァンパイアを呼びだす笛ねぇ」
ドラが笛を両手で持ったところ、パキッと音がした。
「ドラ……もしかして……」
「ドラ、やったわね」
ドラの手には二つにわかれた笛があった。
「違うんだ。折るつもりなかったの!」
ドラの大きな声に反応するように、ハンナが目をこすりながら起き上がった。
「まったく、なによ。うるさいわね」
一瞬で音もなく飛び上がるアニタ。
ドラがハンナの前に笛を投げ捨てると、アニタに続いて逃げ出そうとするドラに、僕とリリは捕まって空へと逃げ出した。
「パック、リリ足がとれる!」
「ギャー! なんで笛が折れているのよー!」
月明かりの下、森の中でハンナの叫び声がこだましていた。
まぁ、僕たちを殺そうとしていたんだから、笛くらいは仕方がないってことにしておこう。




