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町長の暗躍を阻止する

「パックどうする?」

「そうだね。このまま馬車で戻っても余計な時間かかるだけだから、ドラみんなを連れて戻れるかい?」


「戻れるけど……いいのか?」

「あぁいいよ。ゆっくり戻って町長に気付かれる方が問題だからね。スピード重視で行こう」

「本当にパックいいの? もしドラのことがみんなにバレたりしたら大変よ。それこそ国に捕まってしまう可能性だってあるわ」


 ドラもリリも心配してくれるが、もしドラのことがみんなに知れ渡っても逃げればいいだけのことだ。だけど、町長のことをこのまま放置しておいたらそれ以上の問題が発生する。


 僕たちのことよりも街の人たちの安全の方が優先だ。

 町長が何をしたいのかはわからないが、このまま好き勝手にさせていいはずはない。


「もちろん。オーランドにはできるだけ秘密にはしてもらうつもりだけどね」

「わかった。私も協力する」

「僕もだ。ようはオーランドがしゃべりたくなくなればいいわけだからな」


 リリとドラはお互いに目をあわせて頷きあう。

 一瞬言葉にひっかるが、さすがにリリとドラは何もしていないオーランドを脅かしたりはしないだろう。


 元盗賊のマッシュの買い取りの手続きに少し時間がかかったが無事に終わり、オーランドたちと合流する。


「遅くなってしまってすまないね」

「大丈夫ですよ。あとは、何かこの街でやることはありますか?」


「いや、もう特にないよ。モンセラットの救護院からも回復薬の値段を下げてもうらよう交渉したけど断られてしまったからね。僕たちも救済の森から抜けるしか選択肢がなくなってしまった。今後は自分たちで何とかしていくしかないのが気が重いがね」


 オーランドは残念そうな顔をしながら、両手を上げ首を振っている。

 救護院の多くは全国的に有名な救済の森というブランドがあることで寄付が集まりやすかったり、信用度があがったりするが、その分、救済の森へ毎月多額に寄付や回復薬を言い値で買わされたり不便な部分も多い。

 

 続けるメリットもあるが、その分のデメリットもあるのだ。

 寄付が集まりやすいのはいいとしても、高額の回復薬は結局街の人からその分金額を上乗せして販売をしなければいけない。


 安く回復薬を大量に買えるというメリットがなくなってしまうと、いくら寄付が集まりやすくても回復薬が売れなければ救護院の経営は段々と悪くなっていってしまう。

 そうすると残るのは多額の寄付だけになってしまう。


「どうしても救護院からは安く回復薬は買えなかったんですか?」

「あぁ、せめて回復薬を今まで通りの値段で卸してくれれば、うちも救済の森の救護院としてやっていく道もあったんだけどね。あの値段では街の人にも売ることができないし。それなら救護院に頼らない回復薬を手に入れた方が結果的に街の人のためになるからね。まずは街の人の幸せを考えないと救護院の存続の意味がなくなってしまうからな」


 どうやら、オーランドがお金に厳しかったのは救護院をどうにかしたいという気持ちが強いからのようだ。私利私欲でマッシュを高い値段で買うのを嫌がっていたわけではないらしい。


「それじゃあ、遅くなってしまったが、さっさとラリッサの街へ戻ろうか。町長を自白させる方法も考えないといけないし」

「そうですね。急いで戻りましょう」


 オーランドは率先して高速馬車の方へ向かう。

 オーランドはお金がないと言っていたが高速馬車に乗るお金は持っているのだろうか?


「オーランドさん、そっちは高速馬車乗り場の方ですがお金って持っているんですか?」

「そこは……領主様にお願いしようかと思っているだけど、ダメかな? 街の危機だし払ってくれる気がするんだよね」


「それは……領主様に許可はとっていないってことですよね?」


 オーランドは目的のためなら、あまり手段とか選ばないタイプらしい。

 領主とどれほど仲がいいのかわからないが。


 もう救済の森からも脱退したら、影響力もなくなってしまうのに。

 この度胸はすごいと思う。

 さすが街の救護院のトップまで登りつめただけのことはある。


 オーランドは素敵な笑顔を僕の方へ向け、

「あぁもちろん、事後承諾だよ」

 そう言い放った。


 やっぱりこれくらいのずうずうしさは必要なのだろう。

 まぁ、どのみちドラに乗せて帰るつもりだったのでいいけど。


「オーランドさん、秘密って守れますか?」

「秘密? もちろん君たちには恩もあるからね。犯罪に加担するようなことじゃなければ大丈夫だよ」


「とっても早い乗り物があるんですよ。ただ、それはあまり大っぴらにできないので」

「そうなのか……そんな乗り物があるなんて聞いたことないけど、高速馬車よりも早いってことかい?」


「そうですね。それよりも早いです。秘密を守って頂けるなら一緒にお連れしますよ」

「もちろん守るよ。恩人を裏切るなんてできないからね」


 僕たちの会話を横で聞いていたマッシュが急にガクガクと震えだしていた。

 マッシュにとっては思い出したくない悪夢か。

 相当脅かされていたからな。


   ◆◆◆


「これはすごいね! とてもいい眺めだ。家があんなに小さく見える。ほら見てくれよ! 海も見えるぞ! ここからかなり遠いはずなのに。死ぬまでにこんな世界を見ることができるなんて!」

 震えてうずくまるマッシュを横にオーランドはドラの背中から見る世界を堪能していた。

 先ほどからドラの背中で右へ動いたり、左へ動いたりしていて落ち着きがない。


「パックくんありがとう! こんな素敵な体験をさせてくれて! 実は小さい頃、僕は絵本にでてくる竜騎士に憧れていたことがあったんだ。まさかこの年齢になって夢が叶うなんて思いもしなかったよ」


 オーランドはドラの背中でかなり興奮していた。

 今僕たちはドラの背中に乗り優雅に大空の旅を楽しんでいた。

 普通に街道を行ったら数日はかかる道のりでもドラに乗ればあっという間についてしまう。


「いえいえ、ただドラの秘密だけは守ってくださいね」

「あぁもちろんだ」


 とても嬉しそうに返事をするオーランドを見て僕は安心する。

 これだけ、嬉しそうなら裏切る可能性も低いだろう。


 まぁ普通、ドラゴンの背中に乗って旅をしたと言ったとしても、実際に目撃でもされないことには信用される可能性は低いだろうけど。


「オーランドさん。もし、約束を守ってもらえないときにはラリッサの街から救護院がなくなることになると思ってくださいね。ドラもパックの命令なら一瞬で灰にすることだってできますから」

「もちろん。あんな街一瞬で消し炭にしてあげるよ」


 裏切らないと言っているオーランドに、リリとドラはさらに追い打ちをかける。

 それを聞いたオーランドの横でマッシュはさらに大きく震え出した。


「こらこら、リリもドラもオーランドさんを脅かさないの」

 ドラだと本当にできてしまうから困る。

 だが、オーランドも冗談とわかっているのか笑いながら返してくれる。


「ハハハ、君たちを敵に回すほど僕は馬鹿じゃないよ。それにこんな素敵な体験をさせてもらって、感謝しかないからね。それにしても、これだけ高速で飛べるとあっという間にラリッサまでいけるね」


「ドラはかなり優秀ですからね。馬車の旅もいいですが、急ぐ時には空の旅が一番です」

 ドラは褒められて嬉しいのか少し左右に身体を揺らしている。

 落ちたら洒落にならないから辞めてもらいが、さすがにそんなことは言えなかった。


「本当に! これは助かる。ところで、戻ってからはどうするつもりだい? 馬車で帰るつもりだったから馬車でゆっくり話あうつもりだったんだけど」


「それは……」


 僕たちはオーランドと一緒に町長を捕まえる作戦を練る。

 領主にも許可をとらないといけないし援軍も必要になるだろう。

 町長がどれだけの戦力を準備しているかにもよるが……。


 そして、僕たちはあっという間にラリッサの街へ戻ってきた。

 朝でてその日のうちに戻ってこれるなんて、今までだったら考えられないスピードだった。


 街の人に言ってもきっと誰も信じてはくれないだろう。

 本当にドラは優秀だ。


「ドラ、助かったよ。ありがとう」

「うーん。疲れた。パックあれをくれ」


「わかってるよ」

 僕は手から回復薬を出してドラに飲ませてやる。

 ドラは小さい身体に戻って、全身で浴びるように回復薬を飲んでいく。


 量だけは沢山だすことができるからね。

 ドラには好きなだけ飲んでもらおう。

 

「パック……くん? それドラくんに飲ませているのって、もしかして回復薬かい?」

「そうですよ。ドラは回復薬が好きなんで」


「そっ……そうか。いや、君たちについてはあまり深くは聞かない方がよさそうだ。うん。やめておこう」


 オーランドはなぜか自分で自分を納得させるようにして頷く。 

 

「それじゃあ準備を始めようか」

 僕たちは町長を捕まえるために準備をすることにした。


    ◆◆◆


 その日の夜。

 僕たちはマッシュに町長へ連絡をさせた。


 オーランドには領主への援軍とノーマンなど救護院の戦力を集めてもらっている。

 もちろん町長にはできる限り気がつかれないように隠密行動でお願いしてある。

 

 僕とリリ、ドラは町長の連絡係の待ち合わせとなる庭園墓地で姿を隠して待機していた。


 もちろん、マッシュがいる位置とは別でマッシュを見張るようにだ。


「パック、町長から連絡あると思う?」

「わからないけど、見れば連絡をしてくるはずだよ。町長にとってマッシュはここにいて欲しくない相手だからね。街に戻ってきたなんてことになったら、間違いなく接触をはかると思うよ」


 僕たちが茂みに隠れてマッシュを監視することおよそ30分。

 庭園墓地の中に入ってくる人の気配があった。


 やってきたのは、若い男2人で全身の装備が不自然にならない程度に黒で統一されていた。

 闇に紛れるためのものだろう。


 動き方にも隙が無く、気配がかなり抑えられている。

 2人ともそれなりに腕が立ちそうだ。


 男たちはマッシュのところまでやってくるとマッシュに話しかける。

 まわりが静かな墓地のおかげで、僕たちのいるところでも何とか彼らの会話を聞き取れることができた。

 

「お前が戻ってくるとは予想外だったぞ」

「最後にもう一度金儲けをしようと思ってな。彼に会わせてくれないか?」


 男たちはそれには返答をせずに剣を抜く。

 マッシュも警戒して剣に手を置くが抜くまではいかず、様子を見ている。


「バカだな。鳴かない鳥なら殺されることもなかっただろうに」

「はぁ? なんでお前らに殺されなきゃいけないんだ?」


「そんなの決まっているだろ。お前がここにいてはいけないからだよ」

 

 男たちはマッシュに一気に切りかかる。

 だが、マッシュはそれを予想していたかのように距離をとり剣を抜く。


「俺たちがいなくなって町長の力も落ちたのか? 庭園墓地もこんなに綺麗に掃除されてしまって。待ち合わせ場所がこんなに開けてたらダメだろ」


「うるさい。これは勝手に旅の冒険者がやったんだよ。ゴチャゴチャうるさいが、それが最後の言葉でいいんだな」

 男たちは二手に別れ、マッシュを前後から挟むような位置取りになる。

 僕はマッシュを助けようと足を1歩踏み出そうとした瞬間、リリにそれをとめられてしまう。


「パック、あれはマッシュに他の仲間が見張っていないかを試すための演技よ。ここで出て行ってはダメよ。彼らの剣に殺意がまったくないわ」


 僕はリリの言葉を信じて、出て行きたくなるがその場で待機する。

 だが、リリの言葉とは裏腹にマッシュに少しずつ小さな切り傷が増えていく。


 幸いにも致命傷にはなっていないが、ここからでは、マッシュが善戦をしているのか手を抜かれているのかもわからない。せめてもう少し明るければいいのだが、墓地の中はかなり薄暗い状況だ。


「リリ、本当にマッシュは大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。あの2人マッシュの前後を挟んでいるように位置取りをしているけど、視線はマッシュを見つつも、実際はその奥の茂みや人が潜んでいそうな場所を確認しているのよ」


 確かに、僕たちからはかなり距離があるためここからではわからないが男たちの動きはどこか不自然だった。マッシュよりも手練れの2人がすぐに殺さず、いたぶるようにマッシュを攻撃している。


「さて、そろそろ終わりにしようか」

「見極めは終わりってことかな?」

 

 マッシュも攻撃を受けていながらも、これが確認のためのステップであることを気が付いていたようだ。

 男のうちの一人が魔法を唱えるとマッシュの足元がキラキラと光だした。


「あれは氷魔法ね。それもかなり高位の拘束魔法だわ」

 リリがそう言うと、マッシュの手首と両足、口に氷ができ、あっという間にマッシュを拘束してしまった。マッシュはそのまま倒れるともう身動きできない。


「本当にこいつ一人で来たらしいな」

「あぁもし仲間がいるなら飛び出しているだろう」


「しかし、こいつもここで殺されていた方が良かったんじゃないか?」

「それは間違いないな。でも俺たちは言われたことをやるだけだ」

「あぁ」


 氷使いじゃない方の男は軽々とマッシュを担ぎ上げると庭園墓地からでて行く。

 墓地の入口にはこじんまりとした馬車が横付けされており、荷台には覗き防止のカーテンがつけられていた。


 男たちは辺りを一度見渡し、周りに人がいないのを確認するとマッシュを荷台に投げいれる。

 マッシュは何か文句を言っていたが、その声はもうどこにも響かなかった。


「リリ、それじゃあ僕たちも行こうか」

「そうね。マッシュは好きにはなれないけど囮としては十分頑張ったからね」


 僕たちはつかず、離れず適度な距離感を保ちながら馬車の後をつけていく。

 馬車は目立たないようになのか、不自然にならないゆっくりとした速度で進んでいく。


 時折、荷台から氷使いがまわりを見るように荷台から顔をだしているが、見当違いの方向を見ているためどうやら僕たちには気づいていないようだ。


 馬車はそのまま何事もなく、街の外れにある廃屋のような建物へと近づいていった。

 

 廃屋につくと男たちは辺りを警戒しながらマッシュを担ぎながら降りてくる。

 馬車は男たちを降ろすと、そのまま街の暗闇の中へ吸い込まれるように消えていった。


「リリ、ドラここからはさらに集中していくよ。マッシュを助けて町長の悪事の秘密を掴まなきゃいけないからね」

「もちろんよ」

「わかってる。まぁもしダメなら僕が全部なかったことにしてあげるよ」


 ドラの無かったことっていうのは、この街自体がなかったことになりそうで怖い。

 僕がドラを見ていると、ドラは嬉しそうに手を振ってきた。

 僕の心配はドラには一生理解されることはなさそうだ。


 僕たちは気を取り直して廃屋へと近づいていく。

 廃屋は少し隙間ができている場所があり、中の明かりが外に漏れてきていた。

 中の話し声から先ほどの男たち以外にも数人の男がいるようだ。


 穴から中を確認すると、見える範囲で少なくとも男が7人いる。

 ただ、感じてきにもう少し多そうだ。


 その中でも一番奥の椅子に偉そうに座っている男がいた。

 男は顔が隠れるマスクをつけていたが、明らかに他の男たちとは違う質の服を着ていた。

 わざわざ他の男たちにあわせるように、少し汚してはあるものの、態度や動きをみればそれなりの礼節を学んでいる身分だろう。


 あれが町長だろうか?


 偉そうな男は、転がされたマッシュを下に見ながら声をかけている。

 マッシュの口からは、いつの間にか外されたのか氷のさるぐつわが外されていた。


「わざわざ俺に喧嘩を売るために戻ってくるとはいい度胸をしているじゃないか」

「だから、何度も違うと言っているだろ。ダコタ町長。いい加減に俺の話を聞け。俺が仲間の元に戻らないとこの街は襲撃をされるぞ。いいからこの拘束をとけ」


「襲撃か……それはそれでいいな。さらにこれから街に起こる悲劇にスパイスが加えられる」

「はぁ? どういうことだ?」

 

「まぁまぁ慌てるな。それよりもまずはお前のことだ。俺たちは今大事な時期だからな。不安の芽は取り除かないといけないんだ。なんでこのタイミングで戻って来た?」


「博物館から展示品を奪うと言っていただろ。だから最後に俺の儲けを増やすために交渉をしにきたのさ」

「なんだお前? あそこの博物館を襲うと思って戻って来たのか? バカだな。博物館を襲うなんて言ってないだろ。あれはもう合法的に俺の物になるんだよ。まぁお前らのおかげと言えばお前らのおかげだけどな」


 ダコタは座ったまま偉そうな態度でマッシュを見下している。


「町長が合法って言うと、何が合法なのかもわからなくなるな。それでどうやるんだ?」

「あっ? なに簡単なことだよ。お前らが盗んだ銅像の責任をとらせて、博物館からコレクションを安く買いたたくんだよ。せっかく盗んでも飾れなければ意味がないだろ。領主まで病気にさせて根回しは完璧にやったからな。もうすぐ俺の作戦も完成だ」


「領主を病気にさせたのか? 町長にかかれば神様にさえ唾を吐きそうな奴だな」

「当たり前だ。この世界では俺がルールだ。俺に従っていたから、お前だって美味しい思いができていたんだろ? 余計なことは考えるな。俺に従い、俺の命令だけを聞け。そうすれば必ずいい思いができる。俺はいずれここの領主を殺し、やがてはこの国の王になる男だからな」


 町長のダコタは領主を病気にさせたことを自白した。

 そればかりか、この国の転覆まで考えているようだ。

 どこからどう見ても小物にしか思えないが、それでも野望を叶えるだけの熱量と力、それに悪知恵は働くのだろう。


「はぁ。さすがだよ。やっぱりあんた以上の悪はいないだろうな」

「当たり前だ。だが、俺が悪いわけではない。俺よりも弱くてゴミのような奴が俺の上に立って偉そうに見下ろしてくるのが許せないだけだ。さて、お前も知っていると思うが俺は俺の言うことが聞けない奴が一番嫌いだ。お前らはのちのち私兵として雇ってやるために、この辺りから離れていろと言ったはずだが……俺の言うことが聞けないということだな?」


「ちょっと待て。俺たちはあんたに歯向かうつもりはない。ただ、もし博物館へ襲撃をするなら俺たちの力が必要になるんじゃないかと思ってきただけだ。まぁ小遣いも少し欲しかったのは事実だが。役に立たないなら俺はもう退散するよ」


 マッシュは不自然にならないレベルで町長にたいして大げさに対応をしている。

 なかなかの役者のようだ。

 盗賊をするくらいだから常に人を騙していたんだろう。


「本当か? まぁお前らごときがもし何かをしても今さらどうにもならないからな」

「ん? どういうことだ? 悪いが俺たちだってそれなりに戦闘ができると自負しているつもりだぞ」


 マッシュはダコタの態度が気に入らないとばかりにわざと突っかかっていく。


「お前たちには伝えていなかったが、この街はもうすぐオーガの群れに襲われるのさ。今頃この街の北にいるオーガの群れから俺の手下がオーガの子供を誘拐しているころだろう。最大戦力の一角だった救護院の兵士たちは大量に解雇されこの街を去った。今この街にある戦力は領主を除くと俺の私兵だけだ。もし、お前たちの仲間がこの街を襲ってくるなら、俺は面倒ではあるオーガと共にお前たちの仲間もろとも処分をしてやろう。俺には人間の兵士以外にもとっておきの兵士がいるからな。オーガだろうとお前らだろうと勝てはしない」


 ダコタはだいぶ前からこの街を完全に掌握するための方法を考えていたようだ。

 救護院から兵士がいなくなったのもダコタが裏で操っていたせいか。


 町長としての権力だけではなく、私兵を持つことで武力でもこの街を支配していくつもりなのだ。

 今回の事件はどうやら色々なものが町長の悪だくみによって繋がっていたようだ。


「救護院のトップが金を使いこんでいたという噂があったがそれもお前がやらせたのか?」

「あぁ、最初は真面目な奴だったんだよ。酒も女も何も知らない。庭園墓地がこの街の人気スポットになっていたのは先代のトップのおかげだろうな。金の使い方も堅実で、救護院の警備の兵士たちもそれはそれは強かったよ。だから……」


 ダコタは少し面白いものを思い出すように笑みを浮かべる。

「だから……? どうしたんだ?」


「フハハハッ! 酒に女にギャンブルに狂わせてやったのさ。人が計画通りに落ちて行くというのは本当に見ものだったぞ。最初はハニートラップから始まって、酒を飲ませて、最後はギャンブルまでやらせた。今まで堅物だった男がどんどん堕ちて行くんだ。最終的には救護院の金まで使いこんでな。本当に傑作だった。俺たちにはめられたのがわかって一人で乗り込んできた時にはもう、心もボロボロ。まともな判断もできないくらいに。もちろん返り討ちにしてやったけどな」


 オーランドになる前の救護院のトップが突然いなくなったと、ノーマンが言っていたことがあった。それもこいつがやったのか。


 段々と僕の中でどす黒いものがこみ上げてくる。

 つい握っていた手に力がはいり、拳が小刻みに震えている。

 リリはその僕の手をとり、ゆっくりと力を抜くように手を広げてくれた。


「パック、まだダメよ。怒りは視野を狭くするわ。できるだけ今は広い視野を持たなければいけない。怒りの感情は持ってもいいけど、頭は常に冷やしておかなくちゃ」

 リリは僕が本気で怒っているのを感じとってか、優しく手を差し出してくれる。


「ありがとう。リリ。少し冷静になるよ。それにまだダコタの話は終わってないみたいだからね」

「うん。マッシュが上手く聞きだしているから最後まで聞こう」

 マッシュはできる限りダコタから情報を聞きだそうと、まだ質問をしていてくれる。


「結局そのダメなトップがいなくなったあとの救護院はどうなったんだ?」

「あそこはもうダメだろうな。あのトップの野郎は最後は自分たちが買って来た回復薬を薄めて売ったりしていたからな。今回オーガに襲われた街の人間は救護院から高く買った回復薬を使って知るのさ。騙されていたってな。そして俺が救護院までも問い詰めて、この街の権力はすべて俺が手に入れる。完璧な計画だろ」


「なるほど。相当前から計画がされていたんだな」

「もちろんだ。お前たちが街の中で色々盗んだのだって計画の一部だ。お前たちが街の中で暴れてくれたおかげで街の警備は厳重になったが、外は手薄になったんだよ。外が手薄になったおかげでオーガたちはこの街の誰にも知られずに近づくことができる。わかるだろ? できるだけ派手に街が襲われることで、俺は町長としてだけではなく、本当の英雄になるのだ。そしてついでに領主もオーガに襲われて俺の計画は全て完成する」


「さすがだとしか言いようがないな。俺はオーガがやってくる前にさっさと退散させてもらう。オーガはいつこの街を襲ってくるんだ?」


「おいおい。冷たいことを言うなよ。ここまで話を聞いていて帰ることはないだろ? ちゃんと俺がお前も計画の一部に入れてやるよ。お前が帰らなければ仲間が襲ってくるんだろ? いい話じゃないか。オーガに襲われ、盗賊にまで襲われる街。回復薬は薄めたもので回復されず、この街の何割が死ぬんだろうな? でも、最後まで戦い抜く町長とその仲間たち。これは後世に残る歴史的な話になるぞ。俺の銅像の第一号はこの街に建てられることが決定だな。おいっアス、やれ」


 アスと呼ばれたのは先ほどの氷使いの男だった。

 アスはマッシュの口を氷でふさいでいく。


「リリ行こう」

「そうね。パックの背中は私が守るわ。だから安心して」

「僕も、2人を守るよ」


 リリとドラはいつも頼もしい。

 こんな仲間に出会えて僕は本当に幸せだと思う。


 アスはマッシュの頭の上から剣を振り下すところだった。

 僕たちはドアを蹴破り、ダコタの前に飛び出す。


「ダコタ町長! お前の悪事は全て僕たちが聞かせてもらった。大人しく捕まれ!」

「もしかして……マッシュお前が裏切ったのか? 残念だよ。頭は悪いとは思っていたが、主人の顔すら忘れてしまう駄犬だったとはな。まぁこんな援軍2人きたところで何も変わりはしない。こいつらの死体もオーガにやられたように偽装してしまえばすべては闇の中だ。やれ!」


 部屋の中に男たちは全部で10人いた。

 どの男たちもそこそこ腕が立つようだ。


「やれやれ、みんなでで弱い者いじめなんて良くないよ。僕が代表してマッシュもろとも、この子たちをあの世へ送ってあげよう。眠るように静かに逝きなさい」


 アスと呼ばれていた男が剣をクルクルと回転させると、剣から冷気のようなものが発せられ薄い靄となっていく。


 僕がリリをかばうように前にでると、リリは僕の手を握り引きとめる。

「パック、先に戦いたくてうずうずしているのはわかるけどダメよ。ここは私がしっかりと教育をしてあげるんだから」


「いや、リリに任せるとこの人たちまともに社会復帰できなくなるでしょ?」

「何を言っているのよ。マッシュだってちゃんと社会復帰したじゃない。それに、この人たちはもう社会に復帰させる必要はないのよ」


 リリが僕の手を思いっきり引く。

 僕の目の前をアスの剣が通り過ぎていった。


「ごちゃごちゃうるさいよ。どっちが先に死のうがあの世ではまた会えるんだから。僕が苦しまずに殺してあげるよ」

 

 アスの剣からでた靄は細かい氷となってリリに襲い掛かって来る。

「リリ危ない」


 ドラは炎を吐き出し、リリの前まで来た氷をすべて消す。

 アスの氷よりもドラの魔法の方が上手のようだ。


「ちっ! やっかいな魔物を飼っているんですね。じゃあこれならどうです?」


 アスは魔法を唱えながら踊るように剣を振って行く。

 今度はアスのまわりに少し大きめの氷の刃が浮かびあがってきた。


「これであなたたちは全員終わり。さよならだよ」


 アスが得意そうな顔をしたところで、リリが呟く。

「はぁ。どうしてパック以外の男はこんなにもつまらない攻撃しかできないのかしら。もっと情熱を持って欲しいわ。こう血沸き肉踊るようなさ。楽しいかんじにはならないのかしら?」


「好きに言ってろ。くらえ氷の刃」

 アスの派手なアクションで氷の刃がリリへと向かう。


 ドラがまた炎で消そうとするがリリはドラに首を振ると、そのまま氷をすべて切り付けていく。

 どれほどの魔力が込められているのかわからないが、氷はリリの剣技によってかき氷と姿を変え地面の上に積み重なっていく。


 それを見ていた男たちは目の前で起こったことが理解ができないといった感じだったが、マッシュだけは男たちを見て憐れそうな顔をしている。


「さて、次は誰が遊んでくれるの?」

「ふざけるな! まだ僕は終わって……ない?」

 アスが最後まで何かを言うまでに膝から崩れ落ちるように倒れた。


「自分が切られたことくらいわかるようにならなくちゃね。人生もう一度やり直してきた方がいいわ」


「お前たち何をしている! そんな小娘にやられる気か! 全員でかかれ!」

 ダコタの声で男たちがリリを取り囲む。


「リリそろそろ交代しない?」

「パック、私今モテ期がきているの。見てみて! こんなに男性に囲まれて熱い視線を送られているのよ。わたし本当に困っちゃう。ねぇパックヤキモチ焼かないの?」


「リリふざけていると後ろ危ないよ」

「大丈夫よ」

 リリの後ろにまわった男がリリに切りかかるが、ドラが炎を吐いて牽制する。

 

 リリはほらと言わんばかりに僕の方を見てくる。

 僕は軽くリリに手を上げるとリリは嬉しそうに男たちに切りかかっていった。

 完全に楽しんでいる。


 そこそこ腕はありそうだがあれではリリには敵わないだろう。

 その間に僕はマッシュの方の拘束をといてやろう。


「大丈夫か? 氷の腕輪は冷たかっただろ」

「俺は大丈夫だが、あの子一人でいいのか? 強いのは知っているがお前も加勢するべきじゃないのか?」


「あぁなってしまったらリリはもう止められないよ。元々が剣に愛されていた存在だからね」

 リリは天性の剣の才能がある。なんと言っても『牽制』だからな。


「剣に愛されているか。まるで剣星だな」

「そうそうリリは牽制らしいよ。攻撃を牽制するのが得意みたいなんだ」


「ん? パック……リリは剣星なのか?」

「そうだよ。牽制だよ。避けるのが得意みたいだからね。変わっているだろ?」


 マッシュは俺の方を見ながら大きなため息をつく。

 なんだこいつ失礼な奴だな。


「パック、リリは剣の星と書いて剣星だよ。パックの言っている牽制とは全然違うよ」

「えっ? 嘘だ。だってリリはそんなこと言ってなかったよ。ねぇリリって剣星なの?」


「パック……今さら? でも、そんな時期もあったってだけで私は私。ただのパックの恋人よ」


 リリがサラッとノーマンのところで使った設定を使いまわしてきた。

 ここは正直に否定しておくべきだろうか。


 いや、戦っている最中に動揺させると問題だからな。

 ここはお決まりのスルーをしておこう。


 スルーする技術というのも大人には大切なんだ。

 正論だけが正しいなんてことはないからね。


 僕たちが雑談をしていると、男の一人が僕へ向かって切り付けてきた。

 どうやらリリには勝てないと思い一番弱そうな僕を狙ったようだ。


「せめて、お前だけは道連れにしてやる!」

 上段から無造作に僕の頭の上に振り下されてくる剣を僕はギリギリのところでかわし、彼の腕を持ってそのまま勢いを殺さずに彼の方へ回転させる。彼の剣はそのまま深々と彼に突き刺さっていった。


「かはっ! なんでこんな奴らが……」

 僕は回復薬を彼にかけながら、剣を引き抜いてあげる。

 回復しながらでも相当痛いはずだ。

 しばらくはそのままおやすみ。


 スリープの魔法で寝かしつけると男は大きないびきをかいて眠ってしまう。

 さて、リリの方は……。


 リリの方も殺さない程度に加減がされ、絶妙な加減で怪我人の数が増えていっていた。

 死にはしないが反撃もできず、動けないほどの怪我をしている。

 

 魔法を使う者や、何か特別な魔道具のような物を使う人もいたが、どれもリリの前ではほとんど役に立っていない。


 僕は怪我をしたダコタの部下たちにスリープの魔法をかけ、意識をなくすと回復薬をかけてやっていく。


 大切な証人だし、この人たちもマッシュのように犯罪奴隷として売れるだろう。

 今回は救護院に寄付をしようかな。

 そうすれば少しは運営ようの足しになるだろう。


「なんでこんな小童2人を倒せないんだ! お前たちはこれからオーガと戦う精鋭だろ! あぁもう! こうなったら少し早いが本隊を投入してやる」


 ダコタが部屋から逃げようとするが部屋の真ん中ではリリがまだ暴れているため、リリを避けて脱出ができない。


「ダコタ諦めたらどうだ? 俺もこの人たちに会って世間の広さを知ったんだ。あんな小さな盗賊団の頭をやってたからって威張っていたのが今ではあまりに馬鹿らしく感じた。小さな組織のトップになったからってなんの価値もないんだよ。お前も俺もな。結局はただの井の中の蛙だ」


「うるさいぞ。知ったような口をききやがって。お前と俺は全然違う。俺はこの国の王になる男なんだ。お前のような雑魚盗賊と一緒にするんじゃない。いいか。絶対に俺はこんなところで捕まるわけにも、死ぬわけにもいかないんだ。誰か! 俺を助けろ!」


 ダコタがそう叫んだ時、廃屋の入口が開き、そこから甲冑をきた領主のロイドがあらわれた。

「領主様! これぞ天の助け! さすが私は神に見放されていなかった。領主さまこの賊どもを捕まえてください。マッシュとかっていう、この盗賊を影で操っていたのがこの子供2人のようで」


 ダコタはロイドに助けを請うがロイドはダコタを見たまま何も言わない。

「領主……様?」

 ダコタもどうやら異変に気が付いたようだ。


「ひっ捕らえろ」

 ロイドの号令でダコタの部下たちがどんどん捕まっていく。


「どういうことだ! このクソ領主! 俺に歯向かうとどうなるかわかっているのか? この街を実質支配しているのは俺なんだぞ! てめぇなんてただの飾りじゃねぇか!」


 兵士がダコタを捕まえようとするが、ダコタもそう簡単には捕まりたくないのか剣を抜いて構える。


「こんな者をずっと信用してきたのかと思うと本当に悲しくなってくる」

 ロイドは哀れなものを見るようにダコタを見ている。


「パックくん。助かった。これでこの街は救われるだろう。愚かな領主の私を許して欲しい。オーランドからすべて聞いたよ。本当にありがとう」


 ロイドが僕を抱きしめ背中をバンバンと叩いてくる。

 何気に力強い人だ。


「お前ら……いったい何者なんだ? 領主にそこまでさせ、しかも盗賊のマッシュまでも味方に引き入れて」


「ただのE級の冒険者だけど? たまたまこの街に寄って庭園墓地が荒地になっていたから手を貸しただけだよ。あそこが綺麗だったら、もしかしたら次の街へ行っていたかも知れないけど」


「はぁ? そんなことありえないだろ。そんな理由で俺が長年計画していた計画が壊されたっていうのか。そんなふざけた理由で。絶対に許さない。こうなったらオーガがこの街を襲う前に俺がこの街を襲ってやる!」


 ダコタが懐から笛を取り出すと軽快な音楽を鳴らしだす。

 それは聞いている人をどこか不快にするような音楽だった。


「俺がなぜ? こんな簡単に町長になれたのかを教えてやろう。俺には表の部隊ではない陰の部隊があるのだ。どんな命令にも従う俺だけの部隊だ! さぁ現れろ! 不死の軍団よ! そしてこいつらを殲滅するのだ!」


 ダコタが大声で叫んだため、僕たちは一瞬身構え辺りを警戒する。

 これがさっき言っていたとっておきってやつなのか。

 だが、特に変わったことはおきない。


「なっなぜだ!」

 ダコタがもう一度気味の悪い笛を吹くことで気分が不快になってくる。


「さぁ! 今度こそでるのだ!」

 だが、結果は同じだった。


「なぜだ。せっかくこの街の墓地に私の不死の軍団を隠しておいたというのに。なぜ現れない!」


 ダコタはかなり慌てているようだが、スケルトン部隊……リリが再生不能になるまで切り刻んだやつだろうか?

 まぁ、俺たちがやらなかったとしてもヴァンパイアが連れ去っていただろうけど。


「リリ、あいつが言っているのってリリが掃除の時に切り刻んだ奴じゃないのか?」

 ドラが小さな声でリリに聞いていた。


「えっ? あれなの? あんなの何匹いたって処理されて終わりでしょ? 違うわよ。だってドラ聞いてた? あのおっさん不死の軍団って言ってたのよ。スケルトンは不死でも何でもないし、それにあんな雑魚で勝ち誇っているなんて普通はないわよ」


「それもそうか。パックの聖水を使わなくても倒されていた奴だからな」


 ドラとリリの何気ない会話がダコタの最後の精神まで刈り取ったのか。

 もはやダコタは何も言わなくなっていた。


「クッ……ここまでバカにされて、このまま終わるわけにはいかない」

 ダコタはポケットから火炎ボールを取り出すと近くの壁に投げつけた。

 火炎ボールは簡易のファイヤーボールの魔道具版で壁の破壊や攻撃に使われる道具だ。

 廃屋だったこともあり簡単に穴が空いてしまう。


「ダコタを逃がすな! 追え!」

 ロイドの命令で兵士たちがダコタを追いかける。

 あとは彼らに任せておけばいいだろう。


 それよりも領主へ報告することがある。

「領主様、明日の朝一でオーガの群れがこの街を襲うそうです。僕たちはオーガたちがどうなっているのか斥候としてこのまま行ってきたいと思うんですが、よろしいですか?」


「パックくん大丈夫かね? かなり危険が伴うぞ。今オーランドも救護院の兵士を集めていてくれているが、なにせ一度ほぼ解散になってしまったからね。どれくらいの規模のオーガが襲ってくるのかはわからないが、今は街の方に戦力を集める作戦になっている。できればダコタの私兵も使いたいところではあるが、オーガよりも背中から攻撃を受けたらと思うと、明日の朝までに私兵を使うのは難しいだろう。斥候を頼むとしたらパックくんたちだけに行ってもらうことになってしまうぞ」


「領主様大丈夫ですよ。僕には心強い仲間がいますから」

「わかった。できる限りすぐに応援に行けるようにこちらも手配をしておこう」


 僕たちがオーガの群れを探しに行こうとしたところで、そこへノーマンがやってきた。

 

「良かった。間に合った。リリさん。あなたのノーマンが駆けつけましたよ。あなたのためでしたらこの命投げ出してもいい」


 相変わらずノーマンはキザなセリフをリリに言っているが、さすがに領主の前だからかリリは蹴り上げるのを躊躇しているようだ。

 リリはわざとらしく僕の後ろに隠れる。


「パック、私この人苦手なの。助けて」

 ノーマンも、僕も不思議なそうな物を見るような目でリリを見つめる。


 ドラだけはリリの演技が面白かったのかケタケタと笑っていた。

 僕たちが無言でいると、ロイドが助け舟をだしてくれた。


「ノーマン、君はすぐに女性を口説くけど、怖がらせてはいけないよ。こんなか弱い女性を捕まえて。君は元救護院の1000人長なのだから。女性への扱いももっとスマートにならないと」


 リリの顔を見るとなぜか目を輝かせているが、僕は……。

 よし、オーガの群れを探しに行くか。

 ノーマンはロイドの前ではめられたようだ。


「はい。きっ……気を付けたいと思います」

 ノーマンも領主には逆らえないのか少し戸惑っている。

 リリとドラは困惑する僕たちを見ながら楽しんでいる。


 絶対にまた蹴り上げると思っていたんだけどな。

 領主にノーマンをやらせた方がいいと思ったのだろう。


「ところでノーマン何しに来たんだ?」

「あぁ……オーランドさんからの指示で今は戦力を分散できないから俺だけパックたちに従えって」


「そうか。それじゃあ一緒にオーガの偵察に行こうか」

「オーガの偵察? さっそく大変な役回りだな。でも面白い。それでオーガはどこにいるんだ?」


「街の北側ってことだが、詳しい場所まではわからない」

「まぁ行って見ればオーガなら大きいからわかるだろ」


 僕たちはオーガを探しに街の北側へ向かうことにした。

 街の北側には深い森が広がっており緩やかな斜面になっている。


 北側といってもかなり広く今のところオーガの姿などは確認することができなかった。

 それでも、探してみるしかない。


 とりあえず行ってみるか。


 僕たちが森の中を探索してしばらくすると、リリが小声で話しかけてきた。

「パック、オーガをドラに空から探してもらった方が早いんじゃない?」


 空からの探索は僕も少し考えていた。

 ただ、できるだけ街の近くで目立ちたくないというのもある。


 今街では避難している人が沢山いる。

 もし街の近くでドラが見つかった場合さらなる混乱を招きかねないのだ。


「うーん。そうだね。もう少し探して見て、見つからないようならドラに空から探してもらおっか」

「わかった」


 それからも、夜の森の中を散策を続ける。

 すると、森の中に住んでいる小さな魔物たちが僕たちの方へ走ってきた。


「パック魔物の大群よ!」

「あぁ! リリ、ドラ気をつけて!」

「俺も一応いるんだけど」


 僕たちが魔物に向かって剣を構えるが、魔物たちは僕たちを避けるようにして逃げて行く。


「どういうこと?」

「何かおかしい!」

 魔物たちがやってきた方角からバキバキッと木が折れる音が聞こえてくる。

 木々の間から見える遠くの森の中にオーガたちの姿が見える。


 そのオーガたちのかなり手前にはピックルという大型の鳥の魔物に乗った男女の2人組がいた。

 彼らはピックルから紐を伸ばし、オーガの子供を無理矢理走らさせていた。


「なんてひどいことを!」

「あのオーガの子供を助けるよ、リリ」

「うん」


 ノーマンだけは納得がいっていないようで助けに行くのを一瞬渋っている。 

「なんでだよ? オーガたちを殺すのが俺たちの役目だろ?」

「ノーマン! オーガだろうが人間があんなにヒドイことをしていい理由にはならないんだよ」


 僕とリリはノーマンを置いて、ピックルのところまで駆け寄りオーガの子供が繋がれていた紐を叩き切った。


 オーガの子供は勢い余って転倒しそうになるが、僕はそれを優しく受け止める。


「ごめんな。人間がこんなひどいことをして」

 オーガの子供は肩で息をしているが、命に別状はないようだ。


 とりあえず、回復薬を子供に飲ませてやり縛られた手の紐を切ってやる。

 オーガの子供はかなり怯えているようだ。


 ピックルは一度通り過ぎたが僕たちの元へ戻ってくる。

「おいっ、おいっ。今からこのオーガの子供を街まで連れて行かないといけないのに、なに勝手なことしてくれてるんだよ」


「ほんとよ。ほんと。報酬がもらえなくなったらどうしてくれるのよ。ドノバン早く行きましょ」

 ドノバンと呼ばれた男は僕たちにいきなり、クナイを投げつけてくる。


「めんどくさいから、さっさと死んでくれよ。ニッキーとの2人の愛のために」

「そうねドノバン。愛してるわ」


 2人はピックルに乗ったまま、オーガの子供を捕まえようと狙ってくる。

 ドノバンはピックルの扱いに慣れているのか、足だけでピックルの動く方向をコントロールしくないなどの飛び道具で僕たちが動きにくいように邪魔をしてくる。


「もらったわ」

 僕たちとすれ違いざまにニッキーが僕の腕からオーガの子供を奪い去ろうとするが、リリはそれを見流さずニッキーの腕を狙い切りつける。 


 一瞬のところで避けたのか、腕は切り落とされてはいないがニッキーの腕から出血している。

「ねぇ見てドノバン! 私の綺麗な腕を傷つけられた。もうこんな傷物になったらお嫁に行けない」

「大丈夫だよ。ニッキー! 僕はどんなニッキーでも受け入れるから」


「ドノバン……」

「ニッキー」


 そのままピックルの上で抱き合う2人。

 いったい何を見せつけられているのだろ。


「なによ、あいつら! パック私たちもあいつらに見せつけてやりましょうよ!」

「リリ、今はそれどころじゃないよ」


 オーガの子供は疲れがピークに達しているのか、先ほどから暴れもせずに僕の腕の中にいる。

 森の奥からはオーガの親の叫び声が段々と近づいてきている。


「はぁお前めんどくさいなー。本当に空気を読んでよ。オーガを街まで連れていかなきゃいけないんだよ。こんなところじゃ目的を達成できないじゃないか。それに地味にそっちの女強そうだし。あぁイライラする! ニッキーあれをやろう」


「わかったわ。ドノバンあれね!」

 

 何をするつもりだ? 

 だが、こんなところでこいつ等の相手をしている暇はない。

 この子をオーガの元に戻さなければいけない。


「リリ、この子を頼む! 僕がこいつらを倒すよ」

「えっ……ちょっと待って!」


 何をするのかわからないが、まずはこいつ等の機動力を潰すしかない。

 最初に潰すのはピックルからだ。


 ピックルは大人2人を乗せているとは思えないほど俊敏に動き、僕の攻撃を華麗にかわす。

 僕が追撃をしようとしたところで、ドノバンとニッキーの魔法の詠唱が終わってしまう。


「いくよ、ニッキー」

「任せて、ドノバン」


 2人が僕たちへ向けて手をかざすと急に目の前が真っ暗になり、身体が重くなる。

 視界を奪う魔法ダークネスに……スピードを遅くするスロウの重ね掛けだ。


 こいつらやり慣れている。


 急いで僕は2人がいた方へ剣を向け、解除の魔法を唱える。

 そう簡単にやられるわけにはいかない。


 気配のあるようなところに剣を振り回す。

 当たりはしないが、それでもピックルが横を通り過ぎる音が聞こえる。


 そして解除魔法のおかげで急激に視界が回復し、身体が軽くなる。

「リリ、ノーマン大丈夫!?」

「パック! 私は大丈夫! だけどノーマンが!」


 ノーマンは胸から腰にかけて大きな傷ができていた。

 僕が一瞬動けなくなっている間にノーマンが切り付けられたようだ。


 いつの間にか、ドノバンの手には剣が握られ、ニッキーはオーガの子供を捕まえていた。


「ノーマン! 大丈夫か!? 今、治してやるからな」

「俺のことはいいから追え。街についてしまったら俺の犠牲だけじゃなくてもっとひどいことがおこってしまう」

「わかったわ。パック急ぎましょう」


 リリはあっさりとノーマンを置いていく決断をする。

 ノーマンは俺のことを見て頷く。

「必ず戻ってくるからな」

「いいから行け!」


 僕はノーマンに回復薬をかけて、彼らを追いかける。

 先ほどよりも後ろから聞こえてくるオーガの叫び声が大きく聞こえる。

 距離が段々と縮んできているようだ。


 ピックルの逃げ足は僕たちが思っている以上に早かった。

「パックこのままじゃ引き離されるわ」

「わかってる」


 ピックルは森の中を器用に高速で走り抜けていっている。

「バーカ! バーカ! 悔しかったら追い付いてみなー! お前の彼氏根性なし!」

 僕たちが追いかけているのを知ったニッキーが僕たちを挑発してくる。


「うるさい! パックは私にキスもしてくれない根性なしだけど、あなたと違って私は大切にされてるの!」


「ぷぷぷっ、あなたに魅力がないからでしょ。残念でしたー」

「絶対に許さない。パックこっちもあの手を使うわよ」

「あの手?」


 こんな追いかけていて話されているような状況でリリと一緒に使える魔法なんて覚えていたかと一瞬考えてしまう。僕のそんな予想を覆し、リリはドラを掴むと思いっきり、走るのを止め、その場で大きく足を振りかぶりニッキーへと投げつけた。


「ドラ! いってらっしゃい! そんな小鳥一瞬で噛み砕いてやりなさい!」

「ふん、どこを狙っているんだよ」


 ドラの気配を感じたのか、ドノバンはピックルの方向を変える。

 だが、多少方向が変わったところでドラの身体から逃れることはできなかった。


 ドラが小さな身体から大きな身体に変化し、大声でピックルを威嚇する。


「グギャァァァァァァァァーーーー!」

 いきなりあらわれたドラゴンにピックルは驚き急に止まろうとするが、止まることができず、ドラに頭から突っ込む。


 ドラの皮膚は石よりも固いため、かなりの勢いで頭をぶつけたピックルはそのまま目を回して倒れてしまった。


「うっうわぁ! ドラゴンだ! 逃げろ! ニッキー!」

 ドノバンはピックルの下敷きになっていたが、自分だけ抜け出すと、そのまま夜の森に走って逃げていく。


「待ってよ! ドノバン!」

 ニッキーの声が森の中に響くがドノバンは一切振り返らない。


「あらら、あなたの彼氏はドラゴンを前にしたら彼女を放置して逃げ出しちゃう腰抜けなのね。可哀想に」


 リリが先ほどの反撃とばかりに嫌味を言っている。

「うるさいわね! あなたみたいな女に私たちの永遠の愛の形がわかるわけないのよ」

「グッルウワッーーーーー!」

「ギャァ――――!」 

 ドラがニッキーを一喝するとニッキーはそのまま意識を失ってしまった。


 オーガの子供は地面に投げつけられていたが、さすが魔物の子だ。

 大きな怪我などはしていない。

 だが、気絶をしてしまっているのか反応が薄い。

 でも……。


「よし、急いでこの子を連れてオーガの元へ行こう。説得なんてできるかわからないけど、街へ行くまでの時間を少しでも遅らせるんだ」

「そうね! パック急ぎましょ!」


 森の奥からオーガの悲痛な叫び声が聞こえてくる。

 オーガにとっても自分の子供を盗まれてしまって、怒り狂っているに違いない。


 それから、僕たちは来た道を戻ること数分。

 そこには森の樹木をなぎ倒してやってくるオーガの姿があった。


 オーガの手には大きな丸太や、鉄のこん棒などが握られている。

「オーガたちよ! 悪かった。この子を返そう!」


 僕がオーガたちに子供を返そうと近づくと、オーガは一瞬動きを止めた。


 わかってくれたのだろうか?


 だが、オーガの子供が目をつぶったまま動いていないことがわかると、オーガは怒り狂い僕たちを潰そうとこん棒を振り回してきた。


 回復薬を飲ませているのでドラの威嚇に驚いたのか、ただの気絶だと思うがそれをオーガに納得してもらうことは難しい。


「パック、一旦この子を連れて逃げましょ! そうすればオーガの群れを街じゃない方へ誘導できるわ!」

「わかった。その作戦で行こう」


 僕はオーガの子供を抱きかかえたまま、オーガの群れから離れようとするがオーガたちは、それよりも早く僕たちの逃げる方向へ回り込んできた。


 街へ行かせないという当初の予定はクリアーできそうだが、このままでは僕たちがオーガの群れにやられてしまう。


 僕はオーガの子を安全な場所に一端置く。

 できればオーガたちを傷つけたくない。

 甘いのはわかっているが。


「パック……この人数はなかなか……大変ね」

「あぁ、そうだね。リリずっと一緒だよ」

「はぁ、こんな場面じゃないとパックはそう言うこと言わないからね。私もずっと一緒よ」

「2人には悪いけど、僕もいるからね」


 ドラはリリの肩から降りると大きな姿に戻る。

「グルウワァァーーー」


 オーガたちがドラの威圧に負け1歩下がる。

「オーガたち! 僕たちはお前たちを傷つけたくない。だからどうにか引いてくれ」


 僕がオーガたちに声をかける。

 なんとかわかって欲しいが……。


 オーガたちもドラがいることで攻撃をすることをためらっているようだ。

 さすがにドラの威圧感はオーガとは言え、躊躇するようだ。


「おいっ何をやっている。私たちをバカにした人間たちをさっさと殺せ」

 オーガの群れが二つに割れ、そこから角の生えた女性があらわれた。


「嘘でしょ……あんなのが……こんなところで……」

「リリあの人……は?」


「あれは鬼人よ。オーガの上位種。滅多に人が見かけることはないわ。見た人はほとんど死んでしまっているから」


「あら、私たちを知っている人間がいるなんて珍しいわね。でも、私たちの村を襲うなんてことを後悔してもらうためにも、誰も生きては返さないわ」


 リリが動くのが見えた瞬間、僕の横からリリは後方にふっ飛ばされていた。


「リリッ!」

「あら、人の心配なんて随分余裕ね」


 一瞬で目の前に現れ、僕の顎に向けてパンチが放たれる。

 自分で後ろに飛ぼうとするが、僕の足を鬼人は踏んでいる。

 あっ……。


 口の中に血の味が広がっていく。

 早く回復しなくちゃ。血の味と共に回復薬を口の中に流し込んでいく。


「ずいぶん器用なことをするじゃない」

 追撃を鬼人が放とうとしたところで、ドラが鬼人へ火炎を放つ。


「パックに近づくな」

「ドラゴンが人間に従うなんてな。ドラゴンに見せかけただけでトカゲなのかしら?」


「うるさい。僕は怒っているんだ。パックはお前たちを傷つけないようにしていたのに、いきなり襲ってきやがって」


 ドラの身体から魔力が溢れる。

「お前ら下がってろ。このトカゲと少し遊んでやる」

「後悔するなよ。鬼人だろうが、何だろうが仲間を傷つける奴は僕が許さない」


 ドラと鬼人の魔力がぶつかり周りの木々がはじけ飛ぶ。

 森の中が一瞬静寂に包まれる。


 ドラと鬼人は視線で戦いあう。

 どちらが先に動くのか。


 その緊迫した空気の中で、静寂をやぶるように空から声が聞こえてくる。

 

「あら、あら、悪いけど街の近くでこんな危ない生物たちに暴れられると困るのよ。やるならどこか遠くでやってくれない?」


 ドラと鬼人が魔力をぶつけ合うその上空でパタパタとヴァンパイアが急にあらわれた。


「トカゲの次はヴァンパイアだなんて、なかなか面白い街じゃない」


 ヴァンパイアは僕たちの前にゆっくりと降り立つ。

「ねぇ鬼人のお姉さん。ここで引いてくれない? 私たちはあなたと敵対するつもりはないのよ。そこのドラゴンと私相手に戦ったら、あなたの仲間たちだってただではすまないわよ」


「あんた面白いわね! まさか私にそんな提案してくるとは思わなかったわよ。ただね。コウモリ風情が私に生意気な口を聞いているんじゃないわよ」


「あらら、やっぱりダメか。じゃああとパックよろしくね」

 ヴァンパイアがなぜか俺の名前を呼び、飛んで逃げようとしたところを、ドラが足を引っ張り捕まえる。


「そんなに急いで帰らなくてもいいじゃないか。お前も一緒に遊んでいこうぜ」

「ちょっと! 変態ドラゴンどこ触ってるのよ!」

 ドラはヴァンパイアを足を持ったまま鬼人の方へ投げつける。


「こんな汚いコウモリを投げつけてくるな」

 鬼人は投げつけられたヴァンパイアの足を器用に空中で受け止めると、そのままドラへ投げ返してくる。


「そう言うなよ。せっかく遊びたいって来てくれたんだから仲間外れは可哀想だろっ!」

「それもそうか」

 鬼人とドラはヴァンパイアをお互いに投げながら、魔法を使って高度な技のやりとりをしている。


 完全に僕たちは蚊帳の外だ。 

 だが、僕がリリの方へ助けに動こうとすると、動かないように魔法が飛んでくる。

 鬼人はドラへ対応していながらも、こちらへの注意も忘れていない。


 でも、それもドラが少しだけそらしてくれている。


「ちょっと、あんたたちふざけるのもいい加減にしなさいよ!」

 吸血鬼が一瞬で霧となって抜け出そうとするが、鬼人は魔力で霧になろうとしているヴァンパイアを固めボール状にしたヴァンパイアをドラに投げつけてくる。


「投げやすくなっていいじゃないか」

 ドラは器用にヴァンパイアをシッポで打ち返したりしている。

 なんだが、段々と緊迫した空気が和んでいくような感じになる。


 先ほどまでの殺伐とした空気が徐々に緩んでいく。

 どこか、ドラと鬼人も楽しそうだ。


 僕はゆっくりと、鬼人の動きを見ながらリリの方へ進んでいく。

 時々魔法が飛んでくるが、ドラがそれも相殺してくれている。

 2人の駆け引きの中で何とか僕はリリのところへ行き、リリに回復薬を飲ませる。


「リリもう大丈夫だよ」

「うっ……ごめんパック。大事なところでパックを守れなかった」

「ううん。大丈夫だよ。僕の方こそごめん。次はちゃんとリリのこと守るから。ここで待っていてね」


 僕はリリの手を力強く握る。

 リリの手はとても温かくて太陽のようなぬくもりがあった。

 ゆっくりとリリの手を離し、鬼人の方へ向き直す。


「お前のご主人様がやっとやる気をだしたみたいだぞ」

「パックは強いぞ。僕に単独で挑んでくるつわものだからな」

「そうは見えないけどな」


 先ほどからヴァンパイアの声が完全に聞こえなくなってきている。

 高速で投げつけられている中で意識を失っているのかもしれない。


「ドラ、ヴァンパイアを解放してやってくれ」

「いいのか? 敵じゃなかったのか?」

「あぁ大丈夫だ」


 ドラはシッポでヴァンパイアを地面に叩きつけると、鬼人の魔力からヴァンパイアが解放された。目を回してしまっているのだろう。せっかく解放されたのに逃げるそぶりすらない。


「せっかく楽しんでいたのにもう終わりか?」

「あぁ。パックが遊ぶのは終わりにしろっていうからな」


 ドラが大きなシッポを地面に叩きつけると地面が大きく揺れ、オーガたちが一気にざわめき、怯えだす。


「面白い組み合わせだな。違った場面で出会っていたらと思うが……これも運命だね」

 鬼人の魔力があがり、オーガたちはさらに怯えだす。

 オーガたちも鬼人が怖いようだ。


 ドラと鬼人がにらみ合い、先ほどまで一度ほどけた緊張感が徐々にまた高まって行く。

 どこか2人とも楽しそうな感じをうける。


「パック、本気をだすぞ」

「いいよ。ドラ! 終わったら回復薬を死ぬまで飲ませてあげるよ」

「その言葉忘れるなよ」


 ドラが魔力を高める度に、鬼人もあわせるように魔力を上げていく。

 ドラもすごいが……それについていく鬼人の力も底が知れない。


 その緊張感の中で拍子抜けする声が聞こえてきた。


「はぁ。まだこんなところにいたのか。オーガの群れには街を襲ってもらわなければいけないのに私の計画が狂いまくりですよ」


 そこには先ほど逃げたはずのダコタがおり、手には火炎ボールが握られていた。

「お前よく逃げ切れたな」

「あんな雑魚たちから逃げるなんて俺には朝飯前ですよ。それよりも、よくも俺の邪魔ばかりしやがって! まずはお前から懲らしめてやる!」


 ダコタは俺に向かって火炎ボールを投げつけてくる。

 こんなもので倒される奴がいると本気で思っているのだろうか?

 破壊できるのは壁くらいだ。


 僕はそれを剣で弾こうとしたところで、先ほど助けた子供のオーガが僕の前に立ちはだかり、火炎ボールから僕を守るために正面に立つ!


「逃げろ!」

 オーガの子供は満足そうな顔で僕の方を見てくる。

 火炎ボールはオーガの子供を全身火だるまにする。


「わざわざ僕を助けてくれたのか……?」

「僕を……助けてくれた……お返し……」

 オーガの子供はどこか満足そうな顔をしている。


 本当は人間がこの子を誘拐して連れてきて、傷つけたはずなのに。

 この子は優しい子なんだな。


 僕はこの子にもう一度回復薬を飲ませ、全身にかけてやる。

 もう傷つかなくていいように、この無意味な戦いを終わらせよう。


「なんだお前? 回復術師なのか? ここで殺すのはもったいないな。俺の下僕として使わせてやってもいいぞ」


「ダコタ。お前にはこの状況が理解できていないようだな」

「本当に……可哀想」

「こんなに残念な男初めてみた」


 ドラと鬼人がダコタの方へ身体の向きをかえる。

「こいつがすべての元凶か」

「そうだ。人間の街を襲わせようとしているのもコイツだ。オーガたちはそんな策略に乗るのか?」


「乗ってやってもいいが……だが、私の仲間を今襲ったこいつをまずは許すことはできないな」

「なら、やることは一つだろ?」


 ダコタは状況が理解できて来たのか顔が段々と青くなっていく。

「お前たち、話せばわかる! すべての元凶はそこにいる小童どもなんだ!」

「何も話をする必要はない」

 鬼人はそのままダコタを一撃殴りつけると、ダコタはそのまま木に打ち付けられ動かなくなってしまった。死んではいないだろうが……あれでは意識を保っているのは難しそうだ。


「まだ、僕たちと戦うつもりか?」

「いや、お前ら人間が子供を誘拐したのが原因だが助けてくれたのもお前らだからな。私達もこのまま撤退しよう」


「助かる」

 僕たちが和解し鬼人たちが撤退しようとしだしたところ、森の中に霧が充満していく。


 あれ? この霧って……。

 気が付くとオーガや鬼人、ドラたちもゆっくりと意識を失っていく。


 ヴァンパイアの眠りの魔法だ。

 いつのまにかヴァンパイアが起きだし、魔力で辺りを埋め尽くしていた。


「これはさっきの仕返しか?」

「そうね。仕返しというよりも、ちょっとした嫌がらせかしら?」


 ヴァンパイアはどこから取り出したのかペンのようなもので、眠ってしまった鬼人の顔に落書きをし始めた。

「そんなことして大丈夫なのか?」

「さぁ? でも寝込みを襲われて殺されないだけマシじゃないかしら」


 それは確かにそうだが……鬼人の顔はキレイな顔をしていたが、今では口周りに黒い髭がかかれたり、それは見るも無残な姿にされていた。


「意外とやることが陰湿なんだな」

「違うわよ。これは戦略的な精神攻撃よ。武力で勝てないなら他で仕返しするしかないでしょ。やられっぱって性にあわないのよね」


「まぁ別に僕には関係ないからいいけど」

 僕はそのままリリとドラを起こす。


「そっちのドラゴンはいずれ仕返しするけど街を守ってくれたから今回は見逃してあげる」

「あぁ、そうしてもらえると助かるよ」


 ヴァンパイアはしばらく鬼人の顔に落書きをしていたが、僕たちは先にダコタを捕まえ街へ戻ることにした。いつまでも付き合っていて2戦目に巻き込まれたら困る。


 僕たちはそのまま森からでる。


 まもなく街に入るというところで、森の中からヴァンパイアの叫び声が聞こえた気がするがきっと気のせいだろう。

 

 さて、僕たちもダコタを引き渡したら次の街へ行こうか。

 次は……。

 

 あれ? そう言えば森の中に何か忘れてきたような気がするが……思い出せないってことは気のせいか。僕たちは次の旅の準備をする。

 次はもっと楽しい旅になるといいな。

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同作者の書籍化作品です。ネット版とはまた違った展開になっています。 本を読んで楽しく自粛を乗り越えましょう。 テイマー養成学校 最弱だった俺の従魔が最強の相棒だった件
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