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オモテ男子とウラ彼女  作者: 葉之和 駆刃
第五章 収束
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第四十八話 『記憶喪失』

 ヒカルは、ヒカリを追いかけた。機嫌があまり良くなかったとはいえ、少々きつい言い方をしてしまった。人混みをかき分けながら、商店街を抜けた。週末でも、夕方の時間帯はかなり混雑している。ヒカリは携帯を所持していないため、連絡を取ることも出来ない。こんなことなら連れてくるんじゃなかったと、ヒカルは心底落胆した。

 その時、ふと誰かに腕を掴まれた。途轍もない脅威を感じ、ヒカルは恐る恐るふり返ってみた。そこには案の定、眉間に皺を寄せ、睨んでくる良の姿があった。


「おい、どういうことだよ!」


 良がヒカルの服の襟を荒く掴み、更に顔を近づける。物凄い剣幕だ。


「え……。いや、何がだよ?」

「誰なんだよ、さっきの女」

「誰って……、見たことあるだろ?」


 良が言う女とは、恐らくヒカリのことだろう。しかし、良も夢現法人ハピネスの被験者として、裏の世界線に魂を送られた。ヒカリは裏の世界線のヒカルの姿だから、良もその顔を知っているはずだ。それなのに誰かときかれ、ヒカルも混乱してしまっていた。


「だって……、お前、異世界線の俺に会ったことあるだろ?」

「さっきから何言ってんだよ、お前。何だよ、異世界線って。もう、わけわかんねえ……」


 良はヒカルから手を離すと、今度は自分の顔を両手で覆い、しゃがみ込んでしまった。良のその行動は、ヒカルもすぐには理解出来そうになかった。ヒカルは良の肩に手を置き、話しかけた。どうしても確かめておきたいことがあったのだ。


「良。何があったか、話してくれるか」


 これはただ事ではない、ということだけは明白だった。良は少し気持ちが落ち着いたのか、再び立ち上がると話し出した。


「俺……、今記憶喪失なんだ……」

「えっ?」


 突然のことで、ヒカルには何が何だか、といった感じだ。これは、予想を遥かに超える答えだった。


「いや、正確に言うとここ数ヶ月の記憶が全くないっていうか……、今年の春頃から全く思い出せないんだよ。気がついたら、月日が流れてたっていうか、一体どうしちゃったんだろうな、俺」


 これはつまり、記憶が消されたのだろう。ヒカルは、そこでようやく思い出した。そう言えば、良はあの世界で自殺を図ろうとした。プロジェクトの規約では、確か二項目目に「自殺を図ってはならない」というものがあった。良はそれに違反したから、元の世界に強制送還される際、あの世界での記憶を消されてしまったのだ。


(これは、話すしかないのか……)


 ヒカルは面倒臭い気も若干したが、それでも良に真実を伝えなければと思い、重要なところだけ抜粋して話すことにした。別の世界線に飛ばされて女になっていたこと、そして例のプロジェクトの存在まで。その話を良は、間の抜けた顔でポカーンとしながら聞いていた。生きた心地がしなかったのだろう。ヒカルも実際、黒岩に初めて声をかけられた時は生きた心地がしなかった。


「ま……、マジかよ……」

「俺も最初は信じられなかったよ。けど、実際俺たちはこの目で見たんだ。女として生きている、別の世界線を」

「じゃあ……、もしかしてあの子は……」


 良も、ようやく理解出来たようだ。二つの世界線をもう一度入れ替える際、ヒカリの魂は手違いで、体とともにこの世界線に残ってしまった。元の世界線に帰るため、黒岩が今解決法を探っているところだ。そのこともヒカルは話し、良も納得してくれた。


「で、なんで今いないの?」


 良は、この場にヒカリがいないことに気づき、疑問を抱いたようだ。ヒカルも、それについても説明した。はっきり自分の意見を言わないヒカリに対し、注意したら逃げられてしまった。そう話したところ、良が意外な台詞を口にした。


「じゃあ、俺も探すの手伝うぜ」

「……えっ、いいのか?」

「色々教えてもらったからな。そのお礼として」

「ありがとうな」


 良も、何だかんだで良い面もあるようだ。ヒカルは、久々にそれを実感した。いつも街でリア充を見かける度、追いかけ回したり罵詈雑言を浴びせたり、ろくな行動をとらない良だが、その時はとても頼もしく感じられた。本当に嫌なやつなら、とっくに縁を切っていたかもしれない。だが、たまに見せる優しさのおかげで、ここまで友達でいられたのだ。ヒカルも、実を言えば良に色々と感謝している。


 二人はそれぞれ、心当たりのある場所を探しに行った。昼前に行った店や、その次に行った店。外は暗くなり、街灯が蛍のようにチカチカと灯っている。じっと見つめていると、眩暈がしてきそうだ。しかし結局、ヒカリはどこにも見つからなかった。


 良と合流すると、彼も首を横に振るのだった。一体どこに行ってしまったのだろうと、ヒカルの不安は更にかさを増していく。


「もう、警察に届けようぜ」


 まるで魂が抜けたような声で、良が発言する。余程、必死になって探し回ってくれたのだということがわかる。友達のためにそこまでしてくれる良は、やはり優しいと思った。

 それにしても、最初からそうしておけば無駄足を踏むこともなかった。警察に行けば、あとは彼らがどうにかしてくれる。ヒカルは棒になった足を使い、良と二人で交番を訪ねた。そこで、ヒカリのことを話した。警察の人は二人の話を聞くと、にこやかに笑った。


「彼女なら、こちらで保護していますよ」


 その言葉を聞いた二人がポカンとしていると、警察は中からヒカリを連れてきた。


「さっき、ここの前で座り込んでいたんですよ。声をかけても、反応がなかったので」

「あ、はい……。どうも、すみません」


 ヒカルは羞恥のあまり、顔を赤くしながら謝った。そして良にも礼を言うと、ヒカリの手を引いてマンションに帰った。彼女も、黙ってついてくる。言いたいことは山のようにあるが、まずは帰ろうと無言のまま、ヒカルは足を進めた。


 マンションの部屋に帰ると、ヒカルは彼女をリビングに座らせた。彼女は俯き、ヒカルと目を合わせようとしない。その顔は、少し反省しているようにも見える。ヒカルは思いきって、彼女に話しかけた。


「ヒカリ、心配したんだぞ。でも、俺もちょっと言い過ぎた。お前のこと、わかってやれてなかったのは俺の方だった。ちゃんと、お前の気持ち理解出来なくてごめん」


 ヒカルは、彼女に頭を下げた。やはり、彼女は何も言ってくれない。

 ……と思っていたら、微かに彼女の声が聞こえてきたのだ。


「私の方こそ……、ごめんなさい……」


 ヒカルは顔を上げ、彼女を見た。彼女は、真っ直ぐな視線をヒカルに送ってきている。それを見ていると、ヒカルも安心できた。


「わかってくれたなら、俺はいい。ほんと、ごめんな」


 ヒカルも、彼女の気持ちをまだ理解しきれていなかった。そのことを反省しつつ、彼女の頭を撫でた。彼女は俯いたまま、恥ずかしそうに顔を赤く染めている。ヒカルはそれを見て、少し胸は苦しくなった。


「……か……、ん……」


 ヒカリはまた何かを言ったようだが、部屋の外から聞こえる音にかき消され、よく聞き取れない。彼女は今、何と言ったのだろう。ヒカルは、全神経を耳に集中させた。すると、やっと彼女の声が聞こえるようになった。


「ヒカ君……」

「えっ?」


 一瞬、それが誰のことだかわからなかった。


「自分の名前を呼ぶの恥ずかしいから、これからそう呼んでいい?」


 初めて、彼女がはっきりと自分の意見を言った。ヒカルはそれを聞いて、我が事のように嬉しくなった。


「あ、いいよ。好きに呼んでくれ!」

「ありがとう、ヒカ君」


 彼女は微笑むと、ヒカルはたまらず笑い返した。

 それにしても、本名で呼ぶのと何が違うのだろうか。しかしこの時のヒカルにとって、そんなことはもはやどうでも良かった。今、ヒカリとちゃんと話が出来ている。それだけで充分だったのだ。


 その夜も、二人は並んで寝た。あの時より、緊張しなくなっている。ヒカルはふと横を向くと、目を開けて天井を見つめているヒカリの顔が目に入った。この世界でどう生きていくか、真剣に考えているようだ。何故か、それはヒカルにもわかった。ヒカルも出来るだけ、サポートしていこうと思った。

 いつか、元の世界に帰れる日が来ると良いが、しばらくはここで暮らすしかない。また、ヒカルは彼女の手を握った。少し熱のこもったその手は、あの時よりも何故か柔らかく感じられた。

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