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集う従者

“スネックボトム、僕の造った層は比較的簡単にしたから、今度はぜひ遊びに来てよ。ね、ね、” 大マジックス、ミラー=ラークの書簡より


 地を這い本格的に地下迷宮へ潜る前に。

 上層に残る時代層ごとの古典建築美を探索、というよりも観光しながら、私はふと従うことになった勇者イクセスについて思いを馳せていた。そもそもはこの勇者こそが予想外の始まりだった。

 ハシュバンドル家跡の歓待館。着飾ったドレスに白いスカーフの私の手を取るのはタキシード姿のトリス。そして、寄り添うように執事姿で従うヨギ。本当は、いいえ、何でもない。過去の集合体と言える儀礼の輪の中核は純白のドレスを纏う少女とタキシード姿の二十前の男性だった。輪の外側のボスが悪戯っぽくウィンクするのを端に捉えながら、輪を掻き分ける。今暦勇者。名はイクセス。ボスから貰った情報はそれだけ。あまりに急だから仕方ないことなのだと、そう私たちは納得していた。それが、あんな、いや、今はよそう。どうせ愚痴なら後でいくらでも浮かぶ。

 ダンスの誘いを断る私は、ヨギが飲み物を給仕する姿を横目に、意外と似合うんだ、と場違いな感慨を抱きながら付け焼刃の挨拶を交わす。そうして輪の中核へと近づいてゆくまの心拍数は普段の何倍の速さだったのだろう。1.1倍、1.2倍、1.3倍。もっと、もっとだろうか。やがて始まるダンスの時間。トリスが輪の中核の少女に近づくとダンスを申し込んだとき、私たちはなんて舞い上がっていたんだろう。盗聖トラストに自らを重ねてこんなに簡単なのかって、そう思ったあのときの私たち。

 もちろん私がダンスを申し込むのは輪の中核にいた男性。

 始まるダンスステップ。ステップ自在。魔法の靴は値が張るものらしいけど、ボスが卸してくれた。全400曲対応の子供向けの教育シューズを改鋳したもので、後から考えればボスがただ同然の価格で卸してくれたのも当然なんだけど、踊っている最中は感謝し続けだった。手に手を結び離しては繋ぐ。こんな生活が日常になったらきっと恋を直ぐに通り過ぎてしまうんじゃないかな。そう考えながら、微笑みを絶やさないよう注意していた私。やがて音曲は最高潮。そして私たちの見せ場も最高潮へと近づいてゆく。

 私が腕輪に嵌め込んだ光玉をシュッと静かな音とともに回転させたのが始まりだった。執事姿のヨギがグラスを受け取りながら大振りに頭を下げてペンに擬した閃光弾を静かに落とすと、そこからは殆ど全てが計画通りに進む。いえ、進めさせてもらった。私がダンス相手の手を握り駆け出すと、トリスはステップを外し、前のめりに転がり音とともに視界が遮られた周囲の注目を引く。そうして気配も視界も絶ち一気に館を出た私が、勇者に向かって「失礼、あなたを盗ませて、」と盗賊の古式ゆかしき御礼を告げるのがあの日の見せ場になるはずだった。

 トリスは音を立てて転び、確かに私はダンス相手を館の外へと連れ出した。そして御礼を告げるその瞬間、ボスがイクセスと名前だけしか告げてくれなかった理由を私は知ることになる。

 と。分岐点。

 レンガ壁に混じる真鍮、大理石、御影。その入り組んだ建物と廃墟の組み合わせをぼんやりと眺める。スネックボトムは全体像を掴むのさえ容易ではない広さであるのを悟った私は、ガパンに乗る空中偵察の後、この勇者への試練が意外に厳しいものであることを認めるしかなかった。

 とにかく広い。どこから手をつけたらいいかわからない。そして最も困るのが地下迷宮に入ってみないとどの程度の力量を持った怪物が、罠が、あるのか分からないことである。一応の目安はある。中心部、外縁に行くに従いB層,C層、D層、E層、F層と。

 だが。

“勇者は倒されてしまった”

 そうなってしまう可能性。ゼロに近いがゼロではない。そうなると265代目の勇者としては歴史に数えられない。スネックボトム入り口。駅宿には三つの記念碑が残っている。一つは冒険者歓迎と歴史の碑。もう一つはマジックス文字の記念碑。そして最後に選定者ここに倒れる、と。時代からすると10数代目の選定者。これ以降、探索者に対する補助として、と歴史が続く。

 空を仰ぐ。雲がもくもくとわき起こってはさらさらと流れている。

 そう。あれは、ダンス相手に口を開こうとした瞬間だった。「このイクセスの選定式典で騒ぎを起こすなんて、許せないんだから!」館の入り口門から響いたその可愛らしい声によって私たちの一夜一夜の計画は失敗で決まり、そうして、方針転換が必要になった。計画ではヨギもトリスも慌てる周囲に溶け込んでそのままボスの言う“後始末”に付き合うことになっていた。そう確かに二人はボスの言う後始末に付き合っていた。だけど、そんな事を知る由もないそのときの私に考えつけたのはダンス相手に「本当なの?」とたずねることと、それからドレスの端を持ち上げながら片手に物騒な獲物を持ち走り出す少女を眺め、ちょっとドレスが大きめなんじゃないかしらと首をかしげながら口を開くことだった。「勇者イクセスね!」確言めいて響くように祈りながら男を引っ張ると人目につくように路地を奥へと進む。「どうして、こんなことを!」追いすがる少女はすでに獲物の鞘を抜いていた。「怒れる勇者イクセスは盗賊に追いすがった」既にそう書かれる可能性を思い浮かべている私は、半分愉快で半分絶望的な気分を押し隠すと不適に笑って見せた。「盗賊が現れる理由は一つ。盗むこと」平然とうそぶいてみる私に向かって周囲から口笛が飛んだのを覚えている。「人をさらって盗むと?」決然とした表情で小柄な体で大柄な片刃剣を構え直す少女に、私は確かに一瞬だが勇者の二文字を認識したのだと思う。「ええ! ただし盗むのは、」そう告げる私は街路を蹴って駆け出すと、腕輪を外し勇者に向かって投げつける。半身で交わす少女。そして目の前にはもう私がいない。スカート裏のスカッドから取り出したナイフを驚き瞬きもできずにいる少女の後ろから突きつけながら、私は後に続く言葉を今思えば恥ずかしいほどもったいぶって告げたのだ「あなた、ですの」と。

 結局、私に残ったのも後始末。ボスの言う後始末。分かってしまえば速い。つまりボスは最初から全て知っていたのだ。こうなることを。

 中枢の輪に二人を置くよう仕向けたのもボス。勇者イクセスが追いかけて来るように誘導したのもボス。つまりボスが用意した余興に乗る私たちの余興。二つの縄に勇者はとらわれていたわけだ。

 私が背後の歓声にナイフを持つ手を滑らせなかったのは幸運だったと思う。そうなっていたら全て台無しになっていた。手を叩きながら集まってくる観衆に連れられ戻る歓待館では既に輪の中枢を占めるヨギとトリスが苦笑い。そのままふわふわ浮き上がってしまっている少女と私を追い立てるかのように従者選定が行われて。

 探索とともに夢想を打ち切った私は、勇者の元へと向かう。ため息をつきながらその勇者イクセス当人の情報を伝う。

 イクセス。女性。13歳。記眺者。技能=託宣術、記帳。装備=凍牡丹の紋章の剣(いわゆる伝説の剣)、スワエの鞭(本来羊を追うための鞭。これでゴブリンを追ったらしい)、スカーチ、ベスト。

 どうしたらいいのだろう。年齢。おそらく暦代勇者の最年少記録だろう。性別。最初は意表をつかれたけど最近は女性勇者もそう珍しいわけでもない。記眺者。これも吟遊詩人の勇者がいる以上そう問題にはならない。

 問題は…。

 駅宿で何かを記している勇者当人を目の前に、近づく私自身も問題だ。試練が何なのかはスネックボトムに到着してから教えてもらうことになっているけど。内容次第では魔族領横断に挑戦することも出来ずに終わるのかも。そうじゃなくてもクリアにどのくらいかかるのだろう。たぶん歴史上最弱のパーティー。

「あ、トウサ」

 勇者イクセスの高音域で底抜けに明るい声。と。見るとなにかしら。誰かの袖を引っ張ってこちらに向かって来ている勇者様。

「はい。この人がトウサ。私の一番目の従者だよ」

「あ、うむ。そうかな」

 困惑しながら答えるのは白衣の上からローブをまとい白ゴマの髭を蓄えた初老の男性だった。

「試練の内容を告げに来たのだが、ね」

 そう口にした初老の男性は私に向かって額を傾けるとそわそわと周囲を見渡すばかり。何かを待っているのだろうか。問い返すわけにもいかなくて黙ったままときが過ぎる。

 と私と初老の男性を見比べていた勇者イクセスが喋りだす。

「ね、従者が揃ったら教えてくれるんでしょ。魔非法使さま。早く、ね、早く」

「む、なんとな。ふむ、うむ。では、従者はまだ一人きりなのかね?」

 驚き声のあと。飲み下すようにうなずき、それまでの硬かった声を柔らかくし問い返す初老の男性。

「はい。残念ながら」

 それにしても。魔非法使。すごい人が来たものだ。魔非法使といえば霊都で開かれる魔道解禁期間の各種イベントを監督する冠であり、霊都における実践魔道の頂点に立つ人物だ。伝統的にも勇者との関係が深い。

「まあ残念とばかりは言えまいよ、世は全てマギストスの導くまま。良きにつけ悪しきにつけな」

 目を細めて嬉しそうに笑うと白髪混じりの短い顎鬚をなでながらひとしきり勇者と私を見比べる魔非法使さま。

「さて試練の内容は勇者と従者の力量に応じて出すことになるが、」

 と、息を吸う。それから厳かにローブの内ポケットから用紙を取り出し拝礼すると、さっと姿勢を正して読み上げ始める。

「もし、パーティーの力量が竜の力さえも超えているとき。そのものたちはスネックボトム中央部における最深階近くへと踏み込み、マジックスの残した研究資料、道具、武器、または、現魔道協会の用意する複数のフラグを回収し帰還することだ。上記以外であり、もし、パーティーがメデューサの瞳を恐れることなく倒せるというのなら、そのものたちはスネックボトム周辺部C層の最深部へ到達し、マジックスの残した魔道道具、装飾品、または現魔道士協会の用意した景品を回収することだ。上記以外であり、もし、パーティーが星民の加護を得、蠢く石像を倒すことができるというのなら、そのものたちはスネックボトム周辺部C層またはD層の中層部に用意した現魔道協会の用意する複数のフラグを回収し帰還することだ」

 絶望的な条件が告げられてゆく。正気じゃない。歴代の勇者がこなした試練。どの本も冒頭で“スネックボトムにて試練を受けた勇者たちは”とあるだけ。それがC層、D層までの到達が必要だなんて。無理。勇者じゃないけど無理だって言いたくなる。

 ちらちらと魔非法使さまを盗み見る。と向こうも何か気になるように勇者の方を何度も眺めている。

「もし、上記以外であるとき。パーティーが未熟な場合、スネックボトムE層、F層に残された遺物を回収し一定以上の希少価値を認められること。以上。また、より高度な階層へと挑むことも可能とするが、霊都自治評議会は定められた基準を外れて行われる行動についてはなんら責任を負わないものとする」

 私は灯台を見失った船のようにゆらゆらと頼りなく波間を漂い寄せては返す思考の振動に振幅が増すに任せていた。妥当な線だよね、それで、未熟じゃなくなるまでどれくらいかかるのだろうか。確かヨギがボスに力量を認められるのに3月みっちり訓練したって言っていたけど、でもさ、それは冒険にも慣れて妥当な訓練を積んでだよ。私は大丈夫なのだとそう思い聞かせては否定する。

「それでは勇者イクセス殿。職業と冒険歴を伺いますがよろしいですか?」

 勇者イクセスはにっこりしながら答えるのだ。

「はい。記眺者。冒険歴ゼロです」

「うむ、ま、勇者選定式以来もう何度も噂で聞きましたが、やはり、なのですか」

 立場上、勇者選定式にも出席していたのだろう。そして、もしそうなら。

「従者トウサ殿。あの派手な立ち回り、見ておりましたよ。あの動き、かなりのものであると見ましたが?」

 歓待式の余興も知っているのが当然だろう。まさかあの場に居合わせたとまでは思わなかったのだけど。

「いえ、そんなことは」

「いやいや謙遜には及ばない。遠めに見たところだが、熟練の冒険者と察する。その年齢でそこまで達するものはそうはいますまい」

「いえ、その、」

「では冒険歴をよろしいですかな?」

「冒険歴は数回です、ね」

 そう口にすると魔非法使さまは目を瞬き、口を開きっぱなしに数秒間、そこから困ったように眉根を寄せた。

「そのような冗談を。あれほどの動き、熟練の冒険者でさえなかなか出来るものではないはずだが」

「あれは勇者様にも後で説明したのですが、魔道具を用いて…」

 勇者イクセスとのニューズトラクト行。自然話しはあの大がかりな従者選定の話しが中心となった。勇者イクセスが私のあの後背を取った動きを説明してとせがむのも数回目になり、何度も聞かれ続けるのに答えないわけにもいかないと答えを明かしたのはそのころのことだ。静動魔道。動により生ずる力を奪う魔法。あるいは静により均衡する力を崩す魔法。つまり私は投げておいた腕輪の動きを盗んだわけだ。

「魔道具ですか」

 しぶい顔をした後、本当に困った顔になる魔非法使さま。

「む、では二人とも冒険歴はほぼゼロとなるが、そのような二人で行ける層となると」

 眉根による皺が困惑を通り過ぎると、ようやく余裕を持った笑みが戻る。

「うむ、仕方がない。それはそうとして、まあ関係もあるのだが、ときに従者が増えると困られるかな。イクセス殿、トウサ殿」

「あ、ううん。困らないよ。丁度ここで仲間を探していたの」

 勇者が嬉しそうにそう言うのに慌てて付け足す私。トリスの先約を忘れてしまうわけにはいかない。

「はい。実は仲間によるとここで四人と合流する手はずになっているのですが、それが、この広さで」

「ほう。それは。いやいや、案ずるには及びません。おそらくその四人のうちの二人は私の連れでしてな」

 小声で私に向かいおっしゃる魔非法使さま。怪訝に思う。それならごく普通の出会いだ。そうするとトリスの楽しいショーという言葉が妙に気になる。それに小声になる必要もない話しなのももっと気になる。

「若手神官。そして、もう一人は、恥ずかしながら私の不肖の娘なのですが。まあ、トウサ殿とは同年代。あなたのあの活劇を話してしまったものだから、手土産にとでも考えておるのだろうが」

「そうなるのでしょうね」

 髭をわしわしとこすりながら詰まってしまっている魔非法使さま。

「ところで魔非法使さま。トリス、いえあの、十七くらいの私の盗賊仲間に会われませんでしたか。あの歓待館で紹介されていた年上の方」

「ああ、会いましたぞ。そうそう。道中を共にする間中、彼があなたのことをこれでもかと誉めるものだから、私としても、なるほど、それほどの力量かと、そう」

 転じてトリスのはなし。つながる糸に感心しながらも負けていられないとふっと思いをかける私は勇者イクセスの手を取って歩き出す。ついで魔非法使さまが追いかけるのを予想の内に置きながら。

「ど、どうしたの、トウサ」

「イクセス様。勇者とは独断専行で突出した従者を見捨てるものでしょうか?」

 慌てふためいて追いすがった魔非法使さまに向かって微笑んでみせると、そうたずねかける私は手を引きながら勇者のほのかに赤みを帯びる瞳を見つめじっと待つ。

「むっ。しないもの。見捨てたりしない」

 微笑むのはもう私だけではなかった。勇者を見つめる四つの目が微笑み、そして見つめ返す二つの目が不適に笑っていた。

「どの辺りだと思われます魔非法使さま」

「ああ。あの君の仲間が道中語っていたな、確か。それならば、挑むとしたらあのD層東部区画になるだろうな。さて。ふむ。つまりは、な。このような、か。全くいまどきの盗賊というものは」

 肩をすくめる。魔非法使さま。

「ジルエルカ」

「え」

「と、そう呼んでもらおうか、盗賊お嬢さん」

 絶対に無理なはずだった。つまり道が一つしかない。全滅を省みず挑む勇者と従者を見るに見かねて助けに入る魔非法士さま。自ら連れるはずだった従者たちの“後始末”を兼ねて。そうなるのを見透かしてから口にした。結果は正しかった。

「では、私もトウサと」

 なんだか打ち解けた気になる。砕けた口調の魔非法使さま、ジルエルカさんと話すとボスと話しているような気になる。

「従者になるの。ジルエルカ?」

 勇者イクセス様の有り難いお言葉に笑うジルエルカ。もう、さん付けすることも止めにする。だって、そういうところにまで降りてきてくれたのだもの。彼が平手を正面に出し私たちの歩みを止めたのは私の中の心の変化と同時だった。

 華麗な印の結びだった。無印にしてマギストスを操るマジックスたちとは一線を画すのだろうが、複数印を両手で結すと、光る魔導光を印となしてゆくその姿は純白の衣に照りかえる魔道光によって神々しくも見える。五月雨のように降り注ぐポーッのワーズに隣で見ている勇者イクセス様は不思議顔だった。即座に握りかえられる手の動きを覗こうと乗り出したかと思うと、理解不能の言葉に耳をそばだてる。私はといえば、余り勇者様と変わりない。その印がとても高度な位相魔道だとは分かったのだけどそれ以上のことは分からなくて突然のジルエルカの行動にじっとしていた。

「私もただの親馬鹿でして」

 印を結び終えたジルエルカはそう言って目じりを下げると、私の手をそっと掴み、覗き込んでいた勇者イクセス様に向かい恭しく手を差し伸べる。

「まだ若いあの子の移動先は把握しておきたい、とそう思うのですよ」

 勇者が手を伸ばすとともに、景色がぷっりと切断され、そうして残ったのは酷い耳鳴り。首を振り平衡感覚を取り戻すと、目の前で繰り広げられているのは戦っている姿。混乱する。視界に入ってくる情報を確認する。イクセスがもう一体目の魔物に切り裂かかっているのを視界に捉えながら酷い衝撃を受ける。鬼面に壮丁の鎧、デゥテンパーだ。私には高レベルの怪物だった。見回す。戦全自動人形。ゴスコントス。メディスト。そして隠れるようにストラップコーラー。すごい。一度にこんな数の怪物を見たのは初めてだった。

 怪物。聖民、マジックス。それは一体どちらが生み出したものだろう。大地の骨。怪物たちの存在エリアは呼ばれ一般に進入を拒むのが常だ。その種は様々。奥深く遺跡の番人となるものがあれば、町の外苑部を襲うものもあり、集団となるもの、また明らかに一般の範囲の怪物から逸脱した典雅さを保つものたちもある。

 今、戦っているのは番人になるだろうか。

 ジルエルカが誰かを抱きかかえながら、もう片方の手で印を結ぶ。雷光と共に一体の怪物、戦全自動人形の表面素が焼け焦げ、内側の金属が細かな火花を飛ばす。ガタンと音を立てて倒れると消える。ヨギがよくこぼしていたよね、そういえば。遺跡の収蔵怪物たちが生命維持値に異常が及ぶと回収されるのが不思議でしょうがないと。

 私はヅッと位相をずらす。魔道の測地線が怪物に集まっているのを確認する。魔道を用いようとしているのは3つ目の軟体魔道怪物メディスト。ぞっとする感覚と共にその位相の移りを加速させると魔道の力を盗み取る。メディストの両腕に集まる魔道の線が幾本にも別れたかと思うと霧散し、その体が魔道による維持を拒みとろっと歪む。時間稼ぎにはなるだろう。とジルエルカが白衣内から何かを投げつけ、そして粘性の破裂音がして視線の先には水溶性の粘体が飛び散っているだけとなる。時間稼ぎの必要もなかった、かな、少し残念に思うのを切り替えながら新たに身構える。

 突然の魔道の高まりを感じ視線を転じる。勇者様の振るう剣。放たれているのはすさまじい奔流だった。幾度目かの斬撃がデゥテンパーの鬼面を砕くと一瞬にして周囲が急激に冷えてゆく。冷気が煙になってくすぶる中に勇者イクセスは光り輝きその刃を掴み直すとやがて渦となって冷気が消える。氷塊を一瞥し、構えなおして距離をとる勇者様。

「星民の結びし盟約により火の民の激情を受けよ」

 後背。声に振り向く。と六つの影。すばやく動く人影が短い獲物で二体の巨大な影を切り裂き、そして離れる。と、火をかたどった法衣を着込む神官が離れたところから新たに近づきつつある怪物たちに向かって炎の奔流を解き放つ。

 ストラップコーラー。怪物を呼びよせる怪物は隠れるように前面の通路先へと逃げ込んで出てきそうもない。

 抱きかかえられた怪我人を思う。

 ジルエルカの言っていた神官が背後で戦っているのだとするなら、抱きかかえられているのは娘なのだとそう思い至るのに時間はかからなかった。心配になって覗き込もうとすると急に頭が突き出て声が響く。

「印により偉大なるマジックスに従うべき束縛を逃れ出でよ」

 声と共に抱きかかえるジルエルカの顔から二本の手が伸びると両手を合わせる。

「解なるか」

 巨大なヒトガタをかたどる怪物ゴスコントスの腕、勇者イクセス様に向かって振り下ろされようとした腕が空中で宙ぶらりん。そのままどっと倒れて消える。

 それを見届けるか見届けないかのうちに羽を生やした媚小人ストラップコーラーは通路奥へと早くも消えている。元凶であろう怪物の姿は遠く勇者様が壁片を投げるのも空しいことだろう。

「どうでしょう。お父様。心配は、分かりますが降ろして貰えますか?」

 ジルエルカの腕に抱かれる長い髪をした女性が弱弱しくつぶやいて、そうして神官姿の男性が背後の怪物を一掃し、見知った顔を連れて近づいて来ると、これが私と勇者の初めての探索行であり、そうして、新しい従者との出会いとなった。

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