誘惑?
“惹かれ惹かれあうことこそ恋の道。けれど力あるマジックスは魔道によって思い人を好きにさせることが可能でありまして” マギストス○秘のマジックス♂♀
トリスが決まり悪そうに私の前に現れて、この始めての探索行の困難を口にしながら、話し込む間、勇者イクセス様はジルエルカ立会いの下、二人の新たな従者の劇的な選定式に勇ましい文言を並べていた。
「どうしても手に入れたいものがあってね。すまないな」
トリスが言うにはこのD層東部区画にある稀少品をどうしても手に入れたくて二人と共に今回の探索行を思い立ったらしい。それで目的の品を手に入れたのはいいけど、その後にはお決まりの怪物の群れが現れて、手分けして戦ううちにストラップコーラーが現れ、倒しても倒してもきりがない状態に陥りかけていたときに私たちが突然やってきたということらしい。
「何のため?」
「ヨギのやつ。『必要だから取ってこい』とそれだけ口にして訳はいわない」
「ヨギが欲しがる?」
ヨギ。今頃は魔族領にいるはずだ。何かあったのだろうか。ヨギが何か欲しがるなんてよほどのことに違いない。そう焦る私の前でトリスはニヤニヤ笑うだけなのだ。めったに笑わないくせに。何か裏があるのだ。こんなときにまで。私は、髪をかきむしるとときなおしトリスのニヤニヤした表情を睨み付ける。
「笑うのね。そんな些細なもののためなら」
「誘惑石」
何を言ったのだろう。途中で遮られて理解が遅れてしまう。誘惑石。徐々にその意味が浸透してくると胸が痛んだ。どうしてそんなものを。それから憤り。ルカ工魔道技士なら最初に聞かされるマジックスの秘石の話し。そうしてそれから沸き起こる嫌になるほどの認めたくない感情。いつの間にかトリスの笑いが消えていた。
「先に帰っておくけど、後は二人の探索行が終わるころには」
「頼むのはトリスのほうなの」
「ん?」
私には頼まないんだ。
つぶやきかけてやめる。私がスネックボトムで試練に挑むのはヨギも知っているはずだ。頼むなら私でもいいはずなのに。そう思うと苦しかった。トリスのほうが自由ですばやく動けるのは分かっているし、ヨギからの情報が入るのはトリスのほうが先なのも分かっていた。それなのに、なんだかヨギに認められていないみたいで悔しくて苦しくなる。
「何でもない」
「ならいいが。あと二人にはびっくりするぞ」
「今のこれ以上驚く?」
「ああ、たぶん」
「期待して、うん、待とうかな」
と、トリスが勇者の行う選定式に目を向けながらぼんやりと何かをつぶやいた。その言葉はなんだか聞き取れなかったけど、普段ないことに驚く私。どこか遠くを見ている瞳。それはボスが従者選定を口に出したあのときと同じ目だった。トリスの視線の先を追う。丁度勇者が従者選定のため剣をひざまずく女性の額へと寄せているときだった。私自身のときはなんとも思わなかったのだけど、他人が儀式を受けているのを眺めると不思議と何かに打たれたような感じになる。
「汝、魔非法使ジルエルカの娘にして聖典カナンの信奉者よ。聖魔導士ヒトヤよ。勇者イクセスの名において従者となそう。示せ、諾を」
氷霧が漂い、女性の額の上に牡丹を描いていく。あれは本当にびくっとする冷たさなのだけど、私が我慢したように我慢し表情は変わらない。だけど、女性の足元が一瞬だけ揺れるのを見て少し可笑しくなる。
「汝、星民の家の守護者よ。火の神官マーズ。勇者イクセスの名において従者となそう。示せ、諾を」
そして同じように火の衣をまとう神官の上に。
「これで、よかったかな。ジルエルカ?」
「はい」
儀式が終わるとトリスは言葉通り帰り支度を始め、勇者に近づくと跪くほど丁重に頭を下げ、それから満足そうに頷いていたジルエルカと向かい合う。その姿はさっきまでぼんやりしていたのが嘘のよう。
「魔非法士さま。それでは、我々はそろそろ」
「む、うむ」
一瞬の躊躇の後、鷹揚に頷くジルエルカは、もうジルエルカと呼べない存在で、魔非法士さまの姿を帯びていた。トリスが目礼の後、従うように魔非法使さまに付き添うと名残惜しそうに娘である黒髪のロングヘアの女性に注がれていた瞳が逸らされた。
「では、な。怪我は本当に大丈夫かな、ヒトヤ?」
「ええ、おかげさまで」
魔非法使さまはまだ何かいい足りない様子だったけど、やがて勇者イクセス様に向かって一礼し、トリスと一言、二言言葉を交わす。それから私に向かって近づいて目を細めると一言お茶目に口にした。
「では、トウサ。従者としてよろしく指導を、な。ヒトヤとあれは、なかなかに我が強いほうだが、それでも、とてもあなたの行動力には適わないだろうから」
そうしておいて今度は目を尖らせて念押しされてしまう。
「あまり無茶をしないよう、よろしく頼みますぞ」
苦笑する私にトリスが片手をあげ挨拶すると、魔非法使さまが勇者イクセス様に向かって、私に向かって、そして新しい従者に向かって、公の声で、正しき祝福と、新しい何かへの祝福を語るその姿は迷宮の中であるのが残念なほどの威厳を持っていた。
「第二百五十六代勇者イクセス、並びに選定されし従者よ。魔族領への侵攻のときは近い。それまでによくよく己を振舞わせよ。このスネックボトムは我々の時代以前にありようを示してくれる。林の民シュリの命ずるまま静かに感じればよい。火の民ウグジードはともにある。激情を支配せよ。後はおのずから風の民トーリが導くだろう。山の民マヤの加護は常に勇者のものだ。怪物を恐れるな、同じように魔族を恐れるな。恐れはマジックスたちの嘲笑をかう。試練は全て己とともにある。己を振舞わせよ。では、霊都ミオシツミサで。吉報を待っている」




