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勇者イクセス

“勇者イクセスの時代。世界中核より東南東八百万ポインタに位置し、クラックハーブが名産のニューズトラクト地方出身である勇者イクセスは、英雄勇者エレノートから数えて265代目の…”


「うーん、で、よかった、かな」

「えっと」

 世界中核、霊都ミオシツミサの選定式から7日。

「トウサ」

 勇壮にして片々たる緋竜ガパンの背中にしがみつき、浴びる風光に逆らう私は、ふと、勇者たるを持って任じられるのは何なのかと疑問に思う。

「いいものと」

「思い」

「ますぅが」

 途切れ途切れになりながら、振り返ることもせずに変容する風光の急流にあらがい返事を返す。瞬く陽光はサーッと照り付けては焦げつく。雲の上に広がる澄晴空間を飛び始めてどれくらい経ったのだろう。上空を見上げることも出来ないし、下に広がる雲海の渦巻き模様にも慣れることはなお出来なかった。距離感を喪失してどのくらい経つのだろう。ゴツゴツとした岩肌に括りつけられた鞍から響く竜生制動のスズの音が捉えるでもなくこだます空で私は考えてしまう。

 そもそもは従者選定に始まって。

 従者選定。勇者に従い魔族領に侵攻した従者は265代を数える魔族領横断の歴史の中、名前が残っている者だけで累計に約3000名を越える。魔族領横断の歴史は長い。勇者、魔族領、そして従者そのものの記述も膨大な量に上る。必然的に私の従者選定活動は慌しくもノウハウ本をチェックすることが始まりになった。『歴代勇者面談録』『実録勇者への接近法』『エントリーを乗り切るための20の方法』『有利な技能、不利な技能(これだけは隠せ!)』『一人勇者フェスと従者の不和、その末路』といった具合。

 もちろん昔はそう便利なものがあったわけではなく、盗賊の古式ゆかしき正当な勇者との接点は実地に盗んで見せることであり、勇者の清濁併せ呑む姿勢、あるいは潔癖な人柄により仲間となるのがチェックポイントの通過点と語られている。颯爽と武具に下賜金、下着までを勇者選定の当日に盗み去り、そして最終的にはヒロインさえも盗み取った盗聖トラストのように。

 けれど、どのノウハウ本を読んでも盗賊向けの欄を覗けば必ずこう書いてあるの。剛健勇者クラスター以降その方法は採られなくなって久しい、と。

 古文書には『怒れるクラスターは盗賊を追い返した』とだけ穏健に記してあるという。実際はどうなったか。以降、エントリー状を介した事前連絡が必須事項となったのだから押して知れるよね。

 結局、そうして夜通し光源灯を空しく消費しつつ行う比較理解の末、私はあえて挑戦することに思い至り、イメージ戦略上、衝撃戦略を採ることになる。なぜ、そうしたかは分からない。もし、その多大勢から抜け出せさえすれば、勇者に与えられる最初の課題上、従者として必須の役割を果たす盗賊は選定される見込み大。理由は跡付けでいくらでもつく。もしかしたら、多分…。

 いや、今は、認めたくない、かな。

 夜通しの翌日、ボスへの報告を終えると「後始末は任せてもらおう」の声で決行は直ぐだった。勇者選定式の当日に網を張り、ヨギ、トリス、と協力しながら、合間にルカ工魔道技の正詛をつむぎ、ノース鉱石に、ムーン水鉱、クォ魔導石、仕上げにスタック草の乾燥葉を撒くと、位相魔道により可換する。

 工魔道技。厳密な計量、定量、手法限定。アートであり、男の役割で、女が行うべきものではない。そう言われた時代があった。男の男による時代。またそこにある女の女による時代。消えることはない違い。けれど時にその違いが伸び縮むこともある。

 認識外位相を一瞬生み出すプッシ光玉の生成を終えると、後は走り出し乗り込むだけ。風民トーリに運を祈り、計画を進める。

 ヨギ、トリスが巡らせた網に勇者が絡まりながら刻々と過ぎる時間は今思い出しても興奮の連続、緊迫の場面を細部まで浮かべることが出来る。あの刻。冷静の上に冷静さを重ねているべき盗賊にとっては有り得ない原初の鼓動。勇者選定に心動かされたあの鼓動とも違う。初めてLLCの依頼を引き受けたあのころの感傷とも違う。動物的なそれなのに人間的な何か。

 衝動と共に、勇者の滞在する聖都ミオシツミサの中央部を目指し、LLC本部もある東部パレス区の街路を抜けゆっくりと近づく。肩にかかる風が特注の白いスカーフを揺らす。「LLC紋章が合図に使えないぃ。屈辱的だよなぁ」そう言ってヨギが落書きのような絵をスカーフ端に描いていたのを笑ってしまった私。緊張のまま東部凱旋門を抜ける。秘密のまま、こっそり紋章入りのナイフをスカッドに潜ませて。戦女神を門中央に壮麗な戦闘の彫刻が施された東門。星民伝承時代から伝わる遺跡も今では勇者凱旋のための門となりにて。この門、勇者選定式には例外なく込み合う。過去を偲び、今暦の勇者誕生を祝い、未来に思いをはせる、様々な思いを記憶する場は、開かれるから。

 そこまでは予定通りだった。ハシュバンドル家跡の歓待館で待つトリスと合流するまでは。

「トウサ」

 そう私は名前を呼ばれ?><?

「ねえトウサってばぁ」

「なんですかぁ、勇者さまぁ」

 変わらずの澄晴空間に響く声。勇者イクセス。第256代勇者にして、私を従者に選定した当の人。振り向く。ガパンの岩肌から伸びるつやのある尻尾越しに勇者の姿が見える。

「この空の旅は、どこに向かうの?」

「私たちニューズトラクトを立ってから飛行したのは分かりますよね?」

 従者選定。そして慣例通りなら勇者は試練を受ける。星民が残した遺跡に挑まねばならないのだ。だけど、この勇者様は。故郷ニューズトラクトへと帰ってしまってさ。確かに規定はない。規定ばかりなら勇者の横断行に憧れるものなどいないだろう。故郷出発もいいものではあるのだろう。

 ニューズトラクト。

 確かにいい場所だとは思う。辺境の中の辺境。今暦の勇者が「辺境にゴブリンを追う」ことを生業にした牧歌的な世界。ここで採れるクラックハーブは香味料としては随一の人気を誇るらしい。必然的にこの勇者の牧歌的な出発式はティーパーティーに始まってティーパーティーに終わった。いつか思い出すとしてもこれぐらいだけだろう。青い空と湖、湖畔の緑、自然の協奏曲に心を奪われる。その記号がいつかヒタヒタと溶け込んだとしたら、私の感慨も違ったものになるのかもしれない。

「聖都から東南東に八万のニューズトラクトを出て聖都から西北西へと。距離だと2000ポインタ、星民とマジックスが残す巨大遺跡スネックボトムに向かいます」

「それでいつ着くのぉ」

 返答を返しながらふと、何度も同じことを繰り返したような奇妙な感覚にニコッと笑みが漏れる。

「もうすぐ、です」

 事実この高度飛行は終わりに近く、少しずつ高度が落ちているのを感じる。と、雲海が近づく。上ってきたのと同じように耳の奥でサーッと空鳴りに響き、頭が少しぼーっとする。私はそうしてゆっくりと目を閉じた。

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