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迷宮探索

“魔族王の交代はどのようにして行われるのだろう。時の魔族王、第6代魔族王テウソは、魔族指定領の通過を拒み2万の軍勢を率いたままの魔族領侵攻を企てた第179代勇者カーズとの死闘の末に第5代魔族王スメヌースが深手を負ったためにその任を引き継いだのだと語られている。長命を誇る魔族の政体や社会機構には隠された点が多く、歴代勇者の魔族領横断でさえ指定魔族領イグ=チリから魔族王宮殿までのわずか8万ポインタの直線距離に限られるため、” 魔族考察(現代寡頭制と王制の比較)より


「魔族王に会う時はこれを鳴らしてくれない?」

 そう口にして優雅に勇者様に虹色をした綺麗な呼び鈴と凍牡丹の剣に呼応し力を高めてくれるという、透き通るような青の腕輪を渡してくれた大マジックス、ミラー=ラークは、もう自称は外してもいいような気がするから外しておくけど、ヒトヤさんには星民とマジックスの別れを描いたのだという古いレリーフの首飾りとエスクード香の絶えざる泉である小瓶を、警戒し通しだったマーズさんには火の民ウグジードの伝承話が書かれたDノートと高価な練成銀、最上級の鉱物である皇極石を渡し、そして私には風完草の紋章を象ったナイフとそして一つの約束をくれた。魔族王と出会った後でなら、あの要望は了解してもいいよ、と。

 もめたのは渡されたものの中から希少価値のあるものを一つ選ぶときだった。どれもその選定に耐えうるものだけど、余りに耐えうる過ぎるものだから困ってしまう。どうしようと話し合う私たちは、呆れる少年姿の大マジックスから、提出用にもう一品マジックス織の反物を受け取らされて、それから、「僕のこと当分秘密にできるかな」との約束への契約と現代魔道への尽きない彼の興味を満たす間には、ルカ工魔道技について彼は「ゴースト族の秘儀を受け継いだものかな」と感想を漏らし、時魔法の話に移ると「へえ。そこまで行くんだ」と真剣な表情を浮かべながら聞いていた。

 それから一度駅宿に戻った私たちは魔非法使ジルエルカさまが残した勇者連絡官である法免引きにマジックス織の反物の評価を任せると、後はD層西部地区へと潜りそうして様々な怪物たちと探索行に明け暮れた。ヒトヤとマーズと。会話が、ときが、距離を縮めて私はやがてそう呼ぶようになった。巨大な角と体躯に羽を背負う怪物ディープシースに向かって風完草の紋章が刻印されたナイフでもって切りつけ、可憐な魔道士姿の怪物グライアイをヒトヤと協力した聖位相の魔道で追い払い、そして紅灯プロメテウスの灯を掲げ、いくつもの罠を私は解除した。私はその姿に似合わず怪物に向かって即座に飛びかかる勇者イクセス様のことをイクセスと呼び、そうして、怪物を追う毎に、罠を見つけるたびに、手帳記を取り出して熱心に書き込むその姿に向かって軽口を飛ばすようになっていった。D層西部中間部に辿り着くまでのこの冒険についてはイクセスの軽率な行動でマーズが怪我を負うようなこともあったりして語ろうとしても細部まで語りつくせない。ただ一つだけどうしても語ることを避け得ないのはイクセスが倒れたときのことだ。

 それまでも感じていたことだけど、イクセスは余りに軽率だ。イクセスが強力な精霊であるエクィアトに不確定な実体へと切りかかったときのことだ。透かした体に手ごたえもなく振り下ろされた剣に大きく開いてしまった隙を魔道の光が撃ったとき、私たちの楽観気分は一瞬で吹き飛び、私たちは確かに魔族が支配する長くも短い時空を通ったのだと思う。魔力がこもる風完草のナイフを揺れ動く影に投げつけた私はその結果も見ないまま、恐慌のときを脈の確認と魔道がもれて行く位相変化の確認で過ごした。活力の象徴である火を司る神官としてマーズが普段の怪物に対して発する低く詠うような声に変えて乱雑に韻も長さも打ち切りながら語り飛ばす再生の詩を聞き、ヒトヤが結ぶ印から放たれる生命の光を見ながら、LCC社章に刻まれたクリスと髑髏と縄とが描き出すある感情に、寂寥に、いや、違う。ただ、私は、ただ、泣きそうな気分に襲われながら、静と動を結ぶ魔道と位相を浮かべる魔道とを複数に起こそうとする私は、もしも、イクセスが「どうしたの」とそうつぶやくことがなかったとしたら、そうしたら、きっと過ちをおかしていたと思う。確かに山の民は勇者を常に加護しているのだと真剣にそう思った。グッと親指を立てて「命、精神の家から盗んでやりましたから」そう答えてあげると咳き込みながら笑うイクセスに私はようやく安堵し、マーズは舌を出し「噛んでしまいました」と痛そうに顔を歪めて見せた。ヒトヤが膝枕でその黒髪を勇者の額にこぼしながら、笑みを絶やさず安心させ、イクセスの特徴的な髪をなでてあげていたのを覚えている。

 勇者が倒れては何もならない。勇者は従者を連れ魔族領へと侵攻する。侵攻という言葉とともに向かうのだ。興奮が収まると軽率さに憤るのは私の勝手な思いだった。魔道勇者エトガー以降は勇者といっても後方で戦うことが別段の恥ではなくなっているのだから少しはとそう思うのだけど、いつものように手帳記を開いて落ち込みながら嬉しそうに、そうまるで照れたようにマーズに詩のことをたずね始めているイクセスに向かって私は何も言えないまま黙って笑うのだ。

 魔族王と勇者の戦い。そのフィナーレのとき私はどう動いてどう振舞うのだろう。ふとそう考えさせられる。イクセスは一騎打ちを望むのだろうか、それとも私たちを連れて挑むだろうか。

 いくつかの怪物と向き合い、罠を外し、そうして勇者イクセスの経験は積まれる。試練はどうにかなりそうだと、喜びあう輪の中で、私はふとそんなことを考えた。この探索行が終われば希少価値の面でも探索の面でも試練が終わるのは疑いない。そうしてその先は。

 遺跡の壁際に描いてある“これ→”という文字の下に並べてある現魔道士協会が用意した手のひらサイズの旗の中からひとつ選び取ると、それからもう一階層降りたところの入り口付近で見つけた同じような文字と旗から、もう一つを選び取ると私たちのスネックボトム探索行は終わり、そして、この後、私は、トリスの言うもう二人の仲間とそして長い長いヨギの手紙に出会うことになる。

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