レオナルド・プリシュティナ
「今日まで、ありがとうございました」
母は初老の男性に向かってお礼を言い、扉の外まで送っていった。出て行ったのはさっきまで俺に天文学を教えていた学士だ。彼の仕事は今日で終わりとなっている。というのも俺が天文学に飽きたからだ。勉強を始めてから三日しか経ってないが、そんなことは関係ない。飽きたのだ。
こういったふうに、学び始めてすぐやめてしまうのは俺にとって別に珍しいことではない。
むしろ三日もったというのは長いほうだといえる。基本的にどのような教師が来ても、1日2日で帰してしまう。というのも俺に物事を真剣に学ぶ気がないからだ。ではなぜそもそも教師を呼んでいるのかというと、当然のことながら自分の意思ではない。父が何かにつけて勝手に雇って送りつけてくるのだ。
父曰く「一通り学べ、一通り学んだなら教師を追い出しても構わん」とのことだ。なので指示通り、一通り学んでから追い返している。とはいっても、「教えたいことがあったらしゃべれ」とだけ指示し、話が終わったら追い返すという手法を取っている。舞踏などに関しては、一度全て演じさせ、それを見ただけで追い返しているので、それは学んだといえるのか?といわれればそれまでだが、父が干渉してこないところをみるに、特に問題はないらしい。過去に1度だけ父に試験を出されたこともあり、それを問題なくこなしたからかもしれない。まぁ試験とは言っても、それより3年ほど前に習ったある事柄に関しての所作を見られただけなので、簡単なことではあったのだが、
まぁ何はともあれ、今回も教師を追い返したことだし、しばらくはのんびりとした生活を送れるな~と安堵する。
父は一度教師を送りつけたらしばらくは送ってこないのだ。
でもまぁ父もよくこんな穀潰しのために、いろいろやってくれるものだと思う。
自分で言うのもなんだが、俺は相当なくずである。
常に勉学に励み、公爵家を支える柱になろうとしている弟たちとは違い、自分は父が送り込んでくる教師の相手をする以外は、特に何もしていない。強いて言えば、妹のルナと庭を散歩したり、僅かな友人と談笑したりするぐらいだ。
まぁこんな自堕落な生活を送っているがゆえに屋敷では『三日坊主』なんて不名誉な名を陰で呼ばれている。それがいつしか社交界でも陰で囁かれるようになったのだから、自身の有名っぷりには参ったものだ。優秀な弟たちの話題と比較して話されているのを聞いたときなどむしろ弟たちに申し訳ない気持ちになったほどだ。
まぁそれでも俺がなにかしら努力しようしないあたり、自身の駄目さがわかるというものだ。
父が様々な教師を送り込んでくるのは、俺が何かの分野で才能が開花しないかを期待しているからだと思う。他の兄弟と違い、特に秀でた才能のない俺は、親の悩みのタネだろうしな。
もちろん俺だって、才能があるならば何かを成し遂げたいとは思う。しかして俺は普通のことを普通にはできるものの、弟たちのようにそれを昇華させたりは出来ない。バカではないと思うが、間違っても優秀ではないのだ。
昔の俺はなにやら才能に満ち溢れていたらしいのだが、残念ながら自分にそんな記憶はない。魔法に興味をもって使っていた記憶はあるにはあるが、別段すごいことをしていたわけではない。確かに魔法の書を読み、実践し、と繰り返していたなと、まぁその魔法も6歳の頃には興味がなくなったので、それ以降、今に至るまでまったくといっていいほど使ってない
まぁこの時期の自分が優秀であったというのなら、おそらく幼少期で俺の中にある名門プリシュティナの血が燃え尽きたのであろう。
自室で珈琲を飲みながら、椅子に座ってのんびりと暇を楽しんでいるとコンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「レオナルド様 ご友人がいらっしゃいました。」
「ベルナンディーか?」
可能性の一つをあげてみる。
「はい、ベルナンディー様にございます。」
「通せ」
「かしこまりました。」
少しするとドアをノックする音が聞こえるとともに扉が開く
ベルナンディーだ
「ノックするのはいいが、せめて返事を待ったらどうだ?ノックした意味がなくなるぞ?」
「いいじゃないか別に、私が来るのはわかっていたのだろう?」
あたりまえのように部屋に入ってきたかと思えば、そそくさと椅子に座るベルナンディー
俺は立ってから椅子を引き、ベルナンディーとの距離をすこし離す。
「傷つくな~その反応は」
笑いながら抗議をするベルナンディーにこちらも言い返す。
「何を言っている。この距離は俺にとってはまだ信頼してるほうだ。お前に過去されたことを思えば倍の距離があっても本来不思議ではない」
そう…この距離は俺とこいつとの距離としては近すぎるとさえ言える。
「まったく昔のことをいつまでも気にするなんて意外と小さい男だな?君は」
「俺を拘束の魔法で縛り付けて食おうとして女への対応としては寛大すぎると個人的には思っているが? 本当なら屋敷に入れることすら拒否してもいいぐらいだ。」
ユーリア・コントァ・ベルナンディー
若干21歳でベルナンディー伯爵家の当主となった才女
前当主が健在であったにも関わらず、家督を譲り渡したことからも彼女の優秀さがわかる。
俺としての評価はただの色欲狂いなのだが、世間の評価はだいぶ違うらしい。
「まったくもって不思議な男だよ君は、世の男たちの目を釘付けにする私の胸にまるで興味が無いだなんて」
そう言って自分の胸を持ち上げるベルナンディー 今までそれほど女の胸に注目したことは無いが、サイズだけならこいつ以上の女は見たことが無い。
「女性らしくある気が少しであるならまず今やっている下品な行動をとりあえずやめろ」
「どうして君はそうも冷静でいられるのか…ひょっとしてあれかい?男色だったりするのかい?」
飲んでいた珈琲をつい噴出してしまう。なんてことを考えるんだこの女は!
「それだけは間違っても無い!!!」
強い否定をしておく。 間違った話が広まってはたまったものではない。
「じゃぁあれかい? 幼女趣味だったりするのかい? 成熟している女性よりよりは未発達なほうが好きだったりするのかな? 」
「普通だよべつに、俺には特別こだわった趣味などありはしない」
「そうなのか、じゃぁこの胸は特別君の興味を引く要素にはなりえないんだね、まぁ私としても胸が大きくて何がいいのかわからないから、君が興味ないのは理解できるけど・・・君がもう少し単純な男だったら助かったんだけどな」
はぁ~とため息をつくベルナンディー
ため息がでるのはこっちの方だといいたい。
「それでベルナンディー お前、今日は何のようで来たんだ?お前とて暇じゃないんだから遊びに来たわけではないんだろう?」
「ん? ああそうだね そろそろ本題に入ろうか」
少し真面目な話なんだけど・・・と前置きをして話始めるベルナンディー
「レオナルド 君は最近どの程度の頻度で王城に足を運んでいる?」
「王城か? そうだな だいたい月に2・3度というところか これ以下はあるが、これ以上王城に足を運ぶことは無いな」
「あんまり登城はしていなのだね? まぁいいさ、本題なのだけど、城下に広まる噂に関してはどの程度把握している?」
「噂・・・? なんの話かわからないが、俺がそういったものに興味がないのはお前も知っているだろう?」
「そうなんだけどね、一応の確認をと、まぁ君の反応から察するに本当に知らなそうだから別にいいかな」
「なんなんだいったい?」
わけがわからない まとまりのない話を聞かれてもさっぱりだ
「いや、たいしたことじゃないのだよ、私としては念のためにと思って君に確認に来たのだが・・・心配のし過ぎだったようだ」
やれやれという表情を浮かべて椅子をたつベルナンディー
「俺のほうはまるでちんぷんかんぷんなんだが、言うだけ言って帰っちまうのか?」
「おや?もしかして引きとめてくれてるのかい?」
「ちげーよ! こっちはもやもやが晴れないから、何の話かだけでも教えて帰れってことだ」
「そうだね、君に正しく全てを伝えるには明日の朝までかかってしまいそうだけどいいかい? もちろん私の方はまったく構わないよ? 中途半端はしたくないからね」
「お前と半日以上同じ部屋で過ごすだなんてたまったもんじゃねえな 要するにあれか?別に知る必要は無いってことか?」
「その認識で間違いは無いよ 君にとって重要な話ではないからね 君のことだ、今は気になっているだろけど、私が帰って一時がすぎれば忘れてしまうんじゃないかな?」
「そうかい」
聞き出そうとしても話す気がないならしょうがない。帰ろうとするベルナンディーを玄関まで送っていく。
玄関に着いたところでベルナンディーがおもむろにしゃべりだす。
「ああそうそう! 君に一つだけ言う事があるとすれば、あまり変なことはしちゃだめだよってことぐらいかな?」
「変なこと?」
「まぁ君はめんどくさがりやだからまかり間違ってもそんなことはしないだろうけど、未来はわからないものだから・・・それだけさ」
今度こそ用は終わりと扉を通る。
「さよならレオナルド君 また暇があったらくるから」
「あぁ じゃあな」
バタンっと扉が閉まる。
部屋に戻りながらさきほどの会話を思い出す。
結局のところなにも建設的な話をしていなかったように思う。
本当になにをしにきたのだろう?
考えても考えても先ほどの会話から回答がみつからない。
まぁいいか
友人の指摘どおり、だんだんと興味が無くなってきたので再び椅子に座って珈琲を飲みながら無為に時間を過ごす。
考えたって仕方が無い。
俺に関係のある話ならいずれわかるのだろうからな