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プロローグ

26.8.9 改訂しました。

 世界は、光と闇に分かれている――そう教えられてきた。


 光は、人間の住む地に。


 闇は、魔族の住む地に。


 人間は光の下で生き、魔族は闇の中で生きる。


 人間と魔族は相容れぬもの。


 魔族を束ねる魔王は、人間にとって恐るべき存在。


 そして。


 その魔王を倒すため、百年に一度現れるとされる者がいた。


 ――勇者。


 誰よりも強く。


 誰よりも勇敢で。


 魔王を倒し、長く続く争いを終わらせる者。


 勇者こそが世界を救う。


 人々はそう信じていた。


 それが、この世界の当たり前だった。


 誰も疑うことなどなかった。


 けれど。


 この世界には知られていない真実があった。



 魔王城の最奥。


 人間はもちろん、魔族でさえ滅多に立ち入ることのない静かな場所。


 月の光すら届かないその部屋で。


 小さな命が生まれていた。


 産声はない。


 祝福する者もいない。


 ただ。


 静かに。


 あまりにも静かに。


 新しい命が、この世界へと灯った。


 その小さな命を。


 一人の女が見下ろしていた。


 長い黒髪。


 浅黒い肌。


 人間とは違う、長く尖った耳。


 身に纏った装飾には、色とりどりの宝石が静かに輝いている。


 魔王。


 ナタージャ。


 彼女は何も言わず、そこに生まれた命を見つめていた。


 喜びも。


 怒りも。


 その表情から読み取ることは出来ない。


 どれほどの時間、そうしていただろう。


 やがて。


 ナタージャの唇が僅かに動いた。


「……また、か」


 誰に聞かせるでもない、小さな声だった。


 そこにあったのは驚きではない。


 まるで。


 この瞬間が訪れることを、ずっと前から知っていたかのような声。


 ナタージャはゆっくりと手を伸ばす。


 けれど。


 小さな命へ触れる寸前。


 その手が止まった。


 ほんの一瞬だけ。


 ためらう。


 そして。


「今度こそ……」


 その先の言葉は。


 紡がれなかった。


 静かな部屋の中へ消えていく。


 小さな命は何も知らない。


 自分が何者なのかも。


 何故ここに生まれたのかも。


 これから何を背負わされるのかも。


 何一つ知らないまま。


 ただ。


 そこに生きていた。



 それから長い年月が流れた。


 季節は幾度となく巡った。


 人が生まれ。


 魔族が生まれ。


 そして。


 多くの命が、この世界から去っていった。


 街は変わった。


 村も変わった。


 生きる人々も変わった。


 かつて起きた出来事は語り継がれ。


 やがて物語となり。


 さらに長い時間の中で、歴史へと変わっていった。


 それでも。


 変わらないものがあった。


 人間と魔族は。


 今も争っていた。


 人間は魔族を恐れた。


 魔族は人間を恐れた。


 互いを知らないまま。


 互いを敵だと教えられ。


 憎しみは次の世代へと受け継がれていった。


 そして人々は、今も願っていた。


 次の勇者が現れることを。


 魔王を倒し。


 この長い争いを終わらせ。


 世界に平和をもたらしてくれる者が現れることを。


 勇者ならば。


 きっと世界を救ってくれる。


 誰もがそう信じていた。



 そんな世界の片隅。


 地図にも小さくしか記されないような村に。


 一人の少年がいた。


 特別な力を持っているわけではない。


 剣の扱いに長けているわけでもない。


 誰かから使命を与えられたわけでもない。


 それでも。


 少年には、一つだけ夢があった。


 いつか。


 勇者になること。


 魔王を倒し。


 争いを終わらせ。


 世界を救うこと。


 少年はまだ知らない。


 自分が。


 勇者には選ばれないことを。


 そして。


 勇者になれなかった後も。


 その夢を諦めることが出来ないことを。


 この時はまだ。


 誰も知らなかった。


 勇者に選ばれなかった一人の少年と。


 やがて彼が出会う者たちの小さな選択が。


 長い間、誰にも終わらせることの出来なかった争いを。


 少しずつ。


 少しずつ。


 変えていくことを。


 これは。


 勇者になれなかった少年が。


 それでも世界を救おうと歩き始める。


 その少し前の物語。

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