第二十八話 ラムネ瓶の色の人
「翡翠・・・。お前。」
たじろぐ信長さんを見るのは少しだけ面白いと思ってしまった。
すごく渋いイケおじの信長さんでもこんな顔するんだ。
「思ったよりも早く帰れることになったのよ。驚かせたくって内緒で帰ってきたの。」
翡翠と呼ばれた人は満面の笑みで信長さんを下から見上げる。少しだけ背が低い。でも信長さんはかなりの高身長だから、翡翠さんも背は高い方だろう。
「・・・。」
何も言わない信長さん。
「怒った?」
おそらく微塵も気にしていないであろうニュアンスでそう言うと、翡翠さんは小首をかしげる。
「怒るわけないだろう。」
やっと落ち着きを取り戻した声が信長さんから出力される。
そしてとても優しい目で翡翠さんを見下ろして言う。
「どんなに帰りを待っていたか知ってるだろう。おかえり。」
翡翠さんは満足そうに瞳を細める。
「あのー。」
そろそろいいでしょ。
「信長さん。その翡翠さんて人は一体・・・。」
引っ付いたままの二人を交互に見ながら、奏は我慢ができず声をかけた。
「失礼した。彼女は翡翠。俺の妻だ。」
「はっ?!」
「初めまして翡翠です。」
奏に向き直り頭を下げる。
「信長さんって結婚してたんですか!?」
「何をそんなに驚いてるんだ?」
「いや。そんなふうに思ってなくて。」
「こんな無骨なおじさんだしね。」
翡翠が信長さんを指さして笑う。
「なんだ?誰が無骨だと?」
そう言う信長さんの翡翠さんを見る目は見たことないような優しさに溢れているように感じた。
すごく翡翠さんのことが大事なんだ。
「そんなこと・・・。ないですけど。でも意外でした。」
「まあこんな仕事してたら家庭なんて持ってる気がしないよな。」
そう言う意味ではなかったんだが。信長さん自体にそう言う雰囲気がなかったってことは言わないでおこうか。
「・・・?」
忘れていた・・・。
さっきの幽体の気配が急にしなくなってから思い出した。
信長さんもそうだったようで、さっきまで子供の幽体がいた方を振り向いた。
「消えちゃったね。」
口を開いたのは翡翠さんの方だった。
「翡翠さんにもわかるんですか?」
驚いてきく。
「うん。わかるんだ。」
静かにそう返してくれる。
「翡翠の方が向いてるくらいだ。」
「え?」
信長さんが顎髭をさすりながら話を続ける。
「俺には無理だってさっき言っただろ。霊体にしか力を加えられない。
でも翡翠は幽体に対しての対処法を心得てる。かなり繊細な力が必要になるからな。それを学ばない限り触ったら ダメなんだ。」
「そうね。強すぎる力は幽体の魂を壊してしまいかねないから。」
翡翠さんが信長さんの腕に優しく触れながら教えてくれる。
仲がいいのが見ていて照れるって。
「乱暴者は手を出すなって怒られたこともある。」
「手を伸ばしても傷つけてしまったら意味がないもの。」
辺りを見回しながら翡翠さんは少し悲しそうな表情を見せる。
「信長さんを探しに来たんだけど、他にやることができてしまったみたいね。」
さらりと信長の腕から手を離し、当たりを見まわし始める。
気配を探っているのだろうか。そんなそぶりだ。
「私が見てしまったからにはおせっかいしないと気が済まないし。」
そう言うと左の手のひらを上にして顔の前にかざす。
頬を膨らますことなく息をその手のひらに吹きかける。
その仕草でさえも大人っぽくて惹きつけられてしまう。
薄く開いた唇から出た息は細くなって手のひらに落ちていく。
息の姿が見える・・・。
氷のような筋になって手のひらに滑り落ちていく。
「綺麗だな。」
思わず声が出る。
「あれは翡翠が独自に開発したもんでな。」
「自分で?」
「ああ。生き霊の霊体をできるだけ傷つけないように限界まで抑えられたサーチ機能ってとこだな。」
手のひらに乗ったガラスの息は翡翠さんが手をふわりと上へ、紙風船を打ち上げるような仕草をすると小さな粒になって部屋中に飛び散り消えてしまった。
「消えた・・・。」
あっけに取られ部屋中を見回す。
「この部屋に残った痕跡を見つけるの。」
翡翠さんが部屋を見回しながら教えてくれる。
「その痕跡を辿ってどこへ向かったのかを知るのよ。」
さっきまで幽体がいた場所で視線を止める。わかっているんだ。
「この痕跡を見つけるのって、実は相手にもわかるの。」
「相手って、幽体に伝わるってことですか?」
「そう。だから細心の注意を払ってあげないとストレスがかかってしまう。」
先ほど視線が止まったところまで移動すると壁にそっと手を当てる。
どんな仕草も絵になる人だな。
「ちょっと出てくるわね。」
少しの間、壁に手を当てていたが翡翠さんはそう言って部屋を出て行こうとする。
「相模にはあなたが伝えておいてくれる?私が戻ったこと。」
若干の興味のさそうな声色に変わった気がしたのは気のせいだろうか。
「奏くん。また後でお話ししましょ。」
そう思った次の瞬間に話しかけてきた翡翠の声はさっきまでと同じような色をしていた。
「あ、はい。」
奏の返事を聞いてするりと部屋を後にする。
「結局いつも翡翠に頼ることになるな…。」
「え?」
「いや。なんでもない。さあ、俺たちはできることもないし翡翠からの連絡を待つとするか。」
信長さんはそのあたりにある椅子にどっしりと腰を沈めてしまった。
「いいんですか?一緒に行かなくて。」
ちょっと翡翠さんがどんな風にあの子供を探すのかに興味があったんだけど。
「言っただろう?できることはないって。俺の出番がくれば連絡がくるはずだ。」
出番なんて来ないほうがいいんだけどな。と呟いて目を閉じてしまった。
いまさら翡翠さんを探してもきっともう見つからないだろうな。
そんなことを思いながら呑気な信長さんのとなりで作業を再開する奏だった。




