第9話 初めての依頼と寄り道の結果
古村・啓、聞いた事のない名前だ。
おそらく大手の、それこそ冒険者ギルドと業務提携を結んでいるような多方面に手を伸ばしている名前だけの武器商ではなく、個人経営の小さな武器商人なんだろう。
冒険者ギルドと提携している大手は昔の経営戦略を色濃く受け継いでいて、一定の質を、一定の量、安定的に供給する事に重点が置かれている。
つまり、大量生産、大量消費。使い捨てやまだ技術が拙い初心者向けに武器防具その他を販売している総合商社と云うことだ。
僕の持っているこの刀も冒険者ギルドお抱えのところから仕入れている。
印象としては冒険者の勢力基盤。心強い新米冒険者の味方、と云った所か。
その一方で個人経営のような小さな武器商もある。
まあ個人経営の、と一口に云うも法人化している所もあるから一概にも云えない。
それだけ冒険者ギルドお抱えという力が強いのだ。少なくとも中部愛知の中京工業地帯に程近いこの町では、大手の力が強い。
では個人経営の武器商の利点は?
もちろんある。
彼ら町の武器商は上級冒険者向けだ。
平均的に大手より良い、より強い武器防具を取り扱っていて、あの名高いA級冒険者である雷槌・長門の大剣や、紅蓮の殲滅者・千歳の槍を発注されたのも個人経営の武器商だ。
……つまり今の僕には高すぎる敷居だ。
「個人経営の武器商って上級冒険者向けだと思うんですが。いえ、もちろん僕が身の丈に合うような腕を身に着けたら伺いますが、今は無理かな。……なんて」
丁度崩れたビルのコンクリート塊を乗り越えた所で、恐縮して声が震えてしまった僕に啓さんはしまった、という顔をして、
「ああ、いや悪りィ。俺はここ最近武器商人を始めたものだから単純に顧客が欲しかったんだ。ほら、個人経営はまず信用が先に来るからな。俺みたいなやつは信用を築くために新米冒険者の武器を工面することもあるのさ」
積み上げられたボロボロのプラスチックコンテナを身をひねって避けながらそんなことを言った。
なるほど。
そういうわけがあるから顧客になってくれるとありがたい、なんて言った訳か。
確かにいくら、個人経営の武器商の斡旋してくれる武器防具の質が良い、と云うイメージがあったって、質の良い武器防具を取り扱っているかどうなのか、誰も知らないところで買うよりも、まず確実に求めるものが手に入る大店で購入できないか試みるのが消費者だもんな。
ああ、疑問がとけた。
小さな店の武器商はどうやって生き残ってきたのか少し疑問に思ってたんだ。
こうしてかどうか知らないが、とにかく新米の冒険者に武器防具を売って、評判を広めたり将来の常連になってもらって少しずつお客を増やそう、といったところかもしれない。
そうして少しずつ顧客を増やしていった所が将来A級冒険者がよく利用する店になるのか。
なんだかすごいな。
こつこつと信用を積み重ね、更には技術力ある工場とつながりを持たないといけない。
信用が物を言う世界か。
どこの世界でも人はつながりで生きているんだなぁ。
今、パーティーを組めなかった僕の心臓のあたりにに物凄く鋭い刃物が突き刺さった気がするが。
まあ、組めなかった事は組めなかったことで仕方ない。
前を向いて生きよう。
そう。
それしかないんだ。
「と、云う訳だ。この紙に住所と地図が書いてあるから、あんたが装備を買い替えたいと思ったら来てくれや」
歩きながら差し出された紙を見てみると、店は町の西の方にある事が分かる。
あそこの辺りは比較的地代が安いからだろう。
一年に一度は起こる魔物達の暴走で一番被害を受ける所だからな。
たしか何度か都市の城壁が突破されて破壊された所を復興したから空き地が多い筈だ。
僕も西門に行った事があるけど大通りしか通っていなかったからか空き地は見なかった。
さすがに大通りに空き地は出来ないってことかな。
と、なると表通りに在っても比較的奥まった所なんだろう。
地図からでは流石に一目で何処にあるのかは分からない。
まだこの町の事を余り知らない事を知らされたような気がする。
まあ当然か。
まだこの町に来てから一週間経っていない。
これから慣れていけば良いだろう。
紙をポケットに押し込み背負い袋を背負い直すと、啓さんから声がかかった。
「よし。もう表通りに出たぞ。ここまで来たら道もわかるだろ。じゃあな」
と、思ったらもう人混みに紛れて直ぐ分からなくなってしまった。
人混みの奥の方から片手を振っているのが見えた。
あまりに突然すぎて、しばし茫然としてしまう。
何だか風のような人だったな。
さて、気を取り直して『そよ風荘』に帰ろうと思って差し当たり現在地がどこか知ろうと思って右を見る。
人がいっぱい歩いている。
左を見る。
丁度ごみ収集車が通って大きなクラクションを鳴らした。
ついさっき自分が出てきた裏通りへの入り口を見返す。
薄暗いじめじめとしたビルとビルの隙間があるのみである。
再び正面を向いて、最後に上の霞んだ空を眺めた。
途方に暮れる。
……どうしよう。
帰り道が分からない。
うん?ちょっと待った。
え?マジでか此処まで来て帰り道が分からない?
ああ分からない!
涙目だ!なんということだ!
啓さんももうちょっと人の話を聞こうよ!全く。
ああ、多分これは緊張の切れた裏返しか。
深呼吸して半強制的に落ち着いた。
危険で緊張していた所から比較的安全な所に戻ってきて、宿に帰ろうとして帰り道が分かんない鬱憤をぶつけただけだ。
そうなんだろう。
では、差し当たって『そよ風荘』に戻る為にすべき事は何か。
……!人に聞けば良いじゃないか。
考えてみれば簡単な事だった。
人に聞いて歩けばここは冒険者ギルドからほんの数百メートルと離れていなかった。
啓さん。
ここまで来たら流石に分かりました。
早とちりしてしまいました。
一月以内、魔術の講習を受けたら必ずやお礼を言いに伺おう。
『そよ風荘』への道すがら、もうあの人には頭が上がらないな、と思った。
ポイント評価していただけると嬉しいです。
感想、指摘、誤字報告してほしいです。