金策と逃避と突撃と
少し歩けば直ぐに日が暮れて、辺りは闇に包まれた。
元からうっすらと霧に包まれていた分も含め、思いの他視界は悪い。
そんな中を進んでいるわけだが当然進みは遅くなる。
風に揺れる雑草のせいで精神力も削られて、深呼吸をしても直ぐに心拍数が上がってしまう。
極度の緊張状態では過呼吸を興す危険性もあるので気をつけなければ成らないだろう。
そう言えば、人形の魔物を殺したのはこれが初めてだったな。
必死だった為か何も感じなかったけれど、って不味い。
意識し出したら急激に気持ち悪くなってきた。
ねっとりとした灼熱が頭を焼き溶かして、臓府の底から今まで気づかなかった感情が吹き上がってくる。
何の感情かはわからない。
ただ根絶か否定したいとか、そんな感じの感情だと思う。
我ながら不安定な情動だ。
軋む程に歯を食い縛ってその感情を鎮めようとするも、気がつけば手を地面について倒れていた。
何時倒れたのか気づかなかったことに軽く驚きを覚える。
今魔物が僕を発見したら録な抵抗さえできずに食い殺されてしまうだろう。
だが、僕の中の冷静な部分が幾らそれを訴えてもそれはなくならない。
「くそッ!」
僕の中の感情が何なのか、それは僕にもわからない。
駄目だ。思考がループしてる。
だけどそれが何を理由として引き起こされたのかは分かる。
人と同じ形をしたものを殺したから。
恐らくそれで間違い無いだろう。
だがこのままでは死んでもおかしくない。
「大丈夫。大丈夫だ。立ち上がって、ゆっくりと」
乱れる呼吸を無理矢理に整えて僕は僕自身に命令する。
人の形をしたものを殺したことへの苦しみは、そよ風荘に帰ってからゆっくりと苛まれればいい。
だが今は駄目だ。
恐怖に縮こまっていた僕の心臓はゆっくりと落ち着きを取り戻し、腹の底から沸き上がっていた嘔吐感は静まっていった。
「はぁーっ。こんな時に感情を共有してくれる仲間がいないのは矢張きついな」
僕はそう呟くとノロノロと起き上がり歩き出した。
辺りはとっぷりと闇の中だ。
きっとこの暗さも僕のこの感情に拍車をかけたのであろう。
迷惑な話だ。
だが同時に少しうれしくもある。
僕はまともに育っていたと思えたからだ。
少しでも思考を逸らして、今は痛みを忘れよう。
そんな事をしている間に怖い小鬼の巡回は近づいてきているだろうから。
***
そうして精神的なトラブルはあったものの、ゆっくりと道のりは過ぎていった。
だが敵は小鬼だけではないのである。
暗がりの中に動く輪郭が見えた。
───何だろう。魔物か?
そう思って物影から窺うと、それは地面に転がっている何かを食んでいるようだ。
ぶちぶちと肉を噛みきる音がする。
心を鎮めてよくよく見て見れば、それは僕が先ほど倒した魔犬の死骸を食っている事がわかった。
どうやら僕はさっきの場所に戻って来ていたらしい。
影の大きさは大きい。
何やら四本の足で立っている事と背中までの高さが僕の腰辺りと云うことは分かる。
影が頭を上げた。
立派に分岐する角。細長い顔。
───どう見たって鹿だ。
鹿なのに肉を食んでいるところに若干の狂気を感じ無いでもないが、それは魔物だからという魔法の言葉で何とでもなる。
ある意味、凡ては神の思し召し、と同じくらい強い言葉だと個人的には思っている。
さて、この辺りで鹿の魔物といえば大体一種類しかいない。
特攻鹿だ。
彼らの習性は知っている。
基本的には目にした動く物に突進して蹂躙すること。
それだけだ。
別名サイ鹿。
由来はサイみたいに突進してくるからだそうだが、本当の動物のサイを見たことがある人はもう殆どいなくて突進鹿って言われている。
まあサイとは違って好戦的だが。
そしてもう一つ、魔物としての特質が有って、銃弾をも弾く毛皮を持っている。
だけど欠点も有って、体の正面しか強い防御力を持っていないこと。
もう一つは敵がいると意識されていない時は柔らかい毛皮のままだと云うことだ。
不思議な事に奴等の毛皮は普段は柔らかい。
魔力を感じ取ることができるようになると分かるそうだが正面に魔力で障壁をつくる能力を持っているらしい。
魔術でも障壁をつくる事は可能だが発動速度と制御の点、効率では能力の力の方が優秀だ。
だから僕は奇襲を行う。
先の工作で作った簡単な投擲具とボーラと呼ばれる狩猟道具を取り出してセット。
ボーラと呼ばれる狩猟道具は、2つ以上の質量体(石や鉄球、とある元軍人の考古学者は本でボーラを作ったこともある)をロープやヒモで結びつけた物だ。
主に獲物の捕獲に使う。
投げると回転しながら飛んでいき対象の足に絡まりつく。
投げる威力が高いと骨を砕くこともあるのでマチョガンチョと呼ばれる特殊な弾丸では対象に破滅的な損傷をもたらす兵器として利用されていた。
投げ方にコツこそいるものの、使い慣れるとなかなか便利だ。
ぶんっ、と音を発して回転しながら飛んで行くボーラは、狙い違わず特攻鹿の後ろ足に絡みついた。
僕は投擲具でボーラを投げると直ぐに、簡易槍を片手に取ってなるべく静かに突撃する。
死肉を食らってご機嫌だったところを悪いと思うがこちらも必死だ、許してほしい。
きっと許してはくれないだろうが、君が食らっている肉は僕が獲った物だ。
命をお代にして貰おう。
きゅみーッ!と悲痛で同時に怒りの籠った声を出す鹿は暗がりの中で僕に向かって突撃しようとしてくるが、後ろ足をボーラに絡め取られて転倒してしまう。
って、鹿ってこんな声を出すのか!
意外な鳴き声に生物の体の神秘を感じないでもないが、生憎今は狩りの時間だ。
僕の足は瞬く間に哀れな獲物の脇腹へと僕を運び、エイヤと突いた槍の穂先は怒りに燃える特攻鹿の心臓周辺に突き刺さった。
殺った!?と、思うも流石は魔物と言うべきなのか。
痛みに怒ったその前足は容易く僕の体を突き崩した。
肋骨にヒビがはいるいやな音がした。
だが未だ動ける。
しかし簡易槍は鹿の足元に転がったままだ。
焦りが生まれてジリジリと心を焦がす。
生憎刀は痛んでいてあんまり使いたくない。
ああ、棍棒何て切るんじやなかった。
なんで棍棒なんて斬ろうなんて思ったんだろ、過去の自分。
過去の僕に憤っても仕方ないので打開策を探すと一つ、良さげなのが見つかった。
ゴブ銃である。
魔力の質が違うので弾を発射させることは出来ないと云うのは実は余り正確ではなくて、引き金を引くだけなら誰にでもできる。
要は装薬が魔力でその質が問題なのだから、装薬が始めから入っていれば後は引き金を引くだけなのだ。
その威力は涙が出そうな程に弱いものの遠距離でダメージを与えれば、少しは隙ができると思う。




