第5話:マイクロウェーブ・同期
浅草の鉄の聖域に、電子音のタイマーが冷徹に響いた。4月12日、18時00分。俺が仕掛けた最初の情報パケット――既存の記号社会へ向けた「宣戦布告」の物語が、ネットワークの海へと自動デプロイ(公開)された瞬間だった。「よし、器の通電テストは完了だ。これであとは、世界(読者)のアクセスログがどう同期するかを監視するだけだな」俺はキーボードから手を離し、椅子の背もたれに体を預けた。画面には、すでに数千、数万のサピエンスたちが、俺の紡いだ「インフラ無双」のリアルな数理にハッキングされ、驚愕し、熱狂し始めている流動データ(PV数)がリアルタイムのグラフとなって跳ね上がっていた。俺たちの元へ、本物の生存資金(個人ベーシックインカム)が還流し始める音が聞こえるようだった。「怜先輩! 見てください、これ!」ベッドの上で、グレーのスウェットの膝を抱えていた歩実が、スマートフォンの画面を俺に突き出してきた。すっぴんの顔をこれ以上ないほど上気させ、大きな瞳をキラキラと輝かせている。「なろうの感想受付欄、もうログイン制限をかけてるのに、応援のログがバグみたいに増えてます! 『こんな本物の知識を持った主人公、見たことない』って! ほら、おじさまたちがみんな、私たちの信者になっちゃいましたよ?」「当然だ。俺たちは偽物の魔法ではなく、この世界の裏側を支える本物の『レガシー(国家資格)』の質量で殴っているからな。記号に窒息しかけていた奴らほど、このカタルシスという名のデバッグに飢えている」俺はゼロ・クラシック(コーラ)の缶を開け、冷たい黒い液体を喉に流し込んだ。完璧なアドバンテージ。これで今月分のストックは完全に配置が終了した。「……さて。器の構築と、2週間先までの定時デプロイのタイマーセットはすべて終わった。ここからは、俺自身のリアル(現実)をアジャストする時間だ」俺は画面を切り替え、別セクターのロードマップを展開した。そこには、直近に迫った『第一級陸上特殊無線技士(一陸特)』の試験スケジュール、および、日本無線協会のHPで公開される解答速報の分析タスク、そして――。6月末で迎える、現在の最底流現場の契約満了。7月からの、新たな派遣先へのエントリー(就活)の戦略トポロジーが描かれていた。「えっ……先輩、今の職場、辞めちゃうんですか……?」歩実の声が、不意に小さくなった。スウェットの袖をきゅっと握りしめ、不安そうに俺を見つめてくる。彼女の「可愛さの変数」が、微かな寂しさのノイズを伴って俺の数理モデルに干渉した。「契約満了だ。上席の無意味な尻拭いにリソースを割くのは、最もコストパフォーマンスが悪いバグだからな。7月からは、あえて残業ゼロで、ただ電波と数理の研鑽だけに脳内メモリを100%割り振れる、静かな現場をスクリーニングしてエントリーする」俺は歩実の前に歩み寄り、そのボサボサの黒髪を、ぶっきらぼうに乱暴に撫で回した。「お前をコンテナハウスに置くための維持費(パーツ代)と、冬の浅草EKIMISE屋上からの430メガヘルツ帯・50Wシュート実験の軍資金は、このラノベのインカムで勝手に相殺される」俺が液晶にその一文を打ち込んだ瞬間、画面の向こうのサピエンス(読者)どもから、さっそく予測通りの低レベルな『アラート(突っ込み)』がネット経由で飛んできた。『おい、時系列は今4月だろ? 6月の第一級陸上特殊無線技士(一陸特)の試験に向けて今から受験対策でバタバタしてる描写はガバガバすぎ。なろうのエアプ作者乙。一陸特の4月はまだ「申し込み期間(4月1日〜20日)」のフェイズだろ』画面の裏で、検索サイトを必死に叩いて粗探しをしているアンチどもの歪んだ認知(嗅覚)が透けて見える。他人の小さなエラーを見つけてマウントを取るためだけなら、奴らは国家資格のスケジュールすら秒で調べて攻撃のトリガーに変える。だが、底流の思考回路なんて、俺のプロセッサは1ミリ秒でアジャスト(予測)済みだ。俺は自嘲気味に笑い、ハッキングガジェットのキーを叩いて、奴らの脳内OSへ「正解」のパケットを強制インジェクション(割り込み)してやった。「……勘違いするなよ、記号だけのサピエンスども。俺が第1話で床にぶちまけたカードホルダー(資格の束)のログを忘れたのか? 俺の手元には、陸上無線界の最高峰である【1陸技(第一級陸上無線技術士)】のライセンスがすでに格納されている」1陸技はすべての無線局の技術操作ができる絶対権限だ。一陸特の上位互換であり、これがあれば一陸特の試験なんてそもそも受ける必要すらなく全操作が可能になる。「俺が4月の段階でアジャストしている『一陸特の対策』は、俺自身の受験用じゃない。ヒロインの脳内OSを最適化し、6月期の一陸特を国家試験や選抜試験の最短ルートで強制解凍(一発パス)させるための、俺が設計した『特効教育プログラム』のデバッグ工程だ。4月の申し込み期日に合わせて、3月の段階で彼女用の申請書類と受講アジャストをコンプリートしておくのはアーキテクト(最高設計者)として当然の初動だろ」ネットの向こうでキーボードを叩いていたアンチどもの指先が、自分の無知と主人公の圧倒的なスペックの前に完全にフリーズ(シャットダウン)するのがログ越しに分かった。「私の神様にシステム論争を仕掛けようなんて、100年早いです。Excelのブックとシートの差もわからないくせに、検索サイトのバグデータだけでイキらないでください」コンテナハウスのベッドの上で、歩実がすっぴんの顔を小悪魔的に上気させながら、お気に入りの『ソルティ・カザフ』のチョコをカリリと噛み砕いた。リン酸鉄バッテリーの静かな青い光が、完全論破(Q.E.D.)された世界線のデータを冷たく照らし続けていた。(第6話へ続く)
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