第31話:夜食と煽りのナイト・ディプロマシー
極地に位置する『プトラ・セクター』近郊――白夜の陽光がどこまでも白く広がる飛行場。
対温暖化インフラが吐き出す膨大な排熱と、ドーム内の気候制御システムがもたらす極暑の熱風が混ざり合い、かげろうとなって歪むランウェイの上で、圧倒的な緊迫感が渦巻いていた。
民族衣装『ウフィアハ』の優雅な裾を極地の風になびかせ、七瀬由奈が言い放った宣戦布告。周囲を取り囲むVALKANORの自動裁断ロボット群のレーザーが不気味に明滅し、一触即発の火花が散る。
だが、プライドを打ち砕かれ激怒に震えていたはずのヘレナは、ふっと不敵な笑みを口元に浮かべた。手元の端末を乱暴に操作し、ロボット群の稼働を一時停止させる。
「……ふん。こんな極地のランウェイで無粋な武力衝突も野暮でしょ? 長旅の疲れと、病み上がりのお友達のケアも兼ねて――私たちの『迎賓館』で最高級のジパング風夜食をご馳走してあげるわ。来なさい」
ヘレナが優雅に翻した背中を、俺と歩実、そして由奈の三人は静かに見つめた。
「……怜くん、どうする?」
「敵のホームに乗り込むのは危険だが、監視網の配置と敵の真意を探る絶好の機会だ。何より、歩実の体調を最優先に考えりゃ、相手の用意した茶に乗る価値はある」
「了解よ。医療データのバックドアはすでに私が塞いであるわ。行きましょう」
◇
案内されたのは、ヤクート巨大コンツェルン『YARENDEZ』の圧倒的な財力によって建造された、洗練と堅牢が同居する迎賓施設だった。
重厚なセキュリティドアを抜けた先の和室風の大広間には、驚くほど完璧に再現された「ジパング風の最高級夜食(懐石)」が整然と並べられている。
静けさの中、向かい合って着席した俺たちに対し、ヘレナは優雅に箸を伸ばしながら、どこか探るような視線を歩実へと向けた。
「それで……歩実さん、体調はいかが? 当セクターの集中医療ポッドとナノドックは役に立ったかしら?」
突然振られた話題に、歩実は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに真っ直ぐな瞳で頭を下げた。
「はい……! 正直、あんなにすぐ体が軽くなるなんて思ってなくて。ヘレナさんたちが施設を無償で貸してくれなかったら、私、まだ倒れていたかもしれません。そこは本当に、ありがとうございました……!」
あまりに素直で無防備な感謝に、ヘレナは拍子抜けしたように眉をひそめる。だがすぐに、意地悪い笑みをその口元に復活させた。
「ふん、当然の嗜みよ。……それにしても、てっきり73Kの七瀬由奈がこの物語のヒロインだと思っていましたわ。ですが、ヤクート監視システムの最新数値を見る限り――穂波歩実さん、あなたこそが『メインヒロイン』だったのね。私の認識違い……ヤクート上流サピエンスとしては恥ですが」
露骨なヒロイン数値によるマウント。由奈の美しい眉がピクッと跳ね上がる。
だが、歩実もただ黙って言われっぱなしのサピエンスではなかった。お茶を一口すむと、ふわりと可愛らしい笑みを浮かべ、強烈なカウンターを打ち返す。
「ふふっ、ヘレナさんこそ……私たちが準備を整える間、Web小説で時間を稼いでくれてありがとうございました。……まあ、作品の内容はなんか無駄にムカつきましたけど!」
「な……ッ!? あなた、あの作品の芸術性を冒涜する気!?」
一瞬で和やかな(ふりをしていた)空気が吹き飛び、激しい火花がバチバチと双方の間に散り直す。
「医療データのバックドアチェックは完了しているわ。数値でしか人を測れないヤクートのシステムなんて、いつでも上書きしてあげる」
由奈が冷徹な声で追い打ちをかけ、ヘレナは悔しそうに歯噛みした。感謝は感謝、だが俺たちとヤクートは相容れない敵同士――その事実が強烈に再確認された瞬間だった。
「……ふん! 病み上がりのメインヒロインさんも元気が戻ったようですし、今夜の腹の探り合いはここまでね。本格的な議論は明日にしましょう。あなたたちには特製の『別室』を用意してあるわ」
不機嫌そうに立ち上がったヘレナの合図で、厳重なセキュリティを誇る警備兵たちが俺たちを取り囲む。
「こちらへどうぞ、ジパングのゲストの皆様」
迎賓館のさらに奥深く、地下へと続く重厚な通路へと誘導される三人。
俺は移動しながらも、周囲の壁に埋め込まれた監視カメラ、感圧センサー、配線構造を視線だけで冷たく網羅していく。
「……怜くん」
「ああ。敵の掌の上で踊る気はない」
案内された離れの重厚な扉が開き、俺たちが足を踏み入れた瞬間、背後でガシャンと重いロック音が響き渡った。
閉じられた密室の中で、体調を完璧に取り戻した歩実、ウフィアハの権限を完全同期させた由奈、そして泥臭い現場指揮を執る俺――三人の視線が静かに交錯する。
「さあ……反撃の第二幕と行きましょうか」
プトラ・セクターの深部、『神殿』の暗雲へと続く夜が、静かに更けていく。
(第32話へ続く)




