第42話 悪役聖女の断罪
大聖堂を支配するのは、絶対的な権力者の帰還と、閉ざされた扉がもたらす、息詰まるような緊張感だった。貴族たちは、何が起きているのかを理解できず、ただ、狼狽するばかりだ。
私は、その静寂を切り裂くように、壇上の侍医頭に向かって、第一の罪状を突きつけた。
「侍医頭、アルノー! あなたは、長年にわたり、国王陛下の薬に、密かに呪いを混入させていましたわね!」
私が、証拠である「本物の呪いの薬」の小瓶を高く掲げると、侍医頭は、顔面蒼白のまま、必死に首を横に振った。
「し、知らない! そのようなもの、私は全く関知しておりません! それは、聖女リディア様による、完全なデタラメでございます!」
「デタラメ、ですって?」
私の言葉に応えるように、クロードが一歩前へ進み出た。彼は、一枚の羊皮紙を広げ、朗々と読み上げる。
「いいえ、デタラメではございません。この薬の成分を、我がアンスバッハ家の錬金術師が極秘裏に分析した結果、人の生命力を、ごく微量ずつ、しかし確実に蝕んでいく、古代の呪詛が検出されました。ここに、その分析報告書があります」
続いて、ライナーが、兵士に引き立てられた一人の男を、壇上へと突き出した。サン・マドリアで拘束した、「アルカナの天秤」の構成員の一人だ。
「こいつが証人だ! こいつは、侍医頭が、裏ルートで呪いの材料を定期的に購入していたことを、全て白状している!」
「お、仰る通りです……!」
構成員は、太陽の騎士団の威圧に完全に怯え、震えながら証言した。
「侍医頭様のご命令で、わ、私が、品物を……!」
次々と突きつけられる、動かぬ証拠。追い詰められた侍医頭は、最後の望みを託すように、隣に立つヒロインにすがりついた。
「ひ、聖女様! わ、私は、あなた様のご指示通りに動いていただけではございませんか!」
その、あまりにも愚かな自爆。ヒロインは、侍医頭の腕を振り払い、その顔を青ざめさせながら、悲劇のヒロインを演じ始めた。
「何を言っているのですか、アルノー! 私は、何も存じませんわ!」
彼女は、その瞳にみるみるうちに涙を溜め、貴族たちに訴えかける。
「皆様、ご覧ください! これは、全て、聖女リディア様が仕組んだ罠なのです!」
「では、お聞きしますわ、慈愛の聖女様」
私は、彼女の芝居を、冷たく遮った。
「あなたが、サン・マドリアの街を『眠り病』に陥れた、この呪具について、どうご説明なさるおつもりですの?」
私は、サン・マドリアで押収した、あの禍々しいお守りを、彼女の目の前に突きつける。さらに、大聖堂の扉から、拘束された骨董品店の店主が引きずり出されてきた。
「こ、このお方です! 私から、人の心を惑わす呪具を、何度も仕入れておられたのは……!」
全ての悪事が、暴かれていく。私は、とどめを刺すように、宣告した。
「あなたの背後には、『アルカナの天秤』という、この国を内側から蝕もうとする、邪悪な秘密結社がおりますわね。国王弑逆未遂、国家転覆計画……その罪、万死に値しますわ」
秘密結社の、その禍々しい名が出たことで、貴族たちは、今度こそ、恐怖に震え上がった。完全に、追い詰められたヒロイン。
彼女の顔から、慈愛の聖女の仮面は、音を立てて剥がれ落ちていた。後に残されたのは、憎悪と、焦りと、狂気に染まった、一人の女の素顔。
「……なぜ。なぜ、こうなるの! 計画は、完璧だったはず……! あなたさえ、あなたさえ、いなければぁっ!」
彼女は、絶叫すると、懐から、何かを取り出した。それは、仮面の男が持っていたものと同じ、「黒い宝玉」。最後の抵抗として、この大聖堂にいる者、全てを道連れにするつもりだ。
「こうなれば、みんな、みんな、道連れよ!」
彼女が、その呪いの宝玉を、高々と掲げた、その瞬間。一人の男が、彼女の前に、敢然と立ちはだかった。
アルフォンス王太子。
「その罪、この国を、そして、父上を裏切った罪、俺が、ここで裁く!」
王太子と、暴走する偽りの聖女。二つの力が、今、まさに、激突しようとしていた。




