第23話 悪役聖女と三つの報告
クレスメント公爵邸の自室に戻った私は、鍵をかけると、その場に崩れるようにしてソファに身を沈めた。
「アルカナの天秤……」
骨董品店の店主が口にした、秘密結社の名。ヒロインが、その組織と繋がり、呪具を仕入れているという事実。
一つ一つの情報が、頭の中で渦を巻き、私を混乱の淵へと突き落とす。ゲーム『聖域の天秤』は、単なる王道の乙女ゲームではなかった。その美しい物語の裏側で、ずっと深く、暗い何かが蠢いていたのだ。
この真実を、誰に、どこまで話すべきか。クロードやライナーを、これ以上危険なことに巻き込んでしまっていいのだろうか。あの空っぽ王子……いや、アルフォンス殿下に話したところで、信じてもらえるはずもない。
一人で抱えるには、あまりにも重すぎる秘密。気づけば私は、悪役聖女としてではなく、ただの転生者として、孤独と恐怖に震えていた。
そんな日々が数日続いたある日、クロードが私の屋敷を訪れた。彼の知的な顔には、わずかな興奮と、深刻な色合いが浮かんでいた。
「リディア様、例の紋章について、ご報告が」
私たちは人払いをした部屋で、向かい合った。
「我が家の古文書を調べたところ、『アルカナの天秤』の名は、確かに存在しました。数百年前に、魔力の扱いを巡って国論が二分した『大調停時代』。その裏で暗躍したとされる、魔術師たちの秘密結社です」
彼の言葉に、私は息を呑んだ。
「彼らは『世界の理は、天秤によって均衡が保たれるべき』と唱え、光と闇、聖と邪、双方の力を利用し、歴史を影から操っていた、と。しかし、大調停時代の終焉と共に、歴史の表舞台から完全に姿を消した、と記録されています」
古代から続く、謎の組織。それが、今も、この国で。
クロードが帰った翌日、今度はライナーから、裏社会の言葉で書かれた、汚い字の密書が届いた。
『聖女様。例の「天秤」の印は、裏の連中の間でも相当ヤバい代物らしい。そいつらに関わって、文字通り「消された」奴は一人や二人じゃねえ、とよ。それから、もう一つ。最近、質の悪い呪具や、出所不明の魔道具が、特定のルートで大量に出回ってるって噂がある。その流通を仕切ってるのが、どうも「天秤」の息がかかった連中みてえだ』
クロードの古文書の情報と、ライナーの生々しい裏社会の情報。点と点が、繋がり、一つの線を結ぶ。
「アルカナの天秤」は、現代でも活動を続けており、呪具の流通に深く関わっている。間違いない。
その夜、私は、クロードとライナーを、再び密かに屋敷へと呼び出した。
もはや、一人で抱え込んでいる場合ではない。彼らを信じ、全てを打ち明けるしかない。
三つの報告……クロードの調査、ライナーの調査、そして、私が骨董品店で見たもの、聞いたことの全てを。
私が、ヒロインの名とその行動を告白した時、二人は絶句した。
「まさか……あの慈愛の聖女様が、呪具を……?」
クロードが、信じられないという顔で呟く。
「……だが」
ライナーが、その言葉を遮った。
「リディア様が、その目で見たと言うのなら、俺は信じる。あの女が、裏で何を企んでいようと、驚きはしねえ」
彼の真っ直ぐな瞳が、私に覚悟を促す。三つの情報が、テーブルの上で一つになった。
「アルカナの天秤」は、呪具を流通させ、何らかの目的のために、この国の要人たち……つまり、攻略対象である彼ら自身に影響を与えようとしている。そして、ヒロインは、その計画の重要な実行役を担っている。これが、私たちがたどり着いた、現時点での真実。
「……俺たちは、これから、どうすりゃいいんだ?」
ライナーの問いに、部屋が静まり返る。私は、静かに、しかし、心の奥底から湧き上がる、揺るぎない決意を込めて、顔を上げた。
「目的は、何も変わりませんわ」
私の声に、二人の視線が集中する。
「この国の平和と、そこに生きる人々を守ること。そのためには、まず、この『アルカナの天秤』の真の目的と、その正体を暴く必要があります」
私は、私の前に立つ、二人の頼れる騎士を見据えた。
「わたくしたちは、これより、『アルカナの天秤』との戦いを始めます」
悪役聖女と、彼女に忠誠を誓う二人の騎士。たった三人だけの、巨大な陰謀に立ち向かうためのチームが、静かに、しかし確かに、結成された瞬間だった。




