第17話 悪役聖女と呪われた絵画
クレスメント公爵邸の自室に戻った私は、改めて今後の計画を練り直していた。
国王陛下に命じられた、アルフォンス王太子の「教育係」。不本意極まりないが、勅命である以上、無視はできない。ならば、こちらが主導権を握り、徹底的にこき使ってやるまでだ。
私は、王太子に突きつけた計画リストの中から、次のターゲットを選び出す。
マーカス・フォン・レンブラント侯爵。芸術をこよなく愛する、温和な初老の貴族だ。
ゲームでの彼は、悲しい運命を辿る。亡き最愛の妻の面影を追い求めるあまり、彼女を描いた肖像画にかけられた呪いに魅入られ、生き血をすするように魔力と生命力を吸い取られて、静かに衰弱死してしまうのだ。
もちろん、ゲームのリディアはそんな事情など知る由もない。魔力を不自然に消耗している侯爵を「不正貯蔵の隠蔽工作」と誤解し、冷酷に断罪してしまう。それが、彼女の評判をさらに貶める一因となっていた。
今回は、そうなる前に、呪いの元凶である絵画そのものを浄化する必要がある。
数日後、私の元に、王太子から一通の書状が届けられた。
『レンブラント侯爵家への訪問許可が下りた。日時は三日後。必要な馬車と護衛は手配済みだ。せいぜい、俺の手を煩わせるだけの成果を上げてくるんだな』
便箋からでも伝わってくる、嫌味ったらしい文面。だが、その仕事ぶりは完璧だった。面倒な貴族間のアポイントメントを、わずか数日で取り付けてみせたのだ。腐っても王太子、というわけか。
私は返書に、こうだけ記して送り返した。
『殿下の迅速なご対応、感謝いたします。あなたの貴重なお時間を無駄にしないよう、精一杯努めますわ』
きっと今頃、私の返書を読んだ王太子が、悔しそうに顔を歪めていることだろう。
そして、約束の日。私がクレスメント家の馬車に乗り込むと、その前後を固めるように、アンスバッハ家とヴァイト家の馬車がぴったりとついてきた。クロードとライナーが、「護衛」と称して同行しているのだ。
(過保護がすぎる……!)
内心で頭を抱えつつも、私はレンブラント侯爵の屋敷へと向かった。
屋敷は、さながら美術館のようだった。廊下の壁には見事な絵画が飾られ、磨き上げられた大理石の床には彫刻が置かれている。
案内された応接室で待っていたマーカス侯爵は、まだ衰弱してはおらず、人の良さそうな笑みを浮かべた初老の紳士だった。しかし、その瞳の奥には、拭いきれない憂いの色が沈んでいる。
「これは、リディア聖女様。ようこそおいでくださいました。して、本日はどのような御用向きで……?」
彼の問いに、私は単刀直入に切り出した。
「侯爵。あなたの素晴らしいコレクションの中に、近頃、あなたの心をひどく悩ませる絵画がございませんか?」
「なっ……!?」
侯爵は、息を呑んだ。その反応は、私の指摘が的を射ていることを示している。
「なぜ、そのことを……」
「聖女ですから」
私は、もはや定番となったその言葉で、彼の疑問を封じた。
観念した侯爵に案内され、私達は屋敷の奥にあるアトリエの一室へと足を踏み入れた。
部屋の中央、イーゼルに立てかけられた一枚の肖像画。そこに描かれていたのは、柔らかな笑みを浮かべた、息を呑むほどに美しい女性だった。侯爵の亡き妻だという。
クロードとライナーが、感嘆のため息を漏らす。だが、私には視えていた。
その美しい絵画から、まるで陽炎のように、禍々しい紫色のオーラが立ち上っているのを。
「この絵だ……」
ライナーが、不吉な気配を察知して、思わず剣の柄に手をかける。クロードもまた、険しい表情で絵を睨みつけていた。
「侯爵。この絵画は、あなたの魂を蝕む呪具と化しています」
私は、はっきりと告げた。
「これより、わたくしが、この呪いを浄化いたします」
宣言し、私は絵画に向かってゆっくりと手をかざす。
これまでの相手は、人だった。だが、今回は「モノ」にかけられた呪い。ダンジョンは、一体どうなるのか。
覚悟を決め、聖なる力を練り上げ、呪文を紡ごうとした、その瞬間。
――絵の中に描かれた女性の瞳が、ぴくりと、動いたような気がした。ぞわり、と全身の肌が粟立つ。
次の瞬間、私の意識は、抗う間もなく、絵画の中の暗い闇へと、引きずり込まれていった。




