第15話 悪役聖女と王の裁定
「申し開きは、あるか」
絶対零度の声が、アルフォンス王太子に突き刺さる。
彼は、国王である父からの最後の問いに、狼狽し、しどろもどろに言葉を紡いだ。
「ち、父上! し、しかし、法は法にございます! いかなる理由があろうと、法を破ることは……。彼女のやり方は、あまりに独善的で、国の秩序を乱す危険なもので……」
その弁明は、もはや何の説得力も持たなかった。ただ、己の正当性を信じ込み、物事の表面しか見えていなかった、視野の狭い若者の言い訳にしか聞こえない。
このままでは、王太子が廃嫡されかねない。そう察したのだろう。絶体絶命の婚約者を救うため、隣にいたヒロインが、最後の賭けに出た。
「陛下、お待ちくださいませ!」
彼女は、その美しい瞳に涙をいっぱいに溜め、悲痛な声で訴えかけた。
「殿下はただ、この国の正義を、誰よりも強く信じておられただけなのです! リディア様のその素晴らしいお力は、慈愛の心をもって使われてこそ、真に人々を救うもの。殿下は、その聖なる力が道を誤ることのないよう、誰よりも案じておられたのですわ!」
(出た、聖女マウント……!)
私は内心で、呆れてため息をついた。王太子を庇うと同時に、私の力の危険性を暗に示唆し、「慈愛の聖女」である自分こそが、それを正しく導けるのだとアピールする、見事なまでの自己PRだ。
だが、国王は、その甘い言葉には惑わされなかった。
彼は玉座に座ったまま、静かに、しかし厳しく、裁定を告げた。
「アルフォンス。そなたには、王位を継ぐ者として最も重要な、物事の本質を見抜く目が欠けている」
その言葉は、王太子の存在そのものを否定するに等しかった。
「真の正義とは、ただ法を振りかざすことではない。民を想い、その苦しみに寄り添う心こそが、王たる者の資質であると知れ」
国王は、一度言葉を切ると、その裁きを言い渡した。
「よって、アルフォンスに命ずる。王太子の位は剥奪せぬが、追って沙汰あるまで、一切の公務への参加を禁じ、王宮の一室にて謹慎すること」
まずは、順当な罰だ。王太子は、悔しさに顔を歪め、唇を噛みしめている。だが、本当の裁定は、ここからだった。
「そして、リディア・フォン・クレスメントとの婚約は、これを継続とする」
え。
「その上で、リディアの聖女としての活動を、王太子として、全面的に補佐せよ」
……え? 予想外すぎる裁定に、謁見の間にいた全員が、文字通り息を呑んだ。
王太子は、信じられないという顔で父を見上げている。嫌悪している女の、しかもその活動の補佐役を命じられ、彼のプライドはズタズタだろう。
ヒロインの顔から、血の気が引いている。二人の関係を裂くどころか、より強固なものにされてしまったのだ。完璧な仮面の下に、初めて浮かんだ、明確な敗北の色。
クロードとライナーですら、驚きを隠せないでいる。私が罰せられなかったことに安堵しつつも、あの王太子が補佐役、ということに、強い警戒を滲ませていた。
そして、私。
(えええええええええ!? 婚約、継続!? なんで!? 破棄じゃないの!? しかも、あのパワハラ空っぽ王子が、私の補佐役ですって!? 冗談でしょ!? 私の破滅フラグ、形を変えてバージョンアップしてない!?)
内心は、ハリケーンが直撃したかのような、超絶大パニックである。
混乱する私を、玉座の上の国王が見据えていた。
「聖女リディアよ」
「……はっ」
「そなたのその力は、この国にとって得難い宝だ。だが、クロードやライナーが証言したように、それは諸刃の剣ともなろう。この未熟な息子を、正しき道へと導くのも、またそなたの役目と心得よ」
その言葉で、私は全てを理解した。
国王陛下は、私の能力と、精神力を高く評価した。そして、この手に負えない未熟な息子の「教育係」兼「監視役」として、あえて私を、彼の側に置くことにしたのだ。
なんという深謀遠慮。なんという、とんでもない厄介事の押し付け。
(破滅フラグは回避したかもしれないけど、別の意味でのハードモードが始まった……!)
裁定は下された。
謁見の間を出ると、呆然と立ち尽くす王太子、その隣で静かに悔しさを滲ませるヒロイン、そして、複雑な表情で私を見つめるクロードとライナーがいた。
私の未来が、ゲームのシナリオから完全に逸脱し、全く予想もつかない方向へと、猛スピードで走り出した。
私は、ただ、天を仰いで頭を抱えたくなる衝動を、必死にこらえることしかできなかった。




