第14話 悪役聖女と二つの証言
「……詳しく、申してみよ」
国王の静かだが、有無を言わせぬ声が、謁見の間に響き渡った。
アルフォンス王太子は、信じられないものを見る目で、私の前に立つクロードとライナーを交互に見ている。彼の完璧に計算された断罪劇が、根底から崩れ去ろうとしていた。
最初に口を開いたのは、クロードだった。彼は、国王に向き直ると、理路整然と、しかし熱のこもった声で語り始めた。
「陛下。我が妹エリーゼが、長年に渡り原因不明の呪いに苦しめられていたことは、ご存知の方もいらっしゃるやもしれません」
その告白に、謁見の間にいた他の貴族たちが小さくどよめく。アンスバッハ家が極秘にしていた事実だ。
「我らはあらゆる手を尽くしましたが、どんな神官も、どんな癒やしの魔法も、エリーゼを救うことはできませんでした。ですが……」
クロードは、一度言葉を切ると、私を振り返った。その灰色の瞳には、揺るぎない信頼が宿っている。
「リディア聖女様は、そのことを誰よりも早く察知され、あの夜、我が家を訪れてくださいました。そして、我々が諦めかけていた妹の呪いを、その聖なる御力で、まさしく奇跡のように浄化してくださったのです」
(脚色がすごい……! 確かに救ったけど、そんな神々しい感じじゃなくて、もっとこう、必死の力技だったんだけど!)
内心のツッコミも虚しく、クロードの劇的な語りは続く。
「アルフォンス殿下が『断罪』と決めつけられたリディア様の行動は、絶望の淵にいた我らを救うための、慈悲深き第一歩だったのでございます!」
彼の言葉に、国王は深く頷き、次にライナーへと視線を向けた。ライナーは、クロードのように流暢には話せない。だが、その朴訥とした言葉には、真実の重みがあった。
「俺の領地は、『枯葉病』って病に蝕まれてました。土地が死んで、民も苦しんでた。聖女様は、それも全部、お見通しでした」
彼は、固く拳を握りしめる。
「俺は……俺は、自分の力が足りねえせいで、焦って、無茶をして、自分の身体を壊しかけてた。聖女様は、土地の病だけじゃなく、そんな俺自身の心の歪みまで、その力で正してくれたんです」
彼は、深々と頭を下げた。
「聖女様は、俺たち辺境の民にとって、命の恩人です」
二つの、あまりにも衝撃的な証言。アルフォンス王太子は、顔面蒼白のまま、わなわなと唇を震わせている。
「そん、な……馬鹿な……。二人が、魔力違反を犯していたのは、事実ではないか……」
「我らをそうさせた、のっぴきならない事情を、あなたは聞こうともなさいませんでしたな」
クロードの冷たい一言が、王太子の胸に突き刺さる。彼の信じていた「正義」が、砂の城のように崩れ去っていく。
その時だった。
ずっと黙っていたヒロインが、一歩前に出た。その瞳には涙を浮かべ、感動に打ち震えるように、声を上げた。
「素晴らしいですわ、リディア様! 人知れず、そのような奇跡を行っておられたなんて……!」
彼女は、私に向かって慈愛に満ちた笑みを向ける。
「でも、なぜ、そのことを黙っていらしたのですか? 先に皆様にご相談くだされば、誰もあなた様を誤解などなさらなかったでしょうに……。あなたのその、あまりにもお優しいお心が、かえって誤解を招いてしまったのですね……」
巧妙な言い回しだ。私を褒め称えるフリをしながら、「秘密主義で、コミュニケーション不足なのが、今回の騒動の原因」だと、巧みに責任を私に転嫁しようとしている。
だが、その手には乗らない。
「わたくしの力は、あまりに強力なもの。それゆえに、扱いは慎重でなければなりません」
私は、静かに、しかしはっきりと反論した。
「病や呪いの根源を探るには、対象者の内なる領域……その精神世界に、わたくし自身が立ち入る必要があります。それは、対象者にとって多大な負担と危険を強いる行為。軽々しく公にできるものでは、到底ありませんでした」
私の言葉に、謁見の間が再び静まり返る。
「わたくしはただ、救いを求める者に、静かに手を差し伸べたかった。ただそれだけですわ。それを、アルフォンス殿下は『非道』と決めつけ、夜会の場で晒し者になさった。真に非道な行いとは、一体どちらのことでしょう?」
私の視線が、王太子を射抜く。彼は、もはや反論の言葉すら見つけられないようだった。状況は、完全に、覆った。
その時、玉座に座っていた国王が、重々しく立ち上がった。
謁見の間にいる全ての者が、息を呑む。
国王の厳しい目が、自らの息子であるアルフォンス王太子を、まっすぐに見据えた。
「アルフォンス」
その声は、絶対零度の響きを持っていた。
「申し開きは、あるか」
絶体絶命の王太子。その隣で、完璧な微笑みを浮かべていたヒロインの顔から、初めて、焦りの色が浮かび上がったのを、私は見逃さなかった。




