新しい関係
「私が……賢者?」
話が飲み込めず、橋から動いて良いものか戸惑うアリシアに、エドルドはさっと駆けつける。
「賢者様、あなたをエスコートする許可をいただけますか?」
そう言い優しく手を差しのばす。アリシアはまだ状況が飲み込めずにいるが、王家や多くの上級貴族たちが集まるこの場で、エドルドが膝をつきエスコートを申し出るとは……
「エドルド様、私が手をとれば迷惑では?」
「王に……父に直訴した……賢者様、いや、アリシア・フロン・ハッベルト嬢、君さえ良ければ、僕とこれからも一緒にいて欲しい」
「〜〜〜〜っ!?」
「……これは、正式なプロポーズなのだが、受けてもらえるだろうか?」
固まるアリシアに、エドルドはもう一度返事を待つ。
「〜〜〜〜っ!!!!」
声が出ない代わりに、何度も頷き、エドルドの手を取る。
「ありがとう……でも、君の父殿にまだ話を通してないな……」
そう言って橋の下へと視線を向ける。
「それと……ロナルド教授にも話を通した方が良さそうだな……」
なんとなく、その方がいいよなと言うエドルドにアリシアも笑って頷き返す。
「アリシア・フロン・ハッベルト、初代賢者の意向に従い、2代目賢者の称号を与える」
戴冠式の日、第一王子が正式に王の座を譲り受け、アリシアも王宮で改めて賢者の照合授与式が行われた。
あの日、自身の偏見から1人の有望な才能を潰すところだった失態を王は恥じ、王都に戻るとすぐに第一王子にその座を渡すことを宣言した。
「王への忠誠は絶対的なものでございます。もし、自身に不利な事態が起こっても決して偽りの報告をしてはなりません。それとっ、協調性は組織において不可欠なものです! 決して自分1人で判断しませんようにっ」
「分かってるよ……もう何百回と聞かされていることだ……」
「いいえ、エドルド様には何千回と言っても足りないかと」
ホア爺は、自らの責任を最後まで果たそうとしたこと、その報告の誠実さから王への高い忠誠心を買われたこと、エドルドの継承権の喪失は本人の意思によるもの、そして、次期賢者を護ったとして、罰を与えられることはなく、新国王の忠誠心の教育係として、エドルドに改めてつくこととなった。
「……エドルド様、宰相就任おめでとうございます」
エドルドは約束通り、王を補佐する地位として、王の次に位の高い宰相の座を与えられた。通常、王位継承の争いで敗れた他の兄弟は、謀反が起きないよう、遠くの地に追いやられるか、権限の弱い名ばかりの地位が与えられる。だが、新国王はエドルドを信頼し、約束通り実質王に匹敵する権限を多く持つ宰相の座を与えたのだ。
「あぁ、ありがとう。ホア爺も、元婚約者の管理人とはその後定期的に会っているとか?」
「ブフォッ……誰からそれを……」
「ミオラ・カクシマディア嬢がアリシアに頻繁に遊びに来るのでな……学園の内情は筒抜けも同然だ」
「なるほど……アリシア様、いえ、賢者様は塔でそのまま働くので?」
「塔の改築は大分進んでいるようだから、もうほとんど、家から通っている……母上の薬はミオラ状と父殿が塔の一部を研究室にしてもらって集中して進められているようだしな」
「それは喜ばしい限りです」
賢者としての仕事は塔の管理だけではない。そのメインは王とともに、国を支える。つまり、仕事でもエドルドとはこれから共に過ごす時間は多くなるのだ。
「にやけておりますよ……」
「気のせいだ……」
アリシアの父であるハッベルトは、妻の病が落ち着き次第、学園の正式な教授就任の話が持ち上がったが、今まで通り、自宅で妻と過ごしながら病の往診をする意向を伝えている。
賢者の父からの診察を正式に依頼する者が溢れ出ているが、重症者のみ返事をし、拡大された領地の一部にだれでも訪れられる診療所を開放した。ハッベルトの指示で動ける医療師を数人雇い、回復した者には領土の畑を一定期間手伝ってもらう形で報酬を受け取っている。
――――無料では医療の重みを軽視される。
学園で働く医療班への敬意を込め決めたらしい。
「なるほど、それでは今はお2人で過ごす時間もとれていらっしゃるのですね」
「そうだな、ロナルド殿の押しかけはミオラ嬢がコントロールしてくれているおかげでな……」
ロナルドは、アリシアが塔にいる日は毎回お茶に誘っているようだが、それ以上の接触はミオラが制限してくれているらしい。そのおかげで、アリシアとの2人の時間を過ごすことが出来ている。
「授与式も終わった頃だろう、ホア爺、今日はもう良いだろう?」
「その呼び方は直さなくてはなりませんと、何度お伝えすれば……もうお世話係ではないのですから、ホアストン殿と呼ぶよう何回……」
ホアストンの小言が始まる前に、さっさとエドルドはアリシアを迎えに行く。
「エドルド様、お迎えに来てくださったのですね」
「賢者様のエスコートが出来るのは、僕だけですのでね」
「もうっ、その呼び方はやめてください……なんだか自分のことではないようで……」
「呼び名はそのうち慣れるものだ……だが、まぁそうだな……アリシア、式の打ち合わせも兼ねて、久しぶりに2人で外での食事はいかがだろうか?」
「〜〜っ、えぇ」
「ところで、いつになったら僕のこともエドルドと呼んでくれるだろうか?」
「そのうちです。慣れるものなのでしょう?」
「そうだな、早く王宮から出て2人だけの生活を送れば、呼んでもらえる機会も増えるだろうな」
「ふふっ、お義母様と久しぶりに会えたのですからもう少しゆっくりされては?」
「……母は、僕が王にならなくて心底安心したようだったよ。兄上が新国王になったおかげで、故郷に帰るお許しも出たところだしね」
移動魔法の能力のため妃となった母だったが、その役目をエドルドが引き継ぐと約束し、夫である王が退任した今、王宮に留まることを強制されない立場となった。エドルドとアリシアの仲を喜び、祝福の言葉を伝えたあと、故郷へ帰る決意をしたらしい。
「おそらく、僕を王宮から遠ざけようと働いてくれていたのだろう」
エドルドが自由に学園生活を送れたのは、移動魔法の研究を母1人で担ってくれていたことが大きい。その負担は強く、魔力量が元々多くない母には長年の酷使で限界が近かった。
「……遺伝するものではないと言われてるんだがな」
王宮から遠ざけていた息子も使えると分かった時、巻き込んでしまったことを強く後悔しているようだったが、王位継承権を失ったと分かり、意外にも良かったと涙を流し喜んでくれたのだ。
「私が使えるようになったのは、エドルド様の魔力が強く関係していると思うのですが……」
「……その話は仕事の時にじっくりしよう。今は、君との時間をゆっくりしたい」
「えっ、えぇ。食事ですわね」
「あぁ、先にこちらへ」
「っ!?」
エドルドは、両腕を広げ立ち止まる。
「ええっと、失礼します……」
「いつでもどうぞ?」
アリシアは、エドルドの耳にそっと近づく。
「ありがとうございます……大好きですわ、すごく……」
「〜〜〜〜っ!?」
「そっ、それではそろそろ食事に……」
「いや、それは反則だ。顔を上げてくれるまで離さないぞ?」
「〜〜っここでは、ダメです……私も、我慢しているんですから……」
「〜〜〜〜っ!!!!????」
「だから、ね? 早く食事に行ったら、早く帰れますでしょ?」
「〜〜いや、もうお腹いっぱいだ……」
「え? え? あっ、エドルド様!?」
アリシアを抱え、移動魔法で部屋に帰る。
「〜〜〜〜っ!?」
「式までは……ちゃんとわきまえる」
――――数ヶ月が過ぎ、国を挙げての結婚式のあと、賢者の塔には、新たなルールが作られた。学びを欲する者、身分に関係なく入ることを許可する。そしてもう一つ、賢者の残業は禁止とする。
2代目賢者は夫からの強い希望もあり、私生活の充実も求められている。
最後まで読んで頂きありがとうございました!皆様のおかげで無事に完結することが出来ました。拙い部分も多かったと思いますが、ここまで読んでくださった方には感謝しかありません。
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何度も読み返してます。
いつもありがとうございます。
次の連載として
「第8王子は親睦のため和国の姫を迎え入れることになりました 」
執筆予定です。
良ければ引き続き宜しくお願い致します。




