賢者の名誉
王の命令に頭が真っ白になる。
王命だと? 自分の責任すら取れないのが王族だというのか……
塔へ向かおうとする衛兵たちを、エドルドは急いで止める。
「彼女に指一本触れようものなら、僕はこの国を去り、二度と戻らぬ」
エドルドであれば、移動魔法で一瞬でアリシアを連れ、国外に行くことも可能だろう。エドルドの母も移動魔法の使い手だが、王位継承者として国外へ公務へ行ったことのあるエドルドと異なり、国内にしかいたことのない母では、追いかけることは困難だ。王はため息をつき、諭すように話す。
「落ち着きなさい……お前が熱くなれば、彼女の一族にその仕打ちがくるのだぞ」
王の言葉に、勢いを止められる。見ればアリシアの父は、目を閉じ、静かに座っている。王命に口出ししようものなら、一族ごと侮辱罪で極刑に処せられる可能性もある。それを無視できるのは、エドルドもまた王族で、稀少な移動魔法の使い手だからだ。考えなしの行動だったと、エドルドはこれ以上何も言うことは出来ない。
アリシアは塔でいつ呼び出されるのかと、声がかかるのを待つ。部屋で待機していると、外が騒がしいことに気がついた。
「わぁああっ」
「っ!? 塔が衛兵の方を弾いていますわ……」
アリシアを捕らえに来た使いの者たちは、近づこうとする程どんどん遠くに飛ばされていくようだった。どうしてかと困惑する。塔の制限魔法は人が呼びに来ることを考慮して、制限を限ったものにしたはずだった。
――――害のない者以外の入室を許可する、と。
「あれは……王の紋章ですわね……どうして……」
幻覚魔法で一度、王の使い魔の偽物が現れたことがある。その為、王家の模様がある格好を身にまとっている相手でも、うかつに外には出られない。塔が弾いている以上、何かしらの害意があるのは確かだ。
エドルド達に何かあったのかもしれない……王が外に出る機会など滅多にない。どこかで情報が漏れ、襲われている可能性もある。ロナルドやホア爺はまだ回復が不十分なはず、塔の外に出ずに学園に行く方法があれば……それも、移動魔法以外で、万が一何もなくても、塔の力だとこじつける方法はと考える。
「…………学園と塔をつなげるしかありませんわ」
塔に一晩滞在し、まだエドルドに話せてない変化があった。まるで、塔とアリシアの魔力が一体となり、今まで以上に魔力が身体中にみなぎっているのだ。今なら、ずっと思っていたこと、それが出来るかもしれない。
ここに来てから、何度も想像していたこと。それは、塔から学園に橋をかけ、自由に行き来できる環境だ。森を抜けて学園に向かうには距離があるが、直線距離はそれほど遠くはない。
最初の頃は、アリシア自身が夢見ていたことだが、今は違う。森を通るリスクをなくし、だれでも学ぶ機会を与えられる塔にしたい、それは、トラップの発動条件をコントロール出来ると分かった時から密かに思っていた願いだった。
大量の魔力を塔に注ぎ込み、イメージを具現化することを意識する。大きな音と何色にも重なる光が塔をつつみこみ、地面が揺れ、塔が動いていく。
音と光は学園にいるエドルド達にも届いた。
「なんだ!? この揺れは!!」
「陛下、早く第7王妃の元へ……いつでも退避できるように……」
「外の確認を急ぐんだ!!」
皆が騒ぐ中、エドルドはいち早く窓から見える多彩な光に気づき、慌てて外に出る。
「あれは……」
強い輝きとともに、学園と塔を一直線につなげる橋が現れる。
「そんな……」
続けて外に出てきた全員がその光景に目を疑う。塔の改築をいくども最高ランクの魔法師たちが挑戦してきたが、誰も成し遂げられなかった。それが今、塔は橋をかけ、その先に新たな入り口をつくり、学園と塔を行き来できる姿へと変えたのだ。
「エドルド……お前なのか?」
王は真っ先にエドルドを見る。自分の血を受け継ぎ、数々の高度魔法を扱える天才、もしも息子がこれを成し遂げたのなら、それは初代以来、空席だった「賢者」の称号が与えられる。
「いえ、これは……」
その時、新たに作られた門が開き、塔より1人、学園に向かって最高難度に相当する飛行魔法で飛んでくる者を確認する声が響き渡る。
「陛下、塔より1名こちらに向かってくる者が……あれは……若い女性のようです!!」
「アリシア……」
「何?」
エドルドがアリシアの名を口にし、王は初めてアリシアを意識する。報告で聞かされた時、下級貴族というだけでその詳細を省かせ、単に息子の将来を奪ったその事実にのみ怒りを覚えていた。名もない貴族の娘が、息子を誘惑したのだと……そう思い込んでいた。だが、目の前で高度な魔法を扱い、誰も触ることの出来なかった塔より現れた。
王家に伝わる古書に、賢者は最高の知識を書き記した塔を保存し、その姿を自在に操れるものを次の後継者とする、と記されていた。
「…………」
アリシアは外に集まる皆の姿に、とりあえず無事であることを確認しほっとする。王家の姿をした者が現れたのであれば、エドルド達の身に何かあったのではと、居ても立っても居られなかった。
「皆さん、ご無事でしょうか!!」
「っ!?」
捕えよと命じたにも関わらず、こちらの心配をしているだと!?
王は状況が飲み込めずにいた。
「父上、彼女は特別なのです。その扱う魔法もそうですが、命を狙われたこともあるというのに、自分に害があるのではと恐れず、相手の心配をする。守られることよりも、守りたいと行動する。身分よりもこの国にとって大事なもの全てをもつ女性です」
ようやく、息子がおとしめられたわけでも、一時の感情に惑わされたわけでもないことに気づく。
「そうか……だが、お前は王になる才能と資格が十分にあった……それを失った今、何を希望するのだ」
「僕は王になる器ではございません。ですが、父から与えられた環境を全て無下にしようとも思っておりません……この国に忠誠を誓い、王となる兄を支える覚悟は出来ています……ですが、その隣には、彼女の支えがあって欲しいと……手放すつもりはありません」
「そうか……」
近くで聞いていた第一王妃は、エドルドの言葉に大きく動揺した。誰もが息子の座を狙い、陥れようとしている中で、いきなりその第一王位継承権の座を奪ったエドルドが息子を支えると言ったのだ。
その母を目の敵にし、直接手出し出来ないエドルドの代わりにわざと王宮での暮らしに、決して快適とは言えない環境をことあるごとに与えてきた。それは当然、聡い息子も気づいているはずだ……それでも良かった。高貴な身分の第一夫人を差し置いて突如エドルドの順位を上げたことへの腹いせだったのだから。それを、小娘1人と一緒にさせてくれればその能力を息子の為に使うと言ったのだ。ここは後押しした方が損はないと判断する。
「陛下、王位継承権の座を復活させることは出来なくとも、彼の能力を私の息子とともにこの国の為に使うと言うのならば、この国の歴史上初めて、兄弟で支え合う時代となりますでしょう……そしてその父である陛下もまた、歴史に残る後継者を残した王として、偉大な名をはせますわ」
「…………」
エドルドの実母である第7王妃は静かに王を見つめる。その眼はまるで、息子の意思をくんで欲しいと願っている母の眼差しに見えた。
「……分かった、だが、彼女をそのままにも出来ぬ」
「それは……」
「王の名において、アリシア・フロン・ハッベルト嬢に、賢者の称号を与える」
周りが大きくざわつく。賢者の称号は初代国王以来、与えられた者はおらず、その位は上級貴族に並ぶ。つまり、ハッベルト家はこの瞬間から、この場で王家の次に位の高い地位にのぼりつめたのだ。




