1人の重み
エドルドは耳を疑った。塔にいれば危険だと伝えた上で何を聞いているんだと。もちろん、森の中も危険なことは承知で賭けをした。だが、
……まさか、彼女を置いていくべきだったと言いたいのか?
「…………」
ホアストンは目を閉じる。あの時、アリシアを置いていけば、より安全により速く学園に避難できた。その選択をさせなかったことは自分の判断ミスだ。あえてそれをしなかったのは、自身の甘さが原因だ。あの時、エドルドを気絶させてでもそうするべきだったのだ、だが、それが出来なかった。仕事に生きると決めながら、情けを捨てられなかったのだ。
「答えないのであれば、ホアストンに代わりに回答してもらう」
判事の言葉に、ホアストンは立ち上がりその返答をする。
「そのとお……」
「彼女がいなければ僕は命を落としていたんだぞ」
ホアストンが返事をし終わる前に、エドルドは声を上げる。
「…………ですが、その前に彼女を助けるために窮地に追い込まれたと聞いています、そもそも移動魔法が使えなくなった原因は彼女にあるのでしょう」
ホアストンは王に忠誠を誓っている。その報告に隠し事があってはならない。自分に不利になると分かった上で、全てを報告しているのだ。
この場で問われていることはただ一つ。アリシアは国家にとって重要人物であるエドルドに有害な存在かどうか、それだけだ。
「彼女は、この国においても貴重な存在だ」
「お前にとってだろう……一時の感情で、自分の将来をつぶしたのか。国の未来と1人の価値、どちらに重みがあるか常に考えて動くのだと……分かった上での行動か?」
王が口を開く。エドルドは移動魔法だけでなく、高度な魔法をいくつも扱える。魔力量も膨大でありながら、その才に傲慢になることもなく、知識を貪欲に求めている。だからこそ、この学園の入学を認め、本人の意向を尊重し、護衛もホアストンのみに任せた。
「愚かな……」
王の失望ともとれる発言に、裁判の流れが初めから不利だったことに気づく。
そうか……父は最初から話を聞く気などなかったのか……
エドルドが王位継承権を自ら放棄したことを怒っているのだ。
「この学園の警備にも問題があるようだな。王族がいると知ってのこの失態……責任をとる覚悟は出来ていような」
学園の代表らは恐れていた最悪の事態に、顔を青ざめる。
「陛下、失礼を承知で、発言宜しいでしょうか」
ロナルドが手を上げる。カクシマディア家であるロナルドのことはよく知っている、王はその発言を認める。
「闇化属性への対応で遅れが出たこと、申し訳ありませんでした。王命どおり、確実に全ての魔獣に対応する体勢を整えるのに、手間取ってしまったことは、我々の力不足です。しかし、あの日殿下とホアストン殿のぶつかり合いがなければ、我々は未だに全ての魔獣を制圧することは不可能でした。ご存知のとおり、奴らは一度人里におりれば村々を根絶やしにするほどの凶暴性と知性をもちます」
「…………」
「我々が想定していたよりも、闇化属性の魔獣たちは増えていました。数が増えれば、魔法も使えない相手に勝つ見込みはありません。ご存知の通り、ここは魔法に精通した者ばかりの学園です。お二方の剣術がなければ厳しいと言えます。1箇所に奴らが集まったことも、グレスビーの目の敵である殿下がいなければかないませんでした」
「……つまり、お前は国にとって重要な王位継承者であるエドルドをエサにしたおかげで、討伐が出来たと言いたいのか?」
「おっしゃる通りです」
あまりにも素直に認めるロナルドに、学園側の代表らは卒倒しそうな勢いだ。
「…………判事よ、早く判決を下せ。この無力な学園が我が国最高トップ機関であるとは言い難い。そしてまた、バージニア嬢も、不義理を働いたと主張していたな……ハッベル嬢は確か塔の管理人のはずだ。職務怠慢およびこの国の王子、ひいては周りへの悪影響の根源である可能性があるのでは?」
アリシアを拘束するつもりなのかと、あまりの衝撃に、エドルドとロナルドは思考が停止する。カレンとのこの対応の差はなんだ……彼女の意見すら聞く価値がないというのか……家柄を重視するこの国のあり方に、初めて打ちのめされる。今なら賢者の考えが分かる気がした……
「父上、僕は……」
「アリシア・フロン・ハッベルト嬢を拘束っ」
判事の言葉に、1人立ち上がる。
「無礼になるぞ、すぐにすっ……!?」
判事が言葉を詰まらせる。その者は長年苦しんだ持病を和らげ、内密に薬を定期的に処方してもらっている主治医、ハッベルト先生ではないか。
「彼女は私の娘だ……もし、拘束すると言うのなら、その親である私を先に拘束するべきだ。彼女は私の同行人としてここに来た……本来、第一管理人は私であり、今回私の留守中に起こった出来事を娘は巻き込まれただけだ……」
ハッベルトの拘束は、持病を持つ多くの貴族達に大打撃となる。だが、公に誰も彼を頼っているとは言えない。判事自身、彼がいなければ座ることすら出来なくなる。
「うっ……」
固まる判事に、王が命を下した。
「王の名において、アリシア・フロン・ハッベルト嬢を捕らえよ」




