塔の秘密
「おはよう」
朝目が覚めると、ホア爺が作りたての料理を食卓に並べて挨拶を交わしてくれる。だが、やはり彼はここに帰ってくることはなく、エドルドは1人静かに起きる。
「…………」
エドルドは自らの意思で王位継承権を手放した。それは、ホア爺に対する裏切ともとれる。彼はエドルドの側にいてくれたが、仕えているのは王なのだ。もう、ホア爺はエドルドの世話をする必要はなくなった。手に入れた自由と失ったもの……どちらかを諦めるしかないのだろう。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう。体調はもういいのか?」
エドルドの言葉に、アリシアは昨日の破廉恥な自分の言動を思い出し、赤くなる。
「だっ、大丈夫です!!」
その姿を可愛いと思う。だが、今朝はもう一つ用があった。
「ホア爺はここにいるのか?」
間違いなく、ホア爺は強いが、昨日あのあとどうなったのか分からず、気がかりだった。
「いえ……父やロナルド様たちも見ていないので、別の場所かと……」
既にこちらの治療部屋はいっぱいの為、別の場所で休んでいてもおかしくはない。塔に行く前に、ホア爺の様子を一目見たいと思っていたが、無理そうだ。
「あっ、でも……ミオラちゃんが朝食を持ってきてくれて、皆さんの様子を教えてくれましたわ」
「そうなのか?」
「はい。皆さんご無事だそうですが、最前線で最後まで闘われたみたいで……魔力と体力の消耗が激しいのと怪我の治療が必要とのことで、父とミオラちゃんが別の場所で治療にあたっているようですわ」
「そうか……無事か」
大丈夫とは思っていたが、無事の知らせを聞き安堵する。
「良かったですわ」
そう言って笑うアリシアも、幻覚魔法の毒が抜け、大分回復したように見える。
「あぁ……アリシア嬢、昨日の今日ですまないが、塔に今から行けるか?」
「えぇ……でも確か塔は……」
塔のことはアリシアも熟知している。目が覚めた時、危険を犯してまでエドルド達が森へ出たこと、トラップが急に発動し出したことから、すぐに先日のバージニア嬢による幻覚魔法が塔を刺激したのだと理解した。
「初期化……のような状態になっているのですよね?」
「僕もそう思う。だが、完全に初期化されたのではなく、一時的に攻撃体制になったのだろう。塔が攻撃されてない状態に戻れば、すぐに落ち着くはずだ……ただ……放置すれば塔が崩壊する恐れがある」
「?」
「王家の記録に、賢者に関する記述があって……彼は自分の残した遺物が、後世悪用されることを防ぐ対策として、さまざまなトラップや術を施したんだ……塔が入る人を選んでいるのは気づいているだろう?」
「えぇ……同じ人物でも滞在時間が日によって変わったり……規則性が分かりませんが……」
「僕もそれに関してはずっと考えていた。特に……君に会いに行きたいと思い悩むようになってからはね(笑)」
「……っ!? 話を戻してください……」
「冗談ではないんだけどな。まぁ……それで、1つの仮説が出来たんだ。魔力の遺伝子が関係しているのではないかとね……」
「遺伝子ですか?」
「賢者は記録によると、『塔を遺すのは後世、その知識を才ある者に……』と書かれていた。当時……今よりも身分の差が激しく、一部の力ある上流貴族たちが魔法を独占していたんだ。才があっても、その学ぶ機会すら得られない世界に賢者が遺した知識の塔、そこに制限魔法を付与したんだ」
「それが魔力の遺伝子ですか……」
「おそらく……上流貴族であるほど、その血筋に強くこだわる。だから、時が経っても特定の魔力を濃ゆく持つ者ほど拒み、それとは逆の……いわゆる階級の低い者ほど入りやすくなる制限魔法をね」
「父や私が入れたのは……」
「ハッベルト先生は平民で、上流貴族の血とは無縁だ……その娘の君も……そして、力のない弱層貴族の母を持つ僕も、トラップは発動するものの完全に塔に弾かれるには至らなかったわけだ」
エドルドの話を聞き、思い当たる節があった。滞在時間の少ないせいかと思っていたが、父1人でいる場所にはトラップ発動はなく、アリシアと一緒にいる時に必ず何かが起こっていた。何かしらの法則性で、貴族の純血から遠い者ほど無害ということなのだろうか。身分の高いカレンの付き人も当然相応の身分の者たちで固められているだろう。この学園の高貴な教授達が塔に入れないことも辻褄が合う。魔力は体調によって多少変動する為、王族の血をひくエドルドが、日によってトラップ発動の頻度が異なるのも納得だ。
「……それで、どうして塔が崩壊するのですか?」
「これは推測だが、身分が低い悪党が入る可能性もあるだろう? それで、塔からは一切外に持ち出せないようになっているのだとしたら……もし無理やり塔全体に外部から術をかけられたとしたら……しかもそれが、長時間に渡って絶え間なくだとしたら、どうなるか」
カレンの家系魔法は幻覚で、香を使っている。今回、上の階にあるアリシアの部屋まで香を充満させる為には、かなりの量を用意しているだろう。そして、その回収も出来なくなっているのだとしたら、今なお香が塔を刺激し続けているということになる。
「では……」
「あぁ……すぐに、塔に行こう」




