ご機嫌取りはもう結構です
「イタタタッ」
あわてて口をおさえる。ミオラに聞かれたら余計な心配をさせてしまう。
とにかく気合の入ったミオラはベッドから一歩も歩かせないようフル活動だ。トイレにすら行かせないようにした時には説得に苦労した。
我慢しすぎると身体に良くないからとなんとか納得させたが、自分が抱えてするのはと提案された時には怖かった。
あの目は本気だったのだろう。
とにかく、トイレ以外、一歩も動かないと約束してなんとかミオラは使用人専用の部屋へとしぶしぶ行ってくれたのだ。万が一、痛いなどと聞かれてしまえば、それこそ治るまで寝ずの番をするだろう。
少しだけ怪我の具合を見ようと包帯を外してみたが、思ったよりも腫れは引いておらず、痛々しい。ロナルドと話したあの時は興奮が冷めてなくて痛みを感じにくかったのだろうと思う。
あのまま塔に帰っていれば、階段をのぼるのは到底無理だろう。下手すれば父にも迷惑をかけてしまっていたはずだ。この待遇は大いに気が引けるが、素直に好意に甘えさせてもらおう。部屋に閉じこもっていればカレンにも会うことはないだろうし。
「そう、誰にもね」
1人の時間になって、今日1日の出来事を思い出す。なぜだろう、魔女呼ばわりされたことも、恥知らずと言われたことよりもエドルドがカレンを抱きかかえていたことの方が嫌な気持ちになる。
「第一婚約者候補ってことは、他にもいらっしゃるのよね。当然……」
彼は塔に住まう自分のご機嫌取りをしていたのね、きっと。だって、私がいればトラップも落ち着くもの。
アリシアは一つの仮説をたてていた。塔に何かしらの条件魔法が施されており、棲家とする者には攻撃がなくなるのでは、というものだ。
賢者だって、自分がしかけたとはいえ、さすがに毎回トラップが発動すれば面倒になるはずだ。本の陳列や大雑把にあちこちに残る記録は、彼の大雑把な性格を予想できる。そんな人がいちいち自分のしかけたトラップを回避する生活を良しとするだろうか。
おそらく、塔の住民として条件を満たすほどトラップは発動しない。
「私と一緒だと、書物にも集中できるって直感で気づいたのかしら」
メリットがあるから一緒にいようとした。黒いもやもやは大きくなる。
コンコンコンっ
!?
うつむくアリシアの部屋の窓から誰かがノックする音がした。
窓の方を見ると、鳥がいるようだ。アリシアが来るのをじっと待ってるように見える。
足をかばうように、なんとか窓を開けると光とともに鳥はいなくなり、温かいパンの入ったカゴが置かれていた。
魔法で呼び出した使い魔ね。初めて見たわ。それに、このパンは…
チョコレートが沢山入っているようだった。真夜中に作ったのだろうか。まだ温かい。
カードは入っていないようだが、誰が届けたのか予想できる。
「……っ」
パンをひとくち頬張る。
ふっくらした生地にチョコで甘くなりすぎないよう、パンにはバターが多めに使われているようだ。
表面は硬めに、中身はしっとりしていて、いくらでも食べられそうだ。
疲れた身体に、糖分がしみる。
「塔にいないのですから、私には用はないはずですのに……」
残りは大事に包み、ベッドに横たわる。先ほどまでモヤモヤして眠れなかったが、身体の力が抜けてくる。安心したら急に睡魔がおそってきた。
ふかふかのベッドは気持ちよく、あっという間に眠りに落ちていった。




