貴方様は客人ではありません
「こんにちは。アリシア嬢」
エドルドは正面入り口より堂々と入る。塔からもアリシアからも承認されている彼は、制限魔法も、塔からの拒絶もない、数少ない客人となる。
にこにこと微笑むエドルドは満足そうにみえる。
「今日はアボガドとトマト、オニオンソースがかかった豚肉のサンドイッチをお持ちしましたよ」
からかうような口調が気になるが、その香ばしい香りに身体は正直に反応する。
「……どうぞ」
あのあとの取り決めで
訪問は必ず正面玄関から。
移動移動で部屋に入ることは禁止。
もし破った場合は正面パンチと一生出禁の約束だ。
時間帯はお昼時、エドルドがアリシアの分の軽食を一緒に持ってくる代わりに、アリシアもスープやサラダ、飲み物を提供するという内容だ。これなら美味しい食事をメインだけの予算で食べられる。
前回のように、エドルドが平日に自由にやって来るのはさすがに学園からお叱りを受ける気がしたため、ランチタイムの2時間ほどという時間縛りをつくった。
彼がどのような授業選択をしているかは知らないが、彼曰く、自由な自主学習スタイルがメインとのことだ。
塔の管理人として、サボる可能性は少しでも排除すべきだ。
とまぁ、責務などと言っているが、1番の理由は
目立つのを避ける為だ。
見た目だけでも目立つ彼とランチタイムを一緒に過ごしているなど、誤解されれば、静かな生活はおしまいな気がする。
しかし、父がせっかく自分のために段取りしてくれた好意を無下にもしたくない。
ここに持ってきてもらえれば、誰かに目撃される心配をせずに、美味しい食事をとることができる。 エドルドは堂々と塔で過ごすことができる。
まさにお互いにとってメリットしかない、いわばこれは取引だ。
それでも、サンドイッチをフォークで一口運びながら、ちらりとエドルドを見る。
今日は制服を着ているが、前回来ていた私服はシンプルながらも上質な布に品のいい刺繍が控えめながらに、だが金の糸をふんだんに使って施されていた。襟元がしわにならないよう、丁寧に手入れされており、加えてアリシアの拳をダメージなしで受けとめた彼の術式も相当だが、傷一つつかなかったところから、服そのものにも保護魔法がかけられた一級品だということが分かる。
日常的に着るような衣類にまで保護魔法をかけるなんて、かなり身分が高いのだろうか? 学園に通っている時点でそれは確定ではあるが、それにしても見た目以上な気がしてくる。
しかし、とにかくよく喋る。
食事中だというのに、マナーを知らないのだろうか。
軽食とはいえ、アリシアなりにお客様をおもてなしできるよう、テーブルメイキングは質素ながらもセットしたつもりだ。
木の板の小さなテーブルには白い清潔なクラスをかけ、持ってきたありったけのスプーンやフォーク、ナイフを並べる。
お皿こそ少ないが、一品ずつ乗せて出している。
しかし、エドルドは塔の本を片手にサンドイッチを手づかみで頬張る。
まさに、父と同じ姿だ。
アリシアの家は、家族で食事などなく、ながら食べ、もしくは独りで食事が当たり前だ。別に驚きはしない。
そもそも、客人というのは建前で、彼の目的は塔の資料だ。
1人張り切って用意したのが恥ずかしくなる。
アリシアだって塔についてはかなり調べている。
父やエドルドは大量にある本や資料にばかり目を向けているようだが、トラップの法則性や残された魔法陣、部屋の使い方や、中途半端に投げ出された魔道具らしきものから、賢者は何を考えながらここで暮らしていたのか常に思いを馳せる。
そうすると、また違う読み方ができる気がするのだ。
「……」
コトンッ
フォークを置き、サンドイッチにかぶりつく。
お父様も、この方もなんなんですの!
私だって、私だって!
やることは山ほどありますの!
ここでの生活をサポートする、それが私のいちばんの使命。そして、お父様を支えることがお母様の願いで、治療への1番の近道ですわ。
ムシャムシャ、ゴクリ。
勢いよくスープとサラダをかきこみ、お皿を片付ける。
「私あちらの部屋に行ってます。お皿はご自分で片付けてくださいね」
「……あ、あぁ。」
アリシアの様変わりに、思わず手を止め、エドルドは素直に返事をした。




